水曜日, 1月 07, 2009


さて、今回は昨日試せなかったWin機で作成したディスクイメージを、インテルマック上のSheepShaverで動くOS9.04の起動ディスクとして設定してみようとした。

その前に、万一起動ディスクとして問題がないとしても、インテルマック上でのファイル交換が出来なくなる恐れがあるため、事前に他のボリュームから必要になりそうなファイルやアプリを移動しておいた。そして、このボリュームに起動順位をトップに指定、他のボリュームは今回外した。そしてCDROMから起動するように選びスタートさせた。かなり普段しずかなパソコンがごそごそ言っていて、なかなか起動しない。やはりダメかと思っていると起動した。それで、CD上のインストーラから数分でシステムを転送して、起動ディスクとした。再起動したとき、このディスクは読めないから、初期化っしますか?とのメッセージがでた。せっかくコピーしたのにと残念に思いつつ許可するとなにやらトライしていたが、ディスクがロックされていて初期化できませんでした、で終わった。それで、最初にコピーしておいた中味は無事だった。最初のごそごそパソコンがうなっていたのも初期化しようとしていたらしい。


無事起動することがわかり、音も配布元の指示通りコンパネで操作するだけで出た。ただ、ごみ箱に比較的容量の多いゴミがあって、ひらくとSystem Resourcesとなっていて、インテルマック上の起動ディスクとしては、余計な邪魔物たちは排除されたようだった。

そこで、いろいろ試したが異常はないようだった。一部のアプリでアイコンが本来のシェイプに変わり切らないものが2,3あるが、起動は問題ない。これは、コピーさえすんなりできたものは皆起動するということだ。



インターネット環境も、一切なにもしないでもすぐ繋がった。これもインテルマックが最上位に君臨していて過去の履歴を保持しているためだろう。アップルさん、公式にはクラシック対応をレパード以降は搭載しませんでしたが、どうしてもやりたければそれぞれの技量に応じてお好きなように、といわんばかりではないか!?

インターネットエクスプローラーは、OS9でも動くが遅いし、表示の面でも必ずしも適切には設計されていないという意見がネット上でも多く、この場合の選択肢はiCabが圧倒的におおいようだ。タクシーキャブの意味らしい。小型できびきび動きます、ということらしく、OSX版も評判が大変に良い。
http://nmuta.fri.macserver.jp/

そして、シェウエアー版の3.0xではない、フリーの2.9xを捜してダウンロードして試したが、
表示エリアが適切でいらつかず、表示速度もダントツだ。ドイツ人の方が作り続けてくれているらしい。世界中にMacFanの方々がいて、日夜努力されていることに頭が下る、思いだ。



とここまで順調にきたのだが、今度は、インテルマック上でのファイルの交換が、いっさいできない状態に陥ってしまった。そうなるかもしれないと思って、事前に対応していたので、起動ディスクをまた捨てて新たに作る必要は当面ないが、起動ディスクについては、起動CDがなにやらだいぶ長い間ごそごそやっていたので、そうかもしれないと思うだけだ。

だが、他のディスクイメージ間や起動ディスクイメージでのコピーや削除もいっさいご法度となってしまった。えっ、それってないでしょう、と思いつつも妙に納得。逆に、これでいっそうロバストなOS9.04環境ができたのかもしれない、などと心は平静さを保とうと、いろいろなことを考えたりする。

当面、必要と思われるデータやアプリは移行完了しているので、格段の不便さはないが、将来にわたってコピーで外部からとのデータ交換ができないとなると、インテルマック上からの印刷などの機能を利用しずらくなる。

最初、もうこれでWin機のBasiliskII経由のディスクイメージは無効になってしまい、利用できないと即断したが、もういちどUSBスティックに入っているNEW.HFVというイメージファイルをインテルマックに移し、レパードのファインダー上で開くと警告なしにあっさり開き、コピーも即実行できた。これで、何やら不思議に思っていた、~.HFVの拡張子の意味がなんとなくわかったような気がした。

SheepShaverは、(BasiliskIIもそうであるが)ウィンドウズ上でクラシック環境を実現するのが本来の趣旨で、それがLinux版やOSX版(現在はハイブリッド方式)となってきたように理解している。

本来、OS8.5のインストールディスクでウィンドウズのSheepShaverを起動できるようにした後、ネット経由でダウンロードした8.6へのバージョンアップデータをWin機からSheepShaverのディスクイメージを移す(コピー)場合などは、どうしているか調べたら、HFVExplorerというWinアプリを使用するという。

最初、Win用BasiliskIIで、アップルが無料で公開している漢字トーク7.5.3とかいうシステムを取り入れて取りあえず起動性のブートディスクイメージを作ってコピーするときにも使ったような気のするあれだ。Win機はたいていマックより操作が煩わしい場合が多いが、これもその例で、OS実機本体とのデータ交換を前提にした、〜.HFV拡張子であったようで、データ交換用として残しておくべきもののようである。

なかのひと

火曜日, 1月 06, 2009


Win機で作成したディスクイメージを、インテルマックで読み込み、それをSheepShaverの使用ディスクとして指定すると、起動させるとちゃんと名称未設定の名で認識する。しかも、これは、インテルマック上でダブルクリックしても、何の警告もなくオープン可能で、アプリや書類、画像などを移動できるので、古い資産の活用に道が開ける。

今回、あまり必要がないが、Illustrator 9.0で試した。あっさり、ライセンスの記入も必要なく起動した。これは、本来のクラシック環境で使用していたからであろう。

この作業は、基本的には昨日までにわかっていたことで、本当はこれを起動ディスクとして使用できるかどうか?だったのだが、使用できないと判断してしまったが、実は使用できそうである。SheepShaverの設定で、起動ディスクは一番最初に登録されたものが認識されるので他のディスクをすべて排除して、Win機からもってきたものだけを指定して、CDROMから起動を選んでOS9をインストールしたが、再起動させても起動しない。それで、起動メニューから削除して、前回の起動ディスクを最初に指定してもやはり起動しない。

その原因は、格納場所の指定欄が空白に戻っていたためで、そこをチェックしておけば、起動したのであわてて捨てる必要もないようである。これに気づく前に、新規にインテルマックで作成したディスクイメージで試してしまったので、再度確認はしていない。



ただ、他のアプリを(IEエクスプローラー)を起動させようとしても、メモリーエラーがでたのでメモリー占有率をみたら、なんと割り当てた256MBに迫るほど作業空間を確保していた。
せっかくコピーしたので、まだ捨ててはいないが、使い続ける気はこれではなくなった。本体で行うべき作業であろう。

また、昨日あいまいなままの記述だった部分、インテルマックで起動用イメージディスクを作ってインストールしたものは、インテルマック上でイメージを開こうとすると警告がでるが、そこにコピーは可能であるので実行したら、起動は可能だったが、OS9上で開くと、コピーしたものしか見えず、システムフォルダなどは不可視化してしまい、いじれない。これはこれで、下手なことができなくて都合がいいのかもしれなが、何かを確かめたり、設定を手動でおこなうような場合には不便である。しかも、他の起動ボリュームから起動したようである。これにもおどろいた。それで、結局これも捨ててしまった。ただ、いろいろ試行中のことなので、細かな部分で正確でない記述もあると思う。その辺はお断りしておきます。


昔の実機時代の癖で、起動システムの入ったディスクイメージは、容量の大きいほうが何かと安心という思い込みも、エミュレータ上では必要ない。時々おかしくなることも考慮し、インストールにかかる時間も10分足らずなので、むしろデータ用やバックアップ用の容量を増やしておいて使い分かるのが賢明だろう。まして、起動用をインテルマックで開くと、やはりおかしくなるので。それで、データ交換や保存用として見た場合について経験談を少々。

ところで、今日新規にインテルマック上で作成したディスクイメージは、ちゃんとディスクイメージのアイコンにすぐ変わってくれたが、昨日作成したものは、標準テキストのままであるが、起動には問題ないのでそのまま使い続けることにした。



昨日はネットワークで持ってきたウィンドウズ用BasiliskIIで作成したディスクイメージは、拡張子のせいか、書類扱いである。今回は、USBスティックを使用して移動させた。異動後、拡張子とファイル名を変えると、ちゃんとディスクイメージに変わる。作成した日時は、コピーした時点ではなく、ウィンドウズ機で実行した時点の表示となる。

そして、OS9環境で読み込み、開いてみるとウィンドウズ機でテストとして入れておいたトランプゲームのミニアプリがそのまま入っていた。もちろん、起動も確認できた。こうなると、出先のWin機はまだBasiliskIIのままだが、Win用SheepShaverで、そちらもOS9環境が構築でき、アプリ群などの移動も、USBスティックで可能ということに。さの際は、ディスクイメージの拡張子を、~.dskに変えることは言うまでもない。また、~.dskボリュームをマックに持ってきてももちろん問題ない。便利な時代になったものである。

ようやく、望みえるようなOS9環境が揃ってきて、これからという矢先に、OS9は時代遅れで続行中止となり、OSXへ移行となり、印刷業界などでも混乱があったりもした。そうそう、TEX関連ファイル群も、インテルマック環境へかなり遅れて対応したようにも思うが、メモリーを増やしたりしてやれば、また商用TEX、Texturesの復活も視野に入ってきた。

なかのひと

日曜日, 1月 04, 2009



前回、インテルマックでもOS9環境(いわゆるクラシック環境)がかなり満足に動く、それも比較的簡単に動く、ということを書いてから、マックらしいワープロソフトのNisus Writerもさっそく入れてみようとした。
 インストールディスクはバージョンの違うものが2枚あり、CDからインストールできるのだが、かなりの文書が溜まっていたので、それらのコピーも大事で、マックソフトの多くがウィンドウズ用のものと異なり、コピーしてライセンスナンバーなどを打ち込むだけで起動するものが多いので、コピーだけで、起動させてみよう、ということにした。

しかし、1度何かの都合で再起動した後、それまでの方法でディスクイメージを開いて、そこに必要ファイルを入れようとしても、警告がでるようになり、無視して開いてコピーしてもなんだか様子がおかしい。

あれこれ、こんなはずではなかった、とイメージを次々開いているうちに、とうとう起動用ディスクイメージも開いてコピートライなどしているうちに、クラシック環境の起動もしなくなってしまった。しかたなく、最初からやり直し、新たにMarhematicaもインストールし直して、起動用ディスクはさらに別の外付けHD2台にそれぞれコピーして予備として確保してから本格的にトライ。そのうちBasiliskIIで作った起動ディスクは、何度開いても大丈夫なのに、OS9用に作ったディスクイメージは旨くいかないようだと気づいた。さっそく試してみたが、警告が出ずに開けてコピーできて、OS9が参照するボリュームに付け加え開くとコピーできていたりいなかったり、不完全であった。

さらに雑用などもあって、頭が少し冷えたらしく、何度やってもおかしくならないロバストなボリュームが一個あることに気づいて、よく見てみてハッと気づいた。500MGの小容量で8.1の文字が名前の中に読み取れた。マック用BasiliskIIでは8.0までしか作ってなく、明らかにこれは初めてウィンドウズ用BasiliskIIの起動ディスクの拡張子、~.dskのついたものを~.imgに変更してマック用のBasiliskIIで使っていたものだった。OS9の環境で、一回読み込むと、Sheepshaver専用のボリュウームになって、もはやBasiliskII環境では認識しなかったが、いろいろ昔コピーしたデータが豊富なのでそのまま使っていたものである。

それで、さっそくウィンドウズのBasiliskIIを起動し、ディスク作成を選んで1GBサイズのディスクイメージを作成し、読み込ませて初期化したものを、ネットワークでマックに持ち込み拡張子を変えてOS9で使用させるように設定。このディスクイメージならばOSX上で開くときに警告がでず、素直に開け、さらに素直にアプリやデータをコピーできた。これです、これ。
それで、Photoshopライトなどもインストール用CDもあるのだが、多くの画像とも一緒に一気にコピーしてみたが、アイコンも変わらず完全起動。昔からAdobeのアプリはお行儀が良かったといつも思っていましたが、ここでも素直でした。


これですべてうまく行くはずだったが、今度はなんとOS9の起動ディスクの属性が標準テキスト
となっていて、OSXでは白紙のアイコンとなっている。そのせいか、音も出ず前回うまくいったものが再現していない。最初からそうであった。じつは、最初は音が出る前にある試行を二度ほどしてあって、それやこれやしているうちに音が偶然出た、とうような経過であって、暇なときにトライしてみよう。

今回は、基本的にコピーでOSX上でデータやアプリをOS9環境にたやすく移す、という点に絞っているので、他の不具合は後回しである。起動ディスク以外は、みなNDIFディスクイメージという属性で、アイコンもそうなっている。せのせいだろうか、Photoshop意外のコピーアプリは皆、リッチテキストタイプの書類アイコンとなっていて、不安だったが、皆問題なく起動してくれた。何かの拍子に、これらのアイコンが本来のものに変わるのが楽しみである。バックアップを取っておけばまなりの冒険もできる。しかし、テスト用に起動したBasiliskIIをドックに格納したまま、忘れて新たに起動しようとしてうまくいかず、バックアップの起動ディスクと入れ替えるというミスを犯してしまい、起動したものを終了したら再起動・・・と思いきや今度は?マークが出てストップ。こうなったら、もういちどOS8のCDから再インストールするしかないが、今は趣味以外にはもう必要ないところで起きたミスだった。

クラシック環境が蘇ったことは自分史の一部としてみても興味深い。画像やオフィス関連データはほとんどすべて移行が完了しているが、ワープロ系は、すべてテキストにしないと移行が満足に行かず放置、忘却のままであった。タイム誌数年分がCDROMとして出されたのも、このNisus Writerの発売元、Mercury Software 社だった。中味が1年分ずれた翌年版も出てきたが、簡単にインストールできると思うと心強い。

この後、前回と同じくコントロールパネルでサウンドを選んで音が出るようになった。さっきまではこのマックでは音声はサポートされていません、が出ていたが。不思議な気がするが、きっとアレだろうという操作を何段階かしたら、いつの間にか、直っていて、すっきりした。

なかのひと
インテルマック(iMac、10.5.5)上でSheepshaver 2.3が予想外に健闘して、これまで一年愛用してきたBasiliskIIが今のところ不要になるほどのものであることがわかり、ビックリしている。

たとえば、以下のサイトでは、
http://somali-present.blogspot.com/2008/01/sheepshaveros.html
『まず、OSインストール後にMac OS 設定アシスタントがいろいろ尋ねてきます。この時、共有フォルダをつくるとまずいようで、設定終了後なにかしようとするとすぐにフリーズしてしまいます。』

『CD から上書きインストールして、もういちど設定アシスタントが表示された際に、共有フォルダを作成しますか?に「いいえ」と答えると、フリーズしなくなりました。デスクトップに共有フォルダが出来ていましたが、捨てちゃいました。設定アシスタントの続きでインターネット接続の設定もありますが、ふつうにコントロールパネルからTCP/IPをセットすればOKです。』

などと書かれている。情報ありがとうございます。

私の場合、設定アシスタントではそのようなことはなく、途中でフリーズしてしまい他の機能を調べたら、コントロールパネルは問題ないようなので、そこで各種設定をしたが、問題なかった。それで、起動起動するたびに設定アシスタントが出てきて厄介なので、コントロールパネルの機能拡張設定でOFFにしてしまった。

その後、いろいろ試行してかなり安定していることがわかり一安心。BasilskIIで使用していた
各種ディスクイメージも、起動前の設定パネルで追加して読み込んだら、問題なく読み込み、書き込みができたが、一度共有したら、今度はBasiliskII側で本来共有したたので、そこでは読めないので初期化しますか、となりデスクトップに2個見えていたクラシックマックのHDアイコンは起動用の一個しかアクセスできなくなっていたが、Sheepshaver側では、OS8.0時代のアプリも皆動くので、大変に助かっている。

ただ、Mathematica 3.0は動かなくなり、BasiliskIIで動くからいい、と当初思ったがこのバージョンは、時代がPower-PC移行前後であったため、マック用のいろいろな起動バージョンが入っていることを思い出した。それで、CDを挿入してインストーラにCPUを自動判別させて、インストールをトライしたら、なんとちゃんとインストールしてくれた。

そして、最後のインストールを完了中、という表示がされてしばらくしたら、フリーズどころか画面からSheepshaver自体のウィンドウが飛ぶように消えてしまったが、再起動したら問題なくインストール完了は終わっていた。ただ、インストール時に要求されて入力したライセンス番号や個人情報は見事に消え、もういちど再入力したら、起動しました。

それで、Mathematica 3.0が、どのCPUとしてこのマックを認識しているかをみたら、ちゃんと
Power-PC用バージョンがインストールされていた。試しに、比較的時間のかかるいつもの演算を実行させたら、10秒程で終了。これはかなり早い。たしか、BasiliskIIでコプロ付き仕様で演算させたときは、同じ計算に 47秒くらいかかっている。かってPower-PC G4の700Mhzのクラシック環境で6秒台だったので、それと比べても遜色ない。


BasiliskIIで使っていたディスクイメージを開いて、インテルマック上で、OS9用のディスクイイメージにコピーできるのはいうまでもないこと。それを知らないと、インテルマック本体として表示されるUnixという名のディスクからアプリをコピーしても、白紙のアイコンとなって使えない。それでも、ディスクイマージを開いているのはインテルマック上であるから、OS9時代以前のアプリは皆使用できない(起動しえない)拒否マークが出ているが、それぞれのクラシック環境でフォーマットしてあれば、それぞれの環境で起動すればちゃんと起動できる。これは昨年の正月に発見!?したのだったが、ネット上ではあまり見かけないようだ。

私の場合、当時用意したPower-PC用のROMが(旧iMacから取り出してたROMのバージョンアップ)インテルマック上のSheepshaverでこのROMは使えないと拒否されたので、もっと前のCentrisというオールドマック(中古機)から取り出しておいたROMでBasiliskIIを一年使ってきた。今回、ネット上でアップルからSheepshaverで使用できるROM Updateが入手できるという情報を得られたので、ダウンロードして、解凍し、必要な部分のみを抽出。(ただし、これは、OS9環境でしか行えないので、Power-PC上で実行)。

OS9環境は、正規のCDからインストールできるので、大変安心。現在9.04であるが、9.2.2までのバージョンCDが殆どすべて手元にそろっている。

というわけで、結果的にBasiliskIIを使うのは、FPUを使うアプリのみということになった。旧マックのFPUを必要とする表計算ソフトなどは、OS8.0環境のBasiliskIIで使用できるはずだ。
Mathematicaの2.2がちゃんと動くからだ。

どちらのエミュレータも、同一の方が作っているので、互換性の部分がかなりあるが、両方を同時起動していたら、Sheepshaver上ではMathematicaのグラフィック描画の一部に表示されない現象があらわれた。それで、BasilliskIIを終了させ、単独で起動したら、問題なく動いてくれた。そういうわけで、今のところフリーズしたり、インストール後半でいきなり飛んだりと
初心者だったら、ぎょっとするような現象が多々あったが、昔の出た頃のPower Macだって、実機でも、けっこうフリーズ再起動があったりしたようで、そういう意味でもマックらしい。

現在、OS9上でも、CDの排出はダイレクトに出来て驚いた。ネットでは、もういちどOSXから排出しないと取り出せない、などとでていたが、インテルiMacではそういうことはない。そういう意味でインテルマック上では、アップル自身はクラシック環境をサポートしていないが、熱心なマックファンの多くの方々のご協力により、ここにほぼ再現できたように感じている。

コントロールパネルで音が出たりするのも良い。BasiliskIIでは音声のサポートされていなかった。
それで、Nisus Writerもインストールしてみたい。このワープロは、文章の発音を数カ国語で行ってくれるので、rとlの微妙な違いなどを教えてくれて、初めて海外で人前で喋るときに多いに重宝したものだった。もちろん会議英語とか英語の敬意表現などという分厚い書籍も見方に加えての思い出であるが。

どうも、インテルマック上ではOSXがウィンドウでもクラシックでもなんでも基本的にサポート機能がちゃんと実装されていて、過去の資産が有効に活用されるよう出来ているように感じ出した。クラシック環境がインテルマックでも動くんですよ、皆さん!!!。


なかのひと

土曜日, 1月 03, 2009



以前購読していた科学雑誌をみると、大抵数回に一回は、Winパソコンでありながら、画面はどうみてもMacOSXという例をよく見かけた。最初は圧倒的にマックをつかっての宣伝が多かったのだが、Winが大勢を占めている現状に、少し配慮した結果なのだろうか。以前、皇太子様のノートパソコンは、メーカー不明の黒い筐体であったが、英王室は、マッキントッシュだと何かに出ていた。宮内庁や皇室にもいまやマックの愛用者がいることを期待している。

以前、ウィンドウズパソコンでも、条件があえば、MacOSXをクラックした改変OSXをインストールできる、ということを少し実験してみたが、途中でフリーズして諦めてしまった。ところが、今は正規版のOSXをインストールできる高機能Winパソコン関連製品が現れた。

具体的に商品名は出していないが、システム要件だけあげられていて、2万弱でUSBスティックを購入すると、MacOSXのLeopardなどもインストールでき、しかも正式アップデートなども可能だという。MacFan1月号で初めて知った。その製品の正式サイトは以下のとおり。EFIXというらしい。
http://www.efi-x.com/index.php?option=com_content&view=article&id=37&language=japanese

また、この装置を取り付けて実際に稼働させている動画も紹介されている。
http://www.gizmodo.jp/2008/09/efixwindowsmac_1.html
『EFiXドングルでWindowsをMacに変える作戦大成功(動画)

USB接続でドングル繋ぐだけでDVDからOS Xが魔法のようにインストールできる。
そのEFiXの話を最初聞いた時には、「おいおい、そんなうまい話があるか~」と思ったもんです。

ところが週末に実際ゲーム用PCをMac Proに変えてみたら、これがなななんと、完璧に噂通りじゃないですか。・・・』とあり、この文章は翻訳で、動画はどうやらアメリカ人がアップロードしたものらしい。かっての科学雑誌の広告通りのシーンに出会えた。ハードさえ適合していれば、問題ないらしい。マック誌の編集部では、EeePC901-Xでのの写真も掲載されていた。この場合、大きなUSBドングルは、USB変換ケーブルでつないでいて、問題ないようだった。ただ、自作パソコンでも、条件が合うように、またマックと同等のモニターを買い足したりして、15万くらいかかり、それに150ドル程度のドングル購入となるし、さらにインストール用DVDも一万5000円ほどするので、安さのメリットはそれほどないようだ。


さて、こちらはインテルマック上に再現されたオールドマック。バルーンヘルプなども動くことを確認した。速度、安定性も、申し分ない。あるアプリを閉じた後、再起動すると固まることがあったが、今のところMathematicaを起動していればそれが起きないことも発見した。無料ソフトで、半永久的に往時のマックの機能が使える点が魅力。印刷機能などは、現在の機器では対応していないが、OS9であればまだ一部対応している。それで、OS9がインストール出来て
実際に動いているSheepshaverも、不安定ながら捨てられない。

かって、来る21世紀の世界においては、ウィンドウズとマックとは限りなく近づいていくだろう、と予測されていたものだが、(マック側から見ての予測)10年を経ずして現実の世界に成ってきたんだと、改めて感じている。

なかのひと

金曜日, 1月 02, 2009


ふだんほとんど使っていないパワーマックのクラシック環境が起動しなくなった。最後のデュアルブート機なので、切り替えてOS9専用では起動できるのだが、今となっては遅いし、場所は取るわで、そこで細かい作業をするだけのスペースもとりづらい。せっかく広い画面のiMacなので、なんとか、クラシック環境を動かせれば、過去のソフトウエア資産も有効に使える。
http://www.katch.ne.jp/~kakonacl/douga/sheepshaver/sheepshaver.html
ここでは、インテルマックでもSheepshaverが使えて、昨年諦めたMacROMも今は別のところからダウンロード出来てきて、OS9が動くと言うので、半日ほどかけてチャレンジしてみた。

ROMの入手は、このサイトの指示通りだが、必要なROM部分だけを取り出す作業はOS9環境でしかできないので、そこで行って外付けDを経由してインテルマックに移動させた。後は指示通り行い、今回は少し起動ディスクにもゆとりを持たせて、設置。後はCDからブートさせる初期設定にして、MacOS9.04を挿入しておきスタートボタンを押せば、いとも簡単に懐かしい起動画面となり、先程指定しておいた起動ディスクを初期化して、インストール作業が続く。


BasiliskIIで経験していることなので、いたって楽に行えるのだが、お手本としていた上記サイトでは、終わりのほうにパワーPCでのSheepshaverとちがい、とても使えない、とありビックリ。
『1)ゲストOS上で、テキストファイルやホーム
  ページの作成など簡単な作業は可能だが
  、動画の変換などパワーを必要とする作
  業はことごとくフリーズしてしまう。
 ・・・動画関連ファイルを扱う事は無理だ!
2)CD-ROMは認識・マウント可能なるも、外
  付けハードディスクやUSBメモリーを認識
  出来ず、ホストとのファイル交換手段が、
  唯一 Unix Root経由しかなく、それが上
  手く行かない事は致命的だ。
 2-1)ホストのMac OS Xで新規に作成した
   HTML、テキストファイルの場合はなん
   とか利用可能。
   白紙アイコン書類となってしまい、ダブルクリックしてもことごとく「作成したアプリケー
    ションが見つからない」と警告される。しかし、Dreamweaver、SimpleTextを起動して
    「開く」から読み込む事が可能な場合もあった。

 2-2)他のMacで作成したファイルを一旦ホストの Intel Mac OS 10.5にコピーした場合は、
    再利用しようとしても以下の如く惨憺たる結果だった。
   先ず問題は、フォルダですら白紙アイコン表示となってしまい開けない!
    そこで、ホストで同じ名前のフォルダを新規作成してファイルを全てその中に入れ直
    した後に、Dreamweaver、SimmpleText、QuickTimeを起動して「開く」から読み込も
    うと試みても、ダイアログに表示されず該当ファイルを探す事すら出来ない。
    *ファイルまでを作成し直せれば利用出来るのだろうが、MacOSXで作成出来ない
      から本エミュレータを導入しようとしたのだ。』

などとあった。私は、動画の編集などには使わないし、昔のマックにしかなかった古いソフトが使えたらいい、という立場なので気にせず挑戦。上の方が問題にしている白紙のアイコンなどの処理法も、BasiliskIIでインテルマック上のエミュレータで初期化したディスクイメージを、パワーPC上で開いてファイル群をコピーして戻してやれば、白紙っぽいアプリのアイコンもまたインテルマック上のエミュレータで開けば使えることは経験済み。

今はパワーPCマックもあるが、常用しておらずインテルマック上で動くOS9エミュレータであれば、殆どの過去のアプリが、インテルマック上でもクラシック環境として使えるということに、非常に興味を覚えた。さらに、インテルマック上で、BasiliskIIで作った起動ディスクをを開き、そこに使いたいアプリをコピーすれば、OS9環境が復活すると思った。 

それで、無事インストールできたOS9環境、起動ディスクを初期化してOS9がインストールされたものを指定してやるだけで、ちゃんとOS9が動いてくれた。しかも、BasiliskIIの起動や予備ディスクもそのまま使えることが分かった。Theoristなどもちゃんといきなり動く。ただ、コプロを要求する古いソフトは、上記の方も指摘しているように、動かない。

ただ、安定性が悪く、OSインストール後の定番である、時間帯や各種設定中でもフリーズするありさま。この手続きをパスしても他のソフトは、ハイパーカードなども動いた。


そして、インテルマック本体が、Unixというディスク名なのだが、ここからコピーしても、アイコンが活性化しないことは、BasiliskIIとまったく同様。

そこで、インテルマックのBasiliskIIで初期化しておいた移動用のディスクイメージをこんどは、インテルマック上で開き、外付けディスクから、OS9のアプリやデータを直接コピーしたら
Sheepshaverが無事起動するまではなにやらいろいろな文句が出ていたが、その後はどういうわけかすっきりコピーできた。アプリの作成年度が古いので、BasiliskIIのOS8でも動くと思い、
試したら、起動するまでアプリアイコンにも拒否マークが付いていたが、消えていてちゃんと起動した。

いちおう、OS9環境でも読み込ませてみたが、今度は、それを読めないので初期化しますか?と行ってきたので、使用をやめた。不安定なOS9で使わないでもすむ幸せをつくづく感じた。この一年、BasiliskIIhずっと安定していて、信頼感もかなり向上している。いわゆるマックらしいソフトはウィンドウズにかなり先駆けて開発されたものが多いので、OS8環境でもかなり動くようだ。ますます気にいりました。

それで、インテルマックでは、ウィンドウズもエミュレータで充分実用になるし、いちいち起動しなくても、サスペンド状態で保持され、再起動などの後でも保持されているので、簡単にXP環境が戻る。こちらは商用だけあって、ファイル群の移動なども、マック内のフォルダ間の移動のように簡単にできて、大変助かる。ウィンドウズが出て、マイナーマックはどうなるかと気を揉んだ時期もあるにはあったが、アップルが消えてもマック環境は残ると、かなり前から言われていた。そしてそれが曲がりなりにも有志の人々の手で実現されていて、歴史の厚みと、MacFanの気概も感じる。

今回、本来のOS9環境から移植したアプリはフレキシトレースと言うもの。書籍などからコピーしたグラフデータのゆがみを補正し、グラフのプロット点や、指定した任意のカーブの座標などを読み取り数値化して表として出力してくれる。後はエクセルなどで解析しなおすことができる。今はない、スリースカンパニーというマックのソフトでは当時比較的知られた会社が日本語化してくれて、簡単な使用説明書を付けて、日本語版として3万6800円くらいで発売したもの。私が、なんと秋葉原ではなく、新宿のパソコンショップの片隅に値引してたった一個だけ残っていたのを見つけて、手持ちのお金をなんとか工面して買ったものである。くしくも2000年1月2日、ビッグパソコン館新宿東口店で購入していた。もちろん、フロッピー1枚だけである。エクセルも当初、マック用3.5インチフロッピー1枚だったようだ。バージョン2.xあたりまで。エクセル、フレキシトレース、マセマティカなどの数式処理ソフト、あとはグラフ化ソフトがあれば、大抵の理工系の仕事がはかどることになる、か・な!?。


なかのひと

火曜日, 12月 30, 2008

昨夜、どこかのチャンネルで電気自動車時代を見据えた特集を放映していたが、神奈川県民は、400万円程度とされる新車価格が、国の補助、県の補助、優遇税制などのおかげで、はぼ半額の210万円で手に入る見込みらしい。

家庭の100V電源で14時間、200V電源で7時間で160Kmほど走行できて、電気スタンドは街中で30分ほどの強制充電で賄えるようなことを放映していたようだった。

今、ハーレーが町中を我が物顔に走り回っているが、電動バイクの時代になったら、ど〜すんねんと想像して、にやついたり、困った未来を想像して、浮かない気分であった。ゴーン会長も20〜30年後にはまちがいなく、ガソリン車は衰退するだろう、とこぶしを振り上げていた。

さて、急激にガソリン価格が下ったが、下りっぱなしということはあるまい、と思うのが人の世の常、というもの。

『恐慌前夜』(アメリカと心中する日本経済)、祥伝社、副島隆彦を開くと、まずなぜガソリン価格が急にさがりだしたか、を解説していた。そしてまた暴騰していく予想も・・・。

発行が9月15日だから、資料はいささか古いのだが、はっきり住宅公社の破綻を米政府が手助けすることはない、と断言している。産経新聞などは、サブプライム 米、公的資金注入も 住宅金融2社を支援 などという見出しが出ていた時期だが、公社と言ってまったくの私企業だと言う。だまされてはいけない。

7月にジュネーブで開かれた核保安会議で、イランが核兵器開発を中止する見返りとして欧米が経済支援をする、という和解案にアメリカとイランの担当者がそれなりに合意したようで、この直後から原油の値上がりが止まった、と書いている。

1バレル147ドルまではね値上がったニューヨークの原油価格が110ドル代まで下落した。理由は、中東での新たな戦争を意味するイランの核関連施設へのアメリカの空爆がなくなったことがはっきりした、ということだと解説している。

かわりにイスラエル空軍がイランを空爆するには、いちど給油などでどこかの飛行場へ着陸しないとできないのだという。(アブダビとかカタールとか)要するに米軍の支援なくしては
戦争の可能性はないようなのだ。ましてイスラエルがイラン攻撃を実行したとしたら、イスラエル存亡の危機となり、米国としては許可できない、という。

さらに、イランとアメリカは密約で、イランの核施設とされる3ヶ所までは爆撃していいとまで、合意もされていたともいう。イランは5年間ぐらい各開発が遅れてもかまわない、というかまえだそうだ。とっくに、核兵器製造技術は北やパキスタン経由でイランは入手済みであり、じっくり構えてえ核保有国へ近づこうとしている、のだという。

それでも、10年以内のうちに中東で、1、2発の核爆弾は破裂するだろう、そうすればサウジで革命が起こり、原油価格は1バレル250ドルは行くだろうと、どこからかのニュースソースだかは知らないが、予言している。

アメリカ国内で、核爆発があれば、事故かテロだろうが、中東であってみれば、米国などの関与も当然考えられる。もちろん、実行犯などは、写真入りで公表されるだろうが、9.11
ライクで真の実行犯ではありえないだろう。張作霖爆殺も、日本軍がやったと半世紀以上言われてきたが、確証はないらしい。英軍の諜報部も詳細に調べたらしいが、結論はでない不思議な事件とされた、という。KGB関与説は、最近出てきたものだが、おそらく実行は、日本軍関連、資金調達その他の援助はKGB関連組織ではなかったか、と私は勝手に推測している。河本大佐の懐には金がうなっていた、ともいうが、東京裁判でも呼ばれなかったし(よべば連合軍に不利!?)満州に英国が裏から肩入れしていれば、なおさら不明のほうが都合がよかったのかもしれない。

当時の写真では国産戦車のわきの伝令用らしいオートバイのタンクにははっきりNortonの文字が書かれていた。機甲部隊には、英車が支給されていたらしい。ソ連軍に捕獲されたノモンハンでのサイドカーは陸王風だった。

なかのひと

月曜日, 12月 29, 2008

『83 名前: くまにい 投稿日: 02/04/08 13:04 ID:8g8aDtbA
CB1000SFの燃費が13kmだ・・・。
こんなもんかな?


84 名前: 774RR 投稿日: 02/04/08 18:59 ID:MFlzVtBe
そんなものです。』とは
http://ton.2ch.net/bike/kako/1017/10170/1017027300.html
で拾ったコメント。雑誌でも、総合燃費は13kmと出ていた。

今捜しているのだが、12.1Km、というのを何行も立て続けに書いてあるサイトがあったが、
見つからず。それで、CB1000SFのエンジンサウンドを聴かせるサイトをみつけた。CBのカラーリングが目を引いた。聞いてみて、やはりこんなかんじなんだな〜、これといって特徴のないのが特徴かな〜、と思う。
http://jp.youtube.com/watch?v=U3c2ISXSHfw

まあ、12〜13キロと割り切ってしまえば、ガソリン価格も下ったことだし、特に悪いという燃費ではなさそうだが、なぜ急に下ったのか?だけは気になる。

それで、マイクロロンだけを使っていても燃費が13キロぐらいで、初めて点火系を修正する燃費改善グッズを着けたとき、いきなり15キロ以上を記録したことを思い出した。エコボックスという商品だった。その後、にんじん君も届いてしまい、忘れられた品だった。

今回、故障で取り換えた新しい点火系も12〜13キロの燃費のようなので、それにエコボックスを取り付けたら、果たしてどうなのかは気になる。にんじん君をずっと使っていて、今それが不調になったので、新規に試してみる価値はありそうだ、と思った。

エコボックスは、今は二輪専用タイプというのも出ているが、私が買ったのは、どの4輪にも使えるという汎用タイプ。どうせ2000〜3000回転の使用がメインなので、これで充分だろうと。

以前は、低速がガツンと強く発進し、まるで2気筒車のような感じだったが、今回は着けてみて、低速でまるで発進していかない。しばらくして2000に近づくとようやく吹け出す感じ。それでもしばらく走ると昔の感じが蘇ってくる。ノーマルよりもアクセル開度が少なくても、走ってくれる感じである。いきなり燃費が伸びたのはこのせいであろう。

ノーマルでは、これほどアクセルを絞ってははしれない感じだ。ついついスムーズに回るに任せてアクセルを開けていたのかな、と思う。走り出してしまうと、4輪で巡航している感じでバイクっぽくないのだが、安心して走っていられる感じ。これはこれでいいな〜と思った。

そして、過去のエコボックスではにんじん君にとって変わられたため、ミラクルパワーやアースとの相性のチェックもせずに終わってしまった。

過去のエコボックスは、軽自動車につけられて、現在快調のようで、はっきり言わないが、13.7位だった燃費がかるく14.5あたりは行ったようだが、最近はガソリン価格もさがり、今は燃費ははかっていないというが、ずっと使っているようだ。

にんじん君のほうが寿命が短かったわけだが、モニター価格だったし、最初から明るさが変化するなど今から思えば?の部分もあった。後付け部品は、ケースバイケースで相性なども関係するらしい。

今日も、エコボックスをつけてスパーク特性が低回転でも強いことは感じたので、つい色気がでて、またぞろアースを付けて燃費テストを定置コースでやってしまったが、昨日の14.2に対して13.6ぐらい。しかもまた、瞬間的エンジン停止現象が一回発生したが、スパークが強いせいか、すぐに回転が戻るので、気をつけていないとわからない。しかし、アースはやはり好くないようなので、即外した。ついで、ミラクルパワー。これは今までと違い、エコボックスとの相性もよさそうな感じで、アイドリングも100回転まではいかないが50回転ぐらい上昇して
パワフルそのもの。しかし、このパワフル感がくせ者で、つい吹かしてしまうらしくまた、12.0あたりに落ちてしまった。結局、ノーマルのままのエコボックスのほうが、パワーがなくても安心して走れる感じなので、少し続けてみたい。

このスパーク特性の異なるエコボックスの特性からわかったことは、1000〜1800回転域での力が以前と比べてかなり弱く、まだ回転抵抗が取り切れていない、ということ。それが悪燃費の原因と思った。これが、10000キロとか超えていくととれていくものなのかどうか、スパークを強くするグッズを着けるとそれがわからなくなるが、却って燃費が落ちる、ということがわかった。

そうした点を考慮にいれて、低回転域での慣らしを続けて見たい。


なかのひと

日曜日, 12月 28, 2008


本日快晴で、気温も10度~12度ということで、会社で残務整理を途中で切り上げ、今年最後の正丸峠へ。会社を昼前に出る。たしかに、最近の寒さからみれば、寒くなくむしろ暖かいくらいに感じる。

山の端の木々の梢もはっきりと見えるくらいの快晴で、気持ちがいい。あっというまに299号を走っている。奥武蔵あじさい館まで7Kmの表示板まで登ると、急にあたりが日が射していても寒くなる。この前は見落としていた標識だが、あたりの景色も、前回やはり寒くなった、と感じた場所だ。風の通り道なのかも知れない。

結局正丸トンネルへ、渋滞もなく着いてしまい、再び右折して、旧正丸へ行くか、苅場坂峠へ行くか迷った末、苅場坂峠へ向かう。ハイキングの女性ふたりと、降りてくる4輪一台とあっただけで、峠へ着く。
13:30ごろ。駐車場には軽自動車が一台、展望のきく場所にいただけで、ほぼ無人。一部は溶けた雪が凍っていて、今日もここから先の峠道は避けたほうが無難だと判断。
すると、一台のスポーツサイクルが上から降りてきた。

以前、降りてきた方向の奥へ調査で入ったこともある場所。夏場は、けっこうな人通りもある場所だ。比較的暖かいせいか、素手でカメラを持っていてもそれほど寒くはないが、ここから先や日陰は一部舗装が凍っている。ここより下は、陽だまりの場所はけっこう暖かく安心してコーナーへ突っ込めたが、ちょっと高くなると途端に危なくなる。頂上付近はやはり暖気がとどまりにくいのだろう。冬山へ入る人たちの気持ちは、この歳になっても理解できない。

止まっていた軽自動車は、サイクリストとモーターサイクリストが来たら、すぐどこかへ行ってしまった。私はなんとなく、二人っきりになったので、彼と言葉を交わしたくて、写真を撮り終わっても、カメラを片手に、展望を眺めていた。彼も私の様子を観察している感じだった。すると、茶店の脇に立掛けてあった自分のサイクルを、苅場坂峠の標識柱に立掛けた。それで、つい良かったら、写真を撮りましょうか!?と言ったら、そうしてもらいたいつもりのようだった。ところが、彼は携帯を取り出し、このボタンがシャッターですから、と言って自転車の脇に立った。それで、下の風景と空をバックに彼のサイクルと、彼を無難にまとめてシャッターを押した。一枚きりだったが、彼は携帯をサドルの後ろにあるミニバッグにしまい、チャックをかけた。

都内の中野を9時過ぎに出て来た、と言う。4時間弱で、この奥武蔵林道を登って平場の峠にたどりつくのは、相当な健脚だろう。これから夕方5時前後には、帰宅できるだろうと言う。
驚いていると、1日150キロぐらいはざらです、と自転車のメーターを確認するかのように見ながら言った。最高は、一日で300キロほど走ったこともあるというから、驚きを通り越してしまった。

都内からだと、奥多摩が近くていいのだそうだが、車が多く走りづらく、かつこの時期奥多摩は凍結が怖いのでいかないのだそうだ。それで、sho様の最近のレポートも思い出した。・・・
冬は慣れない山道へは近づかないほうが無難だ。

サイクルのお値段は、初任給ぐらいは軽くいきます、と。燃費は、アンパンとジュースぐらいですが、と笑う。・・・そして、正丸トンネル方向へ降りていった。私も、この先一部凍っていたので、結局もと来た道を降りたが、彼の姿はもうとっくになかった。最初299号を降りるつもりで、林道を降りてきたが、そうすると、結局また彼を抜くことになると思い、右折してトンネルを抜け、秩父市内へ。時計をみるとまだ14:05分。そうだこの時間なら、11月末に断られた珍逹そばへも問題なく着くだろうと、横瀬の坂から、一通を抜けて秩父市役所まで一気に降りた。まだ、時間まで20分ほどあるので、前回とちがって愛想良く向かえ入れてくれた。

店内には数名の客がいた。しかし、もうピークは過ぎたのか、座敷のテーブルに客の食べ残しが片付けずにあると思った丼は、女店員のお昼用らしく、注文がすむとそこで、静かに食べていた。ほどなく、大盛りそば(850円、並は700円)が来た。冷えた体のせいか、以前何回か食べた時よりいっそうおいしいと思った。気がつくと、調理場でも、若い男性の調理員ふたりも
ほぼ同様の食事を始めていた。これでは、10分も経過したら、断られても仕方がない。

麺は最初そうめんほどの太さと見えたが、時間がたつと、汁の水気を吸って、細打ち麺ほどの太さになって行ったが、その辺を見越しての湯で加減らしく、少し柔らかくなるものの、味はさほど変わらない。そうめんっぽい太さでも、まちがいなくそばで、具といえば、ネギと豚のばら肉のみじん切りだけというシンプルさだが、独特のうまさがある。14:20分頃にも二名の若者が来客として来たが、一人は大盛り、もう一人は普通盛りにライスをつけて、と頼んでいた。

久しぶりにラーメンっぽくないラーメンをいただき、満足。十年以上食してなかった味でした。

峠を含めた燃費は、悪く12.5。実は、もういちどミラクルパワーをつけて走って見ようと色気を出したのだが、この有様。それで、いつもの定置燃費コースをまたノーマルで走ったら、前回と同じ14.2。ただし前回はにんじん君とミラクルパワーをつけての値。結局外しても変わらないし、ミラクルパワーに至っては、峠の以前の旧点火系だけの時の燃費の13.1より落ちてもいた。以前は、何かつけないと、パワーダウン感があったが、今はノーマルでもその感じがほとんどない。やはり、少しづつ経年変化で、点火系の劣化が起きていたのだろう、と思う。

ノーマルのままで13.1という値は、今年の1月とまったく同じ。どうやっても14を超えることはなかったものである。車と違い、特にバイクは燃費のチェックは大事だと改めて思う。また、マイクロロンの燃費改善効果がなかったと以前書いたが、点火系に問題があり、それを改良したら16.xぐらいまで行ったので、やはりあった、と思いたい。

秩父おまかせマップ
秩父の観光ガイドおまかせサイト
http://www.bsmap.jp/

なかのひと


ある日、線路脇に仕事で入ったら列車が通過するたびにコンクリート製の枕木が上下し、周囲の砕石が枕木とこすれて白く粉をふいている光景に出会った。それをみて、モータロイもこんな感じでタンク内で、こすれてガソリン中に溶け、シリンダー内に運ばれているんだな~、としみじみ。最近は、ロングレールが多く、脇にいてもかなり騒音は静かになってきたので、乗り物好きの私も、今なら線路脇の家も悪くはないかもしれない、などと引越し願望にとらわれたりもした。

昔は枕木は木製が多く、日本ではクリをはじめ広葉樹材が主体であったが、最近は北米あたりからと思われる輸入針葉樹材もある。ポイントの切り替え部あたりは、コンクリート製では対応できず、長さも倍以上、縦・横もかなり幅広の材が使われたりしている。運搬も楽で加工も容易なので、使用され続けるのだろう。イギリスでも、コンクリート製だったが、針葉樹もやはり使われているそうで、railway sleeper となっていた。材は、ヨーロッパアカマツらしい。ユーラシア大陸に広く分布しているポピュラーな樹種で、地域や立地で、いろいろなタイプがあるようだが、キュー植物園で見たものは、日本に植えられたら区別が素人にはつきかねるほど、の樹皮の地肌だった。

さて、話が脱線してしまったが、自作モータロイを投入後、5000キロ走行を経て、エンジンはスムーズになってきたとはいえ、燃費改善効果は遅遅として顕著にならない。それで、業を煮やし、タンク内から除去しようと何度も考え、トライもしてみた。普通だったら、タンクを外し、ひっくり返せば取り出せるのだろうが、このタイプのビッグ1では、ボディ側から、フューエルタンク下のガソリンコックに、ワイヤーが2本ついていて、そのワイヤー操作で、リザーブと通常のガソリン切り替え弁を操作しているので、ボディー側のノブのセットも外さねばならない。そのため、タンクをフリーにしても、ボディー左側に捻ってなんとか180回転させるのがやっとで、振って落とそうとしても、タンクキャップ部が筒のようにタンク内に突き出ているので、どうやっても口付近にまで来ていても出てこない。さんざんトライしてあきらめた。

また、つり用の手網を買ってきて、細長く変形させ、すくいとろうともしたが、これもタンクが大型で、キャップの部分が狭くかつ長いため、自由度があまりなく下でじゃらつかせただけで、あっさり撤退。以前はタンクが小さく(オフロード)、アイスクリーム用のスプーンを棒の先につけて、覗きながらすくい上げたが、このタンクにはちょっと無理でないにしても、かなりの根気と熟練が要りそうで、諦めた。幸い、そうこうしているうちに徐々にではあるが、害は特に無さそうなので、そのうちいくらかでも燃費改善効果が出ることを期待している。

何しろ、つり用の錘をタンクに投げ込んでみた人もいるくらい。少し燃費改善はあった、という。鉛含量1/3では、ちょっと鉛分が多いのかもしれない。勝手な推測だが、鉛量はせめて今の半分ぐらいは落とす必要があるのかもしれない、と思っている。しかし、音はかなり静かになり、早朝の暖機もあまり気が引けなくなって来た。

先日、にんじん君についてきた燃費改善ブックというPDFファイルを眺めていたら、燃焼効率というのがあり、4輪を基本に解説しているが、もちろん2輪にも通用するはずで、低回転でアクセルを開け気味にして走るより、もう千回転ほど回転をあげて、アクセル開度を減らしてスムーズに走ったほうが、燃焼効率があがって、低燃費につながる、という意味のことがオートマ車中心の解説として出ていた。

それで、あっと思った。マイクロロンの時とちがい、自作モータロイは、あまりアクセルをあけないでも回転はあがりやすい特性がある、とは思っていた。いままでは、マイクロロンとおなじ走法で、回転をあげずアクセルを絞りトップで静かにはしる、走行を主体としていた。最初は良かったが、投入後キロ数が伸びるとそれではギクシャクして燃費が落ちた。それで、にんじん君を外したり、ミラクルパワーをはずしたり、ゴツゴツ感の解消に試行錯誤していたものだった。

そうか、そういう走りもあったんだった、と初めて気がついた。それで、2000を中心とした走りをもうわずか500回転ほどアップさせる走りを主体に切り替えてみようと。具体的には、トップ60キロで走っていたところを4速の60前後で走るだけのことなので、造作はないが、走って見て驚いた。エンジン回転にはずみがついたようによくエンジンが静かに回るようになり、静かでパワフルで、したがって快適で、ますます遠くへ行きたくなる、といううれしい困りごととなって返ってきている。

たしかに、今度の新しい点火系は、回転があがりやすいように感じていたが、自作モータロイの効果も出てきたのだろう。温まると、ローギアで交差点を一気に静かに駆け抜けてしまうダッシュにも驚いた。もともとローギアで時速100キロあたりまで行ってしまうエンジン特性なので、ショートストロークとあいまって、回してなんぼのエンジンだったことにようやく気づきました。

しかも、今はにんじん君も、ミラクルパワーもはずしています。そのほうがスムーズなことは前からわかっていましたが、今回、にんじん君も頻度はかなり低いが、アイドリング時、一瞬爆発が止まったようになる現象が、時たま出たので、迷いなく外しました。外した直後はパワーダウン感は否めなかったが、一日もたってしまうと、返って低速トルクが増したような感じで、スムーズに回転が伸びあがる特性になんの不満もない。

ライトの明かりは、にんじん君プラスミラクルパワーが一番明るいように感じたが、ミラクルパワーを取り去ると、え、こんなにと思うほど暗く感じた。それで、にんじん君を外すと、かえって明るく感じるほど。にんじん君の調子には、波があるのかも知れない。たいへん明るく感じるときと、暗く感じるときと。買った直後もそういうことはあったことを思い出した。
それで、ノーマルにまた、ミラクルパワーを試そうかなどと思っていたが、目下中止して、
ノーマルプラス自作モータロイ効果!?だけで、様子見のところである。年内に結論が出るといいのだが、・・・。あまり回さないで2000回転以下で走ってばかりいれば、カーボン堆積も
やむをえなかったのかもしれない、と反省中。

なお、自作モータロイ投入後、定置燃費コースをホットスタートで走行した燃費実績は以下の通り。
15、15.3、15.7、17.0、17.0、14.8、17.15、14.8、15.24、14.8、13.7、14.2であった。最初の方は、マイクロロンの影響もあったのでは!?とおもって、自作モータロイを止めようとなったわけだが、・・・・。


なかのひと

木曜日, 12月 25, 2008

ネットで検索したら、オイル交換時期についておどろくような記事が見つかった。

3000キロでオイル交換をしているのは、オイルを捨てているだけと言うような記事。

http://natto.2ch.net/car/kako/990/990443499.html

タイヤの寿命についても、『今の技術だと5年くらい
は性能維持して減らないタイヤが作れるんだってな。でもそんなこと
したらタイヤは売れなくなって商売上がったりだからわざと磨り減って
劣化するように作ってるそうだ。』などというのもあった。

スターレットソレイユで10万キロつぎ足しで、交換しなくても大丈夫だった、などという仰天記事などが満載。

子供の頃、日野の車を、プッツンといって動かなくなるまで乗っていたおじさんが、だいぶ昔から今のクルマで、今のオイル
なら、1万キロ交換でももったいないくらい、とはよく広言していた。

『友人で、10万kmオイル交換無し(但し、不足分は補充)で走行した人もいますが、10万km無交換はさすがにリスクが大きく、摺動部の摩耗、オイルシールなどのゴム製品への攻撃が若干心配されます。』という一般論もあったから、前出の具体例は嘘ではないのかもしれない。

ベンツやBMWの一部の車種では、オイル劣化をモニターし、時期がきたら警告灯で表示するものがあるそうだ。しかし、日本では単純に走行距離と年月だけで交換基準を作っているが、『純正オイル(最も廉価のもの)で、1,5万km程度で酸化劣化防止剤などの添加剤が劣化し、その後の1,5万kmで、オイル自体が劣化するので、最低でもオイルの寿命は3万kmはある(ばらつきの最悪値)と明確に記載してあります。』などとある。

私のおじさんも石油系メーカーに勤務していた関係で、そうしたことも承知で発言していたのかもしれない。私にも、有機化学を学ぶようすすめてくれた人だ。

日本の環境では、1.5万キロ以下で交換する必要はまったくないでしょう、などと書かれている。具体例はここにあたってもらうことにするが、具体例もけっこう豊富である。

付随してオイルフィルターの交換時期も書いてある。
『オイルフィルターは、新品時のメッシュは粗く作ってあり、小さなごみ(10〜100ミクロン程度)は通しやすく、1〜2万km程度走行後には適当に目詰まりし、適正なフィルタ機能(10ミクロン以上は通さない)を発揮するものなのです。従って、6千kmで交換すれば、適正なフィルター機能を発揮する前に、フィルタを捨ててしまっていることになります。』

火曜日, 12月 23, 2008



昨夜の雨の上がりは、当初の予報より少し遅れたようだったが、快晴に近い朝を迎えた。しかし、予報通りというか、気温は最高9度とか10度ということで、朝はけっこう冷えて、出かけるのにも覚悟が要る。車で帰ったので、それを返しに会社に向かうが、ワイパーが故障したかと思ったら、しっかりと凍りついていた。雨滴だらけのバイクを拭いて、午前9時頃スタートして秩父方面へ。体が痩せたからか(実はあまり痩せてはいないのだが、鏡に写すとそういう錯覚に捕われる)、襟首あたりから冷気というより寒気が入り込み、胸元を通り腹にあたって、そこで左右にわかれ、腰上あたりの背中に回るのが、今日ははっきりしている。そのため、あまりスピードをだせない。

17号を北上し、ヤマハオートセンター埼玉北あたりで暖をとろうと寄ってみたが、あいにくこの時間帯では開店まもない時期で客はちらほら、音を聞きつけた見慣れぬ店員とも目があってしまい、立ち寄りを断念。本庄方面へと向かうが、旧岡部あたりは、あきらかに冷気がちがい、手袋の手の甲側も氷をのせたように感じ出したので、もう帰ろうとバイパス合流点でUターン。深谷市街までくると、日が昇ってきたせいもあるが、寒さもやわらぎ、また、140号で
秩父方面へ右折してしまった。今度は背中に朝日をあびて、ゆっくり進む。途中で牛丼店により腹ごしらえ。豚丼と牛丼を食べ比べてみたが、あまり違いは感じない。牛丼のほうがちょっと味にコクがあるかな、という程度。しかい、お客はみな牛丼の大盛りを注文していた時間帯だった。さすがに久々の満腹。この寒さでは、たまにはいいだろうと走り出す。


秩父鉄道の樋口駅の手前で、140号のすぐ下に鉄道があり、その鉄道のすぐ下が荒川という場所がある。そこでは、秩父方向へ行くとき、ガードレール下が絶壁で鉄道が丸見えで、少々怖く、白線とガードレールとの間にも無駄なゆとりがない。今日は、140号の右側も落石防止の金属ネットのあるがけだが、その上に国道に平行して狭い道があるのを思い出し、そこへ立ち寄ってみた。入り口は車が止めておけるほどゆとりがあるが、中は通学路とあり、舗装はされているものの、遊歩道然としているので、バイクを降りて歩いた。そこで、寄居方面、秩父方面(樋口駅)の写真を撮ったが、日差しはやわらかいもののまだ寒い。

大野原で左折して、定峰峠へと向かう。国道を離れるとやはり頬を寒気が伝い、かなり寒い。しかし、まさか凍結はないだろうと進むが、塩化カルシウムをまいた跡が歴然としていて、橋の上などあまりいい気持ちはしない。しかし、さすがに通行量が少ないので、マイペースですすめるのはありがたかった。

道は上はほぼ乾いたところはない状態で、凍結防止剤の結晶がキラキラとあちこちで光っている。中ほどまで行って、路肩のスギの落葉に雪が残っているのがあちこちで出現した。昨夜の雨はこのあたりまでは降雪、みぞれ状態であったのだろう。それにしても改めてスギ林ばかりだと思う。昔から、尾マツ・谷スギ・中ヒノキとかいわれ、いちばん乾燥した尾根筋は、主としてアカマツなどが優占し、湿地をこのむスギが谷や沢筋に、ヒノキは両者の中間地帯にということだといわれている。そのことを久々に思い出した。いつもの休憩地点で上をみあげたら、やはりアカマツが茂っていた。いくら待っていても、今日のところバイク集団がとおりかかる気配はほとんどないようで、峠の茶屋を目指す。

対抗車両はたったの3台だった。凍っているところはなく、きょうは、このまま峠を飯能方面までいこうかなどと考えて峠の茶屋へ行く。ハーレー2台と、国産ビッグバイク一台が止まっていて、眺望のいい場所で、立ち話をしている。茶屋には、数名の先客がいたが、その方たちは車客だった。しかし、話の途中で、寄居まではどのくらいかかりますか、と聞かれた一人が
しばらく考えた後、四時間ぐらいですかね〜、と言うのを聞いてビックリ。車なら30分〜45分と思っていたので。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%B7%CA%F6%BD%C4%C1%F6

先を急ぎますので、と出ていった客の後で聞いたら、春先に東武鉄道主催で行われる七峰縦走というかなりハードな山岳路ハイキングの予行として、徒歩でペース配分を予行演習中だったのだという。私も、この春、この催しをしり、申し込む手はずだったのだが、3月下旬でも仕事がことしはかなり忙しかったので、多分無理と判断し、絞め切り直前に断念したのだった。時間内に完全走破(ふつうのハイキングペースでは失格らしい)すると、記念帽子などがもらえる、という。途中、落後者のために、バス停までの案内も豊富らしく、無理をしないようにも配慮されているというところまでは知っていたが、こうして予行演習する人がいるとは想像すらできなかった。30代中ごろの方のようだったが。しかもこの茶屋も中継点のひとつだった、とは。全行程はフルマラソンと同じ42.195キロで、この茶屋はそのほぼ中間点だという。だとすると、20キロ以上の山道を4時間で歩く計算だ。

私のお目当ては、ここではみそおでんと甘酒。腹は先ほど済ませて一杯だが、これくらいなら、問題なく入る。先客との会話で、ここのおかみさんも昭和8年生まれだという。後期高齢者ですか、と聞かれて応えていたのだった。来年からは昭和9年生まれが後期高齢者にはいるんだとか。ほかの客たちは、昼時なので、みな山菜そばなどを注文していた。

昨夜の雪で、今日は閉店かと思ったと店主。しかし登ってこられたので開いているという。ご主人が亡くなってから、通いに変更した、という。奥に母屋らしき家屋が二棟あるが、今は無人なのかと。昔の峠のにぎわいをたどると、うそのような現実だった。冬の日は短いので、午後一時には私も出発。もうちょっと、よもやま話をしたかったのだけれど。ここの娘さんかお手伝いさんも美人で、親戚の母娘に似ているなと、改めて思った。何度もあっているが、おばあさんの方は、私の素性は忘れてしまっている。それでいいのだとあえて名乗らなかった。

そこを出ると、雪道試用の車以外は通行止めとなっていた。多寡をくくっていったら、20メートルほど高さがあがっただけで、道はぜんめん雪景色。さらにすすむとロクに轍もなく、雪の下は凍っていそうにみえたので、仕方なくUターンして峠をまたもと来た道を降りた。東秩父へ降りる道もあるのだが、そちらの路面状態が不安なので、凍っていなかった今来た道が安全と
何の苦もなくゆっくりバイクを転がして降りた。オフロード車だったら、チャレンジできたかもしれない、と思った。昔は、スパイクを打った後輪用オフロードタイヤもあったっけ。
オフロード車とオンロード車との両方を所有されているカネゴンさんなら、チャレンジされただろうか!?。茶屋の入り口の寒暖計は摂氏5度だった。

ところで、新点火システムに切り替えた直後に、会社へ帰る途中、また変な症状が再発していた。走行中はもちろん気づかないのだが、信号待ちなどでアイドリング中、一瞬だけライトなどには変化はないが、爆発がとまり、タコメーターの針が1000から800あたりまで落ちたと思うと回復するという現象で、前は、ローギヤーのまま握っているクラッチを無意識につい緩めていたのかな〜などと漠然と考えていた。

しかし、点火系を一新してもまたはっきりと出た。店主に相談しても首をひねるばかり。もちろん、エンストもないし、走行には問題ないので、秩父までも行ったのだったが。ところが、思い掛けないことで、あることをしたら、今のところ再発はないようである。

深谷で行く途中に満タン時に燃費を計ったら、13.7から11.5に落ちていた。これは、何かおかしい、と思うのが普通だろう。やはりにんじん君にばらつきがあるのか?いろいろと不明点がある。この製品の保証期間は丸一年。あと2ヶ月で期限がきれる。それで、満タンのあと、少し走ったところで、適当な空き地でにんじん君を外した。はずして走ったときは13.1キロだったが、旧点火システム。

以前は外すとやはりパワーダウンの感は否めなかったのだが、今回はそういう感じはまるでない。トルクがフラットな感じが強調されて出ているようで、1500あたりでは以前より力があるかのようで、その点新点火系はやはり新品なりの効果があるようだった。しかし、例の瞬間的な点火の中断はやはり起きた。販売店から帰る途中でも初めて新点火系でも起こると自覚したときは、やはりにんじん君あつけていなかった。それで、しばらく走ってみて、時々止まるときにレギュレーターあたりからも音がすることがあり、レギュレーターかどうかは不明だが、こういう現象が起き出した時点をたどると、どうも完璧と思えたシリンダーヘッドアースを着けた時期あたりと一致するような感じに思いいたったので、即座にこれも外してまったくのノーマル仕様に戻した。点火系が不調ゆえにいろいろと小細工を施していたのだと思えば、一新したからにはそうした小細工は本来無用なはずだからだ。メーカーが多くの開発時間をかけてセットしたシステムは、あまり手を加える余地も少ないだろう、ということもいろいろ試した結果、わかってきたことだった。

まだ、調子がどんどん変わる時期でなんともいえないが、不思議な現象は、以後おきていないようである。帰り着く頃は、またすべて外してノーマルに戻したときとも感じは変わってきている。それを言い出したらきりがない。ただ、にんじん君を外しての峠の登りは、大変スムーズで気持ちがよかった。


なかのひと