金曜日, 4月 19, 2013

iMacが来たのはいいが、ネット接続がポケットWiFiだけであって、OSXの予備起動ディスクを作ろうとしたが、速度が遅すぎてダウンロードを拒否されたため、しかたなく諦めていた光回線を新たにひく事になった。最初はフレッツ光だったが昨年7月に違約金を支払い解約、退職後時間がとれるのでauの窓口に行きau光と契約した。これでiPhoneの代金支払いが一緒となり家の電話料金を含めても、たいして変わらない机上計算となりNTTとは、完全に縁がきれた。
4月9日に工事が入り、一度光回線を導入した経緯があるので、30分一寸で済んだ。ただ光回線のケーブルは国道部の柱からひく為に80メートル以上は電話回線に沿わせるためNTTの時とは異なり車両2台、人員4名と倍の体勢で来てくれた。

その日朝からどういうわけかメール受信は可能だが送信はエラーが出て送れなかったが、有線の光にしたらピタリと直っていて問題なかった。かけつけ設定のおにいさんに事情を伝えたが、マックはどうも自信がなくてねと数通トライして貰ったが駄目で彼らが帰ったあと、おくれなかったメールはすべて送信ずみとなっていて安心した。

無線でダウンロードしたMathematicaは、後からCD版も届いて安心した。サイズは2.3
GBほどで、解凍すると5.29GBとなり結果的に問題はなかった。OSXはダウンロードできなかったが、光でトライしてみたら,速くてビックリ。16日以上といわれたのが3分で完了,無事外付けにインストールして、今ではデュアル可能となり以前の状態に戻った。
今回ダウンロードしたのは、何もない初期化したHDに自動起動してさらに必要なシステムを呼び込むための基本ファイル群。で起動後さらにシステム本体を自発的にダウンロードする(システムディスク自体が付属していない)。当然の事ながら回線速度が影響する。開始直後の予想では約20分,中程までで残り約10分となり、携帯用WiFiでの速度とは雲泥の差。余談だが後日もう一台、Macbook proを購入した際、WiFi接続を前提条件とされたので、再びauに出向き、どういう契約か確認したところ、無料で家庭用WiFiを貸与してくれた。以前の無線LANルーターは必要ないとの事。そのとき、ついでに回線速度の1000Gの速度について聞いたらNTTさんとは基本が違い、NTTさんのはさらに速度に抑制がかかっているらしい。道理で、過去の光の倍速ぐらいは出ているという実感は誇張ではない。

iMacが壊れる直前にMathematica 9.0 のバージョンアップ通知が来ていたので、アップして一回だけ起動した。その後壊れたのだが、新規CPUのためインストールしても、既に別のマシンで使われている!となって起動できない。その旨会社には連絡して別のライセンス(と思った)番号が送られて来たがそれは当初のもので、やはり駄目。

仕方なく、結局何かと制約が少なくないホームエディションをあきらめ、正規版の制約のないバージョンに移行を決断。42.3万もする今までで最高額を渋々購入。
個人的な楽しみならホームエディションで可だが、発表(Publish)となるとダメらしい。
したがって、Publish or perishの世界では、正規版登録が必要ということに。学会所属論文は文字通り解すれば不可だということで、発表の自由確保への代償ともいえる。


(注)Mathematicaホームエディションは個人が個人の使用目的でしかお使いいただけません。他の商業目的、あるいは所属団体に供する目的ではご利用いただけません。

機能は Mathematica 9.0 日本語版とまったく変わりません。

Mathematica ホームエディション 9.0日本語版は、当社直販部 SOFTLAND、全国ソフトウエア販売店などでお求めになれます。』

などとあるが、2.2の時代から米本社から小さな代理店経由でずっと購入してきた。

前回のポケットWiFi時には大げさに一晩近くかかった(途中でリンクが切れてしまって、‥)が光の有り難みを実感。

先日重いiBookを抱えて、銀座のAppleまで1〜9までの数字入力が出来ない不具合を修理してもらうと出かけたが製造後6年以上たち部品供給ができないためこのまま使う事に。なにせ、最新版のMathematicaが6年以上経過したマシンにはいってしまったため、疎かにできない。プロにも入るか試したがあっさり拒否された。このレティナ画面の液晶はiBookの液晶などとはやはり歴然とした差があり、斜めで見ても画像が黒く見えない。テレビCMなどではわからない違いを実感。HDディスクレスなので、バッテリー寿命も7時間となっていて、値段も安く年を取るのが惜しい時代ということを改めて実感する。

なお、先日一族の遺産相続代理人となっていたので、郵便局とアフラックから振込完了の通知が来たので、久しぶりに通帳記入(他県)をしたら、グーグルインクから10,177の入金も記録されていた。今年の2.27でブログ開始数年で初めて広告収入を得たことになる。




火曜日, 4月 02, 2013

長年愛用して来たiMacがとうとう動かなくなり、慌てた。自宅周辺で変わりのiMacを探したが、iPadまでは常備していてもマックそのものは扱っておらず、結局予定外の今回壊れた製品を購入したPCデポへ行ったが、展示用現物しか置いておらず注文購入となった。

薄く安くなったと感心したが、CD装置は外付け別売となっていた。本体はOSしか入っておらずバックアップデータから以前の使用環境をそっくり引き継ぐかたちで特に設定等は行わず以前はライオンどまりだったのがMountain lionとなり、10.7から10.8となった。

壊れる前に新規にバージョンアップしていたMathematicaの9.0は二度起動しただけだったが、新規cpuでは、起動を拒否された。二台のマシンにインストールされたと解釈されたためらしい。

しかし、これは会社のトラブル受付宛にメールを送ったら新規ライセンス番号を教えてくれたので問題ないと思う(まだ、試していないので)。

外付けのHDに予備のシステムを転送しようと10.7の時のシステムからインストールしようととしたら、10.8になっているため拒否され、10.8のものを新規にダウンロードすることに。

しかし、ポケッットWiFiでは荷が重すぎるようで途中でダウンロードが停止してしまい、再開をしたが、予定時間がなんと16日以上となり、3日程待ったが当然終わらず途切れてしまい以後何度ためしてもこの10.8では、WiFiでのダウンロードは拒否された。他のiPhonneアプリのダウンロードなどは、問題ない。

しかし、これでは肝心の時に困るので、auに相談に行き、結局NTTの時やめた光回線のau版を引く事となった。下り最大1Gの通信速度が売りで、携帯料金もかなり値引きとなるという。
3月21日に申し込んだのに今日まで特に反応がないと焦っていたら4月9日の午後、引き込みと駆けつけ設定に伺いますという連絡がきた。あ〜、安心した。

日曜日, 3月 24, 2013

今月中に財務省の担当部局に売買の合意書を提出しても、4月はあらたに今年度の地価改定があり、この値段で売買許可をしますという通知は5月の連休明け以降という見通しから、三月中に合意文書と契約書を用意しなければならず、契約書の案ができたというので、それでOKかどうか検討する為、不動産売買の資格も持つ某銀行の元役員氏に、専門用語の解説を交えて教示を願うために、氏の自宅の茂原市へ土曜日に伺った。作成した会社は月曜日にも提出を済ませたいらしく、私の家にもコピーが郵送されるというが金曜日になっても届かず、すでに入手されている先方のお宅へ伺った。電車でも行けるが、すでに大原からの帰りに下見がてら通っていたので、逆算で11時過ぎには到着するように朝7時にはいつものルートで出発。県境の橋を越える際の温度表示は12度Cだった。
 先週RBに行った際には来週には来ますよなどと行っていたが、音沙汰なく、今日こちらから問い合わせたら、来週中に陸送でと抱き、手渡しは4月の第二週以降だそうで、半月先らしくこれが最後のツーリングと思っていたが、まだ当分乗り続けることになりそうだ。

土曜日とはいえ16号はそれほど混んでおらず、予定通りにバイクは進んだ。昨日はレンタカーで実家の荷物運びをしたばかり。会社を辞めたら暇を持て余すようになりますよ、などと盛んに聞いていたが、今のところそんな事は無い。

着くと直ぐに二階の和室にあらたに設置された、伯母夫婦の位牌を納めた仏壇を拝見し、焼香後難しい話の前に食事をしましょうと、氏行きつけの地元の料理店で事前に注文してあったハンバーグをいただいた。評判のみせらしく、若いカップルや女性同士で常連客らしい人たちが次々に入ってきた。
http://tabelog.com/chiba/A1205/A120504/12022519/

サラダが出て、すぐにハンバーグが出て来たが、アルミホイルに包まれており包んであるのはソースを散らさないためでもあった。このソースが絶品で、ハンバーグ(男用としてダブルで入っていた。ライスは殆ど残してしまったが、ソースがたっぷりまだあったので、皿半分のライスを移しソースの味を楽しんだ。周りはスパゲッティが比較的ポピュラーのようにも感じた。蔵の木というお店だった。また行きたくなった。 包み焼きの俵型デミソースなハンバーグというらしい。

午後は不動産契約書の慣用句や具体的事例などの解説など。正直言ってお昼のダブルのハンバーグが効いて金額についても隣の隣の不動産屋さんで取引銀行も今回の氏が支店長をしていた銀行であるし、社長さんとも顔なじみという安心感もあり、眠気が強かったくらいであるが、翌日改めて読み消返して納得した。
さらに、保険会社と郵便局へ纏めて提出する、謄本類や各自の印鑑証明なども一枚一枚二人で再度チェック。これの以来手続きなども今回親族となる氏の尽力のおかげで、氏自身も何度も漏らされた事があったが、停年退職で経済的に恵まれておるからこそ、毎日のように茂原千葉や佐倉、果ては八千代市にまで動いてくれたおかげであり、筆舌に尽くせない程感謝している。

その後、エメラルドマウンテンのコーヒーとシュークリームのおやつを頂いただき、若い頃からの趣味というジャズ音楽やピアノがあるので誰が弾くのかときいたら娘さんだという。もっとも、氏も一時期三月程ピアノ教室にかよわれたとか。教程が進むにつれ上達が送れだしてしまい、単身赴任やら仕事のせいであきらめたとか。私も大学卒業目前で、厚紙に鍵盤を描きバイエル教本を買って来て指の練習をしていた事が有るし、卒業して家へ戻ったら母がピアノを音楽の先生に押し付けられて買っていたので、自宅で練習をしていた時期があったが、これも夏が来る前には都内の大学での実習や勉強が忙しくなるにつれ着いていけなくなっていた。
前の日、氏からいただいた液晶テレビを家まで運びブラウン管のテレビからアンテナケーブルだけ差し替えただけで映ったという報告を兼ねて出かける直前に撮った映像。氏の書斎のアメリカ直輸入の大型スピーカーの間にはSONY製だったが50インチという大きな液晶テレビがあり、地震の際前に倒れて液晶画面を気傷つけない保護の方法なども初めて教えてもらった。
4時前後に氏の自宅を出たが、大原往復の際にも通ったし、大分楽に帰れた。都市ガスは大滝ガスであった。電柱標識は町保だったが、蔵の木を調べていて茂原駅の北が高師ではなく町保となっているのを発見、納得がいった。佐倉を経由して柏で給油したら、リッター38キロ強となった。

水曜日, 3月 20, 2013


先週土曜日、9時半の予約で千葉へ出向き、財務省との話しが着いたというので売買の申請所にサインし、実印を押して来た。あとは、5月の中旬頃、現金で財務省に支払うために業者と共同で顔を出す、というのがお役所の流儀らしい。

出発が早かったので帰りにRBに寄りこちらの希望を確認に。丁度トライアンフが展示中で、店長は値段をいくらにするか考慮中らしかったが、100万前後にどうしても達してしまうという。

アップハンドルとショートハンドルの確認、ETC装置のタイプなどを再確認し、昭栄ヘルの再注文の話しなどをしたら、話す事が無くなり店内を巡回して高速で帰って来た。これまで見かけなかったW800が展示されていたが、現行はシートが短くなった感じでキックが取り払われ、ウィンカーが大型となり何となくボテッとした感じ。先ほど出典されたトラのスマートさは現行にはないようだ。

あのトラのシートは以前バイクの森おがのへ来ていたトラのものに非常に良く似ていた、と思う。燃料噴射の装置を覆うカヴァーはCBと同じような処理である。いつか復たこれに乗ることがあるのだろうか!?、とふと思ったりした。

先日、五霞へ行った際、昼となったので昼でも対応してくれる古河法務局へ先に行っておこうと進路を取ったところ、古河市の鴻巣という交差点を右折するのは旧知であったが、ナビは鴨巣を右折と表示したので、ビックリ。相当自分の視力が落ちたと思ったがやはり鴻巣であり、ローマ字表記でもそうであった。これはバグであろう。
iPhoneの残量が少なくなって驚いたが、Naviデータを再インストールしたら改善した。


先日、ブラウザであるページを見ていたらバイクを使ったCMがきれいだったので紹介しよう。
http://www.mcsapparel.com/

Hi, my name is Josh. I’m from Sacramento, and I’m a biker.
Every time I come out here it’s just me and my bike—it’s freedom. I find a new trail, I go off of it, I get lost, I sleep in a cave, I see snakes. There’s no traffic, open air, I’m free.

http://www.youtube.com/watch?v=1mVcXqQ8Q4g

http://www.youtube.com/watch?v=vwzhHAdYEgs

http://www.youtube.com/watch?v=OtDNA8M9apI

http://www.youtube.com/watch?v=o2hTqNmlcoU

http://www.youtube.com/watch?NR=1&feature=fvwp&v=6RG9g_GMcz0

月曜日, 3月 11, 2013


会社を早退して病院へ行くと、前回なかったW650がまた止まっていた。

秋の鼻血がなかなか止まらず、病院で診てもらったら高血圧が原因とされ、以来定期的の通院となったが、11月のFTRで行って以来大抵いつも止まっていたが、前回はなかったので気にしていたら、またあえた。

最初は、ふ〜ん、これかあ〜と思っていたが、定期的にほとんどいつも目にしていると、段々気になってくる。いぜん、ここで見かけたshoさんのバイクと同型のバイクもやはりここだった。
長年のバイクライフで培ったエンジンの我流チューンでは、スズロイ(モータロイ)と
マイクロフロンIIが顕著に効果があったのは、今のところシングルのFTRだけだったので、必然的に次期候補はマルチではない600クラスのシングルと思っていたが、値段やタイプが多く、決まらない。

そしてRBに何度も足を運ぶうちに、展示車の650を見たのだが、印象に残らずその後病院で何度か見てから、店長に評判を聞いた。

昔のW1やW3時の時とは大きく様変わりして、ベベルギアの縦に回転する駆動音が気になる人には受け入れられず(正、店長の耳には全く気にならない、という)、後はカワサキ特有の薄く滲むオイル漏れが苦情といえば言える程度で、ライディングポジションなどの苦情はない、という。

そこで、価格帯を調べてもらい納得したので、次期候補に急変した。今年から会社勤めはバイト程度、後は大学でやり残しの論文書きとツーリングしか思い浮かばない状態で、この先どうなるのか全くわからない。

走行150キロで、親戚からもらって何とか自宅に到着した娘のハーレー1200の慣らしを始めたのも13年前の丁度今頃。その頃、国産の新型W650も出回り始め、現場で遭遇すると、最近のハーレー同様、音が静かで独特の雰囲気が印象的だった。慣らしが進むと股間で感じた熱塊がだんだん穏やかに変わって行くのが感じられた。股を広げたポジションは空冷効果を兼ねていたのかもしれない、とその頃思った。

今のW800は、FIだというが、CB1300からFTRに乗り換えた時の新鮮さは、たぶんにキャブレター方式によるものかもしれない。アナログ操作の彩が感じられるのが、いいのかもしれない、

つい前回の千葉ツーでは、朝の気温が1~2度Cだったが、昨日は朝夕ともに11度Cとなり、裸地の緑もたいへん鮮やかだった。着実に春は迫って来た。そんな感じの日々。
県警の白バイと基本的に同型のFI仕様の1300。今日は2回目の遭遇。確実にリヤタイヤが摩耗している。重量250キログラム程度で警察仕様では、280キロ程度だとこの前理髪店で聞くともなく聞いた。


木曜日, 3月 07, 2013

昨日はスカイツリーの真下のビル内の道路と建物敷地を分筆するための測量を行ったが、今日は一転して秩父市荒川地区へ。街区基準点が道路復旧工事で消失したため、復元のための資料集めで、旧荒川支所へ。秩父市道路管理課が、どういうわけかここに置かれている。影森地区の基準点の視通を確認し、3級基準点が問題なく使用できることがわかり、あとは点の記をもらうだけとなり、現場のそばに前回から気になっていた蕎麦屋があったので、ここで資料確認のために店内へ。盛りそば大盛りにまいたけ天ぷらを注文。資料を見たりしているとどんどん客が入って来る。

荒川地区の農協系のそばがうまいとこの地の出身者から聞いていたので前回はわざわざ140号沿いの店舗を探して行ったりして以来およそ一年近くが経過したが、その時は、庭のガラス越しに野猿が現れたり記憶がある。前回もそうだったが、ここのそばも細く機械から押し出された感じだが、はじめてうまいと思った。1090円だった。

資料のチェックも終わり、そばゆを飲みながら店内の客を眺めていると、トイレから出て来た一人の服装を見たら革ズボンだったので、ライダーとわかった。勘定を済ましてでると、予想通りバイクが止めてあった。
RBでも時々見かけるが、今はあまり興味がないものの、履歴や使用状況には関心があるので眺めていたら出て来たオーナーとしばし会話。BMWR100の千ccで、走行は11500キロ。聞かないのに、乗りたいバイクがないのでこれを選択したとか、もうとっくに走行10万キロは超えているとか。そのとき、手を入れたのは、バルブのすり合わせと、ピストンリングの交換だけで、ピストンは交換していないという。さらに年数が経過しているので、最近中古で出回っているBMWはみな軽く10万キロは超えていて、それで価格が安いんだ、と教えてくれた。

最近RBに物色に寄った時もそういえば50万いかだったな〜などと思いを巡らす。ドカもいいが、車検代が専門店を通すと高いらしいから、モトグッチの時の経験を思い出して外車は敬遠している。そのときカワサキW650の値段を聞いた関係で、興味を持っており価格帯を伝えたら、車が買えるね、などと少し関心があるふりの答えが帰ってきた。
もうじき70にさしかかっており、足着きに気を使うようになってきたので、などといいながら別れた。大宮ナンバーだった。重そうに見えないが、乾燥で210キロあまりという。後ろから見ていたら、きれいなブルーの排気炎をたなびかせながら静かに去っていった。さらに大滝方面へ足を伸ばすらしい。
これまでの経験から200キロ以上の速度も車重も自分の関心の範囲外なので、頭の中は170〜180キロの車体と140〜160キロの最高速度あたりが先ほどのBMWオーナーではないが、取り回しを考えて行くとそういう結果になって来る。
この間の風が強い日、アクセルを開けて対抗しようとしたらさらに強い風に押し戻され、側溝の中に落ちそうになった、やはり130キロ程度の車重とあのではパワーでは短距離はいいが、中長距離では役不足である。

さらにその後、急にブスブス言い出してエンジンストップ。ガソリンが一滴もなく、最寄りのスタンドまで300メートルくらい押していったが、これがけっこう重い。

土曜日で休日営業しているか心配だったが、やっていた。初めて満タンで1000円を超えた。なんと6.97Lで7.2Lのカタログ数値には達していなかった。この時の燃費は34.5だったので、そう悪くはない。しかし、ガソリン一滴の有り難さを痛感した。

今の国産バイクも平気で10万キロ以上走り、外車と比較しても趣向意外では遜色はなく、4輪と違ってバイクは国産優位ですらあるだろう。また、スズロイとかフッ素系の添加剤などもあり、耐久性や燃費向上も期待でき、どこにも行ける魅力は捨てがたい。

秩父往復のあとの給油でもかれこれ投下一年になるスズロイ(私的モータロイ!?)のせいで、リッター12.5を記録した。じんわり効果が出ている。高速走行も120キロあたりの方が100キロ走行時よりもアクセルの踏み込みが少ないことを確認している。

火曜日, 2月 26, 2013

今週も土日が休みとなった。仕事の出が少ない為である。土曜日は2900キロを過ぎていたのでRBでオイル交換。帰りは、ノーマルのオイルのままで帰って来たが、オイル交換のありがたみを実感した。荒れていた感のあったエンジンが一変してスムーズとなり、これなら粉剤など要らないと思ったりしたが、エンジンを切る際にクランクケースに触れたら、これまでになく加熱されていたので、その晩再び粉剤を調整。翌朝、出発前に追加した。
翌日は49日の目前で形見分けで親戚二軒4名が来たし、不動産屋さんとの初交渉の日でもあるので千葉へ朝から行った。この前と同じ2度C幼表示だったが、気分は暖かい。春が近い感じであった。日曜の16号は早朝はいつもガラガラ。走行はきわめて快適。あっと言う間に予定の場所まできた。ここでナビの目的地を佐倉から目的地に変更。いままで知ってはいたが一度も通ったことのない道を通過して、まもなく無くなるかっての実家へ到着。

肩見分けをしている間に、駐車場を臨時にお借りしている業者と面談。あちらは売ってくれれば転売せず、自社の駐車場として利用したいとの考えだと説明され、社長とも了解済みとなっているといい、 場合に寄っては、地上権だけを最初に譲渡し、あちらで国税から土地も購入することが可能ならばそうしたい意向と判明。二週間後にまた合うことになった。

その後皆で昼食をとり散開した。しかし、結局佐倉に寄りしばらく追加の話しをして又帰りの道を。出かけ際に従兄弟が250クラスが一番扱い易いでしょうなどというので、昨日RBで650の見積もりをとった事を喋った。

翌日会社に行き、調査に出ようとして到着予定時刻を見る為にiPhoneでセットしたら画面が変わっていて驚いた。土曜の夜おそくNavicoのアップデートを無線で行い、2GB近い容量なので何時おわるか分からないのでそのままにしておいたら終わっていたらしい。

有線でないので、先日も数式処理ソフトMathematicaの8.xから9.0へのアップグレードも最初あと二日と2.3時間などと出て驚いたが、途中で勝手に中断。もう一度つなぎ直したら、今度は高速で繋がり、2時間以内に終わってしまった。5.3GBほどで、起動したらちゃんと動いている。

以前のNavicoでは予定ルートが分かりにくく、色のセンスが良くないと思っていたが今度は見易い。
しかも以前から指摘されていた渋滞情報なども表示されるようになったと途中から気がついた。
これならバイク用のiPhone4Sもアップデートするぞと思って昨晩実行した。
で、予定通りに目的裏に到着した。高崎線の各踏切マークが新鮮だった。

日曜日, 2月 17, 2013

大原へ調査に行った前後の記述から。
FTRを買ったのは緊急情勢でRBに任せたので、深い理由は会社に聞いておくれ、なのだが代車ならともかく、毎日ある程度の期間は乗り続けなければならず、やはりバイクメンテの基本は守る必要があるが、なにせ在庫中最安製品であったせいもあり(提示条件下で)、おそらく最低でも8年くらい寝かせてあったと思われ、サスは固く、工具類は一切なくプラグの点検もままならない状態であった。サスのほうは私の体重と毎日使用するせいで1週間ほどで、めきめきと回復し、柔らかくなり2週間ほどでほぼ全面回復し、今ではさらに微妙に乗り易くなっている。バイク用品店で以前使っていたクロームメッキの微小なサビ落とし製品を物色中、偶然1個180円でプラグソケットを見つけ購入した。以前のビッグワンとは違い、良好な焼け具合のようである。それをしまう工具箱も簡単な鍵付きのボックスが付いていて今ではETCのカード読み込み部品の格納庫も兼ねている。

大原往復でリッター40キロを記録したあたりから(購入走行4500キロ程)で当初の印象からまた変化が出て来た。えんじんの印象が少しづつ変化して来て、トップホールドのままアクセル操作で40〜110キロほどの範囲でオートマ気分で走れる感じがしてきた。これは、さらに潤滑剤の本来の機能が発揮されだしたように感じられる。
今日は相続の現金輸送のため、呼び出され約束の時間に間に合わせる為旧自宅へと向かっていると、途中で、このバイクを追い抜いた。こちらは四輪と同速度で右側車線を走っていた。噂に寄るとカブ(110cc)に続いて第3位の売れ筋バイクなのだという。私が通う病院の駐車場にもいつも一台止まっていて脇が空いている時は細部を観察したりしている。前方に右折帯が現れ渋滞が始まると、後ろからこのバイクが近づいてきたことが音で分かった。しばらく平行して走っていたが、やがてまた後ろへ下がって行った。こちらはスピードを落としたこともある、ほぼ無音。隣は私から見れば、いい音の一種のなのであろうが通常のオイル仕様らしく煩く感じられる。

しばらく併走したあと、隣は後ずさりするように後方に消えた。あるいは将来候補の一つと考えていたが音や雰囲気は自分に合わないと感じた。この日増しに快調になっていく感じからは、ヤマハのSR400あたりが目下手頃な候補なのではという気がしており、あるいは単気筒600あたりが狙い目かもなどと淡く夢想中である。

あと、この華奢なフレームは私の体重もあるだろうが、どうも、ちょうどいい具合にフレームがしなる感じを受けていたが、この記事を見るまではまさか、しなっているとは思わなかった。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1394592203

『対してFTR223は、リバイバルで人気が出たFTR250を復刻させたものです。
実際、タンクとサイドカバーなどは、元の250の金型をベースに、
新たに起こされています。

しかし、単なる廉価版コピーではなくて、
ダート・トラック性能でも、引けを取らないフレームとハンドリングに仕上げる為、
開発中は、テスト・ライダーによるダート走行が繰り返し行われ、
ベストなタイムが出せるまで、徹底的にセットアップされたそうです。
ファッション性(スタイリング)から、前後を同じサイズの太いタイヤを履かせながら、
ダートで、ドリフトさせても平気な性能になっているそうです。

このバイクの開発者と一緒に走ったことがあります。
彼はFTR223に乗り、私はCB1100で、田舎の峠道を走りましたが、
センターラインも無いような、細い道幅の峠では、FTRの圧勝
パワーで何倍も勝る私も、ムキになって追いましたが、
ついに追いつけませんでした。』

もう一台次のマシンを考えているとRBで口走ったら、マジっすか!?などと目を輝かせていたのが印象的。
ピストンサイズもビッグワンのとさほど変らない。こちらはフレームならぬクランクロッドがしなるような想像をたくましくしている。

さて、大原での調査は、はかばかしくなかった。相手の100近い父親が存命かどうかだが、店を知っていても、みな妙な目つきになり、お互いの顔色を伺いながら、その辺のことはわかりませんとの事だった。

仕方なく、すぐ隣で同じく職種の店をやっておられるある商店を訪ねた。すぐに伯母さんが店頭に出て来たが話をすると、お亡くなりになられたんですってね、などとお悔やみを言われた。えっ、どうしてそこまで知ってるの!?と思っているうちにコーヒーなどが運ばれ、ご主人が呼ばれ出てこられた。やはりお悔やみをいわれたので、どうしてそう早くご存知なんですか?と思わず聞いてしまった。すると、隣の家の親族が直ぐ近くにおり、そのひとの話が、この店の隣ぐらいにいるらしいスピーカー伯母さんに伝わるやたちまちに顔見知りの人たちに伝わるのだそうだ。

試しに故人の写真をiPhoneで見せたら、間違いないですがずいぶんお若いですね、と言われたのでもう一枚和服の写真を見せたら、あ、これは故人の結婚式のときのですね、などといわれた。何でも隣の家の主人(すでに故人)とは小学校以来の同級だったとか。それで、結婚式の司会などもされたという。それで、隣の家のご主人の父親が生きていると聞いたのですが、ご存知ですか?と尋ねると、やはり驚いた顔をして、いくら隣でもそういう家庭の事情はわかりかねますが、確かN県の出身の方で、たとえ生きていたとしても100歳前後でしょうなどと答えてくれた。

さらに明日相続の相談も隣の家の方とする予定なんですが、と話すと、こちらではなんでも一族に銀行経験者さんがおられて、その方にみなお任せしている、という情報もスピーカー伯母さん経由でご存知だった。

とにかく、私と同等くらいの情報量を周辺の方たちがもっているようだとわかり、大変驚いた。

で、翌日その代表者とお会いした。やはり父親は大正二年生まれで、息子さんのうちの一名の家族と暮らしているのだという。

私はてっきり、その父親への遺産分割で、伯母の遺産から1/3の請求が来ると思い込んでいたが、
そうではなかった。なんと、相続放棄の手続きを保険会社を通じてしてくれているのだそうだ。

しかもその代表者の奥さんがその父親の末娘だという。伯母の亡くなった旦那さんはその妹さんとは血縁関係がなく、斎場にこられた亡き旦那の妹さんがその旦那の妹の一人で、そちらに相続権があるのだそうだ。(これは叔母から聞いた話しでそう思い込んでいたが、後日戸籍謄本を各自用意した中で、皆血のつながった実の兄弟だと判明し、当初の誤解が氷解、それにしても歳が離れ男女でこうも容貌がはなれていては、誤解も無理ないかもと思ったりした。)

その元銀行マンの奥さんは、大原で有名なK家の末娘だが、今回の伯母の亡夫もそのK家に後妻にして入った方の息子さんでK家の店を最後にたたんだ方で子供がいない。で、その銀行マン氏がご自分の奥さんのK家の供養を今後20年ほど代表しておこなう手順に一族の同意でなっており、伯母の一族との遺産分割交渉に当たっているという。

これで、当初不審を募らせたこともあった私だったが事情がわかり、かの銀行マン氏も同じ99里地方の出身、私の母方も大網の網元の家系ということで、その出身地細草という地名もご存知だという。さらにバブルの頃には、私の町のKY銀行の支店長などもしていたという。

なんだかんだで垣根が取り払われてみると、あちらから提示された残高は伯母のほうが多いが、伯母への保険金はみな亡くなった旦那の口座から引き落とされており、今は残金は少ない、などということも分った。

それで、K家の墓の守りに200万くらい、妹さんたちにいくらかやりたいという(多分同額くらい)。

あと葬式代などや雑費も旦那の口座から出ていて、伯母の預金の残りを我々が受領ということで、基本合意した。

それで約朝、さっそくおととい、隣家の情報を流してくれた方に電話し、非礼をわび、昨日の交渉も円満に終り、あちら側にこちらとしてもお願いすることになったと、報告しておいた。電話を取り次いだ奥さんも私の事をいつの間にか、お父さん、kさんよ~と隣の家族の一員みたいな呼び方をしておられた。

そして水曜日に現金の一部を分けるから土曜日に来て欲しい、と電話連絡があり、また会って話をして、通帳のコピーや実際の通帳の残金などを確認した。郵便貯金分と、保険金(旦那のガン保険)は一族の印鑑証明と戸籍謄本などが必要らしく、それ以外の大半が現金化してあった。
本日受け取った額の約二倍がさらに此方側に来るという。なんでもアフラックらしいが、ガンで亡くなった場合の保険として通常のものより高額な保険だったらしく、それで旦那の口座の減りが早い一因だとも言っていた。

帰りに伯母の実家の近所の私の従兄弟の家により、もう一人の従兄弟も呼んで経過を公開し、五人で平等分配することにした。彼らの感想は、こうして結果をみると、まるで非常にうまい配分をされたような気がする、という印象のようだった。それで、一人160万の保険(生きていた父親への保険)の受け取り人の上姉の分も相手が要らないというので、こちらも5等分ということになった。
これは保険会社が血の繋がった方でないと契約変更は難しいということで、相手の妹さんは実の子であっても亡くなった旦那がかけた保険は、相手を変更せよということで途中から変り、此方にきたが本来なら100歳近いその方というわけだが、その人を探したのもN県の保険会社であった。

火曜日, 2月 12, 2013

2 月10日、11日とうまく休みが取れた。 今日は予定通り大原町町内を散策予定で、ナビで見ると自宅から126Kmほどとなる。しかしルートを見ると122号側道を南下し安行を通り千葉経由のルートとなり、知らない所ばかり。

そこで最近開拓した佐倉を通るルートを考えた。そうすると遠回りとなるが、帰りはまた佐倉の親戚に寄るわけだし最初から見知らぬルートより取っ付き易そうに思えた。日曜日7時台から出発し、16号を埼玉から千葉方面へ。

日曜日の国道は交通量がグンと下がり大変走り易い。しかし今日はこのバイクで初の長距離だし、スピードは控えめを心がけた。春日部•野田境の温度計は1度C丁度でえっ、こんなに寒いのか!?と思った。暫く行くと真正面に太陽があたり大変まぶしいので、国道脇の吉野家で早めのトイレ休憩。ここで体が(特に指先が)暖まり元気が出た。 
16号を南下し白井付近で、鉄道に沿って左折。後20キロ前後で佐倉である。鉄道側道はほとんどが2車線で走り易く対向車もなく、ハーレーが二台前方を走っていた。4輪はだいたい70〜80キロ走行で、それに合わせて着いて行った。

県道464号から佐倉方面右折のサインでいままでの快適ルートからお別れ。暫く行くとクネクネした県道へで佐倉市内へ。JRの鉄道を超えると正面が歴史博物館。そこを右折してしばらくいく寺崎北の交差点。その角のコンビニでトイレ休憩。
ここで、目的地をいすみ市大原町へ変更。しょうが茶で体を温めスタート。ここからは、60キロ程度であり、気温も上がって来ている。さしたる緊張もなく、のんびりムード。ここから先は一度も走った事のないルート。暫くは佐倉市内の地名が出て来るがそのうち八街方向へ誘導される。どんどん東にむかっているな、と思っているとようやく南へ向いた。どの辺からか知らないが、県道128号線を南下。勝浦方向などと出ているので、この道を南下していけば途中で大原を通過するのだろうと思った。東金、茂原、大網などと行き途中から突然海の雰囲気を感じた。右手が山でふと見ると鳶がゆっくりと山際をそうように滞空していた。しかし左側を見回しても、家ばかりで海はまだ見えない。
暫く行くとサイクリング用の休憩スポットが道路脇に現れた。
そしてここから本日初の太平洋を見た。案内板をご覧頂ければわかるように、この先1キロも行かぬうちに道路脇まで波打際がせまり観光スポットが出来ていた。

もうすぐだと思いつつもけっこう走ってようやく大原へ。グーグルマップで見ていたので千葉銀の建物と道路の間に駐輪スポットがあって、休日のためだれもいないのでそこへ駐車してようやく町内を散策し、まず営業中の店をみつけ腹ごしらえ。ニュースではネコの首にデータの入ったメモリをとりつけたらしい容疑者拘束の速報を流していた。

ここのジャンボカツカレーは1080円とちょっと高い感じがしたが、出来立て熱々でたいへん身にしみた。ここのボーイさんに地元の方ですか?と聞くとそうですというので、紙をみせて店名を教えると帳場にいたご主人が今は店を閉めていて、などと聞かされ奥から3〜4年前に亡くなったそうです、などと教えてくれた。さらに店は更地にしてすでに他の方が土地を買って、家をたてているとまで教えてくれた。

その先の話しは割愛して帰路について佐倉の親戚宅へよる。とちゅう、茂原市内で明日あう先方の代理人宅を上空からは確認していたが、実際に見てみようと1.4キロ手前でルート変更した。今日も出かけているかとおもったら、今日はちゃんと居る。袖ヶ浦ナンバーのマイカーを確認。バイクの音できづかれてもまずいかもと思い、即座に退散する。


寺崎宅へ着く前に220キロほど走行していたので給油を済ませておこうとGSを探したが、駅周辺は見つからず。この前通った斎場付近まで行きようやく給油。5.73リットル給油。15時47分。走行はトータル230キロ。

ネットでは、定地燃費43キロを上回る燃費を何度も経験しているという書込みがあったが、私のはキャブ変更前の10年落ちの旧型なので、リッター42キロの筈。

親戚宅の話しの後、燃費を話したら、それじゃ、まんまカブの燃費そのままじゃん!などと驚かれた。かみさんのプリウスでも24.0はどうしても行かない、などと以前話してくれた従兄弟の反応である。この後、もう一軒の親戚へより、明日の話し合いは悪いけど私一人で行く事への了解を得たので、遠慮してもらうよう要請。それからまた16号経由で80キロあまり帰って来たが、21時到着予定が20:30前に到着。前の車を追っていただけだったが翌日の燃費は35.8キロあたりまで低下していた。

水曜日, 2月 06, 2013

このところ、休みとなれば親戚の家を訪ねることが多い。相続した家を貸していた伯母が亡くなり
否応無しに相続問題が発生してしまった。相続は争続問題がいつの間にか浮上し、伯母の兄弟の息子という立場上、一年以上前に亡くなった伯母の夫の親族たちとの相続問題がどうなるのか予断を許さないため、できる範囲内で動く必要が出て来た。

この日は佐倉市内の一番年上の伯母の家を訪ねた。千葉を経由して佐倉へ行くとなると、遠回りとなるので、16号の小室付近(白井町)から鉄道に沿って平行に464号線を行き、途中から印旛沼付近で県道65号線へ出て佐倉市内へというコースを取った。この道は佐倉斎場で伯母のお別れの会に行くとき、今年二度目の雪の予報で車で向かった際に覚えた道だ。一番古いカーナビが指示したルートで、Navicoではこの近道は出てこなかった。八千代辺りから佐倉方面へというルートのようだった。

まだ、今度のバイクには、ETCもカーナビもついていないため、記憶を頼りに地図を広げておおよその道筋を把握して出かけた。日曜日のため、16号もかなり空いていて、平均速度もこの前の会社を休んで行ったときよりかなりハイペースで2時間ほどで80キロを走ってしまった。

ところで、3000キロのオイル交換のとき、向かい風がつよくて高速での伸びが悪いことから、その直後から、あのミラクルパワーを外してしまった。たしかに常用スピード域ではトルクアップが期待でき、燃費もいいのだが、本来持っていた高速での回転の伸びが、頭打ちになるような感じがしたからである。

それで、外したらあまりの貧弱なトルクにどきっとしたが、回転のつながりは悪くないので、どうなるかとおもっていたが、燃費は安定したようだ。ここのところ16号を何往復かして、かなり回転をあげてもつねに36.xとばらつきがなくなっていた。今日は渋滞がなく、フルスロットルでを多用してどのくらいになるかテストだと最初から思っていた。
今日は親戚の家の写真を撮ったが、佐倉藩の名残があるかのような納屋のたたずまいを強く意識した。道も迷わず来たら偶然佐倉城址にできた国立歴史博物館前に到着した。そこから5~6分で到着である。

、この日は別府国際マラソンの日で、中継を横目で見ながら、あれこれ情報交換した。グーグルで表示したあちらの親戚の実家を一番年上の伯母しか行ったことがないので、どの家か特定してもらい、住所なども判明した。そうすると、近いうちに私がまた単独で現地へ飛んで必要な情報を得てこなければならない。こうなると、ETCとバイクナビは必携となるが、ETCの書き換えは今日当たり終わっているはずだから そろそろ装着しなければという思いがいっそう強くなった。

10時半には着いていたが、すぐに昼となり従兄弟の奥さんが手製のカツ丼とトン汁を出してくれた。
うまかった。この日も暖かく気持ちが良かったが、用件がすむとまた埼玉のレッドバロンへ帰ることとなった。帰りは少し大胆になり、ビッグバイクと競争したが、追い抜くことはできなくとも思いのほか健闘できることがわかった。やはりあと1.5クラスほど排気量アップしたバイクがやはり欲しいが
しかしなかなか候補が見つからない。
レッドバロンでETC装置をセットアップしてもらう間に店内を見回ったが、いちばん手頃かな、と思ったのがSR400。
空き家となった家を売ったらこのDUCATTIあたりも手が出るかな!?とおもったり、いや軽いオフローダーのほうが一番かなと思ったり、バイクの理想的な一台は、shoさんもきっとそうだろうがなかなか簡単には決まらないものである。
この日、店長から前の1300が広島のほうで買い手が現れたので関西方面へと挨拶された。この前、良く似たバイクだなと思ったかっての愛車が買い手が着いて良かったと思った。もっとも買取価格より20万ほどアップした値段だったが。

二時間ほどかかるといわれたセットアップは1時間ちょっとで終り、ちょっと疲れたので、高速でテストランしながら帰ることに。その前に230キロも走っていたので、満タンにしたらリッター35.98と今回初めて37.xだった燃費を少し割り込んだことがわかったが、あれだけビッグバイクと競争してもこの程度の落ちでしかないことがわかり、この通勤最適車種にも隠れた美点があるわな~と改めて思った。

高速に乗り入れて初めて時速110キロほどで走ったが、今まで、高速を走りなれていないエンジン特性を痛感した。90キロぐらいで一番左を走っていると快適だが、日曜の夕方の半渋滞ではそれ以上出す気もなくて、込んできたので嵐山小川で降りてしまい、一般道を好きなように回って帰ってきた。

以前のバイクにつけていたナビホルダーも一緒に帰ってきたので、こちらは自分で装着して、無事完全動作を確認した。