火曜日, 11月 17, 2015

ハーレースポーツスターの燃費特性の追求 −2

日程の都合で人員の遣り繰りがつかず、今日だけ自宅待機となった。また週末GPS要員として二日他社の手伝いもあり、22、23の少なくとも1日は出社の予定もあり、天気を見ながら、課題である、とにかくハーレーをいろいろな条件下で転がして距離を稼ぐ必要があるので、出かけることに。

とは言っても前回のブログ更新で徹夜してしまい、睡眠不足なので出発は正午すぎ。計画は立てず、思いつきでナビを外して北へ向かった。

しかし一般道と言っても、まだ満タンご二回目で走行距離は数十キロ。だから効き目のない(タンク内のモータロイ濃度は薄め)状態でシコシコ距離を積み上げるのはしんどいので、東松山から本庄までは高速道を走った。

途中、珍しく寄居SAに寄った。最近、仕事で寄居や上里付近が多いので、地理感覚を養うのにも、また下道としても申し分ない。

行ってみたら記憶と違いおじんまりとした場所だった。ただ、日本最北端
のみかん栽培は寄居町となっているそうだ。
 説明を拝見したら、いろいろと参考になった。

本庄で降りて、行くあては特にないが、とりあえず照る照る房’Sの前を通ってみたが、以前と同じくシャッターが下りたまま。そのまま藤岡方面へ向かうが。途中で右折すると上里とあるので右折する。右折直前に神川町二十日市を通る。右折してしばらく行くと七本木を経てあとは知った場所だった。今日はやたらと国交省の交通量調査をやっていた。調査員たちが2名単位で一斉にボタンを押すのが見える。

そのうちいつしか南下してまた寄居方面へ。するとどこを回って帰るかが問題となり、少し峠道を行こうとなり定峰へ向かう。


大野原の交差点を左折して少し登りに入る。モータロイのせいか、登坂力はすこぶる快調。定峰の県道11号を気持ち良く登っていく。そろそろ満タン後100キロを超えている。音も静かで気持ち良い。さすがに今日は行き交うバイクも少ない。数台のみだ。

対抗の4輪もカーブで止まって待っていてくれる。あっという間に峠の茶屋まで来てしまった。

ここの高さはというと
秩父市内より300メートルぐらいしか高くない。これではアッという間ではある。

久しぶりに幾つかのアングルを。



時刻を見たらまだ15時ちょっと過ぎ。そこで、小川方面へ下りて帰るには早すぎると思い、定峰から秩父市内を経てもう一つの峠を回ることに。また同じ道を下りていく。
途中見落とした地点で撮影

下りはさらい速い感じで140号へ、と思っていたら大野原へ出る地点でスピードオアーバーで気づいたときには横瀬へ向かっていたので、299号で横瀬を左折してトンネルへ向かう。

トンネル入り口で高さをチェック。

市内からは自転車でここ正丸峠を目指して来て、飯能で生糸を下ろしてまたこちらへ来る際に自転車を後ろから押す押し屋なる職業が昔あったという。
今は考えられない時代であるが、それが常態だった時期が確かに存在した。

あとは文字通り下るだけ。
コーナーリングは重心が低いせいか昔より楽である。後ろにピッタリ付いていくる4輪を振り払うために直線で少し吹かすとサーと間が空く。
結局次のカーブで追いつかれるわけだが、大半退屈なのでそれで遊んだ。

女影手前から鶴ヶ島までは夕方渋滞。4輪と同じペースで徐行しながら通過する。しかし、エンジンは夏のように熱くはならない。顔の辺りにほかほかと暖気が立ち上る程度。
オイルタンクの暑さを素手で触れてみると大したことはない。
渋滞中ニュートラルランプが点かない!と思ったが、チェンジレバーが振動で揺れているので爪先で少し触れたらちゃんと点いた。夏場は温度が上がりすぎて中禅寺湖畔から金精峠までは点かなかったが、今後はモータロイが効いてくることが考えられるので、あまり心配していない。

この前燃料計が点灯したのが170キロを過ぎたあたり。今回はまだ点かないから燃費が伸びていると思っていたら、ある地点でやはり点いた。その時の走行距離は204.9キロだった。

単純に前回同様の燃料補給を想定すると、204.9/10.69=19.16となった。

あと。5リッターは残っているので、さらに80キロぐらいは走行してから満タンにするつもり。前回は満タン後4回目の走行だったが、今回は3回目の走行であるから、16キロ代から19キロ代まで向上したことになる。

また、前回感じた激しい振動は特に感じないものの、止まっていると、やはり頰や唇辺りにも振動が伝わってくる。今後これらもどう変わってゆくのか楽しみである。

発進も楽になった。エンストしそうになっても、クラッチを掴むとまた再起動してくれて、発進し、クラッチが完全につながるとガツンと繋がった感じがはっきりわかる。クラッチの節度が国産とは違いえらく幅がある。

ギアオイルの交換は2万キロ程度という。エンジンオイルはミッション系には回らず、純粋にエンジン周りだけなので、W650などとは違う。
タンクの底に沈んだモータロイは前回一度示したが、今回はこの給油孔に引っかかったくらいだからその大きさが想像できる。

タンクの鉄の厚さも国産とは違いかなり厚みがあるので、その大きなモータロイ(単なる錫片なのだが)もあまり大きな音がせず、気にならない。
万一引っかかっていたら、その時は確実にアップするつもりでいるが、・・・。





月曜日, 11月 16, 2015

ハーレースポーツスターの燃費特性の追求

毎年、ハーレーの各タイプ毎にいわゆる年式としてニューモデルが発表されており、その数は半端ではない。

また、自分の年式を中心にその前後の年式もかなりの幅を持って掲載されている。2007年式を例にとると2002年から2016年までの各モデルが参照できる。
http://www.virginharley.com/models/models2007/model2007-xl1200l/


これで見てみると、私が最初接したハーレーは1999年式のXL1200Sなのだが、そのカタログをはじめ実機も手元にないので、類推するしかない。

上のカタログに出ているのは2002年モデルからだ。



このモデルを残っている写真と見比べると違いはエキゾーストが黒色かクロームメッキかという違いぐらいしかないようである。当時の一般道燃費は18.9、高速道燃費は21.7、キャブ仕様で、車重は232キロ。2003年式は237キロとなるが、燃費性能等は変更がない。

ちなみに1999年式はフロントブレーキがダブルディスの他に、スパークプラグもダブルで通常の位置(シリンダーの左上)の他にヘッドの真上にもう一本ついて、プラグコードも各シリンダーにそれぞれ2本づつ配置されていた。

エンジンはリジッドで、今のインジェクションのようにシリンダーが前後に数ミリラバーマウントのため動くようなことはない。そのため速度と回転数にもよるが、サイドミラーはほとんど像を結ばなかった。

エキゾーストシステムの取り回しの変更は2004年モデルから。

相変わらずキャブ仕様だが、これにより一般道燃費19.2、高速道燃費が22.2と若干向上。ラバーマウントの採用のためか車重は260キロと増加している。2005、2006も同様。オイルタンクのキャップもプッシュ式に変更。



2007年式からキャブからインジェクションに変更となり、一般道燃費19.2は変わらず、高速道燃費のみが23.3と一気に1キロ強も向上した。
2008、2009はそのまま踏襲、

しかし、最大トルク発生回転数が2008年までは2900前後であったが、2009以降は3500回転と600回転ほどアップされている。

そして。2010年式では一般燃費は19で、高速道燃費は24キロとアップ。最大トルクも当初の(2007)の90Nmから88Nmと少し落とした。カムプロフィールの調整で
こうした変化を生み出したのだろう。

2011年式と2012年式(上図)は、各諸元はその前年と同じだが、一般道燃費は逆に17.9と落とし、高速道燃費のみ2010年よりわずかに増して24.2となった。


2012年式は車重が270キロと増加している。メーター周りも変更があった模様。


2013年は創立110周年ということになるらしいが、この年以降、燃費表示は一種類のみ。単に20.41などとなって、旧モデルより
明らかにダウンしている。これはおそらく、排ガス規制の強化などが影響していると思われる。

さて、増量したモータロイのその後であるが、毎日数十キロほど下道を走った結果、16.3キロと出た。

W650のように、一回の走行ではどの程度か!?かというと、ハーレーではまだ試していない。そこで、夕方から満タンにしてすぐさまCB1000時代に設定しておいた燃費コースを中心に140号も皆野まで走り、一回の燃費を計測したら、予想よりもよく、21. 6走ってくれた。145.2/6. 72

本日前半は高速もちょっと走り、距離を増すごとに振動が戻り、バイク屋さんも驚くほど以前の静かなマシンから昔のリジッドマウントほどではないが、グリップやシートに振動が出たが、むしろその方がハーレーらしい走行感であった。バイク屋さんを出たら間も無く警告灯が点灯、最寄りのスタンドで満タンにしたら、その後50キロ以上走らないと、モータロイの濃度が薄まってしまい、おとなしいマシンになってしまった。バイク屋さんに行ったあたりが走行170キロほどで、その頃が振動が多かった。

しかし、鼓動感は最高で、加速もよく乗っていて気持ちがいい。

クラッチをつなぐ時につなぎ始めとつないでいる途中と完全ミート時と排気音が刻々変わり、味わいが出る。モータロイが効き出すとやはり気持ちがいい。昔、初めてモータロイを投入した感動に近い感覚を今日再現した格好となった。

高速道走行のみではダメで、できるだけ短距離でも毎日多様な慣らしをしないと、うまくオールラオウンドに馴染まないような微妙な困難さもあるかのように思える。

常に燃料を半分程度入れて、濃いモタータロイ状態にして慣らしをする必要もあるかも!?。

近いうちに富岡町にも行かねばならないが、できるだけ多様な回転数と走行条件での慣らしが必要と思われる。












日曜日, 11月 08, 2015

宮崎正弘の国際ニュース・早読み  (プーチンの情報管理側近、ワシントンで急死の謎)

読者の声5にあるもモンハン事件については、拙ブログなどでも取り上げたことがある。
http://yhsvtex.blogspot.jp/2008/10/blog-post_31.html


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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成27年(2015)11月9日(月曜日)
         通算第4719号   
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 ロシアの情報担当政商がワシントンで急死
  ロシアのテレビ広告を80%独占の新会社設立直前になぜ米国に?
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 11月5日、ワシントンDCのデュポン・ホテルで、賓客のロシア人が心臓発作に襲われ死亡した。

 死んだのはミハイル・レシン。プーチンの情報担当の側近であり、情報管理大臣(1999-04)、大統領顧問(04-09)を努めてプーチンのマスコミ官吏、報道の統制などの指揮をとった。クレムリンの公職を去ると、「ガスプロム・メディア」の経営幹部として乗り込み、さらにプーチンの情報管理を具体化する手だてとして、テレビ広告の新会社設立に奔走した。

 なにしろロシアの報道は締め付けが厳しく、プーチン批判のメディアが巧妙に潰されるか、記者娃暗殺されるか、暗い時代に戻ったような状況がある。

また資本によるメディアの系列下と統合が進んでおり、前述ガスプロムと「ヴィデオ・インタナショナル社」などが出資して、テレビ広告の新会社設立がきまったばかり、その黒幕がミハエル・レシンだったのである。

 なぜ、彼がこの時期にワシントンに滞在し、米国の誰と面会していたのか、不明な点が多い。
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 樋泉克夫の知道中国シリーズ  樋泉克夫の知道中国シリーズ
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【知道中国 1319回】  
      ――「市店雜踏、穢臭衝鼻、覺頭痛??」(岡60)
      岡千仞『觀光紀游』(岡千仞 明治二十五年)

  △
 1月11日、岡は香港に上陸する。道路は立派に補修され、水はけの便を考え中央部が盛り上がっている。さすがに植民地経営馴れしたイギリスだけあって、自分たちの生活を第一に考えたインフラ整備が進んでいる。下駄ではとても歩けそうにない急勾配の坂道を岡は領事館に向うが、そこでイギリスからやって来た4人から、「フランスは新たに大軍を派遣し、スリランカもシンガポールもフランスの軍艦が碇泊していない港はないほどだ。『中土』はいよいよ多事多難な情況を迎えることだろう」と最新情報を聞く。再び戦雲が立ち込め始めた。

 翌(12)日、香港の街を散策。たまたま目にした兵営では三階建ての兵舎の周囲に花々が咲き乱れ、まるで「王侯の荘園」のようだ。紅色の「閑雅」な軍服に居ずまいを正し、イギリス兵は往来を颯爽と行き来している。山を背に海軍病院が、戦艦には陸軍病院が設けられ、海で病んだ者は陸で、陸で病んだ者は海で治療することで病気回復を早めるとの試みだ。なにもかもが整ったイギリス軍である。そこで岡は、

――「洋人」は兵たることを楽しんでいる。これに対し「中人」は「游手(プータロ―)」を集めて兵とする。「頭會(かんぶ)」は勝手気ままに税を取り立て、人々を犬馬の如く扱う。これでは戦う前から勝敗は明らかだ。(1月12日)――

 確かに「游手」を強制的に駆り集めて仕上げた軍隊では、「戦う前から勝敗は明らかだ」ろうに。イギリスの香港領有がもたらした変化を、
 ――当地をイギリスが開いてから僅かに42年に過ぎないが、各国は外交館を置き外交官を派遣し、地政学のうえから「東洋各國を控御(おさえ)」ている。これこそ、常日頃から唱えている『宇内(せかい)の大變局』というものだ。(1月12日)――

 その夜、友人と酒を酌み交わしながら語った。
 ――清仏戦争が始まって以来、香港は局外中立を宣言して来た。フランスの戦艦が糧食や燃料の石炭を求めると、東に向かう場合には台湾で、西に向かう場合にはサイゴンで調達すべしと伝えていた。だが前日に入港したフランスの戦艦を修理しているが、中立法を犯す行為といっていい。同盟というものは、戦時体制を布いたうえで局外中立を宣言すべきものだ。いま清仏両国は交戦中だが、中立を宣言する同盟国は現れない。やはり万国公法(こくさいほう)は東洋諸国では未だ行われていないということか。(1月12日)――

 15日、香港を発って珠江を遡る。零丁洋やら虎門やらアヘン戦争の激戦地を過ぎると、やがて船は広州の港へ到着し、「舌學(かんとんご)」を学んでいる広瀬二郎の出迎えを受けた。

  翌々日、広瀬を訪ねる道すがら岡は大小無数の船が屯している情景に出くわすのだが、そこに数10隻を繋ぎ合わせ大邸宅のように設えた施設があった。通路が縦横に通じ、陸上と見紛うばかり。水上の歓楽街だった。以下、原文をそのまま書き写しておくが、漢字が醸し出す雰囲気から岡の目にした情景が感じられるはずだ。確かに漢字は感じ。

  ――毎家貯妓。翠幄錦帳。宛然迷樓。皷板絲肉。喧無晝夜。嫖客蕩子。魂飛肉走。其連船隻。爲屋宅。豈恐其淫蕩傷風俗耶――

  客待ちする娼妓たちの艶姿は、店先に下がる色鮮やかな暖簾に隠れて見えない。暖簾をヒョイと跳ねあげた店内に入ると、そこは陶然たる雰囲気に満ちた別世界。男心を誘う調べがゆらぎ漂い、昼でも夜でも耳朶に聞こえるは嬌声と歓声。遊冶郎の魂は舞い踊り、放蕩者の肉欲は猛然と飛び跳ねる。船べりを連ねて作られた歓楽街の佇まいは、怪しくも脂粉の香に満ちて淫蕩(とろ)けるような・・・頽廃の世に堕ち行くこと必定だ。
《QED》
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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)本当にびっくりしました。野田聖子自民党前総務会長の11月4日夜のBS日テレの番組での発言です。
 中国が進める南シナ海の人工島造成について「直接日本には関係ない。南沙(諸島)で何かあっても、日本は独自路線で対中国の外交に徹するべきだ」
と述べたそうです。
後半の「日本は独自路線で対中国の外交に徹するべきだ」は独自路線が何かによりますが、前半の「直接日本には関係ない」は全く不見識極まりない発言です。新南群島(戦前日本領であった時の呼び名)が中国領となれば戦略核兵器を搭載した中国の潜水艦がその海域を自由に潜航できます。
ということはたとえ中国が日本を核攻撃したとしても米国が反撃できないということです。
反撃すれば新南群島の海域に潜航する中国の潜水艦から米国が核攻撃されるからです。
これは、日本を核の傘から外したがっている米国に最高の口実を与えます。昨年の2月に親中派の自民党議員をそそのかせて、安部政権を倒して親中派主体の自民党執行部と親中政権を創らせようとしたとき、自民党総裁候補として担がれそうになったのが野田聖子氏と聞いています。
野田氏が断って事なきを得たそうですが、良識から断ったのではなく、単に意気地がなかっただけのようです。
 日本はサンフランシスコ条約で台湾を放棄しましたが、新南群島を放棄していません。日本人が発見した群島を国際法に則り日本領としたのです。現在でも国際法を厳密に解釈すれば日本領です。
この論点には一つ弱点があります。戦前新南群島は行政区分上、台湾省高雄市の一部でした。何故、沖縄県の一部としなかったのかと嘆いても仕方がありません。
ここは大死一番中国式に日本領と言い張りましょう。
台湾の新総統に共同統治を持ちかけるのも一つの可能性です。
   (ST生、千葉)



  ♪
(読者の声2)貴誌718号<日本のメディアは「アセアン拡大国防相会議」と報じている。しかしこの会議の看板をみて驚くことがある。(中略)マレーシ アで開催された会議なのに、なぜか看板は中国語がトップ。それも「中国?東亜国防部長非 公式会語」となっている。弐番目に英語表記があって「CHINA?ASEAN DEFENSE  
MINISTER INFORMAL MEETING」とあるのだ。 まるで 主催者は中国である>(引用終)
 驚きました。
米軍の南シナ海パトロールにの対抗措置と取れなくも無いです。 NHK9時ニュースでも中国の軍人の姿ばかり追っておりま した。日本国であるのに。NHKは韓国だけでなくシナ中国にも報道を制御されている。これで「受信料をくれ」とは厚かましい。国会議員はテレ ビを見る暇がないそうだが、洗脳を野放しにしているではありませんか。
    (MOMO,岡山)



  ♪
(読者の声3)所謂「グローバル化世界」の実相について】
「正論2015年12月号国家観喪失者たちの虚妄を撃つ」で京都大学名誉教授佐伯啓思氏は「京大政治学の故高坂正堯教授は、国家を形成するもの、それは権力の体系と利益の体系、それから価値の体系だと指摘されました。
高坂さんが言いたかったのは権力の体系、それから利益の体系だけじゃなくて、やっぱり価値の体系が大事で、価値の体系がしっかりとしていないと、権力も利益もうまく機能しなくなるということだったと思うのです。私はもう一つルールの体系を加えて四つにしたいです」と述べておられます。
 上記の国家形成の四つの体系、すなわち?権力?利益?価値?ルール、は何も国家にだけ当てはめるのではなく、世界の現状を俯瞰するためにも使えそうだと私は考えました。そこでこれらを世界の実相に重ねわせると、喧伝されてきたグローバル世界が『人・モノ・マネー・情報などが自由に行き交う世界』とはいかに別物であるかが鮮明に見えてきたように思います。
 つまりグローバル化なるものは上記の四つの体系の一つに過ぎない「利益」、つまり経済なるものを世界各国が同床異夢的に追求しているに過ぎないことがわかるのです。たとえば
1)世界の権力の体系の実態は米国・中国・ロシアなどが軍事力をバックに覇権争いの真っ最中であり、それ以外の国々も自国の国益をかけて必死である。この動きは“グローバル世界だった”ローマ帝国化“とは真反対の動きです。統一されたかのようなEUも分裂騒動が続いています。又建前上経済案件であったAIIBやTPPも姿を変えた権力闘争・覇権争いと本質を露呈しだしました。
2)世界の価値観の実情と云えば・・・精神面では宗教紛争・民族自決・ナショナリズムがますます増幅の傾向にあり、文化・自然科学等の価値観の結晶である”知的財産権“の取り合いはサイバー戦争とあいまって、すさまじい様相を呈しています。
3)ルールに至っては、”統治者の下に(国内)法があるばかりか、国際法までもが統治者の下におこうとする“中国に代表される国々と、曲がりなりにも民主主義国と言われる”統治者の上に法が存在する“国々との対立はその激しさを増しているというのが現実の姿なのです。
 こうしてみてくると、「グローバル化」という言葉(特に日本では経済界で今でも頻繁に使われている)が最早世界を説明できる力を失っていることは明らかでしょう
(SSA生)



  ♪
(読者の声4)日本の財界人が大挙して訪中し、習近平、李克強ら要人と面会しました。
2000年の歴史を概観して、チャイナが強大になったときも決してその僕とはならなかった地域とまずわが国は同盟関係をつくらねばなりません。
 チャイナは必死で巻き返しを図っているので、全てを決するのはわが国の決意次第です。 
 わが国の財界はぜんぜん駄目なので、チャイナ共産党打倒は中央の政府と、それを支える広範な国民の結集しかありません。
 財界も、チャイナに肩入れすれば結局自分たちは最後は滅びるのだと知ってるでしょうに、サラリーマン社長たちはそんなことはどうでも良いのです。若者たちよ早く財を成し、新産業を興して、ふがいない財界を乗っ取るべし。
  (TM生)



  ♪
(読者の声5)やや古い話ですが、昭和史の見直し作業が一方ですすみ、左翼史観とは無縁の研究所も書店にみかけるようになりました。
 なかにノモンハンの研究がすすみ、最近ロシアが発表した歴史文書によれば、あのノモンハンは日本が勝っていたとされているそうです。
 たしか、宮?さんの過去の作品にそのことを触れた本がありましたね。
   (FG生、名古屋)


(宮?正弘のコメント)小生、ノモンハンの現場には内蒙古のハイラルからタクシーをチャーターして行ったことがありますが、道に迷い、呆然としていると草原のなかに人民解放軍の兵舎があったので、そこで道を聞いたら、部隊長が直接案内して呉れました。
 付近の村の中にあった記念館は兵士の軍服、水筒、帽子、鉄砲などの陳列品をバケツをひっくり返したように陳列してあり、しかも入場料が100元(十年前ですから、異様に高い)、文句を言ったものでした。
 さてノモンハンですが、辻政信は「負けたとおもうたら負けや」とかの「迷言」を吐きましたが、ジューコフ元帥は戦後、アメリカの歴史学者の「どの闘いがもっとも苦戦したか」という問いに、ドイツ戦線ではなく「ノモンハンだった」と、日本軍の強さを逆証明しているのです。

 実際の戦死者、破損された戦車などから総合判断して、日本が辛勝したようです。ただし、ソ連はこれに懲りて、ドイツ戦線に兵力と武器を集中するべく、ゾルゲをドイツ人に化けさせて日本にスパイとして送り込み、朝日記者だった尾崎らを駆使して近衛政権「昭和研究会」に近づき、みごと日本をして「南進政策」に転換させた。
スターリンは極東戦争を膠着状態のまま様子見とし、日本が不利と見るや、旧満州へ怒濤のように踏み込んできたのでした。

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 ワックからお知らせ
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中村彰彦『三島事件 もう一人の主役――烈士と呼ばれた森田必勝』(ワック)
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 ながらく絶版となっていた『烈士と呼ばれる男』(文春文庫)が、このたび新データを含んだ決定版『三島事件 もう一人の主役』として刊行されます。
 取材には月日をかけて、北海道から関西まで何回も関係者を訪ね歩き、『諸君!』に連載され、単行本、文庫となった名著に新資料をくわてての決定版です。
 11月12日全国一斉発売
 ●なお、三島研究会の会員、憂国忌賛助会員の皆様には本著は『三島研究会』より贈呈されますので、あらかじめご承知下さい。発売日直前にお手元に版元から直接配送されます。
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宮崎正弘 v  室谷克実『日本に惨敗し ついに終わる中国と韓国』(徳間書店)
宮崎正弘 v 小川榮太郎『保守の原点』(海竜社。1620円)
宮崎正弘 v 室谷克実『仲良く自滅する中国と韓国』(徳間書店)
宮崎正弘 v 川口マーン惠美『なぜ中国人とドイツ人は馬が合うのか?』(ワック)
宮崎正弘 v 石平『2015年 中国の真実』(ワック、シリーズ第五弾)
宮崎正弘 v 大竹慎一『中国崩壊で日本はこうなる』(1512円。徳間書店)
宮崎正弘 v 西部遭『日米安保五十年』(海竜社)  
宮崎正弘 v 黄文雄『世界が知らない中国人の野蛮』(徳間書店)
宮崎正弘 v 佐藤優『猛毒国家に囲まれた日本』(海竜社) 
       □▽ ◎ ○◇
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宮崎正弘のホームページ http://miyazaki.xii.jp/
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(C)有限会社宮崎正弘事務所 2015 ◎転送自由。転載の場合、出典を明示
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土曜日, 11月 07, 2015

ハーレースポーツスターで東北道再訪 燃費計測の筈が・・・

ズバリ、モータロイ追加でその効果を見ようとここ数日、エンジンの調子を見ている。

W650は丸二年以上になるが、買った時から入れ、その後半年ぐらいで倍量に追加、あんまり効果がないか!?と思っていたら、今年の夏以降、エンジン音が静かでトップで1000回転ぐらいからスムーズに加速する感じでかなり気分がいい。投入した最初の夏、房総半周でリッター30キロ調度を走り、その後毎日の通勤でつかうとリッター22~24ぐらいで、この夏と秋、ロングツーリングでリッター32キロ程度走ることを確認。投入後二万キロ以上走ってしまった。

バイク屋さんには2台のW650があったが、皆売れてまた置いてあるが、すでに10万キロ以上走行車だというが、そうは見えない。

自作の錫球をモモタロイとしてネット販売しているサイトにもW650で、16万キロ走ってしまい云々という伝言などがあるが、これも最初からモータロイ投入車らしい。
http://momotaloy.web.fc2.com

改めて、ここに掲載されている初期の商品の効能カタログを拡大してみると、やはり性能アップはなされないが、通常よりも金属壁の潤滑、耐摩耗性が増すようだと、自分の40年以上前からの経験などから、マイナスの効果よりプラスの側面が大きい、と実感している。

上記サイトでは、入れすぎてマイナスの経験は内容で、私の最初の半田ロイは失敗だったが、も^タロイ系なら入れすぎによる失敗は一部の車種!?以外は無いように思う。

というわけで、倍量というか、3倍量位投入して、試乗している。

ジーゼル車でも数年前からこっそり入れているが、購入時リッター10程度がいまは意識してつかうとリッター13ぐらい走るときがある。

この前のハーレーのオイル交換で約6000キロ走行だったので、その直後から増量している。最初の効果はアイドリングが900回転から1000回転にアップした以外には特にない。

それで、これといった効き目が感じられないようなので、増量した。するとエンジンのフケがよいようなので、期待していきなり高速へ入れてみた。

 この夏、よく立ち寄ったサービスエリアに寄ると
と以前から一種類だけ葉の色がすこし違ってみた欅の木が伐り倒されていた。年輪をみると毎年よい成長をしているようで、樹齢は25~28年ぐらいで今年の成長も場所によっては一センチ近かい幅をもつようだが、何があったのかは、わからない。


 今日ははやく結果が知りたくて、先を急ぎ、白河で降りてすぐにまた高速を使って帰って来た。

白河から乗ってしばらくすると標高430メートルの峠の表示があって、それから数キロ南下すると那須高原SAがあり、そこで休憩。そんなに降りていない感じだったので、形態のコンパスでみたら高度390dメートルと出た。
するとここから南下すると、ずっと弱い下りになっていると、7月にもこの下り線でゆっくりしたが改めて周りを見渡した。

画面の右から左の方向が東京にむかう上り線だが、肉眼では右から左にかけて高速道が下がっているのが見て取れる。

ここは、上りとも広びろとして気持ちがよい。
紅葉は、どこもきれいではないものが大部分。白河へ向かうと途中気温が16~14度へ落ちたが、再度南下しようと同じ地点でみたら、13度となっていた。

帰りを急ぐことになった。エンジンの調子は良い。この前、ハーレーを貸してという同僚に、燃料警告灯がついているので、ハイオクを入れてね、と言ったら改めてハイオクですか!?と聞きかえされたので、、これまで、貸すたびに燃料満タンにしておきました!というのは、ノーマルだったのかもしれない。

ノッキングの心配はなさそうだったので、いままで敬遠していた国産バイクと連動して帰ることに。するとそれほどスピードをなさなくても右側車線を軽快に進む。

初めて軽快に飛ばす醍醐味を感じた。かなり行ったところで先頭の連れの二台が左側車線へ。こちらは爆音たかくそのまま進むとみるみるその二台が小さくなっていく。

ハーレーにしてからいつも思うのだが、高速での距離の稼ぎが以前より速く感じる。今日も高度を見るためにそれ以後二度ほどSAによったが、えっ、もうここ!?と感じるくらい。まあ、それには3車線になっても、ずっと中央を走り続けたことにもよるが。

朝寄ったSAで高度チェック。
240メートルも降りてきた。距離してみたら高低差はあまり燃費には影響ないだろう。
偶然かもしれないが、ここでも欅と思われる樹木が伐り倒されていた。

ここからだと出口までもう少しだ。

羽生インターで立ち寄って記録。すると脇に最新のハーレーが来て止まる。音は子供のころから耳になじんだハーレー独特のサウンドだった、車種はスポーツスターとは明らかちがうフロントホイールが全面金属版で覆われているモデルでソフテイル系のように見えた。

今回は途中かなりスピードが出るし、気持ちよく加速するので飛ばししまい、たしか2415kキロ走行ぐらいで警告灯が点灯したので、やはり開けると悪くなる、という当然のことを改めてまなんだ。

過去最高の満タンまでに12.7リットルを費やし、朝満タンと思った量より一リットル くらい余計に入ることを改めて知った。

ところで、朝給油しようとタンクキャップを外したら、あっと驚いた。な、なんと大きめの錫片が周りがギザギザのまま、給油口にひっかかり取り出すことができる状態だった。もちろん、そっと手でタンク内に戻したが、あの重い錫片がタンクの底から、おそらく振動で飛び跳ね、まだ周りが角ばっているので引っかかったわけだ。もちろん以前示した通りスポーツスターの給油孔は、ノズルが入るだけの口径しかなく細くできているせいもあるが。

とにかく、高速を飛ばしてもリッター22キロ前後というのはまあ、妥当なところだと思う。最高燃費を記録した時は、タンクを水平にして、給油孔スレスレにいれたのだが、スタンドをかけたときにかなり流れて出てしまった。

まあ、バイク入門なる書籍を買って読んだとき、教材はクジラタンク以降のCB450だったが、燃費を気にするとバイクは楽しくなくなるよ、と書かれていたことを思い出す。

モータロイが適切に効きだすと、飛ばさず乗れば燃費も向上し、それなりに楽しいのだが、高速道ではやはり豪快に飛ばす(アクセルを開ける)ほうが断然面白い、という本日の教訓でした。







日曜日, 11月 01, 2015

ハーレースポーツスターで秩父路紅葉紀行

このところ、福島の動物たちは一応皆元気で、除染作業に手間が掛かっており、見通しがはっきりせず、また私が顔を出しても、何も始まらず、むしろがんばる福島に寄付をすることが一番だとの認識から、今はあまり行く気がしない。

それより、自分の身の回りにいろいろと気を使うことも大事だと思い始めている。
このところ人に貸したりしていたハーレーも、たまには自分で遠乗りしないと思っていた。
会社の仕事で、木曜日に奥秩父の中津川渓谷へ1日がかりの仕事で出かけた。市道17号のトンネルの道路面を掘り下げる関係から、必然的に地下埋設物もそれに応じて深めに再埋設する関係で調査に親会社の監督員らと出かけた。

今年の雪がまだ残っていた頃壁の崩落により施設が破損、その関係で調査に出かけた時には車は数えるほどしかこなかったが、今回はひっきりなしにバイクや車が通り、たいへん作業的にはきつい状況であった。

最初は道路縁で何人かがカメラを手に、色づいた紅葉などを撮っていて、危ないなと思っていたら、仕事を始めるとどんどん遠慮なくバイクや車が集団で通過していく。

最初に来たのは水平対向空冷の1200が三台と、国産オフローダー2台だったので、珍しいこともあるものだと思っていたら、どんどん同じような集団が次々とやってくるではないか!?

目立った空冷水平対向だけでも10台以上は通過。皆専用ナビをつけ、結構お金がかかったマシンが独特の排気音を轟かせて上へと登っていく。250クラスのオフローダーたちも負けじと元気良く吹かせて行く。仕事柄、それらに目を奪われるわけにもいかず観測に専念はしていたものの、ようし、この紅葉は今が見頃だから、今度の土日あたりはハーレーで乗り込むぞとウズウズしてきてしまった。


大滝の総合支所で、水道の調査で立ち寄って水道管の有無を事前にファクスで資料を送り、返答がくるようにセッティングしたつもりだったが、担当者は皆現場に出ておらず、対応した事務員はファクスってこれですか!?などといってみせるだけ。しつこく水道の有無をたずねると、この場所より上は集落があり、さらにそれより上に浄水場があって、水道管は集落まではあるが、集落がない場所までは伸びていない、との答えだった。

土曜日は休みだがJ:COMという会社がケーブルテレビの機器の電波状況の調査と称して各家庭の機器を見て回るから居てほしいと呼びかけがあるので、家で待機。日曜は予報以上にいい天気となったので、出かけることに。

一枚厚着をして出かけたが、すぐにそれでは体が冷えることがわかった。意外に秋は冷える。会社を出て、満タンにしてちょうど10時にでて、ナビを中津川にセットして東松山へ。そこから高速に乗り、花園インターまで。またバイクでは寄居からは乗ったことはなかったが、時間が惜しいので有料道路を通る。しかし、出口手前600メートルから渋滞。今日の1日を暗示するかのような人・車ので出会った。木曜日ですらこのシーズンあれだけの二輪および四輪の移動があったのだから、まして日曜日においてはなおさらだ。

今年の夏、いろは坂で大渋滞に巻き込まれた時もやはり日曜日だった。しかし、140号に出ると意外にスムーズに進むと思っていたら、やはり秩父警察〜上野あたりは渋滞であった。道の駅はちょうど11;50頃通過。流れがスムーズになったのは秩父鉄道の踏切を越えたあたりから。

しかし、木曜日もそうだったが、ループ橋は舗装工事が行われており、片側交互通行でかなり待たされた。
嵐山での色づき


やがて、中津峡にさしかかる。
この前絶景とおもわれた紅葉はすでに時期を逸した感じだが、相変わらずさらに多くの撮影者たちがいた。


一本の紅葉の脇に女性がずっとカメラを向け続けているので、その辺をウロウロ。すると行き交う車がすぐに周りに止まり、目で楽しんだり、携帯で撮ったりし始めた。川をのぞくとめまいがしたが、ガードレールにはいくつもの落石がバウンズした傷がけっこうある。そこで、始めて振り返るとご覧のような警告がでていた。事故は自己負担ですよといわんばかり。まだここは県道なんだと再認識。この先で二本道を左に取ると市道17号線になり、中津川渓谷キャンプ場となる。


その道へと向かうとすでに渋滞していた。車を避けて前へ進むと渋滞の原因がわかった。よりによってこんな場所に数十人のりの都内ナンバーの観光バスが上へ向かってきており、下りのマイカーとすれ違えず、相互に徐行中。一部に退避場所があるだけの林道なみの舗装路でしかないので、下りのマイカーはしぶしぶ何台もバックして道を開ける。そうした作業の繰り返しで渋滞中。この前の交通状況からこの事態は日曜日なら、しかたないかと妙に納得。バスの乗客たちは大半が老人たち。

この前作業したトンネルの先にどのくらいから集落があらわれるのか、浄水場はどこかを探るのも目的だったので、先へと進む。この時点で出発からちょうど100キロ。標高はこの前みたら高度800メートルと表示された。

するとこのトンネルからわずか900メートルで一軒目の家が右手に現れ、休憩所にはすでに多くの観光客がてんでにテーブルのまわりに腰かけて見物中。ちゃんと中津区だか、中津川区という標識もみえるが、観光バスはこの辺りでかなり難儀。少し広い場所には路上駐車車両が3台縦列にとまり、対向車が数台バックしなければ通行できない。

バスの後ろに泊まること数分、バスがバックギヤモードに入ったが、車体が揺れただけで後退はなかった。すでに女性ライダーを含め、オフローダーが数台まわりに追いつき、待っていたが、やがて、バスをすり抜けて追い越していくので、こちらもそれに続く。民家の入り口に慌ててハンドルを切るマイカーなども数台。これじゃ時間がかかるわけだ。

部落は102.xキロぐらいで大体終わるがまだ転々と続く。大きい(旧式の)制水弁や消火栓なども道が狭いのでやたら目立つ。なるほど、職員がしたり顔でいうわけだ。


どうも今一の紅葉で申し訳ない。ずっと一本の紅葉に10分以上かけて撮っていた女性が次のターゲットにしていた紅葉。



申し訳ないので、対岸の紅葉を一枚。5Xモード。

終点にはすでに観光バスが数台ならび、マイカーは数十台。バイクは十数台は来ていた。こまどり館とかいうらしいが森林科学院などという文字もみえる。駐在所もあって、そこで始めてかってsho さんたちとツーリングで来て、このあと上野村近くをまわりぶどう峠を越えていった時の記憶が蘇った。この辺で出発から103キロ程度。

その先も見たいとどんどん行くと道は舗装が途切れ砂利道となり、トンネルではなく17号隧道などと変わるので狭い道でUターン。ゆっくり戻ることにする。それでもオフローダーたちは何台か奥へ奥へと進む者たちがけっこう居る。川を越えて対岸へわたる者もいたが、敬遠した。

この終点からようやく綺麗な紅葉が現れだした。三日前の下流でみた紅葉に近いのかも!。



下の渓流では釣りをたのしむ観光客も。


この先はどうなっているかって?トンネル内はむき出しの岩が露出。路面もあらく、軽いオフローダーでないと無理と判断して引き帰す。実は夕方にはオイル交換を予約してあり帰りを急がなければならない事情があった。

またこまどり館に戻る途中に何枚か。





そして、引き返しちゅうなので、正確な距離は不明だが、集落の終わりからしばらく上へ来たところで、簡易水道施設がある。


こまどり館のまわりにはトイレ、駐車場、散策施設などがあり、こんな案内も。





市道で初めてのトンネルがたしか出会いトンネル。その手前を右に向かうと県道のまま雁掛トンネルへむかうらしい。



ここで青葉大根飯などのメニューが330円くらいから表示されていたが、先を急ぐのでスルー。メニューの最後に寄ってくんな、などと書かれていて野趣が感じられたが。

大滝総合支所を過ぎてしばらく下降するとするとバイク弁当などの看板先の右側にみやげものセンターと食事場所があり、前回も三人でほぼおなじ時刻(14:30頃)に他の二人は盛り蕎麦の大盛り、私は豚味噌丼を頼んだが、上に乗る具は缶詰製品を温めたもので、ネギの刻みがのるだけ。それで1000円は高いよなと思い、今日は他のふたりと同じものを頼んだが、大盛り(プラス200円)でそれだけですかと思わず叫ぶくらい、これじゃ普通の盛りと同じじゃないですか!?という感じだった。それでも頼んだら、祭日料金かなにか蕎麦だけで760円もして大盛り料金を追加してほとんど1000円。

しかもメニューにはざるそばとあるので、期待したが来たものをみると海苔はなし。ただ量だけはあきらかに大盛りといった感じで、食べ終わる頃には、めんつゆが下に数ミリ残るだけだった。


食事をそそくさと済ませ、駐輪場でバッグから買ってあったお茶を取り出し飲んでいると、見ず知らずのスクーターのおじいさん(70位)が今日はこんでますね、などと話しかけてきた。

奥の紅葉の具合はどうですたか!?などと次々に話しかけてくる。なんでも朝9じ過ぎに秩父の駅をでたバスが三峰口の駅に到達するのにさっきまでかかったそうでしたから、などという情報も。木曜日には我々も三峰口で和光から西武鉄道で秩父に来て、三峰口で会う親会社の担当者と10時40分に待ち合わせたばかりで、秩父駅前から数十分で着いていた。

そして、この辺の紅葉の名所は、中津渓谷ではなく、大血側から入っていく太陽寺がいいんですよ、などと教えてくれる。

そこの白いお札が有名で、スケートの真央選手のお姉さんがそれを手に入れ、妹さんにプレゼントしたら、オリンピックで優勝だか入賞したような話まで!

そして最後にこれは何ccですか?とかなんていうバイクですかなどとも。傍にはBMWの水冷式バイクが二台いたのだが、話し込んでいるうちに二台共別れた。800のようだった。

やがて140号を下って行くと、その三峰口駅入り口を少し過ぎて行くと渋滞。一向に進まず対向車もまばら。そのうち数台前の赤のフィットが急にUターンして逆方向へ戻って行ったが、さらに5分ほど待っても進まず、エンジンの熱気の温まりを楽しんでいたが、これではオイル交換に間に合わないと思い、無理して逆行して小鹿野方面へ進路変更。こちらは面白いように走れて、結局皆野の親鼻橋の袂で140号に合流。寄居の手前でまた渋滞が始まったが、なんとか通過。どうせ高速も混んでいるだろうと思い、荒川をわたり、かっての燃費確認ロードで熊谷市内へぬけ、407を南下し、家の方面へ。吉見で燃料ランプがついたので、給油。燃費は18.35だった。

オイル交換は2685円だった。バイク屋さんには無理をしたおかげで、閉店7時に対して6時20分ごろ滑り込んだ。