日曜日, 4月 17, 2011


半年ぶり以上たって、久しぶりに寄居のラーメンショップうさぎやへ寄った。長瀞町での仕事を終えて、午後から寄居町の仕事だったので、バイト氏とふたりで入った。

ほぼ12時数分過ぎに到着したが、すでに先客がならんでいて10分ほど入り口で待たされた。入り口には営業日の変更が書いてあったが、特に気に留めなかった。昨年は日曜日は昼すぎまで営業し、夜はたいてい閉めていたようだが、現在は土日もしっかり営業している。ただし、スープが無くなったら閉めます、と断り書きがしてあった。

http://r.tabelog.com/saitama/A1105/A110605/11004521/

店は国道140号沿いで、住所でいうと大里郡寄居町寄居1536-3。電話番号は048-586-1035と出ていた。Googleのネット地図では、位置も出ているが、航空写真などは古くすぐ手前ひだりの牛丼店すき屋などは写っていない。ここの駐車場は広いので、わかりやすいだろう。

ただ、うさぎやの駐車場は店の裏手で、店を通り越したら、すぐ左折して(歩道に比較的大きい段差あり)もう一回フェンス越しに左折したあたりである。リサイクルショップの駐車場を借りるかしているらしいが、‥‥。

この桜もかなり散ってしまっていたが、桜の側はお堂であり、ここと140号の間が、すき屋のゆとりある駐車場である。

私は太麺のうさぎラーメン中盛り900円で、バイト氏は細麺のうさぎラーメンで850円。普通のラーメンは550円位からある。焦し醤油ラーメンもメニューに特筆されている。後で、いいねだんだね〜と話し合った。私のは、半とろのゆで卵がまるごと一個入っていたし、メンマがとくにおいしかった。もちろん、この日は、バイト氏とここへくるだろうということで、朝飯抜きにしておいた。

バイト氏の感想では、児玉町にあるきんそばのラーメンに近い味で、あそこは550円ですけど、などと言っていた。私も昨年、彼とそこへ言った事があるが、店員が注文をし忘れ、さんざん私だけ待たされ、あげくの果てに出て来たものはちがうラーメンで、なんだかものすごく田舎風の味がし、特に印象は残っていないが、彼はよく行っていろいろここの店はおいしいという経験を積んでいたらしい。そのころは、彼は深谷市に在住だった。ただ、児玉町のきんそばさんはラーメン店ではなく、日本そば屋さんであり、カレー類なども出しているので、地域の食堂といった印象だったが。近くに金星小学校などがあり(今初めて知りました)その辺の地名も屋号に反映させているのかも、と思った。ここも、たいてい満車状態ではあった。

午前中は、波久礼駅と樋口駅の中間付近にあり秩父鉄道沿線沿いで仕事をしていたが、土曜日であるせいか、一台も石灰岩を満載した貨物は通過せず電車ばかりだった。すると予期せず、SLが観光客を乗せて通過して行った。あんなに身近にSLの響きを感じたのは、SLで通学を始めた頃からかれこれ半世紀近い経験であった。

軌道も通常の枕木(railway sleeper)で、旅客列車が通ると、最近は滅多に聞かないガタゴン、ガタゴンの連続で、通り過ぎると最後は車軸が2本少ないので独特の調子にアクセントが付き、この響きは半世紀たっても変わらんな〜、と思った。啄木ではないが、響きこだます、泣けと如くに!と言った案配か!?。
http://www.youtube.com/watch?v=8CfZdPnYu84
これは背景の山肌から近くの樋口駅らしいと感じた。

波久礼駅と樋口駅の間が、一番の難所でここに鉄道が開通したのは1914年(大正3年)との事。熊谷〜寄居駅までは、1901年(明治44年)。1914年に至ってようやく秩父大宮まで開通したという。
http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn011/tititetu/tititet1.html

国道140号はさらに遅く、と記憶では思っていたが、国道かどうかはともかく、明治28年(1895年)には熊谷ー寄居ー秩父大宮という荒川沿いのルートが開通し、とある。(大久根茂 「秩父の峠」 さきたま双書、昭和63年、1988)
ただし馬車道程度だったと思われる。記憶では、ダイナマイトを使用して初めて国道140号の長瀞付近が自動車道として完成した、と覚えているからで、Wiki情報でも戦後のことしか触れていない。

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