日曜日, 1月 31, 2010
1月最後の日曜日、前日仕事が終わり書ける頃、sunyouさんから連絡が入り、本日小鹿野町あたりで、昼食でもというお誘いに、渡りに船とばかり応じた私だった。朝10時30分に入間市の例のローソンで待ち合わせという約束だった。しかし、途中燃費計測で予定外にスタンドで小給油したのと、カメラを取りに会社に寄った際、近所の人から待ってましたとばかり近隣の事で相談を受けたりしたため、予定より15分も遅れてしまった。そのため、shoさんは、先に秩父に向けて発った後で、sunyouさんと二人で後から、追いかけた。
http://www.geocities.jp/shonaka2001/touring299.html
shoさんのブログにあるように、途中正丸峠手前で、白バイに止められたなどと連絡が入り、名栗方面から、正丸峠の横瀬側へ出る迂回コースを行く事になり、飯能市街は、結構渋滞していたが、うまくすり抜けて最近来た事のある名栗町を抜けていたら、前方に一台、ルート確認している模様のバイク発見。sanyouさんが後ろでホーンを鳴らしたような気がしたので、降りかえると、shoさんだっ!と教えてくれた。ここで、はじめてブラックバードの実車を拝見。小振りな感じのボディに見えた。
shoさんは、時間的な制約の関係で、秩父までは無理と判断。有馬ダムを通って、子供さんとの約束時間までに都内に戻ることに。町中では、あまりこれといって特徴の感じられない排気音に聞こえたが、 高速での時速100キロから上の速度では、大変迫力のある走りをするようだ。
レーダー探知機などの装備は、私には無用であるが、こういうバイクには必要不可欠なものらしい。よく観察する暇もないうちに、shoさんとはこのY字路でお別れとなった。
時間ギリギリどころか15分も遅れてきたので、sho様から送られたメールにも返信もしないで別れてしまった。時間のゆとりを30分ぐらいは持つように心懸けたいと痛感した。悪いときに、悪いことが重なって、結局、GTOさんとhiroさんにも、1時間近く道の駅秩父で待たせてしまった。しかも、GTOさんたちも、予定より30分も早く到着済みだったらしい、(汗、汗)。
この時期、名栗の山道を通ったことはないが、道は凍結防止剤が至る所で使用されている模様で、路面は濡れたような感じで黒っぽい。どこへ行っても一様に黒っぽく、その分安心して走れた。やがて、正丸トンネルの横瀬方面口わきへと299号と合流。秩父方面から正丸峠へと来る場合には、名栗少年自然の家とかの掲示が出ているはずである。旧正丸峠から降りてきても、結局ここを通る。正丸トンネル開通までは、皆バスまでもが、旧道を通ったという。
http://ja.wikipedia.org/wiki/正丸トンネル
芦ケ久保の道の駅で、いったん休憩。道の駅、秩父まではおよそ6キロとsunyouさんから告げられ、待ちかねているはずのGTOさんとhiroさんに、メールで現在位置を連絡。急がず、ゆっくり来てください、などと事前にメールを頂いていた。これもsho様の手配らしい。感謝。
正午を15分程まわって、ようやく道の駅秩父で、お二人に対面。私にとっては、どちらも初対面。GTOさんは、わらじカツーのブログでお顔はだいたいわかっていたし、sho様のブログへの書き込みNo.1に匹敵する方なので、初対面という気はしない。hiroさんともこんなに早く対面できるとは、思っても見なかったが、突然こういう出会いとなった。なんだか不思議な気さえする。以前から若い方とは思っていたが、意外な程若かった。私が、それだけ年をとったということか。(本人はその気はほとんどないのだが)
良い道を知っています、というhiroさんに先導されて、小鹿野町の安田屋さんを目指す。ここは、以前からワラジカツといえばここ、といわれれてきたので、前回も14時を回ってしまい、食べ損ねたし、そのうち行こうとずっと思っていて果たせなかったのだった。秩父市内の支店にも行ったが、その時も休業だった。もっともわらじカツ丼とうのを初めて食したのは、この
秩父鉄道と140号との踏切に近い、支店のほうだった。
さて、秩父鉄道の地場産センター前の交差点を左折して、秩父公園橋を渡って、荒川左岸へと移り、緩やかなワインディングロードを抜けてミューズパーク南側を抜けて小鹿野方面へ。バイクの森おがのを脇にみて、小鹿野の市街へ。ほどなく安田屋さんちかくの駐車場へ。店は行列はなく、ちょっと待つと入れてもらえた。良かった。朝、寒さとトイレの関係から、飲まず食わずで走ってきたので、待望のわらじカツを味わうには、最高の条件がそろった。ここは、みそ汁が出ない。これに不満をもつ方もいらしゃるが、その分中味と味で勝負、といったところか。hiroさんが、カツは二枚、or三枚などと皆に聞いたが、GTOさんは、控えめでいいとおっしゃるので、結局全員ノーマルの二枚のものを注文した。目の前に並んだところで、ほぼ13:30。さっそくsho様へ、メール送信。するとsho様から折返しメールが。ちょっと遅れたが、家族でお好み焼きを食べておりますという連絡メールが。
それに添付された画像がこれ!。おいしそう。息子さんらしい方の手なども写っている。
初めてたべた本店のわらじカツ丼、hiroさんはイデウラのより甘みが薄いし、カツも薄いなどという感想ももらしていたが、わたしはたいへんおいしくいただけた。sho様にメールを打つ間、皆半分は平らげていて少々あせったが、肉の薄さはたたいて伸ばしたものか、ちょっと厚切りのハムといった薄さだが、トータルで衣との相性もよく、さすが老舗!?と思って頂いた。タレは天丼風味で、あまりソースの感じではない。
私が食べ終わってしばらく雑談などしていると14時近く。正式には昼は13時30分頃までとなっていて、そろそろ閉店時刻なのでとやんわり席を立たされた。店の外へでたところ、まだ、客が二組ばかり来たが、もちろん入れてはもらえない。hiroさんとわたしで、まだやっていそうな近くの店を聞かれたので、紹介した。帰りがけにみたら、そこは営業中だったので、たぶん食べて帰れたのだろうと思った。秩父市内で、スイーツでもということになり、元来た道をもどって、秩父神社近くのジョナサンへ4人ではいり、そこでも小1時間ほどタベリングとダベリング。私はピザ好きなので、それをたのみ他3名はチョコレートパフェやらいちごパフェ。おもにGTOさんの仕事の中味や、sunyouさんのお仕事の内容、他のブログへの書き込み者たちの近況やらうわさやら。私には、初めて聞く話ばかりで、大いに参考になりました。
結局、途中道の駅花園まで一緒に行き、そこで散開となりました。私だけ、高速に乗らずに、定置燃費コースへ。その値は、13.25キロとよくなかった。それもそのはず、ツーリング燃費は
前回の千葉への往復燃費11.5よりさらに悪く11.14だった。しかし、13.25のあとは13.45となり、いくぶん回復基調。
高速でしか、時間の遅れを短縮できないのでかなり飛ばしたのも悪燃費の一因だろうが、実は
スズロイを増量直後で、まだ全然調子がでていないことが原因の大半だろう。
以前から述べているように、リザーブで走っていて、残り少ないガソリンとなる頃、タンク内のスズ濃度は高まっている。そこで、満タン給油し、燃費を測ると、いちばんスズ濃度が低い状態で測っていることになり、これはこれで、目安として面白くない。しかも、細菌調子がよくなって14.5キロまで回復もしたが、スズロイが効きだすのはやはり170キロほど走ってからである。
それで、もう少し増量しようとさらに4粒追加した。すると、満タン後20キロ足らずでスズロイが効きだした感じがでてきたが、さらに走ると明らかに濃過ぎるような感じもしている。
そrで、一タンク走ったが、スズ臭もそれなりに出て入れすぎたか!と少々後悔。二回目の満タンで50キロ程16号で燃費テストしたら、それでも13.9程出たので、もう少し様子を見ようということに。
3タンクめの満タンでは、少し落ち着き濃いには違いないが、臭いも落ち着き、入れ過ぎ感も
当初程ではなくなった。満タン後に、スズ濃度が適正!?となる感じで、これがリザーブでどの程度濃すぎて悪くなるかが知りたかった。が、今日160キロほど走ったが、気になる影響は感じられなかった。やはり、長距離一括走行がエンジンにはいいようだ。濃すぎた感じも、今日の長距離走で、一段落。最初、スズの溶かして固まったものをニッパで分割して、角を落とさぬままタンクに放り込んだので、その鋭い角がタンク内で壁や他のスズロイとぶつかり、入れた量相当の影響以上のスズ濃度効果が一時的に強くでた傾向はあると思う。その後、徐々に落ち着き、角が丸くなり、本来の量に相当したタンク内へのとけ込み状態が出てくると考えると、時間の経過とともに、入れ過ぎ感が緩和される気がするのも、気のせいだけではないだろう。
こんなわけだから、他の人にも簡単にお勧めできない。いろいろと試行錯誤して、適正量を
マシンの機嫌と相談しながら見いだしていく必要がある。燃費への影響はともかく、現在の量では多めだと思われるが、効きだし感が、タンクのガソリン量で、以前のように大きく変わる、ということはかなり減っている。鉛成分の多い半田ロイでは、7000キロ走って13.1以上は絶対でなかった。今回のスズロイは、夏に一度微量の鉛をちょいと多く入れすぎて、それまでの好調が台無しになり、鉛成分は年内いっぱいぐらいはとれないだろうとあきらめていた。そうして、その通り大みそかぐらいからようやくスズロイが効きだしたかんじだったが、まだ量はすくない感じだった。
ある程度の量があれば、それを変化させない事が、慣らし運転の一番の条件であると思っている。一週間や二週間程度で、多いとか少ないとかは、到底結論がでない問題である。
http://www.bsmap.jp/
日曜日, 1月 24, 2010
近い、ということは求める者にとってはありがたい。三日連続で夕方またまた大雅へ出かけてしまた。午後から会社で雑用をしていて、その中では、新たなスズロイ製造も含んでいる。
冬至の頃は午後4時を過ぎると、あたりが目立って暗くなったものだが、あれからひと月以上、はっきりと日が長くなるのが感じられる。
それで、あれこれしていて夕方になり、小腹が空いたので、そうだ、今日は大雅ラーメンにトライしようと、営業時間をチェック。夕方は17時から20時30分までと出ていた。それで、17時過ぎを目安に出発した。そういえば、今日もまた昼飯は未だだった。
まだ、数名しかおらず、カウンターはゼロ。それで、一名なので、また一昨日と同じ末端のカウンターへ。まつことしばし、かなりの客が続々と入ってくる。それにしては、出てくるのが遅い。いろいろな準備立てに時間がかかっているのだろう。この時間帯は、店員も昨日とは違い、一昨日と同じ人だった。しかたなく、ラーメン雑誌を眺めていたら、ちょうど100ページに
大盛軒と大雅などがまとまって紹介されていた。他に、川越市駅近くの頑者ラーメンも出ている。
頑者ラーメンは、セブンイレブンでも、期間限定で、インスタントラーメンとして売り出されていたことがあって、味は知っているが、店はいつも混んでいて、まだ行ってはいない。
大雅ラーメンは、いってみれば、野菜の少ないタンメンといったところ。その分、バラ肉の焼きめのついた肉片や、厚いホタテをざっくり切り込んだものなどが入っている。赤と黄色のピーマンの線切りなども入っている。
この赤と黄色の大きいピーマンを見ると、イギリスのホテルで食べた夕食を思い出す。ピーマンの肉詰めのように、赤と黄色のピーマンにピラフが入っていたっけ。こちらも、すまして、ネクタイなど着用して、おもむろにメニューをチェック、英国人のウェイター氏とそれなりにしゃべって注文。客は2〜3組しかおらず。私は単独でわびしい夕食だったが、翌朝になると、食堂は満室。
後で分かったが、モーニングは無料というか、宿泊料金に入っていたのであった。夕食は有料なので、皆自前で安く上げていたか、外食でもしていたのであろう。たった二泊であったが、いろいろと楽しい観察をした。やはり見知らぬ者同士でも、盛況のほうが、おいしく感じる。朝は、オバマブラウンの黒人のメイドさんだったが、どうみてもハーフ。歯はミルクのように白く光ってみえた。ロンドンの地下鉄で、切符の買い方を教えてくれた女性も黒人で、お礼をいったら、やはりうれしそうだったな。お互い異邦人どうしだもんね。でも、この女性、さるグラビアでみた人そっくりだったな。
さて、大雅ラーメンは850円で、タンメンにちょっと肉やホタテが入って、といった類いだから
ちょっと割高。やはり味噌ラーメンのほうが食べ出があるが、ここの餃子もよく出るそうで、レジのそばでも女性客が、ラーメンに餃子のセットで召しあがっていた。
ところで、このまま帰るには、ちょっともったいないので、軽く燃費テスト。まだ150キロ+程度しか走っていないが、満タンにする。それで、通勤燃費は12.9キロとなり、前回、暖機運転を必ず始めたときの11キロより2キロ近く改善。これは、購入して1年ぐらいの時の燃費並みである。
それから、通勤コースを一部ダブらせて回り自宅近くで満タンにすると、やはり13キロ程度。それで、前回、リザーブを超えてさらに走り、21リットルぐらい給油しての満タン燃費14.5より悪い。これまでところ、170キロぐらいからスズロイの効き目がはっきりしてくるが、今回はそこまで行かないうちに満タンにして、タンク内のスズロイ濃度を落とした場合の燃費という事であまり良くないのであろう。
それで、そういうこともありかと今日、あらたにスズロイをシコシコと作っておいたので、明日、さっそく、2、3個増量してみようと思う。現状でも、ぎりぎりタンク内のガソリンを使い切っていれば、満タンで薄まっても、事前の高濃度の蓄積効果がある程度持続し、今回のように比較的燃費は良かったが、その後、またガソリン追加で、燃費が落ちた。もう少しタンク内の平均濃度を上げても、悪影響はないだろうし、悪影響がはっきりすれば、タンク清掃で済むことなのである。だいぶ、目安がはっきりしてきたようだ。
土曜日, 1月 23, 2010
hiroさんのブログで教えられた羽生市のラーメン店、大雅が行ってみた。
http://ramendb.supleks.jp/score/206279
http://blogs.yahoo.co.jp/rfbsx329/11680604.html
昼間、カーナビをフル活用で、現場、法務局、役所と4現場を回る羽目になり、昼抜きで移動していたので、帰る前にかるく一杯のつもりだったが、二日前に買い置きの焼きそばをチンして、軽く一杯平らげた後だった。
情報どおりに、羽生市 大雅 とグーグルで検索。
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&source=hp&q=%E7%BE%BD%E7%94%9F%E5%B8%82%E3%80%80%E5%A4%A7%E9%9B%85&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=&aq=x&oq=
すると、トップヒットで出て来た。それで、ナビで行こうかと住所を控えだしたが、地図を開いてあっと驚いた。かなり私の馴染みのある場所で、この店の前は、月一回ぐらいは何年も通る道ではないか。しかも、その場所は、社内で気になる行列のできるラーメン店がある、と上司をはじめ何人かが試食に行った、という店のように思えた。さっそく、店名で聞いてみたら、その店だった。昼前に並ばないと、昼過ぎにいったら、とても待てない、などと言っていた。味は、うまいけど、誰々は、そうでもないとか、誰々のいう旨いは、過去にも問題があって、などと話す。その誰々が絶対旨いという店に案内されたとき、食後だれ言うともなく、これが絶対うまいだって!?〜という疑問の声が出たことがある社外の誰だれ氏のことでる。
明日も、バイト氏が来るので、早めに仕事は終わり、それで、すぐにレッツゴー!。バイクを飛ばして、10分ちょっとで到着してしまった。暖機も早めに開始していたことはいうまでもない。いぜん、冬の夜、暖機しだすと、必ず2分ぐらいで、エンジンが止まってしまった。それで、ま〜た、止まった!!と皆の笑いモノになっていた。高い修理代を払うより、買い替えたほうが、〜と噂されていたらしい。が、今年の冬はそういうことはなく、静かに、変な臭みもなく回り続けている。これだけでもうれしいことである。
さて、少々寒いけど、快調に走ってお店へ到着した。ほぼ満席である。連れで来ている人たちは固まって席が空くのを待っている。私は単独であるから、勝手に先行して中へ入り、指定された空きカウンター席へ。男女ほぼ同数で、若い人が多いと感じたが、私がひとり年をとってしまっている、ということだ。
三種類ラーメンがあるようで、最近家でも味噌系が多いので、遠慮しようと思ったが、味噌がおすすめ、ということばを思い出し、味噌ラーメンを注文。できあがるまでの間、カウンターはずれの壁にはってある新聞記事などを眺めて待つ。
新聞企画で、ラーメン好きの記者が、埼北のおいしい店を訪ね歩くシリーズのようだ。店長は北海道で3年、横浜のラーメン歴史館の館長を二年つとめた経歴云々、などとでていて、秘伝の味噌は北海道から取り寄せたものあしい。科学調味料の多雨異は、ほとんど使わず熟成した味噌の旨味がきいているところが売りらしい。
すぐ隣の女性二人連れも味噌ラーメンが来て食べはじめた。ほどなくして、私の分も来た。
あつあつで、やけどしそうであるが、味噌成分のせいか、下がやけないのである。熱さで舌がしびれながら、美味しさだけがのどを伝わる感じ。味噌に違いないが、いわゆる味噌味ではない、味噌風味うまみ味と言ったあんばい。
塩辛い感じもするが、それも一瞬で、不思議にまろやかである。熱さといい、塩味と言い、キツすぎないのは、きっとこの旨味がカバーしておだやかな味わいにしているんだろう、と思い味の決めては、いったい何だろう??と思いつつ、スープも大半をいただいてしまった。顔中汗だらけ。帰りのバイクで、風を引くかな!?と思ったが、大丈夫だった。翌朝まで満足感がのこり、翌朝は腹がすかず、朝食抜きで会社へ。
この日は、県北西部へ行ってから、県東部で三件の仕事。バイト氏と児玉方面の仕事をきりあげ、残り集中した三件方面へとナビをセットすると、到着予定時刻は正午過ぎとなった。それで、移動途中で昼食をどこかで済ます必要がある、ということで、高速をおりて加須あたりかと思っていた。意外に途中の道は空いており、70キロ以上あった道のりは20キロちょっととなった頃、大雅近くへと誘導されてしまった。このペースで行くと、大雅到着は、ヤマカンで11:50分とでてきたので、この時間なら並ばずに食べられると思い、バイト氏に相談したところ、是非行ってみたいとのお答え。
それで、昨晩から丸一日もたっていないのに、再び、あの味噌ラーメンを試す事に。すると予想通りの時間に、一分ほどの誤差もなく、到着。昔から、わたしの時間の読みは正確という定評があるが、食い意地も張っているので、なおさらだ。
私は、同じ味噌ラーメンを注文、バイト氏は急に食い意地がはって、少し安い醤油ラーメンと餃子を注文。先に餃子がきて、そのあと、ほぼ同時に醤油と味噌の順で出された。ギョウザを一個味見したが、こちらは平凡な味のようだった。醤油のほうは、スープを一口ふくんで、うまい、普通の醤油とはちがう、とつぶやいていた。店員の顔ぶれも、昨夜とは、店長以外は、ほぼ全員がちがうかんじ。
昨夜より、ちょっと温い感じであったが、昨夜同様、かなりおいしく食べ、今回はスープも全部頂いてしまった。最後にコップの水を半分ほど含んで出た。出る頃には行列が始まっていた。今日の隣は若い男性で、スープをみたら、塩味系か?と思ったが、出て行った後、どんぶりを見たら、スープも残っていなかった。
木曜日, 1月 21, 2010
最初は、まともに使えるかどうか不安だったポータブルナビ、車に持ち込み、他社製の車用ナビと比較して使っているうちに、なかなかどうして使い方のコツを活用すれば、ひけをとらないことがだんだん判明してきた。昼間は車、朝夕はバイクにとりつけ、使いだしてまだ一週間だが、小型が逆に幸いして重宝している。
特に、夜間バイクに載せて走ると、昼間より視認性はよく、カラフルで刻々それらが変化するので、けっこう楽しい。4輪用カーナビは、昼間は反射して見にくいことが多いし、夜の色もくすんだ色だったりして、あまり見た目のメリハリがないが、バイク用は、本来のメーター類の照度も低いので、たいへん目立って、明るい。
案内の声は聞こえる時のほうが多いが、気付かないときもたまにある。しかし、方向変換時には、画面が二面に表示され、黒字に大きい黄色の矢印と、曲がるまでの距離がメーター単位で大きく表示されるので、聞こえなくとも見逃しにくい。4輪のナビは、この先でまがるのか、今のここで曲がるのかはっきりしないこともあり、行き過ぎることが多いが、バイクでは、メーターの真ん中に置いておけるので、見やすく、認識も間違えようがなく、よく出来ている。4輪のナビは、助手席のネビゲーター用、と言った割り切りも必要なのかもしれない。
4輪のナビでも画面のズーミングは可能だが、素早く簡単にできにくい機種が載っていて、操作にいらつく。その点、このミニナビは、ズーミングがワンタッチで簡単で素早く、どういうルートを採用したかが、すぐわかる。
最初、都市部でない、大字のつく地区では、その下の番地の選択決定の余地がほとんど出ない事が不満だったが、説明書を読むと、ズーミング機能を利用して、画面を拡大、細かい道まで表示させ、行きたい場所をワンタッチ選択で、そこへ行く事ができる。4輪ナビでも、番地は飛び飛びだし、小字となるとほとんどお手上げである。しかも、表示に時間がかかり、出てこない番地のあたりを選択してそこへいくのにも、時間と、多くの手順が必要で、今まであまりしたことがなかったが、今回は、簡素化したシステムでかえって早く選択できることがわかったので、互角以上に使えることがわかった。法務局や役所も、選択が早い。
ただ、近くにある施設を検索するときは、容量が小さいので、どうやらインターネットで検索しているらしく、そこだけは時間がかかるが、情報が網羅されている。
さて、スズロイの経過であるが、年明けから、効果がでだし、スムーズに回るようになってきたが、まだ、燃費変動がある。それは、エンジンの調子のせだろうと思う。先日、朝からナビを付けて、GPS信号の受信が始まるまで、比較的長く暖機運転をしたら、会社に行くまでいまいちエンジンの調子が悪かった。その日は、夜に納品があり、もう終わったと思ったら、もう一件もその日に持ち込まないとまずい事がわかり夜10時をすぎてから、ようやく会社を出る事になった。それで、寒いので、早めに暖気運転をしておいて、出かけた。
すると、いつもとエンジンの様子がまるでちがうことに気づき、これは!?と思った。アクセルを開けないでも、スルスルと回転があがる感じで、えらく調子がよい!。
それで、ハッと気付いた。いままで、スズロイのせいで、モータロイと同様、寒い朝でも、暖機なしでもスムーズにはしるので、そうしていたが、やはりちゃんと暖機してからのほうが、
やはり結果的にいいのでは!?と思い出した。
いぜん、冷機時からスタートして、最初の運転と言うか、回転の保持のしかたで、その日の調子が左右されるようだととは時折思っていた。しかし、どういう運転をしたら良いのかは、まるで掴めなかった。ところが、3分なら3分と決めて規則正しく暖機すれば、スタート時の状態がほぼ一定の段階から、主としてピストンのクセをつけてだんだんとエンジンを温めて行くことになるので、そのほうがかえってピストンが安定し、良好な結果がえられるのでは!?と思った。
バイク雑誌でも、ヤマハの250単気筒の例であったが、十分な暖気をきちんと行っているせいか、7万キロを過ぎても快調というユーザの体験記が昔あったことを思い出す。4サイクルでは2サイクルと違い、暖める金属部品が多いので、各部の熱変化の仕方に規則性が加われば、より、安定したピストン性能がでるのでは、と考えたくなる。
それで、ここ数日、十分な暖機(せいぜい3分前後だが)を急に始めたのだが、調子の安定はよいようだ。しかし通勤燃費はい1キロ強は落ちたが、いたしかたない。その反面、リザーブに近くなると、スズロイ効果が、顕著に感じられる。そうなると、暖機のロスを取り去った純粋の燃費がどうなるのか、知りたくなるのが人情である。
それが大したことないのなら、また、暖機を含めたミラクルパワーの再々復活もありかもと思い出した矢先、満タンでホットスタート燃費を計ったら、14.5キロとでたので、少し安心。
半月ちょっとで、11.5キロから14.5へ、リッター3キロもアップ。それで、今の回り方は、ミラクルパワーのない、気持ちのよい回転の付きが得られているので、ミラクルパワーなしで、どこまで行くか、とうぶんノーマルの点火系で様子をみることに。
sunyouさんが、私と同じくらいのよくない燃費を記録した報告があるので、良かったら、差し上げようかと思っていたのだが、またまた迷いだした。
http://blogs.yahoo.co.jp/sunyou1453
日曜日, 1月 17, 2010
夜になって、一段落。ブログを覗いていると、hiroさんのブログ表示がおかしい。そういえば、みのさんのブログへ訪問したときも同様な現象が‥。
それで、再起動してみたが、同様に画像は表示されず、しかも投稿欄には、勝手に私のメールアドレスが入っていて変更も削除もできない。う〜ん、何なんだろうと思いつつ、念のため、本体内蔵HDを起動ディスクに指定して、再起動。
それでみても画像は出ず、であちらの事情かと思う。しかし、投稿欄は、すべて白紙状態であったから、チョコっと書き込んで、それが表示された、今回は正常に画像表示がなされた。
これだけでは、先方の事情なのか、こちらの事情かは判断できない。しかし、二度も勝手にメールアドレスが出てしまうことは問題があると思った。書き込まなければいいのだろうが‥。
昼間、暖かくなってから、電装系のチェック。ナビが専用のシガーライターソケットからしか、給電できないのは、不便と思い、USBケーブルだけから給電できそうなシステム装置を買ってきたが、これは5ボルトと指定されたナビにはあわないようで、給電を遮断してしまうようだ、ということだけは昨日わかった。きっちり3時間程度で画面は真っ暗になっていたのでびっくり。これはマニュアルに書いてある内部電池のでの駆動時間とほぼ一致。過剰電圧で、こわれたか!?と思ったがパソコンからのUSB接続では問題なく、正常に復帰っした。
携帯の充電電源としての機能しかないようだ。ただ、バッテリー電圧を表示する機能があるので、バイクで試してみた。
すると、アイドリング時で13.xボルト。昨日のディーゼル車では14.xであった。それで、もう一台のガソリン車で試したら、こちらは15.xのレベル。車は、この値が安定していて、.x以下での変化しかない。それで、もういちどバイクにつけて、2000回転あたりまで上昇させたら、15.x〜16.xボルトまで表示したので、特に低いわけではなさそうだ、とわかった。
取り付けはいろいろ考えたが、一番シンプルで、すぐ配線さえ抜けば取り去れる形式をえらんだ。要するに、あまり凝っても意味はない、と考えた。メーターの谷間のV字に、ナビを支えるステーをおき、その先端の部分に、安定させる重しの意味と、左右への回転やぶれを防ぐ安定棒をビニールテープでつけただけのシンプルなもの。ナビの下側は、十字架がのびたような格好になっている。この後からつけた棒は、何にするか相当迷ったが、窮余の策として、昔実験で使ったアクリル棒をみつけ、つけてみたらよさそうなので、そのまま使った。スクリーンのR面に内側からつっかえ棒としてはたらくので、振動やバウンズ時の機器の浮つきを防ぎ、左右へのメーターの傾きなどもいちおう防止する。右へずれているのは、ランプハウスが少し傾いているので、カウルも少し右へ一センチほどずれているためである。
車では、エンジンを切ると給電もストップされるが、バイクではその機能がなく、ナビをはずしても、給電アダプタの赤いランプは点きっぱなしなので、やはりコードごとソケットから抜かねばならない。もちろん、こうすればソケットだけ、黒いカウルの中に目立たず残るので、長時間駐車でも比較的安全なのだが、少々不便。
さて、普段はめったに見ない(忙しいので)、Googleのブログ、ちょっと自分のページから次をクリックして数ページ先へ飛んだら、Ducatiマニアらしきページが出て来た。
しかも、今回はじめてすぐお隣のページも日本語だったり、かなり日本人も増えて来ている感じ。
http://katem1971.blogspot.com/?expref=next-blog
もちろんこのページも若い日本人男性(?)であろう。
写真の質もよく、カメラも相当良品を使用されているようだ。ドカファンのみならず、バイクファンなら覗いてみてほしいものだ。しかも美人、ご主人もバイクマニアらしい。すると、男性に見えた方が、現在のハズ!?そんなはずではなくご紹介したのだったが、袖ふれあうも他生の縁。実は、カメラはライカ社製のようだ。私の好みを絵に描いたようなブログです、とだけいっておこう。
実は、ご夫婦でバイク好きというのは、少ないとはいえ、かなりの人口かもしれないが、その場合、奥さんは美人というのが、私のお好み。ある奥さんは、私を面食いね!と評されたが、いや、hiroは麺食いです、とだけお応えしておいたのだが。
先日閉庁まぎわにある役所へいったら、見かけた。カワサキかと思いきや、スズキの1400。皆似ていますね。個性がない、ともいうかもしれないが、並列4気筒ビッグバイクの理想を追求すると、どうしても似て来てしまうだろうとも考える。カワサキも1400へと移りそうだ。
バイクは手軽なものが一番、という心情は変わらないが、これはかなりスマートな部類に見える。ただ、どうしてもこれでなくては、というインパクトはない。
おとなりは、空冷BMW。どうして、こう日本人の目線からみると、こうした造形になるのか、あまり理解できない。シンプルなことはわかるとしても、彼らの目線は奈辺にあるのか、想像の域を超えている。
ただ、掃除しやすく、雨天走行時のチェーンへの悪影響など考慮しなくてもいい点だけは、
うらやましい。一時、スィングアームが片持ちの時代があったが、最近はそれが主流でもないようだ。本田でも、一部のチェーン駆動式でも片持ち式があるが、掃除しやすく、メンテも楽だろうが、大型には適さないだろう。
しかも、今回はじめてすぐお隣のページも日本語だったり、かなり日本人も増えて来ている感じ。
http://katem1971.blogspot.com/?expref=next-blog
もちろんこのページも若い日本人男性(?)であろう。
写真の質もよく、カメラも相当良品を使用されているようだ。ドカファンのみならず、バイクファンなら覗いてみてほしいものだ。しかも美人、ご主人もバイクマニアらしい。すると、男性に見えた方が、現在のハズ!?そんなはずではなくご紹介したのだったが、袖ふれあうも他生の縁。実は、カメラはライカ社製のようだ。私の好みを絵に描いたようなブログです、とだけいっておこう。
実は、ご夫婦でバイク好きというのは、少ないとはいえ、かなりの人口かもしれないが、その場合、奥さんは美人というのが、私のお好み。ある奥さんは、私を面食いね!と評されたが、いや、hiroは麺食いです、とだけお応えしておいたのだが。
先日閉庁まぎわにある役所へいったら、見かけた。カワサキかと思いきや、スズキの1400。皆似ていますね。個性がない、ともいうかもしれないが、並列4気筒ビッグバイクの理想を追求すると、どうしても似て来てしまうだろうとも考える。カワサキも1400へと移りそうだ。
バイクは手軽なものが一番、という心情は変わらないが、これはかなりスマートな部類に見える。ただ、どうしてもこれでなくては、というインパクトはない。
おとなりは、空冷BMW。どうして、こう日本人の目線からみると、こうした造形になるのか、あまり理解できない。シンプルなことはわかるとしても、彼らの目線は奈辺にあるのか、想像の域を超えている。
ただ、掃除しやすく、雨天走行時のチェーンへの悪影響など考慮しなくてもいい点だけは、
うらやましい。一時、スィングアームが片持ちの時代があったが、最近はそれが主流でもないようだ。本田でも、一部のチェーン駆動式でも片持ち式があるが、掃除しやすく、メンテも楽だろうが、大型には適さないだろう。
土曜日, 1月 16, 2010
人も増え、仕事も増え、1年の長さは変わらず、毎日が夢のように過ぎて行く。しかし、仕事があるのは、やはりありがたい。あっというまに停年がくるのも分かっているので、日々を大事にと思いつつも、振り返る余裕もほとんどない。
忙しくて、寝る暇もないと囁かれていた仕事も始まってみると、年中そういうわけではなさそうで、体はついていけそうだ。今日の契約社員の方も、胃腸があまり丈夫でないらしく、お昼は肉系は無理だと言う。せいぜい、麺類ぐらいが無難なようなので、移動の最中に出たとこ勝負でどこかのラーメン店でもと予想していたが、その時間帯ちょうど移動の最中で、街道をあれこれ探していたが、意外にこれといった店に出くわさない。これからさきは、もう山田うどんくらいしかない、というその看板が見えだしたところに、ひょっこり新しいラーメン店があらわれた。気づいたら、もう通り過ぎてしまい、山田うどんまで来てしまったが、顔を見合わせあうんの呼吸で引き返す。中華そば「くりの木」だ。
http://blog.livedoor.jp/saitamardb/archives/1046779.html
ちょうど正午ころだったが、店内はすでに満席。椅子にすわって、10分超ほどまつと、カウンターが二席空き、移動する。
ラーメンとつけ麺のふた品のみ。シンプルさがいいね。迷いようがないではないか。昨日、ラーメンを逃がしていたので、きょうはラーメンで、ときめると相方もでは、ラーメンで、ということになった。
注文して待つ事数分ですぐにきた。
彼は、メンマの消化に手間取るというので、メンマをほとんど私のほうに分けてくれた。柔らかくておいしい。相方は、もちもちの木に似た味だと、最初の一言。わたしも、奥の厨房で、ゆでた麺の水分を振り切る音が、もちもちの木の店内で聞いた音とほぼおなじではないかと思い出した。
http://buzzmap.so-net.ne.jp/spot/detail/93418/もちもちの木
鰹節風味に、豚の背油が浮くという大盛軒とはちがい、植物油系?かなにかの大きな油滴がたくさん浮いている。ただ、すぐに、ごま風味もすることに気がついた。
そのためか、スープがまろやかで甘い風味がし、濃厚なはずのスープがさっぱり感もあり、抵抗無くスープがすすむ。となりは普通を頼んだので、こっちの大盛りが食べ終わる頃には、スープをふくめて完食状態だった。
相方は、このところ胃腸を壊していたせいもあり、完食して、満足げであった。わたしも引き返して大正解だと納得しあった。
店内にあった、名刺大のカードには、
http://blog.livedoor.jp/saitamardb/archives/1046779.html
の案内と、営業時間や、旧店舗をふくめた地図が載っていた。
ここはライスは、コシヒカリ米で、120円、面の大盛りも120円である。ライスの方には、残ったスープをかけてお召し上がりください、などとわざわざ注記してあった。お隣の先客は、それを食されていたが、ご飯は水晶のようだった。
金曜日, 1月 15, 2010
JRの用地関連で、JR側の立ち会いを申請する準備のために、高崎に向かった。電話番号は変わらなくても、インターネットで調べた住所は、すでに移転しており、新規の住所を教えてもらい、(二キロほど)そちらへ向かう。ナビもあるし直ぐだと思ったら、新幹線の高架下の測道からはいらないと到着できず、通常道路を通っていたら、別の場所へ出てしまった。しかし、JR関連組織がまとまっているため、過去に何度もナビなしで来ていたエリアなので、最後は想像で迂回し、目的の信号(交差点)を見つけ、昼ちょっと前になんとか間に合った。
高崎市内に入った頃から、お昼はどの辺にしようかと、hiroさんのことを思い出して、本日の一杯をゲットしようと考えていたので、レッドバロン高崎を見過ごしていたが、帰りがけにはさすがに気づいたので、一枚スナップ。
その辺でラーメン店でもと思ったが、手頃な店が見つからず結局17号を南下して埼玉県本庄市まで、あっというまに来てしまった。ここは、何度も来ており、前回相手がいたので、行きたくても言い出せなかった店、常勝軒のつけめんをトライすることに。
12時30分頃の到着だったので、駐車場は既に満車状態。裏の道で、順番待ちしているバンもあったが、一台ちょうど良く出て行ったので、すぐさま駐車。店内は8名ほどが入り口の椅子で順番待ちであったが、数分で席があいた。
待っている間に買った食券は、ラーメンでもつけ麺でもなく、もりそば大盛り。850円とリーズナブル。出てきたものを見て、つけ麺とどうちがうのか!?違いがわかるためには、あと数回通う必要ありかも?と思った。いぜん、杉戸でたべたこの種のつけ麺、つけ汁がちょっと甘めでパンチにかけたが、今回はかすかに甘い程度で、締まった風味。再来OKのサインが出た。となりのカウンターは、ラーメン大盛りで、こちらも気になった。さらのおとなりは、つけ麺の特盛りなどを食べているようだった。私の右は壁で右肘の自由が利かず、少々食べづらかったが、カウンターに45度ぐらいで向かって頂いた。夕食は、ごはん1膳で精一杯でした。
このまま、17号を南下すれば、レッドバロン埼玉北店も通る事になる。それで、初めてこの店は何度も通っていても、一度も立ち寄ったことがないので、食休みをかねて寄って見た。店員は昼時のせいかメカニックが二名しかおらず、挨拶の感じも良い。実は、いまsho様が使用されているミラクルパワーは、ここのレッドバロンが、バイク雑誌に広告を載せていて、私が買ったものだ。もっとも当時は、埼玉北といえば、鴻巣あたりのレッドバロンと勘違いして、鴻巣警察脇ですよね、などと電話してしまい、あのね〜、ここは‥などと笑われた。しかも、注文製だというので、直接ルート6さんにファクスを送り、郵送してもらった。
すぐには中には入らず、国道脇の歩道近くに展示してある中古バイクを見て行く。
すると、シリンダーだけは見慣れたバイクが!なんとX41300だった。ずいぶんとずんぐりした格好だと思った。お値段68万円前後。その隣はとみるとヤマハの1700ccぐらいのVツイン。新古車ぐらいの感じで、お値段は約100万円。さらにその先には、左側にベルトがついている本来のハーレーの程度のよいものが120万円で展示してあった。
それで、店の中の展示も気になってきて、入る。Kawasakiの750が、130万円前後が2台も置いてあった。高いじゃん。5万キロほど走行したヤマハのXJ1200がギリギリ30万位が、最安価格帯。全体に60万前後の程度の良いバイクがメインのようだった。ヤマハのXJ1200とならんでほぼ同額で程度の良い走行キロ数が極端にすくないSR400がまぶしかった。
全体的に、Kawasaki系、BMW系、ヨーロッパ車系、がめだった。バイクの森よりは、はるかにわくわくするかも。かねごん様のほしがるグリップヒーターなどがついた最新のKawasaki1400も、メーカー希望価格168万円が160万円丁度ででていた。
いつの間にか店長が近づき、名刺をいただいた。店内宣伝アナウンスを聞いていると、この次は、昔の希望通りやはりバロンか?と思わざるを得なかった。
BMWの水平対抗エンジンのスペックをみると、1150ccで、85馬力、トルクも10.0そこそこしかなかった。
最近、政治ブログランキングに一部変化が見られる。
http://blog.with2.net/rank1510-0.html
今日のところ、ランキングベストテンはいかの通り。
1 新世紀のビッグブラザーへ blog
2 博士の独り語言
3 植草一秀の『知られざる真実』
4 せと弘幸Blog『日本よ何処へ』
5 永田町異聞
6 中韓を知りすぎた男
7 厳選!韓国情報
8 ねずきちの ひとりごと
9 正しい歴史認識・国益重視外交・核武装実現
10 反日勢力を斬るイサ!
である。
長らく、といっても関心を持ち始めたのは、昨年後半以降だがずっと博士の独り言がトップで
あり、次いで植草一秀の‥であった。植草氏のブログがトップになったのは、氏が収監された前後あたりで、無事お勤めを果たして出てこられたら、じわりと下がりだし、このところずっと三位である。
作家、三橋貴明氏のブログがこのところ伸びて、ずっと一位を保っている。
最初の頃、このブログも中味が難しく、何を言っていて、どっちの派かもよくわからなかった。経済関係記事が多いし、そっちの方面は門外漢だったからだ。
しかし、最近このトップになったブログを見ると、反民主党よりの姿勢がはっきり打ち出されてきて、注目している。
今日の中味も、「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成22年(2010年)1月15日(金曜日)
通巻2840号 (1月14日発行)
と同じ2チャンネルで流されたキャッチフレーズを取り上げている。(外国人参政権問題特集)
http://www.melma.com/backnumber_45206/
ここには、ぎょっとするような、元総理の言葉も、資料として出てくる。
『鳩山内閣総理大臣の見解
「定住外国人に国政参政権を与えることをも真剣に考えてもよいのではないかと思っている。行政や政治はそこに住むあらゆる人によって運営されてしかるべきである。それが出来ないのは、畢竟(ひっきょう)、日本人が自分に自信のないことの表れである」[35][36]
「…しかし、友愛はそうはいかない。日本列島は日本人の所有と思うななどという発想は日本人の意識を開くことであり、死を覚悟せねば成就は不可能である。私はそこまで日本を開かない限り日本自体の延命はありえないと信じる。だから、私はその先兵を務めたいのだ」[35][37]・・』
宇宙人などと言ってすませる訳にはいかない発想だと思うのだが、どうだろうか?この目的の実現のためには、手段を選ばないほど、表向きの決断のできないと揶揄されている姿勢とは180度違う急進的な姿勢だ。
それはともかく、宮崎正弘氏のブログで、1読者からの投稿として
『 ♪
(読者の声3)ネットで面白い話がありました。
『日本には謎の鳥がいる。その正体はよく分からない。
中国から見れば、その鳥は「カモ」に見える。
アメリカから見れば、その鳥は「チキン」に見える。
日本国内では、その鳥は「サギ」だと思われている。
でも鳥自身は、自分のことを「ハト」だと言い張っている。
個人的な意見だが、私はあの鳥は日本の「ガン」だと思う。
(出典:2ちゃんねる ニュー速+)
(宮崎正弘のコメント)座布団五枚。』
となっており、言い得て妙だとつくづく思っていたが、政治ブログランキングのトップでもそのことを話題に取り上げており、わが意を得たりとも思える。
トップテンを眺めて、民主党寄りの意見は、3位と5位のみである。しかも、5位は、はっきりとは言っていない、是々非々的な書きぶりである。ただ、私は主張がはっきりしないから、あまり読んでおらず、あくまで小生の独断である。
3位の援軍として、収監当時、大いに危機感をあおった『神州の泉』もよく見ていたが、ずっと12位あたりにあった。ところが、最近30位ちかくまで落ちたが、少しづつランクを上げて今は17位まできた。
http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/
植草先生のブログと、この神州の泉は、一身同体的な中味である。
ちょっと見てみよう。
『検察側は、政治団体の会員だった社員の賞与に上乗せ支給する手法で、実際には西松が会費を負担していたのではないかと質問したが、元総務部長は「知らない」と答えた。
弁護側の反対尋問では、政治団体について「OBがやっていて、届け出もしている、と被告に説明したと思う」と述べ、続いて裁判官に西松と政治団体の関係を質問されると「事務所も会社とは別に借りて、資金も別だった」と説明した。(転載終わり)
この証言は重要なもので、検察側は西松が作った政治団体は「ダミー」であり、大久保氏も「ダミー」という認識で献金を受け取っていたはずだ…という主張をしているからだ。
献金をする方と受ける方の双方が、「献金元の政治団体がダミーとは思っていなかった」となれば、この事件は成立しなくなるからである。昨年三月、事件のはじめから郷原信朗氏が指摘していたことだ。
メデイアは、この辺のところをほとんど意図的にスルーして報道しているのである。』
などとなっており、民主党=善、反民主=悪、とはっきり色分けされた論調である。この視点からすれば、双方が口裏を合わせれば、犯罪はなくなる、と言っているのと同義である。
現に今日のニュースでは、この春の検察捜査前に、知らないことを前提とした供述がばれるのをおそれたかのような資料隠しを実行した、との新証言が、もと私設秘書本人が顔を出して証言されていた。
トップでのブログでも、三橋氏は、
『 昨日「普通に強制捜査になるでしょう。」と書きましたが、任意の聴取を小沢が拒否した以上、当たり前です。
検察は04年の陸山会による土地購入について、その原資が果たしてどこから出てきたのか、鹿島建設(や下請けの水谷建設)などのゼネコンの裏献金ではないのか、という疑いに基づき捜査を進めています。何しろ、04年に購入した土地の確認書(今から土地を買いますよ~、という確認書)に小沢がサインしたのが、05年の1月だったり、土地を購入した「後」に、小沢が銀行からの四億円借入にサインしていたり、石川が「土地を購入した資金は、先生から貰った」と供述していたりと、とにかくこの件では小沢は「限りなく黒に近いグレー」です。
さらに、04年10月に水谷建設が「石川に5000万円をホテルで渡した」と供述している以上、
「検察の任意聴取? 忙しいからパスだわ」
で済まされるはずがないのです。そんなことは小沢の方も百も承知でしょう。それでもあえて聴取を拒否したわけですから、「何か小沢に都合が悪いことがある」と考えるのが普通でしょう。
検察が強制捜査に踏み切ったのは、当然過ぎるほど当然だと思います。』
と主張されている。
http://blog.with2.net/rank1510-0.html
今日のところ、ランキングベストテンはいかの通り。
1 新世紀のビッグブラザーへ blog
2 博士の独り語言
3 植草一秀の『知られざる真実』
4 せと弘幸Blog『日本よ何処へ』
5 永田町異聞
6 中韓を知りすぎた男
7 厳選!韓国情報
8 ねずきちの ひとりごと
9 正しい歴史認識・国益重視外交・核武装実現
10 反日勢力を斬るイサ!
である。
長らく、といっても関心を持ち始めたのは、昨年後半以降だがずっと博士の独り言がトップで
あり、次いで植草一秀の‥であった。植草氏のブログがトップになったのは、氏が収監された前後あたりで、無事お勤めを果たして出てこられたら、じわりと下がりだし、このところずっと三位である。
作家、三橋貴明氏のブログがこのところ伸びて、ずっと一位を保っている。
最初の頃、このブログも中味が難しく、何を言っていて、どっちの派かもよくわからなかった。経済関係記事が多いし、そっちの方面は門外漢だったからだ。
しかし、最近このトップになったブログを見ると、反民主党よりの姿勢がはっきり打ち出されてきて、注目している。
今日の中味も、「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成22年(2010年)1月15日(金曜日)
通巻2840号 (1月14日発行)
と同じ2チャンネルで流されたキャッチフレーズを取り上げている。(外国人参政権問題特集)
http://www.melma.com/backnumber_45206/
ここには、ぎょっとするような、元総理の言葉も、資料として出てくる。
『鳩山内閣総理大臣の見解
「定住外国人に国政参政権を与えることをも真剣に考えてもよいのではないかと思っている。行政や政治はそこに住むあらゆる人によって運営されてしかるべきである。それが出来ないのは、畢竟(ひっきょう)、日本人が自分に自信のないことの表れである」[35][36]
「…しかし、友愛はそうはいかない。日本列島は日本人の所有と思うななどという発想は日本人の意識を開くことであり、死を覚悟せねば成就は不可能である。私はそこまで日本を開かない限り日本自体の延命はありえないと信じる。だから、私はその先兵を務めたいのだ」[35][37]・・』
宇宙人などと言ってすませる訳にはいかない発想だと思うのだが、どうだろうか?この目的の実現のためには、手段を選ばないほど、表向きの決断のできないと揶揄されている姿勢とは180度違う急進的な姿勢だ。
それはともかく、宮崎正弘氏のブログで、1読者からの投稿として
『 ♪
(読者の声3)ネットで面白い話がありました。
『日本には謎の鳥がいる。その正体はよく分からない。
中国から見れば、その鳥は「カモ」に見える。
アメリカから見れば、その鳥は「チキン」に見える。
日本国内では、その鳥は「サギ」だと思われている。
でも鳥自身は、自分のことを「ハト」だと言い張っている。
個人的な意見だが、私はあの鳥は日本の「ガン」だと思う。
(出典:2ちゃんねる ニュー速+)
(宮崎正弘のコメント)座布団五枚。』
となっており、言い得て妙だとつくづく思っていたが、政治ブログランキングのトップでもそのことを話題に取り上げており、わが意を得たりとも思える。
トップテンを眺めて、民主党寄りの意見は、3位と5位のみである。しかも、5位は、はっきりとは言っていない、是々非々的な書きぶりである。ただ、私は主張がはっきりしないから、あまり読んでおらず、あくまで小生の独断である。
3位の援軍として、収監当時、大いに危機感をあおった『神州の泉』もよく見ていたが、ずっと12位あたりにあった。ところが、最近30位ちかくまで落ちたが、少しづつランクを上げて今は17位まできた。
http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/
植草先生のブログと、この神州の泉は、一身同体的な中味である。
ちょっと見てみよう。
『検察側は、政治団体の会員だった社員の賞与に上乗せ支給する手法で、実際には西松が会費を負担していたのではないかと質問したが、元総務部長は「知らない」と答えた。
弁護側の反対尋問では、政治団体について「OBがやっていて、届け出もしている、と被告に説明したと思う」と述べ、続いて裁判官に西松と政治団体の関係を質問されると「事務所も会社とは別に借りて、資金も別だった」と説明した。(転載終わり)
この証言は重要なもので、検察側は西松が作った政治団体は「ダミー」であり、大久保氏も「ダミー」という認識で献金を受け取っていたはずだ…という主張をしているからだ。
献金をする方と受ける方の双方が、「献金元の政治団体がダミーとは思っていなかった」となれば、この事件は成立しなくなるからである。昨年三月、事件のはじめから郷原信朗氏が指摘していたことだ。
メデイアは、この辺のところをほとんど意図的にスルーして報道しているのである。』
などとなっており、民主党=善、反民主=悪、とはっきり色分けされた論調である。この視点からすれば、双方が口裏を合わせれば、犯罪はなくなる、と言っているのと同義である。
現に今日のニュースでは、この春の検察捜査前に、知らないことを前提とした供述がばれるのをおそれたかのような資料隠しを実行した、との新証言が、もと私設秘書本人が顔を出して証言されていた。
トップでのブログでも、三橋氏は、
『 昨日「普通に強制捜査になるでしょう。」と書きましたが、任意の聴取を小沢が拒否した以上、当たり前です。
検察は04年の陸山会による土地購入について、その原資が果たしてどこから出てきたのか、鹿島建設(や下請けの水谷建設)などのゼネコンの裏献金ではないのか、という疑いに基づき捜査を進めています。何しろ、04年に購入した土地の確認書(今から土地を買いますよ~、という確認書)に小沢がサインしたのが、05年の1月だったり、土地を購入した「後」に、小沢が銀行からの四億円借入にサインしていたり、石川が「土地を購入した資金は、先生から貰った」と供述していたりと、とにかくこの件では小沢は「限りなく黒に近いグレー」です。
さらに、04年10月に水谷建設が「石川に5000万円をホテルで渡した」と供述している以上、
「検察の任意聴取? 忙しいからパスだわ」
で済まされるはずがないのです。そんなことは小沢の方も百も承知でしょう。それでもあえて聴取を拒否したわけですから、「何か小沢に都合が悪いことがある」と考えるのが普通でしょう。
検察が強制捜査に踏み切ったのは、当然過ぎるほど当然だと思います。』
と主張されている。
水曜日, 1月 13, 2010
『知人のCBR1100RRブラックバードは164馬力ということで、公道ではフルパワーは到底出せないとのこと。まぁ日本では無理ですよね(^^;
燃費を聞いたら15ぐらいとのことでしたので、意外に優秀ですよね。やはりHONDAはすごいですね~。』とsho様(http://www.geocities.jp/shonaka2001/index.html)からコメントを頂いたのをすっかり忘れ、またアップしてしまった。一昨年の夏のことである。
http://yhsvtex.blogspot.com/2007/08/blog-post_13.html
昨年夏にツーリングでエノさんも参加されてしんがりを務めていただいたが、ブラックバードとは気づかなかった。その後の、磐梯方面へ言った際に、佐野インターまで、かねごん様を見送りにこられたときも、燃料噴射式というぐらいしかわからなかった。
暮れから今年になって、sho様がこれが買るなら買ってみたいと漏らされ、外野陣たちも、欲しい時が買い時ですよ〜などと援軍コメントが続々。いずれ夏場のマスツーシーズンまでには、もう一台のブラックバードが加わるはずだろうと思うようになった次第である。
ところで、性能というか、中身はどうなっているのか、主要諸元だけでも知りたいと思って探したが、なかなか見つからない。あげくの果てに、ようやく見つけた。
http://www.honda-gede.de/mot_neu_ho_cbr_1000_xx.html
まあ、ここは1100ではなく、1000時代のスペックのようだが、参考になる。ドイツ語表記というのがネックですね〜、あわててクラウン独和辞典を、VMWare上のウィン環境にインストールしました。あちらでは、スーパーブラックバードと呼称されているらしい。
Überfliegerとう言葉は、やはり横断飛行物体を意味するようだから、アウトバーンの整備されたドイツでは、インターステーツ的な意味をなすのかもしれない。
allerhöchstem Niveau 至高の; 最高[位]の水準とあるから当時の世界では、間違いなく最高ランクの実力を誇った、ということか。空力特性に優れた、というのもフォルムをみればわかる。
しかし、Der 1.100-cm3-Reihenviererとあるように1100cc並列4気筒となっていて、1000の内容ではないようである。Kraftstoff(燃料)einspritzung (噴射)の文字も見える。
とにかく、同じ画面上で、ウィンへいったりマックへ行ったり、けっこう忙しい。ただ、コピペだけで、単語はいちいち入力しなくて済むし、複数ブラウザを立ち上げて、あちこち覗いて切ったり貼ったりという作業とまったく同じである。
Katalysator(触媒)Ausgleich(均衡, 平衡)バランサーのことか?
Trieb [tri:p]駆動(伝動)[装置]sei・denweich絹のように柔らかな
Ausgleich 〈男〉 ~[e]s/~e 複数まれ
均衡, 平衡; 埋め合わせ, 補償;
三省堂 『クラウン独和辞典』などとあるように、バランサーももち Privatjets民間ジェットマシン!?のような文字群が見える。
ボア×ストローク;79×58(77×53.6初代ビッグワン)だというから、4気筒エンジンでピストン径を2ミリ増やしても、大して排気量アップにはつながらないことがわかる。ストロークは4.4ミリも増やしている。
私が一番知りたかったのがここで、初代ビッグワンの異常なショートストロークぶりが見て取れる。逆にいえば、ピストンスピードが最低なことで、耐摩耗性は良好。それに耐摩擦抵抗剤処理で、エンジンに取っては、かなりよい結果をもたらすことが、数字から読み取れる。
問題は、果たして計算通りに行くかどうかである。
ところで、こちらのなんちゃってブラックバード、最悪11.5キロのツーリング燃費を記録したが、いごオイル交換でなとかおさまり、最近はリッター14キロはなんとかでるようになった。思えば、ミラクルパワーを取り去って、パワーが落ちたことも原因らしい。しかし、その後、オイル交換し、だんだんスズロイ効果が発揮されだしてきた。どうもミラクルパワーを外したことが、スズロイ効果が出だした時期と一致しているようである。これで、一時的にミラクルパワーをつければ、15キロほど行く計算であるが、‥。しかし、スムーズ感はやはりミラクルパワーが無い方がはるかに上で、慣らし運転するごとに、低速から中速へのつながりが良くなっている。スズロイ効果で、摩擦は減少しているので、パワーはおちても不思議と回転のあがりはいいのである。それで、振動の出も少ない。この辺がノーマルの点火特性の持ち味だと感じている。
130馬力のカムプロフィールを変更して、一般道路用にデチューンしたエンジンは、それでも2000回転以下はまるでパワーがないと言われた特性を持つ。常用の2000回転周辺でパワー感を求めてもしかたがないだろう。摩擦抵抗を減少させると、それでもそこそこ気持ちよく回ってくれるので、このまま続けて行く方針。
ハンダロイ使用時も、この回転域でエンジンがゴツゴツしだして、あわててミラクルパワーを外した経緯があった。今は、日増しに効いてきて過去のことが嘘のようである。振動も修まっているが、これは最近の寒気で、エンジンが完全に暖まらないせいらしい。もっと暖かくなれば、また振動がでるかもしれないが、この厳寒時こそ慣らし運転の最適期かもしれない。
火曜日, 1月 12, 2010
昨日も、『アザラシの子、千葉の漁港に迷い込み保護』というニュースがあった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100111-00000288-yom-soci
西岡秀雄氏による『気候700年周期説』には、今よりももっと寒かった江戸時代の記録に、千葉県あたりでも、頻繁に、こうした海獣類の南下が目撃されていた、との記録があった。
また、読んではいないが、原田常治氏による、1200年周期説もあるらしい。
樹木の年輪研究でも、気候の寒暖の変動は解明されつつあり、数百年の単位での変動も読み取れる場合があるという。最近の温暖化の主因にCO2が主犯のように上げられていても、にわかにそれを信ずる気にはなれない。
養老猛司氏などは、タバコによる、健康悪化説などは、意図的に流されているフシがあるとまで言っている。
また、地球の気候変化は、太陽黒点数の増減によっても支配されていることは、比較的よく知られている。元、神奈川大学長の桜井邦朋博士は、長くNASAに滞在し、そちらで研究を続けられた由ではあるが、地球が寒かったとき、という小冊子を執筆され、小生などは多大な影響を受けた思い出がある。
先生はまた、長く在米で研究した結果から、日本語の表記と英語の表記の本質的な差異について、今後日本人にとって、英語での発信がますます重視される中で、このままでは理解される英文までは、達しないと心配され、『科学英語論文を書く前に』なる本まで書かれた。今でも、丸善書店などへ行けば、手に入るはずである。
http://www.amazon.co.jp/%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E8%AB%96%E6%96%87%E3%82%92%E6%9B%B8%E3%81%8F%E5%89%8D%E3%81%AB-%E6%A1%9C%E4%BA%95-%E9%82%A6%E6%9C%8B/dp/425410068X
たしか、その中に地球の寒暖の歴史にかかわる太陽活動の重要性を説いたエディ博士の書いた英文も、イタリアからアメリカへ亡命したエンリコ・フェルミ博士らの英文と共に、引用されていたりする。
さらに、サイデンステッカー訳の『Snow Country』と川端康成の『雪国』とを読み比べて、英語と日本語の違いについて、勉強すると共に、タイム誌などをよく読んで、日々英語漬けの生活を送るよう、勧めている。論文などの英語は、中学3年ぐらいまでの英語でかまわないのだが、書くのと読むのとでは、10倍以上の開きがあるので、タイム誌などを普段から読みあれていないと、普通の英語が書けない、というのである。
渡部昇一教授の「知的生活の方法」では、英語の小説を読んで本当に面白いと思うようになったのは、30代も終わり以降だという。知的オルガスムスを求めて、という節では、大学で英語を教えていても、「私の英語は本物ではない」という不全感から解放されなかった、という。
それで、30代も終わりの頃、その不全感に耐えかねて断固とした手段に訴えた、という。(たとえとして、不全感をもって中年の域に近づいた人妻が、アドベンチャーの決心をすることに相当しようか、とある。)
アメリカで、コロンビア大学の医学部教授未亡人のもとで下宿し、そこにあった多くの蔵書の中から、アガサ・クリスティの作品などを読んで面白かったが、探偵小説は、筋がわかれば面白いから、これではだめだと普通の小説で、おもしろいとはどういうことかを実感できるかどうか試行錯誤されたらしい。
あちらの教師に聞いて、面白い小説をあげてもらって読んだりしたが、どこが面白いかピンとこないものが多かったそうである。
あるとき、古本屋で500万部突破というペーパーバックを見つけて、買って読んだら 引き入れられるように面白く、終わりに近づいたら、がくがくと身震いがしてきて読み続ける事ができなくなり、心を落ち着けるために風呂に入り、残りの4ページ半を読み終えてその小説を終了した、という。
その小説で、ついに英語に対する不全感は吹き飛んで、以後続々と面白い小説に巡り会う事になった、という。なんでもそれくらいやらねば、本物にはなれまい、という一つの見本のような話である。
仕事とは別だが、英語で発表しなければならない課題を持っているとき、手っ取り早く日本語を、英語にして済ます、というのも一つの、たぶん多くの人がやる方法かもしれないが、桜井学長や渡部教授の書かれたものは、私にはたいへんフィットする感じがするので、できれば真似たい、と思うのは人情である。
それで、いろいろとタイム誌の英語についても、いろいろと文句をつける人も結構多いのだが、自分はその域にも達していないんだから、と我慢して、折をみてのことであるが、できるだけタイム誌を読むことを心がけた時期がある。当時は、普通の本屋でも、二冊ぐらいは置いてある店も何カ所か回るとあったのである。ベルリンの壁が崩壊する前夜あたりの時期である。今は、そうした本屋でも、まず英語雑誌を置いていないようである。それだけ、皆英語誌などいらないほど英語が上達したのだろうか!?
いきなり英語がスラスラと聞き取れるようになった、などというような促成メソッドの宣伝は多いので、英語への需要は衰えてはいないのだろうが、活字ばなれの傾向は、ここにも及んでいるようである。
そして、数年が経ち、あるときタイム誌の表紙の裏あたりに、もちろん上半身のみであるが、熟年のご婦人のヌード画像とともに、なにやら記事の紹介がしてあった。
なんでも、イタリア人女性らしいが、環境団体(グリーンピースのヨーロッパ支部)のトップの奥さんとのことである。毛皮業者が、北極圏の海で、毛皮の材料となる小動物を撲殺したりしていることで、ミンクの毛皮コートにむらがる群衆心理を逆手にとり、そうした傾向に歯止めをかけるべく敢行したポスター発表にからむ記事のようである。
もうそのときの雑誌は、何十冊(30センチ近かった)もたまり、新聞紙などと一緒に処分され手元にはない。それがどうしたことか、昨日何かの弾みで、その記事のテキストがポロリと画面に表示されてビックリした。何だろうとおもって、そのテキスト文書を開いたら、最後に、以下のような記事が出てきた。
1996年4月1日だから、冗談かもしれないと思いつつ、書き込んだのか、それともタイム誌数年分が入ったCDからコピーしたのかもうわからない。
それで、ふたたびCDをセットし、探したが、1992年のリオサミットの文章は出てくるのだが、後半の1996年の項は出てこない。それもそのはず、CDは1995年までのタイム誌しか出ていないのである。
それで、そのテキスト文書作成のもとになった文章をさがしたら、Nisus Writerというワープロで作成していて、前半は1992年のサミットの話がコピーされ、後半は1996年の街頭ポスター記事があった。この頃、海外で発表する機会が訪れ、その時の予行として発音練習などをしていた頃のフォルダーにそれはあった。1996年3月31日づけで記録されている事から、タイム誌の4月1日号を読んだ直後にちがいない。その記事をみたのは、友人の家に招かれた時のことまで、思い出された。それにしても、タイプミスかなにかで、テキスト文書も作成(2003年頃)しておいたので、Spotlightによる検索でひっかかって、比較的上位にヒットされたのあろう。
ワープロ文書だけなら、多分このまま眠り続けていたにちがいない。なにしろ、仮想化されたHDイメージの中にしかないのであるから。テキストだから、その同名のファイルがひっかかったのである。
かれこれ15年以上のもろもろのファイルが、代々のHDに蓄積されていて、過去のことが昨日のことのように思い出される。パソコンが普及しだした頃は、簡単に可視化できないので、不便でしょうがなかったが、今は、テキストならば瞬時に検索できることに遅まきながら、気がついた。いやはやである。
それで、当時はいったい全体、どういうポスターだったんだろう、と思ったものだが、今や簡単に、グーグルなどで、彼女の名前を、三文字打ち込むだけで、ポスター以外にも、邸宅やら、彼女の活動状況やらが、動画を含めて検索できててしまう時代になった。
渡部教授は、世界中の作品が、ほとんど母国語でよめる国というのは、日本だけのようである、と指摘され、しかし、英語の世界は、その10倍以上の広がりを持っているとも指摘されている。
漢字を使っていることが、どれほど日本にとって不利かわからないと指摘した、梅棹博士の真意は、ローマ字や英語テキストであれば、簡単に検索できるから、ということのようである。
『Talk of the street (April 1,1996)
ROME:Public Exposure
Marina Ripa di Meana, an animal rights activist and the wife of Green Party leader Carlo Ripa de Meana, is not shy about standing up for her beliefs. But never before has she taken such an eye-catching stance. Italy is suddenly plastered with posters of the 54-years-old animal lover, stark naked, pubic hair exposed, and the slogan "The only fur I'm not ashamed to wear!" The ads, sponsered by the International Fund for Animal Welfare, drew complaints as well as ogles. "Advertisers always try to shock you," said teaching assistant Pier Paolo Bucalo. "I think there are ways to get people's attention without offending them." Such criticism failed to disturb Ripa de Meana. "I am engaged in a just cause," she said.』
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100111-00000288-yom-soci
西岡秀雄氏による『気候700年周期説』には、今よりももっと寒かった江戸時代の記録に、千葉県あたりでも、頻繁に、こうした海獣類の南下が目撃されていた、との記録があった。
また、読んではいないが、原田常治氏による、1200年周期説もあるらしい。
樹木の年輪研究でも、気候の寒暖の変動は解明されつつあり、数百年の単位での変動も読み取れる場合があるという。最近の温暖化の主因にCO2が主犯のように上げられていても、にわかにそれを信ずる気にはなれない。
養老猛司氏などは、タバコによる、健康悪化説などは、意図的に流されているフシがあるとまで言っている。
また、地球の気候変化は、太陽黒点数の増減によっても支配されていることは、比較的よく知られている。元、神奈川大学長の桜井邦朋博士は、長くNASAに滞在し、そちらで研究を続けられた由ではあるが、地球が寒かったとき、という小冊子を執筆され、小生などは多大な影響を受けた思い出がある。
先生はまた、長く在米で研究した結果から、日本語の表記と英語の表記の本質的な差異について、今後日本人にとって、英語での発信がますます重視される中で、このままでは理解される英文までは、達しないと心配され、『科学英語論文を書く前に』なる本まで書かれた。今でも、丸善書店などへ行けば、手に入るはずである。
http://www.amazon.co.jp/%E7%A7%91%E5%AD%A6%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E8%AB%96%E6%96%87%E3%82%92%E6%9B%B8%E3%81%8F%E5%89%8D%E3%81%AB-%E6%A1%9C%E4%BA%95-%E9%82%A6%E6%9C%8B/dp/425410068X
たしか、その中に地球の寒暖の歴史にかかわる太陽活動の重要性を説いたエディ博士の書いた英文も、イタリアからアメリカへ亡命したエンリコ・フェルミ博士らの英文と共に、引用されていたりする。
さらに、サイデンステッカー訳の『Snow Country』と川端康成の『雪国』とを読み比べて、英語と日本語の違いについて、勉強すると共に、タイム誌などをよく読んで、日々英語漬けの生活を送るよう、勧めている。論文などの英語は、中学3年ぐらいまでの英語でかまわないのだが、書くのと読むのとでは、10倍以上の開きがあるので、タイム誌などを普段から読みあれていないと、普通の英語が書けない、というのである。
渡部昇一教授の「知的生活の方法」では、英語の小説を読んで本当に面白いと思うようになったのは、30代も終わり以降だという。知的オルガスムスを求めて、という節では、大学で英語を教えていても、「私の英語は本物ではない」という不全感から解放されなかった、という。
それで、30代も終わりの頃、その不全感に耐えかねて断固とした手段に訴えた、という。(たとえとして、不全感をもって中年の域に近づいた人妻が、アドベンチャーの決心をすることに相当しようか、とある。)
アメリカで、コロンビア大学の医学部教授未亡人のもとで下宿し、そこにあった多くの蔵書の中から、アガサ・クリスティの作品などを読んで面白かったが、探偵小説は、筋がわかれば面白いから、これではだめだと普通の小説で、おもしろいとはどういうことかを実感できるかどうか試行錯誤されたらしい。
あちらの教師に聞いて、面白い小説をあげてもらって読んだりしたが、どこが面白いかピンとこないものが多かったそうである。
あるとき、古本屋で500万部突破というペーパーバックを見つけて、買って読んだら 引き入れられるように面白く、終わりに近づいたら、がくがくと身震いがしてきて読み続ける事ができなくなり、心を落ち着けるために風呂に入り、残りの4ページ半を読み終えてその小説を終了した、という。
その小説で、ついに英語に対する不全感は吹き飛んで、以後続々と面白い小説に巡り会う事になった、という。なんでもそれくらいやらねば、本物にはなれまい、という一つの見本のような話である。
仕事とは別だが、英語で発表しなければならない課題を持っているとき、手っ取り早く日本語を、英語にして済ます、というのも一つの、たぶん多くの人がやる方法かもしれないが、桜井学長や渡部教授の書かれたものは、私にはたいへんフィットする感じがするので、できれば真似たい、と思うのは人情である。
それで、いろいろとタイム誌の英語についても、いろいろと文句をつける人も結構多いのだが、自分はその域にも達していないんだから、と我慢して、折をみてのことであるが、できるだけタイム誌を読むことを心がけた時期がある。当時は、普通の本屋でも、二冊ぐらいは置いてある店も何カ所か回るとあったのである。ベルリンの壁が崩壊する前夜あたりの時期である。今は、そうした本屋でも、まず英語雑誌を置いていないようである。それだけ、皆英語誌などいらないほど英語が上達したのだろうか!?
いきなり英語がスラスラと聞き取れるようになった、などというような促成メソッドの宣伝は多いので、英語への需要は衰えてはいないのだろうが、活字ばなれの傾向は、ここにも及んでいるようである。
そして、数年が経ち、あるときタイム誌の表紙の裏あたりに、もちろん上半身のみであるが、熟年のご婦人のヌード画像とともに、なにやら記事の紹介がしてあった。
なんでも、イタリア人女性らしいが、環境団体(グリーンピースのヨーロッパ支部)のトップの奥さんとのことである。毛皮業者が、北極圏の海で、毛皮の材料となる小動物を撲殺したりしていることで、ミンクの毛皮コートにむらがる群衆心理を逆手にとり、そうした傾向に歯止めをかけるべく敢行したポスター発表にからむ記事のようである。
もうそのときの雑誌は、何十冊(30センチ近かった)もたまり、新聞紙などと一緒に処分され手元にはない。それがどうしたことか、昨日何かの弾みで、その記事のテキストがポロリと画面に表示されてビックリした。何だろうとおもって、そのテキスト文書を開いたら、最後に、以下のような記事が出てきた。
1996年4月1日だから、冗談かもしれないと思いつつ、書き込んだのか、それともタイム誌数年分が入ったCDからコピーしたのかもうわからない。
それで、ふたたびCDをセットし、探したが、1992年のリオサミットの文章は出てくるのだが、後半の1996年の項は出てこない。それもそのはず、CDは1995年までのタイム誌しか出ていないのである。
それで、そのテキスト文書作成のもとになった文章をさがしたら、Nisus Writerというワープロで作成していて、前半は1992年のサミットの話がコピーされ、後半は1996年の街頭ポスター記事があった。この頃、海外で発表する機会が訪れ、その時の予行として発音練習などをしていた頃のフォルダーにそれはあった。1996年3月31日づけで記録されている事から、タイム誌の4月1日号を読んだ直後にちがいない。その記事をみたのは、友人の家に招かれた時のことまで、思い出された。それにしても、タイプミスかなにかで、テキスト文書も作成(2003年頃)しておいたので、Spotlightによる検索でひっかかって、比較的上位にヒットされたのあろう。
ワープロ文書だけなら、多分このまま眠り続けていたにちがいない。なにしろ、仮想化されたHDイメージの中にしかないのであるから。テキストだから、その同名のファイルがひっかかったのである。
かれこれ15年以上のもろもろのファイルが、代々のHDに蓄積されていて、過去のことが昨日のことのように思い出される。パソコンが普及しだした頃は、簡単に可視化できないので、不便でしょうがなかったが、今は、テキストならば瞬時に検索できることに遅まきながら、気がついた。いやはやである。
それで、当時はいったい全体、どういうポスターだったんだろう、と思ったものだが、今や簡単に、グーグルなどで、彼女の名前を、三文字打ち込むだけで、ポスター以外にも、邸宅やら、彼女の活動状況やらが、動画を含めて検索できててしまう時代になった。
渡部教授は、世界中の作品が、ほとんど母国語でよめる国というのは、日本だけのようである、と指摘され、しかし、英語の世界は、その10倍以上の広がりを持っているとも指摘されている。
漢字を使っていることが、どれほど日本にとって不利かわからないと指摘した、梅棹博士の真意は、ローマ字や英語テキストであれば、簡単に検索できるから、ということのようである。
『Talk of the street (April 1,1996)
ROME:Public Exposure
Marina Ripa di Meana, an animal rights activist and the wife of Green Party leader Carlo Ripa de Meana, is not shy about standing up for her beliefs. But never before has she taken such an eye-catching stance. Italy is suddenly plastered with posters of the 54-years-old animal lover, stark naked, pubic hair exposed, and the slogan "The only fur I'm not ashamed to wear!" The ads, sponsered by the International Fund for Animal Welfare, drew complaints as well as ogles. "Advertisers always try to shock you," said teaching assistant Pier Paolo Bucalo. "I think there are ways to get people's attention without offending them." Such criticism failed to disturb Ripa de Meana. "I am engaged in a just cause," she said.』
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