火曜日, 6月 30, 2009

件名: 植草元教授に実刑、不当の声も?/
というメールがまぐまぐニュースから届いた。2009年6月29日 10:00:00:JST
となっている。以前から、この先生の冤罪(!?)事件ネタは、副島隆彦氏の指摘により、知っていたし、山本五十六(あるいは海軍3羽ガラス、米内光政、井上成美、山本五十六)らが、アメリカの望みに応じて、真珠湾攻撃したなどという指摘をされた、副島氏のことだから、かなり蓋然性が高い情報であろうと思っていた。とくに米内光政は、フリーメーソンという噂は、私には信じやすい背景を提供していた。

しかし、それからまた忘れていたが、今度は電車内で現行犯逮捕された、という報道を聞いて、冤罪の可能性について指摘するというおせっかいを焼いた女性から、もう最低!などと言われ、返す言葉がなく、忘却していた。しかし郵政民営化については、植草元教授の意見のほうがどうも正しいような報道が多く、最近は、ネット界では、どういう展開になっているんだろうと、少し検索すると、意外や、先生は健闘中であり、防大の国文教授が、最高裁で証拠が不十分で無罪となって、警察庁が痴漢事件での警察捜査の見直しはかる方針を打ち出したりと、世論の関心も決して単なる一過性のものではなく、ネットの普及で多くの国民も、マスコミや政府報道だけではなく、裏情報にかなりタッチする機会が増えつつある現況からみて、みなさんは、どう感じておれれるのか!?という興味はある。

それで、元教授名で検索すると簡単に、人気ブログランキングに最近1位にもなった、知られざる真実というのは、容易に見つかる。
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/

このサイトは、だいたいいつも1位の博士のひとりごとというのと並んで、毎日更新されているし、最近の西川社長進退問題などについてもかなりくわしい解説がなされている。
http://specialnotes.blog77.fc2.com/
こちらも中味が濃く、両方読み比べて理解しようとすると、並大抵ではない、知的努力を強いられる。しかし、この二つが人気ブログの上位二つを独占している、というのはそれだけの中味があるからだ。

それで、最初は冷ややかに見ていた知られざる信実も、冤罪の有無という観点を少し離れて見ると、大変に失礼ながら面白いし、為になること請け合いである。それで、だいたい毎日1回は更新をチェック、とうとう植草元教授の『知られざる信実ー拘留地にてーも買ってしまった。

小泉竹中経済政策の深い闇を抉る戦慄の告白書とある。最初に、沖縄知事選と徳州会病院臓器売買事件とあり、のっけから、やばい世界と政治の世界が、見えない糸で繋がっている印象を抱く。これでは、睨まれても当然だろうね。

小泉政治は、ヤクザとのからみで理解すると、よくわかるとは、ある方が、本で書かれている。裏には稲川会が控えており、ブッシュ大統領の親戚と繋がっているんだとか、いろいろ書かれていた。野中議員を追い落とせたのも、稲川会ががっちり庇護していたので、山口組がタッチできなくて、それまで、警察、検察、税務署もノータッチだった領域にメスが入った、と+の評価もある。これを裏返すと、こわい評価に一変するのである。

それで、まぐまぐニュースの特集をざっと見てみた。
http://news.mag2.com/archive/20090629100000
のなかの
http://funnyarome.blog82.fc2.com/blog-entry-381.html

には、「きっこ」の変質と、「知られざる真実」の害毒というのもあって、植草氏対しては、世の中陰謀だらけと煽っておいて今後どうするつもりなのよ、と書かれている。あきらかに、植草氏のブログで、きっこのブログが影響を受けて変質してきていることに対するいらだちが見て取れる。冤罪云々どころではない取り上げ方だ。何時の世も、陰謀だらけさ。アメリカの手先たちは、自民党が今度の選挙で大敗することを恐れているようだ。国民から見れば、政治が変わるためには、古い体質がいちど崩壊することがショック療法として必要かもしれない、と植草氏のブログは訴えているかのように見える。

さて、冒頭の疑問には、冤罪とみる立場と、警察・検察を支持する立場とからいくつか回答がよせられていて、興味深い。
http://www.mag2qa.com/qa2974777.html
という場所だ。

『先日朝のテレビで外人タレントが植草教授の手鏡事件は
国策とかで冤罪だとすごい主張をしていましたが
本当はどうなのでしょうか?途中迄しか観られなくて
タレント名もわかりませんがこの件について、どなたか
ご存じの方お教え下さい。』

という質問が最初にあって、多くの方が、関連した感想やら、勉強されてきた事実!?やらを述べられているが、冤罪説に説得性があるように感じた。冤罪否定派の意見が参考になったという人が大抵1件なのに対して、冤罪派は、参考になったという意見が3〜5件とはるかに多い。まあ、こういう設問の仕方では、仕方がない結果かもしれないが、本当のことは裁判官もわからないだろう。

最近、『日本人の気概』渡部昇一著、PHP研究所、1998を再び開いてみた。そこには、
かって、田中角栄元総理大臣のロッキード事件の裁判についての立花隆氏との論争の回顧が末尾に書かれていた。

『ロッキード裁判は純然たる刑事裁判であるから、調査権のないわれわれは具体的な事実には立ち入り難いものであった。立花氏が詳しくそれを論じたように見えたのは、検事側の代弁者的立場にたったからにすぎない。私は部外者でも論じうる点、特に一応の教育のある者なら誰にでも解る憲法論を種にした。立花氏が絶えず私の質問をはぐらかすので、何度も個条書きにして答えてくれるように、要求したがほとんど答えがなかった。・・一番大きな論点は、弁護側が反対尋問を請求したのに裁判所によって却下されたことであった。』

としている。そして、「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与えられ、又、公費で自己のために強制的手続きにより証人を求める権利を有する」という憲法第37条第2項を引用されている。

そして、立花氏は、とうとう渡部教授のいう
「反対尋問の請求を却下したような裁判を、どちらかといえば人権はと称される立花氏はみとめられるのか。」という質問に、今日まで答えられなかった、という。
最高裁は十数年たってから、あの裁判は違法な手続きで進められた、という趣旨のことを判決文に書いてくれた、と渡部教授は追記している。

先の防大教授の例では、おそらくこの項を適用すれば、無罪はあきらかであろう。疑わしきは罰せず、と中学で習った記憶がある。

しかるに植草元教授の場合、電車内で酔っていて痴漢をしたのはこいつだと捕まえた二人の身元すら判明しておらず、被害の女性のことも定かではないようである。だから、警察庁通達では、目撃者や捉まえた人のことは、できるだけ氏名や住所などをできるかぎり記録に残すよう通達されたのだろう。裁判の証人は、いたのであるが、眠っていて、電車内が騒いだので目が覚めたら、植草先生が取り押さえられていたのを見た、だけの証人だそうである。最高裁は今回遁げたのである。まともにやったら、無罪は明らかだから、と勘ぐりたく成る事例だと思う。本当のことはもちろんわからないが、刑事事件で有罪とするには、警察や検察に立証責任があるのだが、これまでの痴漢事件では、警官がそう思った、本人も結局金をはらい認めた形なら、それだけで、有罪と言う、交通取り締まりのレベル以下のような話が横行していたように私には思えるのだが。

月曜日, 6月 29, 2009

ミラクルパワーを外してから、慣らしを再開。昨日、注文したプラグのR加工について、製造元へ電話し、NGKのノーマルプラグに処理をしてもらうことに。

イリジウムプラグは高い上に、ものによっては、エンジンに悪影響がある、という意見も昨日見た。生涯慣らし運転的使い方しか市内なら、おすすめできないと。まだまだ、こういうことは、初心で何を信じて良いのやら正直わからない。

今日の定置コース燃費は15.0で、だんだん良くなっている。明け方、涼しく少々寝過ごして渋滞にはまったせいもあるかもしれない。ミラクルパワーを筈っして、少々パワーが落ちた感があるが、またそれなりの良さも出て、感じがどんどん変化している。いまの季節暑いせいもあるだろうが、前よりエンジンがホットになりやすい気がする。ときどき、ミリテック1効果か!?と思うような快調な走りをする。65℃以上になると、ミリテック1が作用し始めるという。

ミリテック1にしてから、ローのつもりで、セコかサードということが多くなった。それで、さすがにサードの時は、エンストした。まだまだ排気はミリテック臭い。この臭いがなくなって来たら、追加してもよいのだろうか?時々感じる+の評価は、何かかなり高級と言うか固いベアリングのバイクに乗っているような感じがするときがある。

朝は定置燃費コース、夕方は納品でさいたま市まで。納品でいやになるくらい乗っているが、熱ダレが起き難いのも特徴か!?と思った。ホットになっても、スムーズに走るというか、ホットにしないと特徴が出ないと言うべきか、マイクロロンの時は、入れた直後からヌルヌル感がつよく、スムーズさが最初からあった。

ミリテック1のほうは、後から少しづつ聞き出して来る感じで、モータロイ的か!?。車種や使用状況で、比較的早く効果の出る場合と、なかなか出ない場合がある、という。実をいうと、少量のスズも入れ込んである。最初、ガソリンが減ってくると、スズロイが効きすぎるぐらいに感じたが、次第にそのようなことは無くなって、ミリテック1の効果の感じが特徴的に出ている。ミリテック1は、金属であれば、Tinにも効いて作用するという。どんな作用をするのだろうか、まったくもって不明であるが。

日曜日, 6月 28, 2009

昨日、峠の道で、スパークプラグの点火性能問題に、初めて気がついた。1200〜1900位の回転域で、ギヤチェンジなしにアクセルを開けると、音ばかり大きく加速しない。それどころか息つきさえして、すこぶる不調。2000回転以上は問題なし。

一般道は、ほぼ平坦な部分が大半だから、気づかなかった。それでも、ローの低速加速が弱く、他車に引けをとっていた。回せば良く回るしすぐ追いつき、追い越せるのだが、クラッチミートを1200位で行い、アクセルを静かにあけても、息衝きしたりして、回転上がりが極めてとろい。特に、100%化学合成オイルにしてから、顕著になった。

一応の対策として、ミラクルパワー装置を外した。以前から、何も付けないと、低速からのアクセルのツキが極めて良い感触だったので。その変わり、高速での吹け上がりは、ミラクルパワーの有無で、しょうしょうパンチが欠ける。それで、にんじん君とシリンダーヘッドアースを併用して、パンチ不足を補っている(つもり)。ミラクルパワーツキで、そういうときアクセルをぐっと開けると、排気音がやたら大きくなるが、パワーは出ない。外すと、一瞬音は大きくなるが、すぐに通常音にもどり加速してくれる。以前から、ミラクルパワーについて否定的な感想と、パンチ力を期待しての肯定的な感想が交錯していたが、
今回は否定的となった。以前のWAKOオイルでは、こういう傾向には気づかなかった。なお、我が愛車は、左側1気筒の圧縮が弱く、不完全燃焼しているようで、左側1番プラグは、他に比べ真っ黒だと言う指摘がある。マフラー内のカーボン沈積も酷いとバイク屋さんが驚いていた。それで、燃費も悪い傾向のように思う。通常は、あまり感じないが、アイドリングで、回転計の針がゆらゆら揺れるので、燃焼に若干の問題があるようだ。

それで、ミラクルパワーが使えないとすると、かんがえることと言えば、他の手段でスパーク性能の向上がないか、となる。電気系は、ワイヤーハーネス交換、イグナイター交換、イグニッションコイルなども交換、にんじん君装着、ボディアース併用中であるが、残る手段となると、スパークプラグ加工ぐらいしか無さそう。

他にも、専用の点火系チューンなどもあるが、そこまでは考えていない。以前、オイル添加剤の検索をしていたとき、ノーマルの点火プラグでも、ちょっと機械的加工をすると、燃費が良くなる、との話題があったが、どういう加工か指定されたURLにはアクセスできなかった。

それでも、どうやら、本元のそれらしい加工法を見付た。
http://mm140j.fc2web.com/011130_plug_sbc.html

手短にいうと、プラグの電極のL型部分に、縦に溝を掘り、火花が、L型金具部分の裏にまで及ぶ効果を期待した処理らしい。こちらも、本家に教わりながらも、数回も試行を繰り返し、3回目かで、劇的燃費向上を得たそうだが、4回目にチャレンジしたら効果がなくて、原因は不明だという。しかも、L型部分の強度が落ちるし、真っ白に焼けるし、これが、シリンダ内などの焼け落ちたりしたら、心配なんだそうだ。

手間を考えると、ちょっと試す気はかなかしないが、一つのヒントとしては、重要だと判断した。

もっと簡単な誰でもできそうな加工例は、こちらだが、加工のレベルガ今一よくわからない。単なる中心電極の先端の面取りだけだそうだ。
http://motor.geocities.jp/take5181/ax-1_mente/supakplug_koukan/supakplag_koukan.html

次に探したのは、『●オイル添加剤『ミリテック1』と加工プラグを試す』というもの。

http://www.odtechno.co.jp/odm/ct1/index.htm
どちらの結果だかもちろん不明だが、結果として燃費はけっこう良くなったデータがずらり。こうしてみると、一般的な話は、ケースバイケースで身銭をきって試さないと、なかなか結果は予想できない、という平凡な結論に落ち着きそうである。

さらに、プラグへの機械的加工ではなく、ある種の化学処理をして、プラグの着火性能を、ノーマルプラグでも、イリジウムプラグよりも高める方法がある、という。イリジウムプラグはまだ使ったことはないが、どこで扱っているかは知っている。それを試してみないと、効果がどの程度か不明と考えるか、無条件に信ずるとするか!?。

http://sparkr.saiko-car.jp/htm/m_top/index.html
ここには、多くの図版と説明があり、何やら確実に良さそう。ミラクルパワー的に終わらないことを祈るばかり。

http://www.rakuten.co.jp/nakabc/1970516/
ここでも、ほぼ同様の加工をしてくれるという。加工賃は一本1200円(プラグ3本以上の場合)だそうだ。電極に1種のメッキに似た加工をするように感じたのだが、・・・。ここでは、10万キロを超えた車で試したら、ビックリの効果があった、というレビューが1件投稿されていた。
やはり試そうかな〜!?。

http://cbr1100xx.ic-blog.jp/mebi/2008/07/post-907f.html
さんは、スーパーゾイルとイリジウムプラグをご愛用とのこと。カワサキ1400で、北海道ツーリングが趣味の一つとのこと。
ホームページはこちら。http://www.hokkiko.jp/

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なかのひと

金曜日, 6月 26, 2009



だいぶ先のことと思っていた距離計の数字が、あっというまに77777となってしまった。オドメーターもあわせなくてはと思っていたが、それは手遅れとなってしまった。次は末広がりの88888.8だが、それもすぐ来る。それがくれば、積算計のリセットもほぼ同じ間隔で続くことに。

また、土日が休みとなり、土曜日は朝から暑く、とても家でじっと静かになどとしていれれそうもない。前回、不完全ながら高速での燃費を、新添加剤採用下で測定したので、今回は、培倶人7月号推奨の、埼玉のミニルートをまわることにする。実は、昨日も一昨日もときがわ町におり、どうもそのバイクルートだな、とは思っていたが、昨日手作り豆腐店を発見してしまい、間違いない、これがそのコースの一部だとわかった。

帰り道もこのコースをたどるので、手作り豆腐やソフトクリームなどをこの店で同僚と買った。それで、今日は通り過ぎるだけだったが、早くも朝から客が詰めかけていた。バイクも2台、駐輪中だった。まさか、培倶人の記事を見たわけではあるまいが!?写真は金曜日の17時近く、ソフトクリームは売りきれだたが、豆腐やあばら揚げ売り場に残っていたのを、売ってもらった。


培倶人紹介のルートは、今回回ったのとはちょうど正反対にまわるように紹介されている。同じ道は通りたくないので、狩場坂峠から、まだ走ったことのない林道へ分け入るとまもなく飯能市の標識がでて、林道ながら、L型側溝や白線なども出てくる。そのうち対向バイクなどにも出会い、ほっとする。林道ながら、レストランが2軒ほどあるようだ。

うち1軒は黒猫の顔がでたそのものズバリの山猫軒。宮沢賢治の世界みたいな名前だ、などと思ったが、先を急ぐし、腹も空いていないので、敬遠する。もう1軒は、徒歩で、山道を分け入るような感じだったので、素通り。知る人ぞ知る・・・なんていう意味深な看板もあった。
http://chichibu.exblog.jp/tags/%E8%B6%8A%E7%94%9F/

https://www.mapple.net/aroundthespot/G01101017101_5000_a0b0c0.htm
ときがわ町は、旧都幾川町と旧玉川町(村!?)が合併して、ときがわ町になったもの。何年か前、仕事で来たときは、旧オウム一派(現アレフ)が、住み込んだりして、町を上げての排斥運動のさなかで、いたるところに、学生運動華やかなり頃を思わせる、いわゆる「立て看」が乱立していた。

もうその名残は一切ないが、道は当時とそのままに残っていた。町民が汗を流して、道筋の美化運動をされていた。サイクリングの練習チームや、山歩きの人たちもけっこう出会った。

バイクの音が静かだと、あまり気にされず、良かったとおもう。音が目立つのは、400ccクラスとオフロード車の一部だけで、数はかなり少ない。
県道172号線(東松山・大野線)でときがわ町を通るときに、行き先は白石峠と出ているので、まっすぐに西平を過ぎていくと、この辺でかなりの数のバイクと通りすがった。


白石峠入り口とあるので、右折して登っていく。路程表示が、頂上から逆に出ていて、しばらくして気がつくと6.5キロとかでていたので、長い距離ではない。そうだ、この途中にたしかわき水がでているところがあって、当時は多くの車が詰めかけ、ポリタンクに詰めていたっけ、と思いながら行くと、あるにはあったが、だれもおらず、少々寂しげ。バイクを止めて、水を手に掬い、飲んでみたが、冷たくて、無味無臭。

以前は、すぐ飲めるように、アルミコップだか、プラスチックコップがあったが、今回はそれもない。飲み終わって、あたりを見ると、はがき2枚分くらいの町発行の注意書きが、ぶら下げてあった。消毒か、煮沸してから、飲用に供するほうがよい、という意味の但し書きで、昨年の日付だった。飲んでもなんでもなかったけど。岩場の上に林床がおおいかぶさり、岩と林床の間から、地下水が凍み出し、合流してそれなりの流れになっているので、人為的に汚さない限り問題ないように感じた。3.5とかいう数字は頂上までの残り距離。

しばらく登ると、以前からそうだったが、ハングライダーの基地があり、今日も二人が空中散歩の真っ最中。
しばらく見とれるが、この間にエンジンがオーバーヒート気味になって、今年初めて冷却フィンが勢い良く回り出した。ここまで来ても暑いことにはかわりはない。それで、エンジンもパワーダウン気味だった。

やがて、頂上に。右折すると定峰峠の茶店のある場所へ。左折すると、狩場坂峠である。迷わず左折して、ほぼ平らになった林道を行く。途中に、川越市所有の山の家がある。昨日のときがわ町第二支所(こちらが、本命の、旧都幾川町役場)には、平成13年に大野峠で捕獲された月の輪熊のはく製がおいてあった。体長位メートルほどの子グマだったが、彼らにとっては暮らしづらい時代になったものだと、つくづく思う。

林道のわきのあちこちに、桜だと思うが、苗木が植えられていて、高さ1.5メートルぐらいのブルーの筒状のネットが地際からつけてあった。今は、もうほとんど用がなくなって、破れたりもしていたが、苗木があるていど自力成長可能な大きさになるまで、ツルや雑草に負けてしまわないようにと、取り付けられたものらしいと気づいた。これも秩父流ツリーシェルターなんだろうと思った。



関八州みはらし台は、バイクをおりて15分ほど、山頂を登る必要があるようで、ここもパス。顔振り峠近くを通って、299号へ出て、再び正丸を抜けて秩父市内へ。ちょうどお昼時となった。暑い市内を抜けて、浦山ダム周回路へ。ここで、日本そばを食べようと思った。てんぷら10円、大盛り1000円。打ち立てだった。客はチラホラ。所々にあるトンネルは、周囲より5℃は低い絶好の納涼スポットだった。

今日はあちこちで、めだったW650。排気管の焼け色がいいねえ〜。

ツーリング燃費は13.6と前回より0.5おどのびた。また、帰りに辿った定置燃費は14.5で、これも少し良い。ただし、定置燃費はミラクルパワーをすべてを外した値である。

今度の化学合成オイルに変えてから、ピストンクリアランスが増えた、という感じだった。逆にいうとアクセル操作が、最低開度が攫みやすくなった。それで、1300回転ならずっとそれを持続できる。以前なら、それを維持しようとしても、結局回転が上がってっしまったが、今度のオイルでは、加速もしなく、ずっとそのまま。それで、ピストンクリアランスが増加した、と感じた。今日も、白石峠を登るとき、コーナーで回転が1300とか落ちると、音ばかり大きくて、アクセルを開けても回転がなかなかあがらない。2000回転以上なら、まったく以前と変らない。セカンドだから無理か!?と思ったが、確認すると、ローギヤだったり。その時はわからなかったが、浦山ダムの周遊道へ行くときも、単気筒250に軽く抜かれた。

1000〜2000の間が吹けが極端にわるく超アンダーパワーなのである。しかし、帰り際、皆野あたりで、ミラクルパワーが1000〜2000の間で、適合した火花を出していないのでは?と思い出した。それで、4個とも全部外した。もう、急激な登りでテストできなかったが、平地でも、1500以上はアクセルを開けての反応がいいようだった。音もそれほど大きくない。今日は、音ばかり大きくて、パワーが出なかった。この前、オイルを入れすぎて音が大きいのかと思ったが、ミラクルパワーの特性と、1000〜2000回転でのノーマルイグナイターの特性とがマッチしていないようだった。付けていると、過熱してきたとき、吹かしても不連続に爆発することも最近気になりだしていた。以前は、ノーマルでも、回転が1200まで下っても、アクセルを開けると苦しげながらも回転があがり、音は消えた。今日は、大きな音がするばかりで、なかなか加速しない特性が顕著になった。それで、外すことに。2000以上であれば、申し分ないのだが。しかも、以前のオイルなら、あまり感じないことだったので、オイル特性一つで、こうも変るものかと、疑問にも思っている。

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なかのひと

木曜日, 6月 25, 2009


さて、培倶人7月号で、各都道府県毎のツーリングコースや、バイク人口などの統計が出ている。本日都幾川へ仕事で出かけ、終日ツーリングライダーたちの軽快なエンジン音やチェーン音などの響きを心地よく聞いていたが、いくらなんでも、埼玉県人のバイク人口は明らかに高すぎて誤植にちがいない、などと思うようになった。

常識的に考えて、埼玉だけで、全国のバイク人口(くわしい定義は不明だが)の過半数を占めるという数字だからである。東京だけで五十万人以上だが、その3倍以上、人口数だけ考えてもいる筈がない、オーダーがあわない、と思い出した。一桁少ない19万人なら、リーズナブルであろうと思い出した。うろおぼえだけでも、千葉のバイク人口数は、14万人余、茨城で8万余、群馬、栃木で6万余、ぐらいであったからである。

家へ帰ると、さっそく県別集計。埼玉県バイク人口は取りあえず1/10の数字をいれ、日本全国合計を出すと、細かな差違はあるものの300万以上となり、オーダーはあう結果となった。確認をかねて、都道府県別人口も入れて、バイク人口率も算出してみると、全国平均で、2.5%であり、埼玉県は2.7%となった。

そのうち、広島県、長崎県のバイク人口率が異常に高く、これは、人口数の誤植であろうと、人口数だけは近似値をネットでしらべ入れ替えた。すると、妥当なバイク人口率となった。

裏日本系は、やはりバイク人口率は概して低い。埼玉県は、人口で愛知県に近く、バイク人口率も、ほぼ変らない結果となった。ただ、東京都だけは、4%を超えて、やはり日本一という結果に。3%を超える、平均より高い県は赤色としてみた。

すると、東京都以外では、群馬、栃木、神奈川、長野、静岡、山梨、沖縄だけだった。各県や地方の実情を考慮すると、何となく解るような気がした。

先週の雨の日曜日、某テレビで明日へのアクセルと題して、長野県ビーナスラインを舞台に、バイク人たちほ往き方をいろいろ紹介していた。もちろん。7月号でも、ビーナスラインは集中特集である。

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なかのひと


久しぶりに、培倶人の7月号を購入。総力特集「地元ライダーしかしらないとっておきルート」(47都道府県すべて載ってます!)と表紙にあり、近県や埼玉県のルートを見たら、即買い!!となった。


走りたい道がある
日本の風景を楽しめる道がある
目も舌も満足する美味もある
ビバ ニッポン
地元の人間しか知らない
とっておきのルートを培倶人のために
ツーリングの達人や
各都道府県代表のツーリングを得意とする
バイクショップが
こっそり教えてくれました
おすすめスポットから
ワインディングに、絶景道
うまいもんにまで出会うことができる
趣向を凝らした
ご当地自慢の
ニッポンの道をご堪能あれ

とあって、日本の面積やら、最高、最低平均気温やら、バイク人口は354万2243人などの数字も!。

各県別ルートをたどっていくと、各県毎の上記データがまたまた顔を出してくる。埼玉県の場合、バイク人口191万余。誤植はないものとの前提では、ざっと見てもダントツトップである。東京でも51万余、神奈川でも30万余などとなる。千葉、茨城、栃木、群馬などは、14万、8万、あとは6万レベルで並んでいる。こういうデータは新鮮で見ていて楽しいし、出かけても何かと地元を理解する足しになるかもしれない。この調査には、実際の体験ルポも含めて、かなりの時間とお金がかかっているだろうな〜と思ってしまう。雨で、出かけられない休日などにも、じっくりプランを練るのにもいいかもしれない。
各県のシンボルマークなども掲載されている。

かって、評論家の草柳大蔵氏だったとおもうが、東大が全国にもつ演習林の総面積は、埼玉県面積に匹敵するぐらいではないか!?とさえ発言され、後で、埼玉県の8割ほどとかなんとか、テレビで訂正されていたような記憶がある。埼玉県の面積は、3767平方キロ、東京や神奈川よりははるかに大きい。いずれにしても、バイク人口密度の高い県なんだと思った。休日、祭日は、県西部には多くのライダーたちがひしめくのも、東京から近いだけではないのかもしれない。

福島県と静岡県が、各6ページを使って1番情報量が多い。高速を使えば、どちらも日帰り可能だが、ちょっときついかな〜という感じがする。福島県は、日本屈指の山岳ロードとして、磐梯山ゴールドライン、磐梯吾妻レークライン、磐梯吾妻スカイラインと連続走行して、距離や所要時間が出ている。あとは、自分で海辺の道などの探索も・・・。

静岡編は、山の稜線を辿る超ワインディングは全国区の快走ルートとして、伊豆スカイライン、西伊豆スカイラインを結ぶ県道や国道が走行距離170キロ、約4時間ほどなどと紹介されている。伊豆スカイラインの二輪の料金表なども出ている。

各ショップのマスターたちの顔写真も掲載されている。埼玉県のおすすめルートも、時間や距離は短いが、是非行って見たい提案だった。今日は、その一部、都幾川周辺に出かける予定(仕事で)。

あと、K1300Sシリーズの解体新書が、気になった。全傾55度の水冷4気筒1300ccで、最高出力175PS、最大トルク14.36
とCB1300のスペックを軽く上回る。隼並!?、隼以上!?。車重は254kg、燃料タンクは19リットル、という。

この号には、隼の写真とスペックも、それによると、1340ccで、197PS,トルクは15.8kg-mとある。

秩父路には、ハーレーが目立つが、東北道では、BMWが多いような気がする。逆にいうとあまり面白みがない。何処のサービスエリアも、BMWが止まり、二輪用スペースに入れないBMWは諦めて出て行く場合や、仕方なく割り込んで止める人も。新型バイクの展示場所風な雰囲気を形成したりしている。脇が出ていると、人の通り抜けるスペース確保がむづかしい場合が少なくない。

なお、今月号は(も?)培倶人(BikeJIN)読者ミーティングでバイクの森おがのへ集まったライダー諸氏のカラー写真が掲載されている。5月3日の日付の方も。

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なかのひと

月曜日, 6月 22, 2009


先日、読売新聞に辻・旧関東軍参謀の手記が、近く『ノモンハン秘史』として再び上梓されるという記事が載った。ノモンハン秘史は、原書房から1967年に出されているが、辻自身は1964年にラオス視察中に失踪し、以後の足取りは不明のままである。

ノモンハン秘史で検索すると、毎日ワンズからの最新刊が表示される。また、週刊新潮でもとりあげられた。



『匿名さんのコメント...

五味川の「ノモンハンデタラメ本」でのみノモンハンは知っておりました。
歴史も相手の言うことを聞くだけではダメで自分の目と耳で確認しなければならない。
裏づけ証拠が必要ですね。自分はアホでした。 日本の文化人(評論家歴史家小説家政治家)はほとんどが 実学即ち物理 化学 数学 機械学 力学等の科学的教養の無い所謂文系ばかりで 学校で数学の出来が悪かった口先だけで世を渡るバカ連中です。
今日もテレビでシャーシャーとそんな連中が知ったかぶりしてデタラメを、、、。 
5:36 午後』



拙ブログにも、昨日久しぶりに匿名さんから、ノモンハン関連コメントを頂いたところで、おそらく、こうしたマスコミの報道がきっかけで、訪れてくれたのだと思う。

日曜日, 6月 21, 2009


昨日オイルを抜き、オイルレベルを調整したが、今日改めて、オイルレベルを見ると、どうも抜きすぎたようだ。水平を保つように左右に振った際、オイルが移動し、その量がアッパーレベルとしてゲージに付着したようだ。それで、今日、また、200mlほど追加した。昨日減ったオイルに対して、若干ミリテック1を追加したせいか、今日改めて乗ってみると、大変にエンジンが静かでスムーズ。最初8オンス投入しても、オイル量からすると、4.7リッターあたりということで、0.5リットルも抜いたので、さらに追加したためもあるんだろうか。

『本当はシリンダーヘッドの凹み、カムシャフト軸受け、メインギャラリー、メタル部分、オイルポンプ内部、この他(オイルクーラーがある場合はオイルクーラーと配管内)などにオイルは残っている。エンジンの種類・粘度・エンジン温度などで左右されるが、この総量は500cc程度になる。添加剤の添加率で「オイル総量の10%」と表記しても、多くの人は「エレメント交換時で4リットルだから10%添加は400ccでOK」と判断してしまう。だがこの500ccを考慮すれば、本当のオイル総量は4.5リットルだから、10%は450ccとなる。
効果が低いとクレームをつけてくる人のほとんどはオイル総量の意味を深く理解していなくて推奨添加率より大幅に低い添加率で使用したケースがほとんどである。間違いなく効果が得られる製品は「効果が低い」と感じたら50ccほど追加投入してあげると見違えるような効果で驚かされたと報告が寄せられる。この例題がヒントになるように急激に効果が高まる添加率が必ず存在する。』という記述を思い出した。6月14日の
http://www.attack-racing.com/fujisawa/6.htm#2

の記事を思い出した。

ノーマルオイル時でも、入れ過ぎで燃費は0.5位予想より落ちたので、先週ほとんどそういった状態で使っていたことに、・・・、なろう。改めて、今日は、夕方のわずかな時間だが、快適なエンジン性能を堪能した。重い車体が、ツール・ド・フランスの自転車を駆るような軽快さを感じて走る様は、ちょっと言いがたいセッティングの良さみたいなものを感じる。



バイクの森おがのも2度めとなると、前回見逃した部分にスポットがあたる。気づいてはいたが、ホンダのレーサー、RSだ。1980年製で、マン島で、Alex George氏がライダーを務めた、とだけ書かれている。1000cc。
http://en.wikipedia.org/wiki/Alex_George_(motorcyclist)
には、『Serious injuries sustained while competing in the 1982 Isle of Man TT ended his competitive career.』などと書かれている。
http://www.motorbase.com/auctionlot/by-id/567412759/

フロントホイールの軸をテレスコピック式のフォークに取り付ける方式がBIG1とおなじ方式だと気づいた。この方式は以後のモデルには継承されなかたが、10年以上前にレーサーに取り入れられていたのだった。また、エンジンはCB750~1100と同じ空冷だが、キャブやエンジンとフレームの配置などは、BIG1と共通性が見受けられる。レースのような短時間の仕様では、クラッチはむき出しの乾式のようだ。

また、前回見逃していたNortonもあった。これこそ、都内某坂道を、かん高いエンブレの音を巻き上げながら、ボトムの信号で、急制動する光景をよく見かけたものだ。これは1975年タイプの850ccCommando。
http://www.bikez.com/motorcycles/norton_commando_850_interstate_1975.php


確か、タイヤサイズはフロント、リヤ共に19インチだったような記憶が残っている。当時は、排気管が紫色に焼けていたのが、サウンドとともに印象的。国産車は、2重にして、色焼けを避けていたそうだ。
ボア×ストロークは77×89。ボアはCB1000SFのピストンと同サイズ。!!ストロークが53.6しかなく、超ショートストローク。このため、エンジンの耐久性は、他のビッグ1よりも耐摩耗性で優ると信じているのだが。

このノートンで思い出すのは、2気筒ビッグツインの振動問題。

『そのNV社最初の作品であるコマンドはロールスロイス社から引き抜かれたS.バウワー博士を
チーフとする開発チームが僅か9ヶ月で開発したもの。
古いアトラス・エンジンと既存のAMC製ギアボックスとスイングアームを一体化し、
軽量設計されたフレームにラバーマウントするという
従来のモーターサイクル造りの常識を全く破った新しい手法(アイソラスティック機構)で
振動を減らした画期的な作品となりました。』などとなっている。
http://74.125.153.132/search?q=cache:m15496votxAJ:kimshouse7015.com/NtnCommando_File/NortonCmnd.html+%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3%E3%80%80%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E6%A9%9F%E6%A7%8B&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&client=firefox-a


このことは、当時のバイク雑誌などでも繰り返し取り上げられていて、アイソラスティック機構と言う言葉とともに、今でも頭の片隅に残っている。逆に言えば、ビッグツインの振動問題は、それほど深刻ともいえることで、とうとう、大排気量並列2気筒は、所有せず終わってしまいそう。昨日も、高速で、どんな車種か近寄ろうとすると、スルスルッと前に行ってしまうので、2気筒車だなと、見当はついていたが、佐野サービスエリアへ入るとき減速していったので、見るとオレンジ系等の、タンクのわきが大げさにエンブレムで出っ張ったトライアンフだった。新型か旧型かは区別がつかなかった。その分、1962年型のトライアンフの美しいシルエットを、展示室で堪能した。

なお、秩父観光全般について、以下のサイトが良くできていると思う。

秩父おまかせマップ
秩父の観光ガイドおまかせサイト
http://www.bsmap.jp/


なかのひと

土曜日, 6月 20, 2009



今日は、何から書くか、う〜ん。オイル交換後から書くしかあるまい。
日曜日に一人で、はじめて100%化学合成のオイル、Castrol Formula RS(10W-50)にしてみた。いくらなんでもと思ったが、翌日燃費を計ると、一般で11.8、定置猿臂コースはたしか、14.1で良くなかった。その後、水曜日の晩にミリテック1が届き、翌朝、ナップス埼玉店を下見しつつ、さっそくミリテック1添加ごの燃費をみると、やはり11.8で、定置燃費コースでは、さらに悪く13.1になっていた。

ミリテック1投入前から、50Wのオイルは固いし、爆音も大きいな〜と思っていたが、まてよ、マルチグレード10W-50は、柔らかくて、シングルグレード50W対応の筈だから、柔らかいオイルの筈で、この辺の違和感が払拭しなかった。それでも、金曜日、1センチ少なくいれていたのを追加し、増量したら、だいぶよくなった感じで、当たりがついてきた、と思っていた。11.8kら12.3ぐらいにすぐになった。

マイクロロンやモータロイ系とはかなりちがう感触で、固さと振動が和らげられないが、それでも回り出すとスムーズになり、回転域の谷間を感じさせない、一気に吹け上がる感じの、製品だ。オイルには変化を与えず、金属表面だけ硬化するよう化学的に働くと言う。それで、いぜんマイクロロンを使用したら、クラッチ滑りは、湿式でも滑らない、摩擦を減らすので、アイドリングが上昇する場合もあります、と言われていたが、私のCBの場合、200回転ほど勝手にアイドリングが下ってしまっていた。しかし、ミリテック1の場合、暖まれば変化せず、しかも日を追うごとに少しずつ上昇し、本日は、とうとう初期設定の1100回転まで上昇した。ここのところずっと1000回転前後だったのに。


久しぶりの連休で、天気予報をみると、土曜日しか行動日は無さそう。それで、連休の時、いちど経験した高速燃費をまず、計るため、午前6時にスタート。高速だけの燃費は、過去最高ながら、前回の14.8よりちょっとよい15.1だった。最初、初めての高速走行で、下ではかなりスムーズに回転していたのに、常時100キロ前後で走っていると、エンジンが重く、振動も多い。これも慣らしか!?と思いつつ、都賀西方で、食事休憩して、いったん冷まして再走行したら、かなりスムーズとなったが、50キロちかく調子の悪い?走行をしたので、あまり期待できないな〜と思いつつ、高速を降りて、宇都宮までバックしてセルフ給油で測定した。その後、再度高速に乗り、羽生でおりて秩父方面へ。高速最後は、130以上もまわりにつられて出したが、ヘルメットのヒモが、シートベルト式で、伸びており、自由調整が利かないので、ヘルメットが後ろにずれて、しょっちゅう直したりと大変だった。秩父経由で、高速を含めたツーリング燃費は13.1、う〜ん、良くない、それで、定置燃費コースに期待をかけたが、こちらも13.8でわずか1日か2日で0.7伸びたと言っても、モータロイやマイクロロンの15-16.xなどとは比較にならない。スムーズになってきたのになあ〜、と思いつつ会社により写真を整理していて、そういえば、SC54と比較しても追い越せるぐらい加速は悪くないのに、音が大きいのは、たぶん、オイルレベルが高すぎるせいではないか、と気づいた。

それで、スタンドではなく、手動で水平にしてレベルをはかると高そうで、ポンプでオイラーに抜き取り出してはチェックし、また抜いてはチェックして、を数回繰り返し、ようやく適正アッパーレベルまで抜いたら、オイラーの目盛りで700ml近くもあった。これで、了解、多すぎたのだ!!!。ミリテック1の説明でも、オイルレベルはメーカー既定値を守れと書いてある。

それで、走り出したら、嘘のように軽い。吹かしても音が静かで、これまでのもやもやが氷解。今日、始動性が悪くなった原因もこれで攫めた。しかも、たった6日で、オイルはすでに真っ黒。これにも驚いた。ミリテック1の化学洗浄作用かもしれない。ミリテック1を入れる前の、以前のオイルでは感じなかったが、100%化学合成のオイルだけの時、暖まると、スムーズだが、回転のツキがわるく、ピストンクリアランスが増加して、摩耗が進行しているような感じは、ミリテック1を入れたら感じなくなり、ツキがよい。オイル量を減らしたので、さらによい。もっとも、スズロイやマイクロロン時にも、そんな感じは感じなかったが、買ってすぐマイクロロンを入れてしまったので、ノーマルではどうかは、今回の月、火、水の3日間だけだったが、オイルレベルも高かったし、・・・。

オイルレベルが異常でも、知らぬが仏で、快調に飛ばし、秩父は金崎から右折して旧吉田町を通って小鹿野町へ。すでに1時過ぎで、今日はまっすぐ299号バイパス通りにある、わらじかつを供する、GTOさんご紹介の、イデウラというレストランへ直行。ライダー服姿で、わらじかつを頼む客には、粗品としてノック式バールペンを今でも手渡してくれる。肉の量は、こちらのほうが多めの気がしたが、味は大差なし。みそ汁は、日によってちがうかもしれないが、前回の昭和さんのほうが旨かった気がした。

そのうち、後ろのテーブル席でも、草鞋カツとハンバーグ定食を頼んでいる。みたら、わかいカップルで、夫がわらじかつで、ライダー服姿。携帯を一生懸命そうさしていて、顔を上げなかったが、奥さんとは、何やら目で会話してしまった。なかなか感じのよい方で、もしかしたら、GTO氏!と思って外へ出てバイクをみたら、外れ!でした。おろしたての外車。随分と小ぶりの車体だ。Vツインで、コンパクトにまとまっている。ハーレーのOEM新型タイプか!?

http://www.buell.jp/
動画はこちら。
http://images.google.co.jp/images?client=firefox-a&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official&channel=s&hl=ja&q=buell&lr=&um=1&ie=UTF-8&ei=5QI9SsbFHIr66gO-7JWyDg&sa=X&oi=image_result_group&resnum=4&ct=title


食事がすむと5分ほどで、バイクの森おがのへ着いてしまう。真っ先に地下(といっても一階)で、温泉、般若の湯に初めて浸かった。入湯料600円、タオル100円、バスタオル200円、コインロッカーは100円だが、後で返却されるので、実質無料。しかし、今日は、開店一ヶ月はたっていても、コインロッカー、自販機のコイントラブル続発中だった。自販機は今日から稼働だという。

お湯は、マイクロロン原液を3倍に薄めたかのような、緩い白濁の温泉で、匂いは特になかった。脇に茶色い鉄錆びのお湯のような湯船もあり、先客がいたので、使わなかった。天気がよければ、庭園内の露天風呂も楽しめる。温度は41℃で、ちょうど良かった。リンス式シャンプーやボディシャンプーは付いていた。

湯上がりに、休憩用の和室へと案内されたが、ドンブリがまだ片づけられずに5、6個置いて会った。ここでも草鞋カツ丼や飲み物が出るらしい。

湯上がりのほてった体を、コーラと山の冷気でさましながら、駐車場兼バイクスペースを見ていると、東京方面からと思われる10台近い群団が、爆音高く坂を駆け登ってきた。国産の他に、ハーレーや今さっき2階で見てきたDUCATIのDESMOなども混じっている。一台一台、皆サウンドがちがう。道路をまたぐ架橋状にも、排気の匂いやオイル臭がが漂ってくる。どうも、ハイオクや一流のオイルなどを使っているようだ。

前後して、1台、2台とバイクスぺースを離れていくライダーたちの発する音を楽しむのもいい。広い駐車場に音がこだまする。車で来た人も、あのゼファーなんか、などと話しているのも耳に入った。試しにZ1の900のオドメーターを見ると、2台とも走行数千キロ、!?一回りしたものか、それとも〜。。。、外見だけはそうは見えないのだが、・・・。若い人たちとともに、いわゆるリターンライダーたちも。浴場にも年配者が多い感じだった。

会社にも、見知らぬ人が、BIG1をそろそろ廃車にしませんか!?と話を持ちかけてきた人がいるという。外からは見えないように止めていても、どこからか、誰かが見ている。ということらしい。バイク雑誌では、BIG1(SC30)は中古価格が底をうち、そろそろ上昇する気配アリ、ということらしい。

なお、秩父観光全般について、以下のサイトが良くできていると思う。

秩父おまかせマップ
秩父の観光ガイドおまかせサイト
http://www.bsmap.jp/


なかのひと

木曜日, 6月 18, 2009



日ごろ、バイク関連情報などを提供していただいているsho様のWORLD OF HONDA CB1300SF(SC40) =BIG1=を昨夜、というより今朝拝見したら、・・・
http://www.geocities.jp/shonaka2001/
ゲスト欄の常連のお一人、栃木県(らしい)GTOさんが、なんと私の家の近く(といっても、片道車で20~30分)で、徹夜をしています、との書き込みが目に入った。

なんでも、わたしもこのナップスター埼玉店で、バイク用ETC装置を取り付けてもらったのであるが、ここで、本日100名限定で、第何次かの受付を実施しているらしく、そのため、徹夜で順番待ちの行列に参加している、という。

刻々と、周囲の状況が携帯電話から、書き込みされる様を眺めて、様子を見たくなった。

また、昨夜ネットで注文したミリテック1もヤマト運輸から届いたばかりで、さっそく試運転する予定だった。化学物質そのものという匂いのする、オレンジ色がかった粘調な、比重の高そうなオイル状液体で、説明書では、4〜8クオートのエンジンオイルに対して、8オンスを投入とだけ書いてある。それで、明け方、目見当で、16オンス入りの容器から半分ほど注入したつもりだったが、帰って見ると、まだあと1センチは減らして初めて8オンスぐらいいれた勘定になることがわかった。

投入したら、マイクロロンと同様に、アイドリングだけなら20分ほど、できれば30キロほど走行しなければならない。それで、すぐ走り出し17号へでて北上。


ナップス埼玉店の様子を見ることに。一階部分だけ明るく、店側の配慮で駐車場、駐輪場へは、自由に入れるようだった。東京ナンバーや他県ナンバーのほうが、地元より多いようだった。二輪のETC装置取り付けは、最近はどうか知らないが、申し込んでから、機器が届くと、
また出かけ、取り付けてもらい、自分用識別データをカードで書き込みようやく利用できるようになるため、初期関門が車より高い気がする。今は、当時の車なみの簡便さになってきたのだろうか!?

桶川・北本あたりで、雨が降り出し、鴻巣あたりで止んだようだったが、その後もずっと霧雨で、水滴がミラーからしたたり落ちる。薬くさい排気臭を感じながら走るが、マイクロロンと違い、投入後すぐに効果は感じられない。60℃以上にならないと、金属壁への作用が起こらないと言い、最低でも200キロは走らないと、通常1000キロを超える辺りから、効果が感じられるようになるらしい。

オイル交換後、24000キロで、10万キロを超えたようなエンジンは12000キロで再処理するような指示もあった。あるいは、次回の処理はオイル交換後、半量、さらに次のオイル交換後はさらに半量などという指示もあったり、混乱しがち。

定置燃費は、過去最低の13.1で並のオイルでこの前出た15.2とはかなり差がでた。燃費改善をめざすものではない、としながらも最高で23%の改善事例もあるが、低下した事例もあった。


なかのひと

月曜日, 6月 15, 2009

『燃費一番|燃費向上グッズ投票(オイル添加剤』という記事を見つけた。これによると、ミリテック1がベストランキングとなっている。ミリテック1とは!?はて、見たり聞いたりしたことあまりないな〜という印象。ここでは、マイクロロンは第4位にランクインしている。
http://www.super-tetsu.com/cgi-bin/goods.touhyo/votec.cgi?no=2
しかし、モータロイと並んで、過去に
http://www.fan.hi-ho.ne.jp/t-mura/seibi2.htm
で紹介ずみであった。
http://www.pg-japan.com/power_jirei_cpl30.html
では、セラミックパワーリキッドのシャシーダイナモでの出力カーブが示され、処理によって馬力アップが実現された結果を示している。セラミック粒子が、シリンダ壁などについて、保護膜を形成するとあり、オイル交換でも効果が持続する、としてあったが、どれくらい効果が持続するのかについての記載がないので、除外した。値段もけっこう高い。

ゾイルも良さそうだが、いまいちどういう類いかはっきりしない。
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa1833542.html
では、ヤマハSR氏が、回答者として、マイクロロンはすごい、19万キロ走行したが、問題なく良かったとして、ゾイルは、構造上クラッチ滑りを誘発しやすいぞ、などとアドヴァイスを出したりしている。マイクロロンを使うときは、フラッシングしてからのほうが、モアベターだとか。・・・・

私もヤマハSR(生産終了となってしまった)は、オイル潤滑がエンジン部とミッション部が独立していて、エンジン分は、ボディーフレーム内にオイルを納め、ドライサンプ式に潤滑する国産車ではめずらしいタイプなので、最初からあこがれだったのだが、マイクロロンがクラッチまで行かず、好結果なのかもしれないと思った。

あいにく、CBというかホンダ車には、そういうタイプはなく、基本的にカブ号を踏襲したものと割り切ればいいのでは、とさえ思う。カブはオイルを選ばないとか、頑丈にできているとか、カブ信仰はけっこう根強いものもある。今回、カブも90ccから110ccの東南アジア仕様と同じエンジン構成となり、新規環境基準をクリア、通勤などは、これに限るのかな〜と思ったりもしている。

昔、オートバイ誌か、モーターサイクリスト誌か忘れたが、カブ50で北海道へ行ったツーレポがあり、興味深く何回も読み返した。マイナスドライバーでキーがオンになってしまう、ド中古バイクで、国道4号を北上。途中CBナナハン氏とあい、何処まで!?と聞かれ、北海道までというと、そのバイクじゃ、草加あたりまでが良い所でしょうなどと呆れられた、などという記述も。途中、道に迷い、山道を彷徨、やっとまともな道に出て、オイル交換したら、ほぼ規定量入ってしまった、などと。それでも故障無く無事目的地についた、というから驚き。

その頃、私もカブの55ccというのを譲り受け、セルがついていて、けっこう走ってくれて、重宝していた。たった、5ccアップしただけで、こんなに無理が利くのかと、驚いていた。後輩のだれかにそっくりゆずってきたのだが、・・・・。やはり、晩年はカブかなあ〜、もうマジ間近だあ〜。・・・

脱線したが、もう一人の回答者は、マイクロロンはクラッチが滑るからおよしなさい、ゾイルがいい、と言う。
http://www.2rinkan.com/ichioshi/fzoil.html

では、スーパーゾイルの使用インプレッションがずらりと。燃費まで言及したものは、・・・ありました。『ZX-9R 走行距離28,019Km オイル交換時に注入        
           注入後自宅まで走行されて「吹け上がりは確かになめらかになっている」とのことです。
  【2週間使用】燃費が16Km/Lから18Km/Lに伸びたとのことです。』などというのがあった。

買おうと思うと、今日にも注入できるスーパーゾイルだが、トップランクではない。どちらも高順位ではあるので、もう一方のトップである、ミリテック1は!?とその実体を探ることに。

http://www.carrozzeriajapan.co.jp/mil/
で、概要を知ることができる。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/macchann/hiroshi/mili.html
こちらの記事もどきりとするが、注文済みである。ゾイルの効果も、モータロイと併用中なので、そのせいかもしれない、などというのもあるから、ミリテック1も何回かの最終処理が終われば、モータロイ系との共用も考えられる。

なかのひと

日曜日, 6月 14, 2009

天気が芳しくないので、今日はゆっくり自宅待機。今度は、初めて自宅でCB1000SFのオイル交換実習でもしてみようと思い立った。セローの時は、オイル量1リットルと少ないので、いつも自宅で行っていたが、CB1000SFは4リットル以上と多く、しんどそうなので、やめていた。工具箱も、米軍の弾薬をしまう金属箱にいれ、一通り用意してあるが、錆びて底が抜けてしまった。多分、ドレンボルトを緩めるのにあう、工具も見つかるだろう。車のオイルを自宅庭先で交換すると思えば、それほど問題ないだろう。バイク屋さんで頼むと、フィルター交換なしで、6000円、フィルター交換付きだとたしか7000円、いちおうWAKO OIL らしいのだが、オイルに特に不満はなかったが、値段にはっきり言って不満だった。

いちおう、ハンダロイ時代の鉛臭さはほとんど消え、オイル交換後間も無いが、ハンダロイの残留物などオイルも汚れているようだし、ここで、さらに一掃したい気持ちもある。低速域での粘りはほぼ消えて、1900回転当たりからの吹け上がりは、しんじられないくらい良くなり、ネイキッドって、こんあ味付けだったのか?と思うほど、乗って楽しい感じに豹変してくれた。

ただ、燃費については、ケミカル類を入れていた時に比べて、1〜2キロは落ちているし、過熱しやすくなっていて、昨日はけっこう足下が熱かった。水温計は、渋滞しないと、高くならないが、通常レベルでもエンジンからの熱風は、少し多いような気がするが、季節のせいばかりではないようで、交差点スタートで、エンストも経験した。クラッチも交換したし、自作モータロイ時には、まずエンストとは無縁だったのに。それで、ある程度、通常オイルだけで運転したら、次はまた何かのケミカルを試して見たくなるのは、経験者だけに人情と言うもの。

『ケミカル・パワーアップ編
マイクロロンは一度入れたら、数万キロ効果が持続するそうだが、次回のオイル交換時にもう一度投入すると完璧な効果があると、ドク須田さんが言っていたので、ラフ&ロード川崎店にてオイル交換のついでにまたZZ-Rに入れようとしたら、店員さん ...』という項目を見つけたので、見たら、今関心がある、マイクロロン、スーパーゾイル、モータロイなど皆試された方の記録があって、比較的参考になった。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/9094/kem03.html
運転方法にもよるが、スーパーゾイルのほうが、マイクロロンよりは、若干燃費改善効果は高かったらしい。時折利用する、東松山のコミネオートセンター
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&client=firefox-a&channel=s&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official&hs=hMc&lr=&um=1&ie=UTF-8&q=%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC&near=%E5%9F%BC%E7%8E%89%E7%9C%8C&fb=1&split=1&gl=jp&view=text&latlng=10175715592450204781
には、両方置いてあり、この前、ウエアと夏用グラブを買いに行った際、しっかり確認してきた。
バイク屋さんも、昔、今はゾイルの評判が良いようで・・なんて言っていました。

http://www.attack-racing.com/fujisawa/6.htm#2
まあ、色々添加剤はあるようで、それに対する否定的なご意見もかなりありますね。たとえば、シリンダ内壁にリング回りのオイル供給を促進するため、シリンだーにメッシュが入っているのもコーティングでふさいでしまう、というもの。これは、古いオイル潤滑理論に基づく大誤解の最たるもの一つのようで、鏡面のようにツルツルになっても、しかるべく潤滑効果はしっかりあるそうだ。モータロイでも、13万キロ走行のヤマハ650で、ヘッドを開けてみたら、
メッキされ、鏡の用だったとは、バイク雑誌の愛車自慢にありましたが、バイク屋さんは端から否定されたが。

そこで、雨が降らないうちににと近くのディスカウントショップへ。添加剤をざっと見たが、この店は、モーターアップはかなり豊富であるが、狙っているような商品はなくオイルとオイル受けの箱を買った。
さっそくオイルを抜く。17ミリのメガネレンチが適合。ドレンボルトにはマグネットがついていて、金属粉を吸引してくれているはずと見ると、黒い汚泥状のカスが1ミリほど沈着。小型のマイナスドライバーでつついて取り去る。確かにドライバーは吸い付く。普段オイル交換の時も、ここのカスを取り去るのを見たことが無いので気にはなっていたが、大したことはなかった。キラリと光るものは何もなかった。

それで、4りットのカストロールを入れてレベルゲージで見てもちょうど良い量であった。メインスタンドを立てて作業を行ったが、オイルを入れるときは、サイドスタンドのほうが良い感じだったが、全量4リットル缶を傾けて入ってしまったが、少しこぼしてしまった。

エンジンをかけようとセルを回すが、数回空回りして、やっとかかった。オイルがストーンと空になっていた感じで、オイルポンプが作動するようになって、ようやくかかった。

初めての、化学合成オイルで、オイル交換代と同じくらいの値段はしたが、果たして・・・。

走り出してすぐ何かスムーズな感じがしたが、温まると、過熱気味のオイルである。途中、スズキの1300と発進加速をしてみたが、一瞬遅れるが、付いていくのは容易。ただ、ローでの出足はさすがに遜色がある。少し、まだローでの低速は気持ち軸抵抗が残っている感じで、回り出すとあまり飛ばしている感じがない、走りをする。次もこのオイルにするかどうか、悩ましい。

添加剤は、マイクロロンも考えたが、今は他のものを物色中。最終的には、また、自作モータロイも控えているので、だめもとであるが、やはり、多くの人たちの評価は、参考にせざるを得ない。
http://www.fan.hi-ho.ne.jp/t-mura/seibi2.htm
ではミリテック1を推奨している。
http://www.nandemo-best10.com/f_car-oil-add/
では、トップはセラミックパワーリキッドがトップであるが、別の評価では、やはりミリテック1がトップだった。それで、ネットで注文してしまった。

これの良いところは、オイルは新品でなくてもよい、オイルは単なる担体でしかないということ。そして、何度か、量を少なくして数回処理を行い、完全なものになっていくとのことで、米海軍推奨品ということだった。


なかのひと

土曜日, 6月 13, 2009


平日ツーリング

金曜日は、好天で外の仕事の関係で、秩父市の旧村部まで出かけた。といっても国道沿いである。以前は急なカーブの先に橋がかかっており、その出口がまた急カーブだったが、以前から架橋工事が進行していることはバイクで行って知っていた。

現地の方から、いろいろと苦情を聞き取り調査して、国道、橋、国道が直線に変わり、拡幅もされ関係で、付帯施設の設置状況に、事前協定とはちがう施工がされたので、その改善調査のためだった。

この辺は、地元の人は皆顔見知り、こちらに説明をすると、医者に行くといって、バイクで、玄関を開けたまま出かけてしまった。こちらは、必要作業をしたら、帰るつもりだったので、玄関は閉めますか、と当然のことを聞いたら、あけたままで言いという。う~ん、のどかでいいねえ~。とは言え、そのうち戻ってこられて、冷たい飲み物などを出していただいた。

山梨方面へ向かって若干上り坂となっており、大型バイクが、てんでに上り坂ゆえ、各バイクの特性にみあった軽快な音を響かせて通過していく。うらやましいね~、絶好のツーリング日和でしたから。土日は、あまり芳しくない予報だ。出来ることなら、平日に空いた観光地めぐりなどをするに限ると、改めて思う。仕事中ゆえ、カメラは持参していたが、とうとう、一台もスナップできずじまいであった。

秩父市内にもどり、雑用後、食事をすましてから、役所へ寄って帰ることに。

昼は、わらじカツ丼の日野田町支店の安田屋さんも近くにあったが、同僚が、話に聞いたエデンがいいというので、そこへ。正午10分前に入ったが、他に客はなし。とんかつ定食を注文。ここもいろいろあるが、メニューが前と少し変わり、定番のヒレカツ定食(1400円)より少し安い1200円で、大カツ定食が加わっていた。通常は800円なのだが、食べたな~という実感がともなう定食で、少し時間がかかりますと書いてあった。
http://ash-weblog.sblo.jp/article/18616220.html

出されて分かったことは、カツなのに、ステーキ並みに肉厚があるとんかつで、じっくり過熱して、中心部まで、火が通っており、ステーキのように真ん中が赤いということはない。ジューシーで柔らかく、やはりおいしい。
http://xjmarin.seesaa.net/article/95109507.html
食事中に、客がどんどん入ってきて、とんかつ定食を注文している。昔定番だったヒレカツ定食はあまり出ていないようだった。コーヒーは注文しなかったが、水もこちらの水はおいしいと思って、おかわりを二度してしまった。こみだしたので、適当に店を出て、順調に帰路について、長瀞まで来たとき、例の天然氷のカキ氷を思い出してしまった。あやうく通り過ぎそうだったが、駐車場が1、2台分空いていたので、急いで滑り込んだ。
http://www.chichibu-town.com/review/ci001537
ここで、休憩中メールが来て、新情報により、できれば今日中にいったん現場付近の、現地事務所へ顔を出しておいたほうがいいというアドバイスが来たので、また戻ることに。
http://odekake.jalan.net/spt_guide000000173491.html


氷をあわててかき込んで、再び現地へもう一回戻ることに。食べるのが遅い同僚を駐車場で待つ間、ツーリングで来ていたバイクライダー氏も出かけるところだったので、ちょこっと話を聞いて、写真を撮らせてもらった。

排気量は聞かなかったが、120馬力ほどのニュートライアンフバイクで、値段も120万円台とか。本人は中古で購入だという。もう一人は、125ccのスクーターで同伴していた。都内ナンバーだった。最初、入店時にはカワサキの水冷車だと思っていたのだった。

どうやら、トライアンフ スプリントRS系らしい。955cc、3気筒で120馬力という。
http://www.goobike.com/catalog/TRIUMPH/TRIUMPH_SPRINT_RS/index.html

秩父おまかせマップ
秩父の観光ガイドおまかせサイト
http://www.bsmap.jp/

なかのひと

木曜日, 6月 11, 2009


異次元体験

タンク内のガソリンは、ほぼピュアとなり、気持ちよくエンジンが吹けるようになり、ビックリしている。日曜に300キロ以上走ったせいもあって、この日を境に、エンジンが「慣らし効果」を感じるようにどんどん変化している。

それでも、もう一回オイル交換したら、スーパーゾイルかマイクロロンかなどと考えていたが、水曜日になったら、そんなものは要らないと思い出した。とにかく、日々変っていて、驚いている。月曜日には、定置燃費コースで15.2となり、添加剤のあるなしであまり変らないではないか、とさえ思い出した。これも、点火系のチューンが、はっきり効いているからだろう。

火曜日には、それでも新添加剤にスイッチするまでの辛抱と思っていたが、今日昼間所用で、夕方とあるところまで往復を強いられたが、あまりに気持ちよく加速してくれるので、いったい、今までの努力は何だったんだ、と思い始めた。

過去のいろいろな感想を思い出してみた。今日思ったのは、買った最初からマイクロロンを入れてしまったこと。新車でも、いきなりは入れないだろう。もっと今回のように、何もない状態で、自分なりの運転に充分エンジンを慣れさせて、調子が出てから入れるべきだった、ということ。今回のように、スズロイを取り去ってから、日々調子が良くなって来ると、仮に添加するとしても、どの辺で入れるか多いに迷う。マイクロロン投入後、時々思ったのは、エンジン温度が下り、その分ピストンとシリンダーのクリアランスが設計値より開いてしまい、充分な圧縮が得られないのではないかと、ということだった。マイクロン投入後、一回ぐらいしか、ファンは回らなくなってしまった。

今は、まだファンは回るほど水温はあがらないが、今まで余地若干高めで日増しに、ピストンが、シリンダーにフィットしてきているらしく、アクセルを殆ど開けなくても、加速が良くなっており、それも気持ちな大変よいもので、これが、CB1000SFのネイキッド感覚かと思った。いわば設計値どおりのクリアランスであれば、このアクセル開度と回転数に応じた最適点火時期を与えるように設計された、点火系の本領とは、こういうものかと、ホンダの設計に頭が下る思いであった。

スーパーゾイル使用者でも、水温が5〜10℃は下るようである、などというユーザー報告もあったが、ノーマルでこんなに感じが良いとなると、お金を出してそんなものを使って一時的に良くても、ど〜なんだろう!?と正直今日は思い出した。乗って楽しければ、1キロ前後燃費が良くても、設計本来の味付けが、このようなものなら、ライダーというお仕事と言う人が、そうした市販添加システムが、メーカーが採用することはほとんどない、というように、このショートストロークエンジン用にチューンされた点火システムは、今が最良に思える。

多分、火花も強いからだと思うが、2000回転を超えると、アクセルホールドでも、充分なトルクが出てくる感じである。多くの人の感想で、2000回転以下は、実用レベルではない、いうように、私もそのように感じるが、けっこう使える。点火系強化と鉛の粘りが取れてきているからで、今日は、鉛系の匂いは感じなくなったようである。帰りに、先日紹介したBMWの800
と思えるオフロードタイプに追いついて、交差点で止まっていると、BMWの排気臭がよく分かった。こちらは、無臭に感じたが。抜いていくとき、単気筒あたり400CCのゴロンゴロンと回っている感じが手に取るように感じられたが、ことらは音もなくスーと抜ける快感に酔った。クリアランスが発熱でつまると、音は大変静かである。

モーターロイもどきでも、スムーズに回るが、設計クリアランスより大きい感じで、その分ピストンが複雑微妙に首振り運動をするようで、これもマイクロロンと同様に感じられる種類のもので、ただのオイルだけの、ダイナミックなワイルド感のほうが、ピタっと嵌まった、快適感はない。排気量本来のトルクといったら良いのか、言葉が浮かばないが、乗ってみて、コントロールする楽しみは、ただスムーズに、速い加速よりも、アクセルのその時の熱状態に応じた絶妙のコントロール感は、いままで感じなかっただけに、大変新鮮で驚いた。

車とは違う、バイクの操作感は、明らかにノーマルのエンジンが、設計どおりに動いている時、最高度に発揮される!!とツクヅク考えてしまった。Freude am Fahren!!





なかのひと

火曜日, 6月 09, 2009


Sapioという雑誌、時々購入するが、お一人過去の顔に属する方がおられるように、この春の号(といっても2008年)分である。少し、気になることがあって、ずっと手元にあった。

グローバリぜーションの時代に始まった「国家の逆襲」では、金美齢さんや桜井よしこさん、佐藤優氏などが意見を寄せている。
「新型感染症の跫音」では、福岡伸一教授が、『ウイルスは生物でないから殺せない。だから恐ろしい。』と言わしめ、日本に帰化した元ジャーナリスト、ベンジャミン・フルフォード氏は、『SARS、HIVは米軍の生物兵器』説がいまだに消えないこれだけの根拠』というのもある。

しかし、私が手元に置き続けた理由はただ、ひとつ、漫画家小林よしのり氏の『ゴーマニズム宣言』で、『わしはパール判決書を念入りに全部読んだが、「日本の道義的責任を指摘しているところなど一箇所もない!。『遠山の金さんじゃるまいし、裁判官が判決書で道義をふりかざして一体何になるというのか?』といわしめ、つくづく知性をうたがうよ、と目次で憤っているマンガがでている、ことにあった。

この憤りの相手は、中島岳志氏、北大準教授である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/中島岳志
には、『小林よしのりとの論争』の項目で、学者や論壇を巻き込んだその後の論争の経緯がかなりの量にわたって記録されている。ぜひ一読して、それぞれの立場からの判断を試してみてはいかが!?


わたしが注目したのは、『わしはイデオロギーおよび教義で資料を読んではならないと考える。普通の「国語力」で読めばいいのだと考える。そこで、今回はまず国語のテストを一問解いてもらいたい。』とある冒頭部分である。

そして、問いというのは以下のような文章である。
『問 「Aさんはおそらく間違っていたのだろう。過ちを犯したのだろう。
 しかし、故意にではない。計画的にしたのではない。
  起こった事件を正しく評価するには、そこに至らせた事情すべてを検討しなければならない』とし、この文章の正しい読み方はどちらでしょう?というして、①と②の読み方を示した。

①Aさんは過ちを犯した。計画性は問題ではない。Aさんには道義的責任がある。決してAさんは免罪されない。厳しく非難すべきだ。

②Aさんにも非はあるのだろうが、わざと計画的にしたのではない。そうなった事情を考えなければ、正しい評価はできない。

そして、まさか①が正解だなんていうやつはおらんだろう。義務教育以前の問題、小学的受験の幼児のレベルだ、としたうえで、『中島岳志、そして中島のパール判決書解釈を指示する学者、マスコミらだ。』と指摘している。パール判決書の一文、『日本の為政者、外交官および政治家らは、おそらく間違っていただろう。また恐らくみずから過ちを犯したのであろう。しかし彼らは共同謀議者ではなかった。かれらは共同謀議はしなかったのである。
起こったことを正しく評価するためには、各事件を全体中におけるそれ本来の位置にすえてみてはじめて、正しく評価することができる。これらの事件を生ぜしめた政治的、経済的な諸事情の全部を検討することを回避してはならない。』とだけ書かれている、という。

小林氏は、『中島はこの文章の「起こったことを正しく評価するためには」から後の文章をすべて省き、こう解説している』としたうえで、『パールは、この結論部分で日本の為政者を「間違い」や「過ち」、「悪事」というネガティブな価値判断を伴う語を使って批判した。』という中島氏の文例をあげ、単語しか目に入らんかったんかい、と飲みかけのコーヒーを口から吐き出す、噴飯物扱いをしている。

中島氏は、文脈無視でネガティブな語だけをとり出し、あとは全部、勝手に作文すると言う詐欺滴手法を駆使して、パール判決書の文脈をことごとくねじ曲げていく、と紹介している。

こんなものを学者が揃って絶賛したことは、何度でも書き留めておかねばならない、としたうえで、御厨貴(東大教授)、加藤陽子(東大准教授)、赤井俊夫(神戸学院大教授)、原武志(明治学院大教授)、長崎暢子(龍谷大教授)らの、体制翼賛会的コメントが紹介されている。

たしか、原教授は、ここでもたびたび引用させていただいた、皇居前広場の著者で、元朝日新聞記者ではなかったか!?それで、彼のコメントを引用させていただく。(『パール判決書』を、パールに言及する論者がいかにきちんと読んでいないが、あるいは読まなくなったかが明らかにされている)とある。これは、小林氏のマンガに当てはめるべきコメントではないのだろうか!?

それで、小林氏は、『彼ら全員、全く「パール判決書」を読んでいないか、読んでいるとしたら中島同様の、小学入試不合格の国語力しかない者たち名のであろう』としたうえで、バカデミズム(馬鹿で見ず?)と言う語を献上しているのである。

この本は、小林・中島論争が、1年近くにわたって、何名かの論者を巻き込んで、展開された末期に刊行された。とはいえ、月刊誌Voiceに2007年6月から2008年8月までに掲載された、『パル判決書』と昭和の戦争をまとめたものだそうだが、時宜を得た刊行となった。

渡部教授は、一貫して、東京裁判史観による呪縛を克服するべく、努力されていると思われる。この書の前書きでも、最近の論争にも関心を示されたのであろう、次のような部分がある。
『最近になってパル判事の個人的な宗教や信条などを問題にする人が出てきたが、そんなものは『パル判決書』には無関係である。パル判事は国際法の理論と、その理論に基づく歴史的事件の解釈を述べているのである。パル判事の個人的信条を問題にした人たちの言っていることは、明らかに『パル判決書』をよく読んでいないことを示すものであった。・・・』と。

そして、普通の日本人は東京裁判について知る必要はなく、『パル判決書』のみ徹底的に知るべきである、ということであると述べている。

関心のある方はじっくり普通の日本語で読んで頂くとして、前出のような学者が輩出される背景についても、巻末で述べてあることは、何度強調しても、し過ぎることはないと思うので、引用させていただく。

『法律的にも歴史的にも反駁しがたい『パル判決書』であるが、「パル史観」は、日本で普及せず、「東京裁判史観」が幅を利かせている。』

『では、なぜジャーナリズムや学会は「東京裁判史観」を指示してきたのか。ことの始まり、各界あわせて20万人以上が対象となった昭和21年の公職追放令だったと、私は捉えている。このとき、経済階では、松下幸之助、政界では石橋湛山、鳩山一郎などが追放された、いずれも復帰して活躍したのだから、公職追放がナンセンスな性質を持っていたことがわかる。政治、経済の分野では、後に復帰したケースが少なくなかったが、学界、ジャーナリズムの分野は、追放された人がほとんど復帰しなかった。つまり、公職追放のおかげでポストを得た人間が居座り続けたのである。』

公職追放は、GHQの民政局が行ったものだが、彼ら欧米人にアドバイスした人間がいなければ追放者リストは作れないので、そのアドバイザーが実質的な名簿作成者だろうとして、渡部教授は、ハーバート・ノーマンだと見ている、という。
http://ja.wikipedia.org/wiki/エドガートン・ハーバート・ノーマン

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0014.html

『そのハーバート・ノーマンが、左翼仲間の都留重人、羽仁五郎(ノーマンが日本にいるとき、日本近代史の家庭教師を務めたのが札付きの左翼である羽仁五郎だった)たちを中心として話し合い公職追放者の人選をしたとしか、私には考えられない。』としている。

戦争中、気象庁長官の職にあった、ということで、藤原咲平理学博士(新田次郎氏の親戚)も、公職追放された。

公職追放令で空いた有力大学の主要なポストを、ノーマン、羽仁五郎、都留重人あたりが相談して埋めれば、戦前、反日的行為で帝国大学から入ってくるのは自然のなりゆきであう、としているが、異論はありようがない。

具体例の一人で、吉田茂が、「曲学阿世の徒」とよんだ南原茂総長の後をついだ矢内原忠雄総長を、キリスト教徒としては立派な方だと思うとしたうえで、助教授時代に「神よ、日本を滅ぼしたまえ」というような趣旨の文章を書いていたそうだから、戦前から一部知識人の中には、日本蔑視、欧米重視の左翼的思考が、充満していたのでは、と推察される。

皮肉なことに、都留重人が、アメリカでの証言がきっかけになって、ノーマンのビル屋上からの自殺となった、とも言われている。ところで、都留重人とは!?

鳥居民氏の著作、『近衛文麿「黙」して死す』では、このノーマンの動きがかなり出てきており、興味深い。

『ハーバート・ノーマンは、近衛の死との係わりを問われることはなかったし、回想録を書く時間的余裕もなく没した。・・・1950年代になって、かれ自身がアメリカの捜査機関や議会の調査委員に過去を指摘され、糾弾されるようになって、1957年に死を考えるようになったとき、かれ自身が死に追いやった近衛文麿と広田弘毅のことを思い浮かべて、自分がしてしまった残酷で無情な仕打ちを後悔したにちがいなかった』としたうえで、そこで、都留重人となる、と続いている。

都留はハーバード大学留学中にノーマンと「兄弟のように親しくしていた」と2000年から2001年に月刊誌に自伝を掲載し、その中でいくつかの名前をあげているそうだ。横浜終戦連絡委員会の鈴木九萬(ただかつ)が、ノーマンの作成した最初の戦争犯罪容疑者のリストをマッカーサーの副官から受け取ったのは9月15日で、その時の総司令部は横浜に本拠を置いていた。

ところが、その二日後には、赤坂乃木坂の都留の住まいをノーマンは探しあてているそうである。ノーマンが誰よりも尊敬していたマルクス主義信仰の同志、都留との一日も早い再会をどれだけ望んでいたかをあきらかにするものだ、と指摘している。

ところが、彼の自伝には、そのノーマンと何を話しあったかの記述は1行も無く、ノーマンは8ヶ月前に著わした「日本政治の封建的背景」のコピーを間違いなく都留に渡し、日本をどのように変革しようかと語り合った・・・に違いないのだが、としている。

そして、10月には、2度にわたり、戦略爆撃調査団の団員、トーマス・ビッソン、ポール・バランが訪ねてきたことも記しているが、何を話し合ったか、書いていない。(近衛戦犯指定のためのミニ裁判用の)脚本を作ってやったのだと綴ることなどありえるはずもない、としている。

都留の近衛への記述はそれでも書いていて、近衛公の対ソ特使(ソ連に和平斡旋を求める)計画を立てたのは、近衛自身であるかのような書き方をして、それが失敗に終わったのは、かれの読みの浅さ、愚昧さの当然の帰結であるかのような軽蔑を平然と示す態度だった、という。

ところが、実際は、ソ連に和平斡旋を求めて天皇の親書を携行しての特使派遣案は、都留重人の義理の伯父、木戸幸一元内大臣だったのにである。しかも、近衛は、多くの人々の意見であった、ソ連への和平斡旋に強く反対していたのであったとも、鳥居氏は書いている。

さらに、『木戸が胸中に隠し持っていた近衛に対する「私怨」を、義理の甥が近衛の死から半世紀もたってもなお、分かちもって、さげすんだ口調で近衛の努力を嗤っているのを読んだとき、私は哀しみに沈んだのである』としている。

『彼らが、ノーマンに語り協力して作り上げた木戸免罪のための弁護の中心部分がこの終戦工作だった。』(木戸が最初に降伏受け入れを決定したひとりである)









なかのひと

土曜日, 6月 06, 2009



さて、ガソリンタンクに入れた自作のスズロイ、濃度管理がまだ試行錯誤中で、いくつぐらい投入したら、最適かの問題がずっと付き纏っている。

ガソリンを満タンにした直後は、直前にくらべて溶け出したスズ成分濃度は、急減する。この変化が悪影響は与えないとしても、乗っていて明澄に感じられる点が、このスズ錠剤の欠点でもあり、そこの長所が顔を出している。

前回、クラッチ交換した際に、全部とり出して、様子を見ようとしたが、スパークの強弱でも、過剰度の判定が揺らいだりするので、もう少し現状で様子をみることにした。しかし、いつも満タンにしt30キロぐらいから、滑らかになってきて快調がつづくが、濃くなってきて、あまり快調ではないように感じるまで、数十キロしか持たない。あとはこもるような過剰濃度になってきているな、と嫌でも感じる傾向がはっきりした。鉛臭さはほとんと取れて、低速でのギクシャク運動はないのであるが、調子がどんどん変化するし、見きわめがむずかしい。

電装系も改善されて、始動性は極めてよく、スパークプラグも強い火花が飛んでいるようだ。以前は1500回転を下回るとあきらかにライトが暗くなったが、今は却って明るいくらいだ。ホーン音量も、音質も過去最高。というわけで、過去の燃費低下は、電装系の悪化によるスパーク能力低下は主因だと、最近思うようになった。
http://blogs.yahoo.co.jp/kanaduka/folder/715969.html?m=lc&p=2

にもあるように、同型車でもノーマルに近い状態で、燃費はリッター16位はでるというレポートがあって、買ったときはほぼノーマルでも自分のも15位は出たので、一度タンク清掃をかねて、ゼロの状態で、どの位の燃費なのか知りたくなり、リヤブレーキ交換の際に、全部投入したスズ錠剤を取り出してもらった。

事前のヤマカンでは、今の投入量の半分以下なら理想的濃度となる、位の読みだった。しかし、バイク屋さんがいうように、最初のハンダロイを除去する際に、1個か2個はすき間に挟まり出てこなくなった、という報告が気になっていた。スズロイも入れていたので、残った1
個か2個がどちらかもわからない。

仮に、2個とすると後からいれた3個と合わせると5個、半分にすると2個が適量、もし勘違いで残っていなければ、半分以下だとせいぜい一個が適量となり、その辺の見きわめが難しい。

今後、もし入れるなら、一個からはじめて様子を見る必要があるし、無しでどのくらいかもデータを見てみたい。それで、また、頼んで取り出してもらった。

すると結果は、・・・出てきたのは4個、しかも色の違いで、ハンダロイと判明する。矢じりのような形から、狭いところに引っ掛かり残ったものなのだろう。それで、振動で少しづつ細部が削られ、余裕が出たところで、引っ掛かりからはずれたのだろう。細かく見ると、随分と偏って細部が削れた後がある。最近外れたばかりのようだ。タンク内部にそうそう引っかかるような場所は多くないだろうから、もう残っていないと思いたい、・・・。

満タンにしてから40キロぐらいで預けたので、スズロイが効き出したあたりの濃度のままで、これ以上増えていく見込みはないが、完全に抜けるにはまだ数日時間がかかる。今日は、隣の県まで出かける予定があり、燃費が楽しみだ。

まだ、取り出した実感のわかない走行フィーリングであるが、調子の変化が少ないのは、やはり魅力。何事も急いてはならない、ことを噛みしめている。今の感想を言えば、モータロイ系は、エンジン保護の目的がメインでいいんじゃないか、ということ。摩耗防止的に、ごく少量あれば、それでいいのでは!?という所に落ち着くかどうか、といったところ。純正でもリッター1キロ伸びれば、御の字というところではないか?などと書いてしまっている。

そして、今日千葉〜茨城と資産関連の用で、回ってきた。もちろん、タンク内のスズ錠剤はなし(の筈)。ただ、スズロイが気持ちよく効き出した値の半分ほどの濃度になっていたはず。それで、走っていると、今いち心もとない走りで、いままでこんな濃度の状態はなかったぞ、とエンジンが文句を言っているよう。そして、千葉へ行った帰りに、野田〜柏あたりから高速に乗り、鉾田市方面へ。高速を土浦で降りて、山道へ行くというので、6号線ぞいの110円のセルフで給油。燃費は12.7だった。

そして県道354号線をつかって鉾田市へ。用がすむと、そばに国道51号線があるので、大洗までひとっ走り。そこから国道50号で小山経由で帰ってきた。小山市内で111円のセルフで給油して燃費を出したら、13.7だった。

ちょうど携帯に着信していたので、スタンドの隅で電話をかけたりして、50号へでると、今までよりいっそう調子がよい。スズ成分が殆どなくなったからだと思った。そして、調子を見ながら走ってみると、ハンダロイ、スズロイともに、過剰に入れたという量的なミスマッチがありその弊害は気づいたが、今日のような低濃度でも、ある程度成分が入っていると、ピュアな、あるいは極めて薄いスズ成分のガソリンと比べても、やはりなにかおかしい。燃え方が違うのである。明日給油して、さらにピュアガソリンに近くなると、もっと変るかもしれない、と思った。

簡単な算術で考えてみよう。今日の走り出し濃度は、昨日給油したので、通常スズロイが効き出す感じがする濃度のおよそ半分である。高速をおりて、一回目の給油でも13リットルほどだから、また半分の濃度となる。さらに、小山市内で給油、ここでも13.xだったから、さらに半分と見積もると、なんと、スズロイが効き出す濃度の1/8ぐらいまで下げて、ようやく試作モータロイの、燃焼への悪影響から逃れられる、という計算になる。

当初、半分以下に減らそうとして取出をお願いしたのだった。でも多すぎたら、困るので、最低一個だけ戻して走行しようという計画だった。これだと、実際は4個入っていたので、粗く見積もって、スズロイが効き出す濃度の1/4
であり、いままで4個で満タン後30キロ位で効き出す、とすれば、120キロ位走行しなければ、効き目が出てこない計算となる。

今日、走行してみて、スズロイのガソリン中の濃度が、これまでの1/8以下ぐらいまでさがると、実に加速が滑らかで気持ちよく、300キロ以上走行したにもかかわらず、あまり疲れなかった。それで、その濃度でスズロイを使おうとすると、0.5個以下であればよい計算となり、予想より遥かに少ない量ということがわかり、がく然とした。

つまり、スズロイの滑らかさを得られる濃度まで入れると、ピュアガソリンにくらべて、燃焼に何か問題がありそうなのである。今日、まだピュアガソリンまでに至っていない1/8濃度では、燃焼が快調で、電装系やイグナイターの働きが絶妙なのが、久しぶりに了解できた。ワイヤーハーネスを取り換えれば、もっとイグナイターの効果がでるはずと思って修理に出したのに、帰ってきたのを乗って感じたことは、そうした効果が感じられず、がっかりしたのは、多分、スズロイが多く入り、ガソリン中の濃度が上昇し始める時期だったのではないか、と思い至った。

今日、タンク内濃度が1/2、1/4、1/8という3段階濃度で走ってみて感じたことは、1/2濃度では、振動が多く、吹けに一瞬のタイムラグがあり、音も大きいと感じた。1/4濃度では、身体が慣れたのか、エンジンがなれたのかわからないが、比較的スムーズに回り出した、と感じられた。さらに1/8濃度では、スタンドの外へでると、すぐ信号で、後ろに4輪を従えてのスタートだったが、伸びが良くあれれ、いままでと勝手がちがうと、思うほどスムーズに加速した。スタンドへ外に出る前に、トラックが先行していて、信号がかわって、4輪がトラックを車列に入れてくれるまで、エンジンをかけて待機していたので、交差点でスタートする頃には、1/8濃度ガソリンがキャブに流入していた筈である。

スズロイがあったほうが、音が静かで、振動も少なく、吹けも速いと思っていたが・・・、燃焼が正常ならピュアガソリンのもつ特性が遺憾なく発揮されるということも、これまた事実であり、どっちを選ぶか、帰る途中だんだん揺らいで来た。今日総合的に感じたことは、確かにスズロイが亡くなってくると振動が多めであるが、加速時のエンジンのうなりが、バイク本来の金属と金属がオイルを介して、こすれ合うことから来る複雑微妙な音のなかに、ヒューンというような、いままで聞くことのなかったような音がまじり、エンジン慣らし運転中のような感じになってきている。それなら、もっと、あるいはずっと、スズロイをやめて、親電装系での、普通の慣らしを充分行い、エンジンが充分慣らし終わったら、マイクロロンとか、その他の燃料添加ではない、潤滑系添加のケミカルを試しても良いだろうということだった。

車の傍を徐行中、中学生がバイクの音に気づき、思わず振り返って眺めることがあったが、(1/8濃度)なんだかカワサキ車のエンジン音的な音に変りつつある最中だった。もうこの夕方の時点で、スズロイを明日から入れて、振動や音を減らそうと言う
計画は、心の中で描かれていなかった。ノーマルのモータロイが入手できれば話は別であるが、・・・。タンクから外して正解だった、という展開に至るのかどうか!?。


なかのひと


作家の猫・・・平凡社刊、2006年6月。発行者下中直人。ここに取り上げるまで、「作家と猫」という題だと信じこんでいた。いざ、表紙をコピーして初めて『作家の猫』だと・・・・。やはり目が眩んでいたのかも。

三月ほど前に、仕事の途中で立ち寄った書店で、出会った。書棚の彼方から、猫招きされるように誘導されたかのような感慨がある。よくぞ出会えたり。裏表紙の火鉢で前脚の暖をとる猫がいいし、表紙の中島ラモの猫も、家の猫とうり二つだ。ざっとみて喜び、じっくり見て、やけに泣ける本である。猫好きを自認するものの、作家たちの猫との諸関係を知らされ、猫好きの点では、完敗の思いだ。

取り上げられた作家は、28人だが、巻末に猫の名作文学館と称する、猫を取り上げた作品解説が芥川から、吉之淳之介まで、41作家の作品が紹介されている。芥川でさえ、猫小説を書いているとは、意外だった。

作家の猫との情景を、身内のものとか、知り合いの作家たちが、回想するエッセイがなかなかいい。漱石の猫以外、猫の名前がいろいろと出てくる。しかし、猫の人生も、人間同様、いくら可愛がられはしても、なかなか幸せとはいかないところが、人間同様、生物としての運命の気まぐれさを感じさせる。

夏目漱石と「吾輩」 明治の文豪は日本で初めて知性をもった猫を描いた

南方熊楠とチョボ六 明治の大奇人、猫を相手に暮らす

コレットとキキ 猫を綴り、猫のように愛され、猫より猫らしく生きた

寺田寅彦 大の猫ぎらいが猫好きに変貌、大発見を次々と

・・・  ・・・




作家と猫との出会いで、画家藤田と、南方熊樟は、二人とも偶然に猫に出会い、飼うようになる。藤田の場合は、盛り場からの返り、夜の石畳でふと足にからみつくネコがいて、不憫に思って家に連れ帰り、飼うようになったのがきっかけ。やがて、それが2匹、3匹と増え、モデルがいないときに、ネコを相手に絵を描き出した、という。

「猫の本」講談社から平成15年に発行され、約90点の猫の絵が纏められている。藤田画伯の猫については、当然ながら、知り合いの画廊の娘のほうが、私よりは詳しい。

作家というより、在野の学者であった南方は、19歳で渡米し、イギリスも含めて14年間も遊学。大英博物館で、ケンカをした話だなどを読んだ記憶があるが、粘菌関連は、専門がちがい残寝ながら存じ上げない。しかし、生き方の迫力には、若いときから
うらやましく思っている。

彼の場合は、渡米後3年ほどして、ミシガン州アナバという小市の郊外3、4マイルもも離れた森林で採集中、大吹雪となり、走って森を抜けて帰路に付く途中、生後一ヶ月ほどのコネコが道を失い南方と一緒に走るのを見て、上着のポケットに入れて連れ帰ったという。このコネコは、彼に出会わなかったら、どうなっていたのだろう!?迷い猫か、捨て猫なのか、おそらく後者だったのかもしれない。

南方は、生涯で多くの猫を飼ったらしいが、みな、この最初のネコと同じ、チョボ六で通したという。最初のネコとの出会い直前に、郷里からの妹さんの訃報に接していて、もし、このコネコが、妹の転生であったら、棄つるに忍びずと・・・書かれているそうである。

貧乏暮らしで、服なども質にいれてしまうので、裸で暮らすことも多く、猫は夜具がわりでもあったときもあったというから、徹底振りが念にいっている。

漫画家水木しげる氏は、『猫熊』で、猫熊という猫は実在しなかったのであるが、彼の猫との共生生活を描き、研究に名を借りた学問の遊び人だな、と言わしめているそうである。機会があれば、見てみたい。

猫の餌代も事欠いた南方は、カントの食事風に、一人分の食事をよく噛んで、養分を飲み込み、中途半端な肉切れなどをネコに与えて、両方とも一人分ですましていたといい、漫画でもそのことがえがかれている、という。晩婚の南方の縁結びにも、何代目かのチョボ六が、一役かっているという。ネコさながらの自由気ままにみえる、彼の楽音領域の広がりが、彼の真骨頂だという指摘は、ネコの視点を通すと、不思議ではないような気がする。

折りに触れて、各作家のネコへの、並々ならぬ愛情を見ると、どうしても涙があふれてしまう。ネコ好きの人は、一人で見る本である。

裏表紙の犀星の飼った火鉢にあたるジイノというネコ、犀星はお客が来ると自慢したそうである。ちょっと背をおしてもっと暖かくとせっかいをやいたら、そのまま、このスタイルをとるようになり、ペットの終えットのこの姿勢で眠ることさえあったという。しかし、このネコはさかりの時期に突然いなくなり、飼い主の胸をひどく傷ませた、という。

ネコ好きの作家の家には、よく捨て猫がおかれることがあちこちで多発しているようだ。生涯で500匹ほど飼ったという大佛次郎氏は、あまりにネコが捨てられるので、時にはステッキをもって、門の見張りもしなくてはならないときもあったとか。

大佛氏が、長い廊下に新聞紙をひき、皿を一列にたくさん置いて、各ネコたちがいっせいに食事中の風景を、そばからうれしそうにしゃがんで眺める氏の笑顔が、何にもまして、この方のネコ好きが現れた一枚だと、感心する。懐もあるていど余裕がないと、そこまで踏み切れまい。

もし、死ぬ前にいくらか時間があるなら生涯のネコたちを一匹、一匹回想しながら死にたい、とまで言わせた方である。ネコ好きの域を超越したネコ好きだとおもうが、どうだろうか?

前回の渡部昇一氏の『知的生活の方法』には、ペットの効用などという視点はないが、知的生活につきまといがちな、精神的不安定をさける必要性を説いている部分がある。コウスティングというそうであるが、バイクで言うなら、惰力走行、航空機でいうなら、グライダー的な飛び方を指す言葉で、知的努力を続けていると、それから解放されることが是非とも必要だと言う指摘は鋭い、と思う。漱石の「先生」の自殺などを取り上げて多方面から解説してる。

谷崎などは、絶対に、執筆の際にはその部屋にはネコはいれなかったというが、書斎をでれば、ネコに癒しを求めていたようだ。

もっとも、魯迅などはネコ嫌いをはっきり記録し、多くのネコを殺した、という。殺さないまでも、半死半生の目にあわせた。
これも可愛さあまって、憎さ百倍の田堵のように、作家の知的活動と関連があるのかもしれない。普通の人は、病気でなければそこまではしないように思っているのであるが、・・。


なかのひと