火曜日, 8月 28, 2007



土曜日の朝、どこかへ行きたい気がするが、今日はやむなく出勤。天気は朝の時点で、曇りで、日射しはほとんどなく、こういう日に地方を走ると、暑くもなく眩しくもなくいいんだがなあと一瞬思うが、しかたがない。時間にゆとりがあるので、遠回りして行くことにする。

高速に入り、時速80キロ〜85キロで、一番左を走っていると、次々に右後方からバイクが現れては並走し、抜いて行く。二区間で20キロ弱しか走らなかったが、およそ15台のバイクが抜いて行った。オフロード車はスズキの400らしき一台のみ。カワサキ、BMW、ハーレー、あと識別できない大型が数種。だいたい100〜120キロぐらいと思った。同じタイプのハーレーでほぼ100キロぐらいでも、年式で音質に差があると思った。いわゆるハーレーサウンドには違いはないのだが。チェーン仕様のBMWも抜いて行った。

こうしてゆっくり走るのもそれなりに楽しい。皆日光やその他北を目指して先へ、先へと。会社近くで降りて信号で止ると、回転計は珍しく900回転を指している。連続80キロ+で走っていたせいとしか思えない。しばらく一般道を走るとまたいつもの800回転+に戻ってしまった。80キロ位でノンストップで流すことは高速道路しかできないことで、エンジンが固い感じがしていたが、普段と違う刺激のせいかもしれない。高速をおりて気付いたが、雲は薄くなり、今日も暑くなりそうな気配であった。

会社へ着くと、走行距離はちょうど自宅と会社を一般道で往復した距離となっていた。しかし、少し気分がちがう。すずしい風をずっとうけていられたし、バイクの信頼感も再体験できたし、仕事へ入りやすい。



仕事がはかどり、3時過ぎには会社を出られたが、まだ日は高く、西日で暑い家に帰る気はしない。そのまま、友人宅へ顔をだして、そのついでに例の氷屋にでも、この時間なら暑い中で並ぶこともそれほどなくと思ったが、やはり夏休み、列が長いので午後4時で入場制限を実施しました、とまだバイクが数台止っているのに行列を止められてしまった。歩いてきた観光客達も、えっ、え〜などと口々に残念がる。ガードマンは急いで、本日は終了しました、の立て看を並べ出す。

友人に聞いたら、天然氷は今年はもう底を突いたらしいと。冬に行けば、氷のてっぺんからウイスキーを垂らしてくれるよとも。そこまで待てるか、またの機会に再チャレンジ。朝早くか、夕方が、この時季まだ暑いので狙い目だろう。長瀞駅近くの息子さんが経営するという、宝登山口の店の近所にも、氷の旗がひらめく喫茶店風の店があったが、とうとう行かなかった。



日曜日は、家で大人しく。夏バテ気味なので、たっぷり昼寝。運動不足もあって今一せっかく家にいても熟睡できない。明日の組閣が気になる。散歩などもこの暑さではとてもする気になれない。

月曜日は昼間いつもの本屋さんの駐車場で、水平対向エンジンの空冷バイクを見かけた。よく走り込んでいる。マニュアルには19万キロと幾千キロ走行後に、どこそこの部品をチェックなどとある、と聞いたことがある。文句はまず10万キロ以上走ってから言ってくれ、とも言われているバイクの一種だ。こうしてみると
サイドスタンドを掛けたときの傾斜が国産車より大きい気がするが。低重心のバイクだからか。

昔、学生の頃バイク雑誌で、都内のお蕎麦屋さんの出前専用バイクで、メーターが二回りしたBMWの500を紹介していて、仰天したことがある。その頃はすでにR69Sの時代で、フランス映画などには好く出ていた。
チャールズ・ブロンソン主演の映画では、緊急の判断で料金所を突破して行くウルトラスリリングの山岳道路を疾走する4輪をフランス官憲のBMWR69Sが二台ほど追跡するのだが、急コーナーで曲がれず、崖下へ人車ともにまっしぐら。BMWもブン回すとあんな音がするのかと!。町中では静かな走りだったが。



今までの体験で、三万キロを過ぎる辺りからパワーダウンを感じ出し、5万キロあたりまで、ダウン感は続いた。このままどんどん落ちて行くのかとおもっていると、そのあたりから持ち越すわけではないが、低下は感じられなくなり、エンジン以外の部分の劣化が目立ち出した経験がある。

最初、どうしようもなく固かったリヤサスは、暑さのせいもあり、沈み込みが大きくなり、足つき性が増している。オフロード車だったこともあり、ギリギリの低回転で発進することに慣れていたので、今のCBでも無意識にしていたら、エンストしやすくなってしまった。少し、回転をあげて発進するようにしないと変なクセになってしまいそう。このところ1200回転でクラッチミートしていたのだが。有るところでカツンと
クラッチが密着する感じで、そのショックが比較的大きい。暑いといっそうそのショックはリアルに感じる。それで、不用意に回転をあげないで発進すると、エンジンは十二分に暑くてもいとも簡単にエンスト。

走ってさえいれば、1000回転よりちょっと上までトップでスムーズに走れるのだが。重さと大きさだけは、もう少し何とかならないものかと、いつも思っている。
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日曜日, 8月 26, 2007

小池防衛大臣の去就が、注目をあびている。

Yahooのみんなの評価欄をみると、現在609件もの感想がよせられていて、とても見切れるものではないが
昨日の段階で、評価をみると、最近のニュースの限りでの限定された感想が多く、ニュースソースがマスコミ限定であればいたしかたない、現状の「民主主義」を感じる。中には小池総理を熱望する声もあるにはあったが、
あまり前向きの評価は、むしろ少ない感じであった、とここで書かざるをえない。

いくつかネットで現象の裏の事情通の話題を検索してみた。

http://news22.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1187497545/
では、舛添先生がこんなことを、・・・何かを隠そうとしているのならともかく、
無知でこんなことをいうのなら苦労はない、という感じ。

『諸君、帰ってきたで?φ ★:2007/08/19(日) 13:25:45 ID:???0
 自民党の舛添要一参院政審会長は18日朝のTBS番組で、防衛事務
次官人事をめぐる小池百合子防衛相の対応に関し、「(省内の)人間関係
をよく知っている人が大臣でなかったからこういうことが起きた。大臣は
よく選ばないと駄目だ」と述べ、安倍晋三首相が小池氏を防衛相に起用
したことを批判した。

 舛添氏は「誰が見てもこの人なら防衛省を管轄できるという人を大臣に
しないといけない。(そういう人なら)人脈も全部頭に入っていてもっと
いい人事が結果的にできた」と指摘した。』

ソース(時事通信) http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2007081800132&m=rss
前スレッド http://news22.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1187425374/

http://blogs.yahoo.co.jp/ruru1515jp/35206200.html
では

『この小池氏の告発の意味するところ これをマスメディアは報道するべきであろう。
外相だった田中真紀子氏の、外務次官更迭事件とは訳が違うことをだ。
小池百合子氏は、田中真紀子氏のように駄々をこねている訳ではない。
正統な憂慮すべき理由があって、国益のために進言したのだ。

官僚は腐っている。どこまで国益や国費を食い物にしたら気が済むのだろう。理由を知らされないまま、国民は意味もなく感覚で批判する。そのようにして、無責任な批判ばかりが国民の中に横行してゆく。事の真実を知らされていない不幸を思うばかりだ。守屋武昌事務次官が長期留任をしている間に何があったかをちょっと思い出してみればいい。最も大きな事は、自衛隊のイラク派遣だ。

次官が摘発されるといったら、汚職とか機密漏洩とかその辺に相場が決まっている。小池さんは次官を留任させることで起こりうる大激震、即ち秋以降の安倍内閣に立ち直れないほどのダメージが来ることを事前に回避したいのだ。当然、 安倍下ろしをしたい自民党内部の勢力には、小池さんの進言は目障りだ。だから内部の一部も小池批判に走る。』

http://diary.jp.aol.com/sz7uqrd/313.html
の外堀通信社では、

『防衛利権関連では、
防衛省内局の守屋閥がはっきりしたし、
政治家で、山崎拓、中谷元、石破茂と・・守屋閥と組んでいた政治家もはっきりし、
特に山崎拓さんの問題が深刻である事がはっきりしました。
さらに、官邸内の塩崎さんや的場さんが、潜在的な危険分子で、
改造内閣の主要メンバーに加える事は危ないという事が・・はっきりしました。
塩崎さんは、選挙区の地盤も弱く、・・・』などとあり、

さらに
『改造内閣で、第二段階が開始されますが、
近い将来、防衛省のスキャンダルがでてくるともっぱらの噂ですが、
その防衛利権のスキャンダルで・・・今回きまった後任の事務次官が責任をとらされ、
はやければ年内に・・辞任することになるであろうと・・・いわれているようです。』

とあり、

『・・・小池さんが推していた警察庁出身のキャリアと非守屋閥の防衛省プロパーのキャリアを中心にする、防衛省の内局の体制が本格的にスタートすると・・・
それが第二段階のゴールであろうとおもいます。
防衛利権に絡む防衛利権の政治ブローカーや、防衛族の政治家が摘発されるか?、
事実上の引退に追い込まれると思います。』
う〜ん、本当にそうなるかどうかかなり大胆な予測ですね。

『それが落ち着くと、次に第三段階にすすみますが、
これは、日米安保体制に大幅な手を加え、激変している極東情勢に対応する体制に再構築する事であり、
在日米軍の再編、在日米軍基地の扱いが・・・新体制に移行するということです。

それらを行うスピードを加速させるために、
小池さんは・・・特に米国の関係者から・・・後押しをされているという事が、
十分・・・わかると思うのですが・・・・・・。』

などとアメリカがらみの背景がありそうだと実感。

http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr238.htm
の「ベンチャー革命8月14日」の内容では、

『タイトル: 小池総理実現の芽はあるか

1.マダム寿司、小池防衛大臣の派手な訪米ショー
 「原爆しようがない」発言で辞任した久間前防衛大臣(注1)の後任として、2007年7月4日に就任した小池百合子新防衛大臣は、臨時国会を欠席してまで2007年8月7日から11日まで訪米を強行しました。アポを取りたい米国要人の夏休み日程をかわすことを優先した訪米日程であったと・・・

2.守屋防衛事務次官の更迭発動サプライズの意図
さて、小池大臣は訪米の直前、守屋防衛次官を2007年9月1日付けで更迭し、警察庁出身の西川官房長に交替させる人事腹案を守屋氏本人への事前通告なしに、まずマスコミにリークしたそうです。・・・

3.恩を仇で返す小池防衛大臣
 2007年8月14日、TVニュースで映し出される小池大臣の傲慢にもみえる自信満々の表情から、筆者は、彼女に甘言を耳打ちする黒幕の存在を感じずにはおれません。黒幕から、近未来、米国でヒラリー・クリントンが米国史上初の女性大統領に選ばれる予定だが、そのときは、日本でも女性総理が出現することが望ましい、と囁かれているかもしれません。彼女は早合点して、それは自分だと、勝手に舞い上がっているのかも・・・


 さて、安倍総理を恐喝し続けている黒幕は、今後、安倍政権をどのように料理しようと企んでいるのでしょうか。もっとも、実現可能性の高いシナリオは、まず安倍氏自身のダーティーな致命的スキャンダルを暴いて止めを刺し、内閣総辞職、衆院解散、総選挙、自民党惨敗、民主党の政権実現へと誘導していく政権交代シナリオでしょう。民主党の小沢氏は小泉政権誕生以前から、米国覇権主義者(ポストブッシュの覇権を握る予定の米国民主党系の米国覇権主義者)に取り込まれています(注4)から、安倍降ろしに走る黒幕にとっても、日本での民主党政権誕生はある程度、許容されるシナリオです。・・・


4.野望は実現するか、小池総理の芽
ところで日米外交で表向き、差し迫った喫緊の政治課題、それは2007年11月に期限を迎えるテロ特措法の延長問題でしょう。今回の参院選で、安倍総理に打ち勝った小沢民主党代表は、テロ特措法延長に反対表明をしています。現在、民主党に紛れ込んでいる小泉シンパ、前原一派は、早速、本件に便乗して反小沢色を鮮明にしはじめました。前原氏は、近未来に登場するであろう新たな政権党にて総理となり、対米隷属主義者としての正統的(?)な小泉後継者の地位を狙っています。
ところで、シーファー在日米国大使が、わざとらしく、小沢氏と面会して、テロ特措法延長に民主党も賛成するように要請していますが、これらはすべて、くさい芝居にしか・・・


2007年2月、チェイニー副大統領が訪日して再確認した際、日本政府の実質的な金融覇権は米国のイラン戦争への戦費負担のできない状況に豹変していることが判明したのです(注5)。この結果、戦争屋は今日まで、イラン先制攻撃に踏み切れないでいるわけです。彼らはその苛立ちの矛先を安倍政権に向けた。これ以降、戦争屋から密かに資金提供された闇勢力によって猛烈な安倍政権攻撃が開始された・・・


しかしながら、米国覇権主義者の間で最近、台頭著しい金融系寡頭勢力の対日戦略はおそらく、われわれ国民の金融資産を活用して、中国やインドに経済投資して上前をはねることでしょう。CIAの闇組織を通じて、日本の政界に深く食い込んできた戦争屋の対日戦略とは大きく異なります。』

日本国民の方々、目を覚まさないと戦争に巻き込まれるかも知れませんよ。以下は山本氏のサイトから
そっくり引用したものです。相当問題意識をもって、情報にあたらないと、真相は薮の中で終わってしまいそうです。今日は、この辺で。私も以下のところは未読なので訪れてみます。


注1:ベンチャー革命No.232『久間防衛大臣:原爆正当化発言のウラ読み』2007年7月2日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr232.htm
注2:ベンチャー革命No.233『安倍政権を攻撃しているのは何者?』2007年7月8日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr233.htm
注3:ベンチャー革命No.220『汚れた政権?:安倍内閣』2007年2月2日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr220.htm
注4:ベンチャー革命No.190『小沢新民主党代表のミッションとは』2006年4月11日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr190.htm
注5:ベンチャー革命No.222『チェイニー対久間の掛け合い漫才』2006年2月24日
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr222.htm

山本尚利(ヤマモトヒサトシ)
hisa_yamamoto@mug.biglobe.ne.jp
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/melma.htm
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/magazine-menus.htm

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土曜日, 8月 25, 2007



1999年3月発行。興味をもったきっかけは、テレビでケーシーの予言に関する番組をみて、信じられない程の的中率をほこったということ。そんな馬鹿な、まさかというような記録のオンパレードで事実としたら放っておけない現実だと考えたこと。

作家の故遠藤周作氏はキリスト教徒のはずですが、晩年幼い子の中には、生前の記憶を一部保持している例があるらしい、として新聞にいくつか集めた事例が載ってたことがある。それから、テレビでエドガー・ケーシーについて放映した時には、UFO番組の亜流のようにも思った。しかし、さらに詳しく知りたいと何年か思っているうちに「エドガー・ケイシーのすべて」(エヴァ・ブックス、生き方発見シリーズ、サンマーク出版)が出ているのを知り、我が意をえた思いで購入。数学者の岡潔博士は戦後念仏を唱えていたら、数学の難問が解決していた、という逸話もある学者だが、この例のように宗教にかなり関心をよせておられた。大正か昭和のころに光明主義という仏教の一派の笹本上人というえらい坊さんが、分厚い本をトランプを切るように、手でピーと一気にめくると、あとはどのページを聞かれても、読んでいない本の内容がすっかりわかっている、という話しも岡潔著作集にある。そのときは、頭から信じられなかったが。なおこの笹本上人という方は、「無性法認」という高い位の悟りをえると、自然数の1とは何かがわかる、と語ったと岡先生は述べておられる。数学は頭の中で行って、結果が自然で確認される面があり、物理学とは根本的に違うと言っておられた。



アメリカ人のケーシーも少年の頃、学業不振で父にしかられ、教科書の勉強に疲れ、本を枕に居眠りをしているところを再び父に見つかり怒鳴り声に目をさましたが、今度はどこのページを聞かれてもすらすら答えられたという。実は、ケーシー少年は、13歳までに聖書を13回も読みこむほどの熱心なキリスト教徒であったのだが、ある日いつものように、雑木林の中で聖書を読み、夕方になったので家に帰ろうとした。するとふと、自分の名を呼ぶ不思議な声がしてきた。「こんなところで誰だろう。お母さんかしら」と思いながら、声のするほうをふりかえったところ、まばゆい光りに包まれたひとりの女性が立っていた。そして、呆然としているケーシーに向かってあなたの願いを言って御覧なさい、と語りかけた。ケーシーは日頃考えていること、すなわちキリストのように病人や悩める人々を助ける人になりたい、と答えた。(13歳でこう答えられる少年は皆無ではないが、まずそこいらにはいない、と思う)すると、その女性は微笑み、「あなたの願いは聞き届けられました。その気持ちをいつまでも持ち続けて下さい」といって、姿を消した、という体験以降にそのような能力がついていた、という。

まるで、ファチマやルルドの予言と基本型はうりふたつの話しではないだろうか。岡博士は、信じないことがいけない、ということを言っている。ある寺の奥さんが、そんなにいい浄土というところがあるのなら、はやく往きたいと自殺されたという話しを引用して、信じるという行為の大切さに言及している。アーレフみたいになっても困るが・・・。

これこそ、神の恩寵そのものであろう。以後、紆余曲折をへて、彼の預言能力を医者が信用して、彼を助手としてふつうの医者では直らない病気の治療に役立てたと言う。その記録は1万4千件以上(記録だけで、それ以前のも含めると2万件を超すともいわれる)も残されており、病気の治療だけでなく科学の預言や博打の予想などもあったというが、はずれたのはわずか200件ほどしかないという。第2次世界大戦が始まったとき、催眠下のケーシーに、この大戦の目的は何ですか、と尋ねた人がいたが、ユダヤ建国(直接そう言ったわけではなく、聖書のどことどこを読めば、自ずからわかる、と答えたという)を暗示した。

「アラブの目覚め」という、1939年にアメリカで発行されたアラブ人による、アラブの近代史(列強に手玉にとられたアラブ人とユダヤ人の確執の歴史)を読んでみると、第一次大戦時から、ユダヤのシオニストたちの一部がイギリス政府とドイツ政府(どちらの側が勝利するかわからないので)に食い込んで、いろいろと取り引きをする様がアラブ人の眼から(そう思わせて、実は欧米人が指図したいたかもしれない)いたるところで記述されているが、非常に複雑な利害が多国間にからむ交渉を長く経験してきた列強の外交(何ごとにも相手がある)のすごさを見ると、神の配剤としか言い様のない世界があり、日本人による日本語の世界でみたヨーロッパ世界というのは、非常に歪んだ片寄ったもののように思えてならない。


ケーシー氏が催眠状態に入ったときの質問についての答えの適中率がすごいことから、またその事例が膨大なことから目に見えない別の世界が厳然としてあることは事実のようです。(彼もそのことで悩み、他人にたのんでそのことを催眠時に聞き出してもらった。それによれば、人間は誰でもケーシーのように宇宙の叡智の源に接触が可能であるという。そこを「アカシック・レコード」(仏教ではアーラヤ識?)と呼びそこにわれわれのひとりひとりの魂の固有のアカシック・レコードを持ち、そこに我々の宇宙に存在を開始して以来の、あらゆる前世の出来ごとが書き込まれているとされる。ただし、この記録に接して人間が理解できる言葉に解釈するには、ある種の霊的訓練が必要であるという。彼の場合は、前世においてそのような修練を積んでいたので、その記録を読むこと(リーディング)が可能だということであった。)それでは、いきなり具体例から2例を紹介してみよう。

例1:ある少年(B)に与えられたもの。2歳から9歳まで頑固な夜尿症に親が依頼したもの。

『「よろしい。われわれ(だれのことでしょう?)はBのアカシック・レコードをとらえた。この人はひとつ前の過去生において、現在住んでいる土地にいたことがある。時代は教会の牧師によって大きな混乱がもたらされたあの時代であり、その当時、この人は魔女狩りをおこなう側のひとりであった。

この人は牧師であり、霊界の人々の声を聞いたり、体験したと主張する子供たちを厳しく罰した。そしてかって他人を裁いたこと、特に人を「水に沈める」という処罰を採用したことが、この人の現在のトラブルをもたらす原因となった。

それゆえに、この人は日々の活動の中で、肉体的に自分を水浸しにするという経験をさせているのである。このことは他人を裁いたということに関して、心と体と魂の不調和が正されないかぎり、この人にとって今後ますます障害となるだろう。・・・後略」

このように述べたあとで、彼は具体的な暗示療法を指示したのである。半信半疑の両親がためしにその暗示を寝る前に与えてみると、夜尿症がその晩からピタリと止まったという。(70〜71ページ)』

例2:将来を予見した例。

『1907年秋、彼はある鉄道会社の副社長からリーディングを依頼された。その鉄道会社で起こる度々の事故の原因調査であった。この依頼に対して、眠れるケーシーはその会社には職務怠慢な鉄道員が一人おり、彼のミスがこれまでの事故の原因となっている、と答えた。ケーシーはその人物の名前をあげ、さらにこう付け加えた。

「もしこの人物が現職に留まる限り、12月1日までに再び大きな事故が起こり、この知らせを無視する人の死を招く。事故はバージニア州とウエストバージニア州でおこる。」

依頼者はさっそく事実関係を調べようとしたが、会社は指摘された人物が古参でもあり、その調査をうやむやにした。その結果、どうなったか。

彼の予告のタイムリミットまであと二日という11月29日、疑いをかけられた人物が線路の切り替えを忘れ、特急列車が退避線に突っ込むという事故がおきた。そして丁度この時刻、依頼者であった副社長が退避線上でクルマを止めて仮眠をとっていた。列車はクルマごと彼を跳ね飛ばし、まもなく彼は死亡したという。死亡事故はちょうど予告どおり、両州の境でおきたという。』(159ページ)




1996年9月発行。購入は2000年6月の23刷分。

輪廻転生の記録を精神病などの治療に役立てる話が、PHP文庫から「前世療法」(ブライアン・L・ワイス著、山川紘矢・亜希子訳)という名で出版された。初版は1997年でしたが。そこには、第2巻の冒頭に、第1巻を読んでいない人の為に簡単な紹介があります。その中で、博士があつかった20代のカトリック女性・キャサリンの話がある。

『キャサリンは深い催眠状態になり、子供の頃の記憶を細かく喋り出します。子供のとき、飛び込み台の上で後ろから押され、水の中に落ち溺れそうになっとこと、歯医者に行った時に、顔にガスマスクをのせられて、びっくりして息がつまった時のことなどを思い出しました。そして、一番悲惨な事として、3歳の時に酒に酔った父親から性的なイタズラをされたことを思い出しました。・・・次ぎの週、私は再びキャサリンに催眠術をかけ、深い催眠状態に導きました。しかしこの時、私はうっかりして「あなたの症状の原因となった時期まで戻ってください」とあいまいな指示をだしてしまったのです。キャサリンがもう一度幼児時代に戻るだろう、とおもったのです。』

『 しかし、彼女はおよそ4000年も前の古代の中近東の人生に戻ってしまったのです。そこで、彼女は、今とは全く別の顔と肉体、髪の毛と名前をもっていました。その場所の風土、人々の服装、日常生活の細々としたことまで、彼女は詳しく思い出しました。最後に大きな津波に襲われて、抱いていた赤ん坊を波にさらわれた上、自分も溺れて死んだことを思い出しました。・・・』


『その日の退行催眠で、キャサリンは他に二つの過去世について思い出しました。一つは18世紀にスペインで売春婦だった時のもの、もう一つは中近東での人生から何百年か後、ギリシャ人の女性だった時のものでした。』

(性別だけは変わらないように思われるでしょうが、キャサリンは兵士として戦地で、咽をナイフでかき切られて、絶命する記憶もよびさましますので、どちらにでも生まれ変わるようです。最近ラジオ番組でもう一度(本当は何度でも生まれかわれる、と道元禅師も言っておられる、と岡博士も書いていますが)生まれかわれるとしたら男性、女性のどちらが良いか、というアンケートの結果、女性はやはり女性という人が多く、なのに男性はかなり女性と答える比率が高い結果でした。コメンテーターの宮台首都大学教授(社会学)も、僕もできたら女性が良い、なんて言っていましたが、はたしてそううまくいくのでしょうか?)




『私は大変なショックを受け、どうしても信じられませんでした。それまでの数年間、私は何百人もの患者に催眠療法を行ってきました。しかし、こんなことは一度もおこりませんでした。・・・そこで、彼女がみたのは、幻想か一種の夢のようなものなのだろうと結論をだしたのでした。しかし、不思議なことが起こりました。キャサリンの症状が急激に良くなり始めたのです。毎週、彼女が催眠術によって過去生を思い出す度に、以前には手におえなかった症状が消えてゆきました。そして2〜3ヶ月たつと、彼女は薬の力を借りずに完全に治ってしまいました。』

『4回めか5回めの催眠治療の時、もっと不思議なことがおこりました。古代の過去生に戻ってその人生の死を体験したあと、キャサリンは自分の死体の上を漂っていました。彼女は人生と人生の間に通過する中間生(仏教でいう、中宇?(中宇(字は記憶おぼろげで確信はないが、中宇が両親を選んで生まれると仏教では教えている、という話しを岡博士の著作集のどこかで読んだ)色則是空とはそういうことではないのか!)で出会う霊的な光の方へ、引き寄せられて行きました。「神は私達一人ひとりの中に存在するのだから、無数の神があるのだ、と言っているわ」と彼女はしわがれ声でしゃべり始めました。「あなたのお父様がここにいます。あなたの小さな息子さんもいます。アブロムという名前を言えば、あなたにわかるはずだと、あなたのお父様は言っています。お嬢さんの名前はお父様の名前からとったそうですね。また、彼は心臓の発作で死んだのです。息子さんの心臓も大変でした。心臓が鳥の心臓のように、逆さになっていたのです。息子さんは愛の心が深く、あなたのために犠牲的な役割を果たしたのです。彼の魂は非常に進化した魂なのです。・・・彼の死は、両親のカルマ(自分および他人に対する借り、または学ぶべきレッスン)の負債を返しました。さらに、あなたに、医学の分野にも限界があること、その範囲は非常に限られたものであることを、彼は教えたかったのです」・・・こうした情報をキャサリンが知っているはずがなかった。どこかで調べることができるようなことでもなかった。父のヘブライ名、一千万人に一人という心臓の欠陥のために死んだ息子のこと、私の医学に対する不信感、父の死、娘の命名のいきさつ、どれもあまりに個人的なプライバシーに関する事柄ばかりだった。この何も知らない検査技師の女性は、超自然的な知識を与える導管なのだ。私はもっと知りたかった。「誰?」。私はあわてて言った。「誰がそこにいるのですか?誰がこんなことをあなたに教えてくれるのですか?」「マスター達です。」と彼女は小声で言った。「マスターの精霊達が私に教えてくれます。彼等は私が肉体を持って、86回、生まれていると言っています。」』

これで、前述のケーシーが催眠状態で答えるときに、「我々は、誰某の肉体を捕らえた。・・・」という我々とは、キャサリンがいうところのマスターといわれる精霊たちだということが、推測される。そして、筆者が書いているように、『体や心の症状がいやされることよりもっと大切なことは、私達の肉体が死んでも、私達自身は死なないということを知ることです。私達は死にません。肉体は滅んでも生き続けているのです』と明記していることは、岡潔博士が紹介している道元禅師が教えてくれていることと全く同じです。人は生の位、死の位とこもごも踏み固めていくもので、ひとの一生はその長い旅路の一日のようなもの、という意味に私は理解していますが。気違い扱いされかねない、あぶない考え方かも知れませんが。しかし、最近の東大出版会の小冊子をよむと、物理学者や工学者などは、人が死んだら後はない、と考えているように思われるが、どうもそうでもないように思う、ということを書いている学者もおります。自意識のなかに、そうした世界を拒否する何かが組み込まれているようだ、というようなことも書いてあった気がします。しかし、そうした世界へメスが加えられるには22世紀の到来をまたねばならないであろう、とも書いてあった。

精神医学や心理学も進歩中ということだろうか!?しかし、この前も女子アナの卵らしき女性が、ラジオで、大竹(まこと)さんの過去生で、あるお寺の住職だったとき、私は小坊主で仕えていたんですって、占いの人にもてもらったら、などと普通に話していた。

ケーシー氏は輪廻転生を催眠で告げられて、熱心なキリスト者ゆえ信じられず悩んだと言うが、聖書にもむかし書いてあったのを、教会がかってに削除してしまった、とかいう記述もどこかで読んだ。コンノケンイチ氏の指摘のように、キリストがインドで修業したり、密教の影響をうけて発生したのであれば、逆にケーシーの預言の正しさを間接的に証明してはいないか? 

島田教授は、多神教=一神教だと最近書いた。コンノケンイチ氏は、仏教=キリスト教で、キリスト教と日本人は深い関係があると。ブライアン博士によれば、過去生で相互に人種や性別が変わっているので、上述の関係も至極当然ということになる。

遠藤周作氏は、東南アジアなどの幼児で、お腹に血が飛び散ったような痣がある子に、生前というか大戦中に機銃掃射を受けて死んだ人の生まれ変わりだとする事例などから、キリスト教の教義に疑いを持たれたようだった。


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水曜日, 8月 22, 2007

「世界はここまで騙された」コンノケンイチ著、徳間書店 後書きより

アメリカは、戦争のきっかけを敵の先制攻撃に求める手口を常用する、ということが遅まきながらよくわかる。真珠湾もしかり、イラク戦争のきっかけテロもしかり。むかし、メキシコ湾で米軍の戦艦が突然爆発、沈没したことをきっかえに戦争をしたのも、自作自演だったという。駐在武官だった、日露戦争時の参謀、秋山真之は当時米国にいたが、そこまでは気付かなかったらしい。味方もだます、原爆投下もそうだったし、東京裁判も世界を騙して、原爆がおとされて当然のような環境を、精いっぱい構築したわけだ。

以上は、後書きの要約を紹介するにあたり、書いてない箇所であるが、後書きの意味を考えると、そうした思いに捕われる。

1 群れたがる
2 官能的
3 情緒的
4 縮思考
5 権威に弱い
6 方円を解しない

6は地平線が丸いことを理解しない、巨視的な見方ができない、ということだそうだが、女性の特質とも言えるこれらの特性を色濃くもつのが日本人だという。

拉致問題も、一部を拡大して全体を見失うという愚をおかしかねない、とコンノ氏は指摘している。

しかし、アメリカが自作自演かはさておき、イラク戦争をはじめるとき、日本でうまくいった占領政策を例にあげ、イラク国民を民主化する、と楽天的にネオコンたちが発言していたときは、さすがに耳を疑った。

日本国民を洗脳し、二度とアメリカに復讐戦をしかけられないように、あれほど周到に綿密に占領政策を何年もやった先祖の努力をころりと忘れ、楽天的な予定調和的能天気には心底びっくりした。なぜ、憲法9条を押し付けたかもりかいしていないかのようだった。もっとも、今のようなイラクの現状の泥沼を、有る意味、計画していての演技だとしたら、恐れ入る。

一日平均100人近くが自殺しているのに、何十年かで100名近くが拉致されたことを今ごろになって騒ぐのも「にほんじん」らしい、と言う。

「末梢的なことを拡大視し、感情的になって全体を誤ると言う愚を避けなければ大変なことになる。日本の太平洋戦争への突入も米英による石油の禁輸にあった。北朝鮮が暴発する危険性がないと、だれがいえるだろう。」とおっしゃるが、この議論は幼稚すぎる。だれも北を暴発させようとはしていない現状では、心配無用。暴発しかかれば、ほぼ自壊してしまうだろう。将軍様がひとりで全責任を持つ体制で、そんな愚はしないだろう。現に、アメリカに友好国宣言をしだしたという。それで、手柄にありつけないと焦っていた野心家ヒル次官補の出番がでてきているわけだ。

しかし、コンノ氏に求めるのは、そんな一昔前の床屋談義的な話しではなく、どこでどう調べたかしらないが、氏独自の見方、意見である。

このままずっと米国の一極支配が続けばよいが、超国家勢力の本拠はヨーロッパで(指令塔は英王室といわれている、パソコンはMac使用だってさ。米軍もMacだってさ。)ブッシュもネオコンも使い捨て、おそらく来年からアメリカは急激に没落するだろう、と言っている。
アメリカにさんざん働かされたあげくすべて絞り取られているのだ。日本は。ドルと米国債の保有高は日本が世界一で、理由をつけて常に搾取されている。かって橋本首相が「米国債を売りたい誘惑に駈られる」と発言したとたん、米国の株式が急落したのを見てもわかるだろうとしている。



(評論家の森田実氏は、田中首相はエネルギー問題は、日本独自で、と言ったとたん、米国に刺され、橋本首相は国債を売りたい誘惑に駆られるといったとたん、失脚したと指摘。金丸氏は、北と独自の取引をしようとして、政界を追放された。特措法を拒否する小沢党首は、果たして・・・・・・!?)アメリカは依然として、本当は英国中枢部からみれば、植民地なのである、と中丸薫女史(明治天皇の外孫、国際ジャーナリスト)は指摘されている。

さて、日本人の特質は、女性的で欠点も多いがそれに倍する長所があると、氏は指摘している。女性体質の長所を一言で表せば「無条件の愛」であると。弘法大師「空海」は母性とは「みなを一緒の情緒で包み込む性で、乱れた世を救う鍵こそ母性愛である」と語っておられる、という。「真白き富士の嶺(ね)」の歌詞ではないが、特攻隊の若者も、かえりみて、かえりみて、最後に「かえりみはせじ」と言っても、「還れ!はやく母の胸に」ではなかったのか!?。

戦場で息絶える若者の多くが「天皇陛下万歳」ではなく、「おっかさん!」であったと、軍歴の経験のある父は私が幼少の頃語っていた。その時はあまり気にしなかったが、・・・。

実はキリスト教のルーツは仏教で厳密に言うと「密教」なのである、という指摘はこの後書きで指摘されている。
イエスキリストという人類最大のメシアを育てたのは、なんとユダヤ教ではなく仏教(密教)だったのである、と。このことは今では聖書研究家の間では常識となっているという。キリスト教で問題にされないのは、「旧約と新約のゴッドが異種」という認識が欠落しているからだという。

キリスト教とインド密教は同体であり、インド密教を日本に伝えた空海は今も多くの日本人に「お大師さま」として慕われている。キリスト教とインド密教は同体であり、つまり日本人はキリストの直系、ということになるのだ、と宗教学者島田元教授も仰天するだろう、指摘をされている。

アーレフ(旧オウム)もキリスト教を参考にした密教であると島田教授は解説している。のめり込み過ぎて
教授職を解任されてしまったが、専門家がのめり込む要素があったのだろう。

キリシタン弾圧で信長以降のキリスト教徒は300年間地下に潜伏したが、この時代のキリシタンといえば、特に聖母マリアへの信心が篤かった。弾圧によって、公然とマリア像を拝むことはできなかったので、彼らは観音像で代用した。今もキリシタンの遺物として各地に多くのマリア像が残っている、と指摘している。

私は、芥川竜之介の南蛮小説「奉教人の死」を高校時代の教科書副読本で読んで、驚嘆した経験がある。たとえば、白隠禅師が、無実の罪で、お前の子だと押し付けられても釈明せず、暑い日も雪の日も、乳をもらうために村々をまわり、育児をつづけた姿をみて、いたずらしてその子を産んだ娘は、泣いて周囲にわびたという。布教はおのずから近隣に広まったという。今熊本で話題になっている赤ちゃんポストの原点は、昔から日本にあったのだと思う。芥川は、それに南蛮風味をつけて、小説にしたのだと思う。「無償の愛」をキリスト教的色彩を施して書いたわけだが、原点は昔から日本にも同質のものがあったわけで、根は一つということになる。身よりの無い奉教人「ろおれんぞ」も、赤ん坊の父ということにされてしまうが、一言も弁解せず、最後に火事で死にかけたその赤ん坊を救うために、身は犠牲になるが焼けただれた衣服の端から豊かな乳房が現れることによって、周囲からどよめきがおこる。「ろおれんぞは女だ!」。娘の父親にも衝撃が走る!。まるちり(殉教)じゃ、というどよめきが広がる。

『・・・されば「ろおれんぞ」が最期を知るものは、 「ろおれんぞ」の一生を知るものではござるまいか』、が結びの文章となっていて、民主党の河村議員も愛読書にあげておられるという。氏も靖国参拝肯定派のお一人だと、先日知ったばかり。

http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/nichigen/hikaku/houkyouninn.html

青空文庫からの転載が載っていて、改めて天才芥川の神髄を見る思いがしている。合掌。

「旧約聖書の時代は歴然とした男尊女卑の時代で、女は人間のうちにはいらなかった。しかし、旧約のゴッドから新約のゴッドに移るにつれて、神は徐々に女性への尊厳を顕わしていった。その極限に聖母マリアがいるのである。

聖母マリアはイエス・キリストの母であり、イエスは人間であると同時に「神の子」でもある。となればマリアは「神の母」なのである。聖母マリアは神のつくった人間の中では最高の地位を占めるとされ、神を除いた最高の存在である。・・・しかも母であることによって日本人の特別な使命がしめされているのである。」としている。

新約聖書には救世主は東から来ると言う記述は多いが、バチカン上層部には「太陽が出る方」「東の国」という記述は、日本を象徴としていると言う解釈が定着しているという。おそらくはバチカンはファチマ第3の予言で、すでにキリスト教のパラドックスも知っている。暗示的なことは今年の8月に急きょなぜか日本人2名をバチカンの枢機卿に任命したことである。としている。

最も聖書にほど遠いと思われてきた民族が日本人であるが、ザビエルから見た当時の日本人は「イエス・キリストの福音を受けるのに適した最良の国民」なのであるとして、1549年にザビエルが母国に送った手紙を引用している。

最後にコンノ氏は、日本が聖母マリアの庇護下にあることとして、以下の日付をあげている。

1948年12月8日(米国では12月7日)は、ニイタカヤマノボレの開戦日だが、聖母マリアの「無原罪のやどり」の記念日である、という。今年もダ・ビンチ展で「受胎告知」が公開されたが。

マリアは神の手によって昇天したので「被昇天」という。終戦記念日8月15日は聖母マリアが亡くなった「被昇天の大祝日」だった。

サンフランシスコ講和条約の調印式は1951年9月8日、この日は聖母マリアの誕生日だった。

長崎の浦上天主堂の真上で炸裂したユダヤの原爆も、聖母マリアが我が身を盾に、サタンとけもの達を諭したと思えてならない、と述べておられる。

数学者野崎昭弘教授の「数学的センス」日本評論社、1987年
の「第3話 分析のセンス」のとびらにこんな文章が・・・。

おねしょ しょうの ゆりな(3歳) またこんなに あせかいちゃった

アベ・マリア あべ かおこ(5歳)

 マリアさまのみょうじも あべ なのね :^^)

亀村五郎編『こどもひろば』(福音館書店、1983)より

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月曜日, 8月 20, 2007

一人で 引き起こせた ビッグワン

朝の国道で、センターライン近くで停止して、右折発進中にエンスト。右足でケンケンするように二三度右に倒れ込むようにして右旋回するビッグワンをなんとかかばおうとしたが、元に戻るように150度ほど右旋回して、前輪が横断しようとしていたスタートライン近くの側溝あたりまで達したところで、右に横倒しとなってしまった。

車体が路面へ激突するのを可能な限り避けようと、最後までハンドルのあたりを支えていたように記憶するが、右旋回しながら、車体からはなれしゃがみ込むようにいたため。車体着地と同時にこちらも後に仰向けにすってんころりんとキレイにバイクにおしたおされたように背中までつくほど倒れ込んでしまった。後頭部は、ヘルメットがあっても、打たないでとまりすぐさま起き上がった。道路はずれで転倒したので、片側車線半分近くを占めただけで、該当路線はセンターラインを軽くまたいで、皆通行して行く。

燃料は満タン後20キロほどしか走ってなく、重い状態。空に近い状態で転ばしたことはない。決まって、満タンに近い状態。エンジン始動後一分もしない30秒後ほどの一瞬の出来事だった。


転んだ直後は息が弾み引き起こそうにも酸素不足と言う感じ。しかし、転び方がよく、ハンドル右端がアスファルトにほぼ直角に着地している状態で、車体上部はアスファルトから拳一個ほど離れている。それで、考えてみればナナハンとあまり変わらない重さのはずだから引き起こせるかもしれないという思いがよぎった。車線を完全に塞いでいないことが余裕につながった。

肩から鞄を下ろし、息を整えどこを持つか思案する。ハンドル先端は、アクセルで回転してしまうので、ハンドル付け根のステー近くと、シート下のサイドカバーの所のシートのすき間に左手を差し込み、渾身の力を入れて持ち上げる。さすがに満タン近くで重いが、10センチくらいづつ、あるいは5センチ位であったかもしれないが、段階的に持ち上げ45度くらいまで起こせれば、後は最後の力を振り絞って起こしたシートに倒れ込むようにして起こして腰で安定させた。それで直ぐまたがり、ギヤをニュートラルにして、側溝に平行にしてエンジンをかける。

今回はきれいに転んだので、冷却水も漏れず、ガソリンも漏れない。路面はハンドル端がこすった擦り傷が白く10センチほどあるだけ。しかし、エンジンがかからない。ふとみると、キルスイッチが、エンジンオフ状態。それを戻して掛けると、セル数回で始動。なんどか止るが、走れるようになったので、鞄を拾って現場から逃げるようにスタート。エンジンは100メートルほど回転がばらついたが、後続の4輪車がバックミラーから遠ざかる。

車体が、あるいはハンドルが曲がっているように感じたが、手放しでも取りあえず直進するので、体がバイクを転倒させまいと無理な力を入れたので、その応力残差がそう感じさせるのだろうと思い、平常心を保つようにして会社へ向かう。転んだときに右ひじを打ったらしく、少しひりひりと痛む。

会社の近くで、水田の中の一本道で手放し運転をしばらくしてみると、少しづつ右へと移動して行く。二度試したがおなじ。それで、こんどはセンターより左で同様な走り方をしてみると、今度は少しづつ左へよっていくので、安心した。道路センターから、左右どちらも路肩に向かい幅員の1〜1.5%ぐらい傾斜がついているので、そのためだろうと思った。しかし、エンジンはなぜか調子を崩したように固い感じは否めない。

不均等爆発時に無理にアクセルを開けて走った影響が残っているように感じた。

今のビッグワンは、1300でsho様の1300より軽く、1000ccのビッグワンとほぼ同じである。sho様の1300で満タンだったら、一人では起こせないかも知れない。ナナハンもどきの車重とカーボンマフラーの影響で軽いことが一人で起こせた原因だろう。

そういえば、この前、1300のバイクで右足を側壁の段差に激突させてしまい、ブーツ毎膝下からちぎれてしまった不幸な54歳のライダーがいたが、今日またその後の訂正ニュースをTBSラジオで、仲間のライダーたちの証言という前提で、解説をしていた。

ちぎれたのは、ほぼ直後にわかっていたそうで、転倒防止をはかって必死に二キロ弱ほどはしり、右ブレーキだけで止るとき、左足で左のスタンドを出そうにも、右足が軽くてバランスがとれずそのような芸当も発揮できず、健全な左足が万一転んで骨折などしても大変と考えて、あえて右側へ、止ってから倒したような話しだった。柳生十兵衛がどちらかの目につぶてを受けたとき、とっさに反対側の目を防護のために手で隠した、という故事を思い出させるような話しであった。

その後、仲間が拾ってきたというもげた足は接合手術をしたのかどうかまでは、残念ながら取材されていないようだった。8月19日はバイクの日だと言う。中高年ライダーが増殖中だということだが、安全第一が大型バイクの基本中の基本だと改めて、自己反省したしだい。

http://www3.kcn.ne.jp/~msroom/big1/myreport/myreporttop.html

をみていたら、きれいな紫と白のビッグ1のツーレポがふんだんにあって、燃費も19〜20キロ/Lなんて数字が出ていてビックリだワン。雪道走行で大汗(わかるな〜)の写真なども。・・・。

土曜日, 8月 18, 2007



「発行は2003年11月30日。

第1章 9.11は・・・の謀略だった
第2章 おもてに出てきた「陰の世界政府」
第3章 キリスト教の大パラドクス 旧約と新約のゴッドは別物だ
第4章 人類週末は滅亡ではない 再生だ

という構成となっている。1,2章については、いまさら説明解説など不要だろう。小沢民主党党首は、
11月に期限のきれる特措法の延長にはノーと言っている。歴代自民党関係者は、アメリカの機嫌を損ねたら、首相になれないなどと強迫観念にとらわれているかどうか知らないが、そう思われても仕方がない面はある。

米国に逆らう国家すべては悪魔であり、葬ってしまえというのがキリスト教原理主義の原点にある。本当に怖いのはこの点である、という。昨年の核?実験の後、北朝鮮はブッシュ大統領に書簡を送り、米国の友好国たる方向へと変換する旨伝えたと言う。中国は、それで方向展転換して、対日重視姿勢と対坑的に変化したのだという(産経新聞、これは中国からの情報だという)。小池防衛大臣が、米、豪、印、日の同盟を持ち出しても、ライス長官から、それでは中国に誤ったシグナルを送ることになるから、ノーといわれたのも、中国を次の超大国とする方針を決めてあるからかも知れない。中国の軟化は、安倍首相が靖国参拝を控える方向だから、などという段階ではなさそう。

それにしても、UFO情報の隠ぺいがなぜ必要なのか、私にはわからない。ケネディ大統領は、そうした情報を公開する意志を持ち始めたので、暗殺されたという。ウオーレン委員会の報告書は3/4世紀も封印されているそうだ。まだあと30年以上は公開されないのである。

ブッシュ大統領は39歳でキリスト教原理主義に改宗したという。キリスト教原理主義の考え方は、聖書に書かれている約束の地「メギドの丘」(ハルマゲドンの起こる地)がイスラエルにあり、彼らがそれに関与すれば、ユダヤ人は最終的にキリストを受け入れ、キリストを真の救世主とみなすようになると考えているということだ、という。

イスラエルで起こる最終戦争こそ、キリスト教原理主義者たちが熱望するもので、それによってキリストが復活するものと信じている、という解説だ。ハルマゲドンとはイスラエル西方に位置する地名で聖書ではそこで人類最終戦争が勃発すると予言されている。ニューズウィーク誌の電話調査では、米国民の40%はハルマゲドンで人類最終戦争が起こると聖書の予言を信じているのは40%であり、それが自分たちが生きているうちに起こるとするものは45%であるという(2000年10月の調査)。

聖書予言よりもすごい事実があり、それがファチマの奇跡だ。ユダヤ教とキリスト教の両者の神はことなるが、バチカンは混同している、と指摘している。神は、地球外生命体だと。

イエスの教えが後に全世界に広まったのは、ユダヤ人だけが救われるという旧約聖書の常識と、完全に決別しているためであった。しかもイエスを殺したのが、ユダヤ教徒で、このときからユダヤ人が迫害と差別の対象となったのは知ってのとおりである。

ファチマに出現した超知性体は、聖母マリアを象徴としていることから新約のゴッドと同存在であることは間違いない、とコンノ氏は推測する。そして人類を「我が子」と語りかけていることは、かれらの発進母星は、人類と同じほ乳類系で、新約聖書に多くの記述が見られる「オリオン星系」だと思われる、としている。

対する旧約聖書のゴッドは爬虫類系で、そのルーツは「シリウス星系」といわれ、超国家勢力と密約を交わしている「竜(ドラゴン)系統」に属している。この系統に属するUFOが1947年、米国のニューメキシコ州ロズウェルに意図的に墜落し、そこから得たUFOのテクノロジーが米国の高度なハイテク平気の数々をうんだのである、と。

このように、天にましますわれらの父なるゴッドと、闇の権力者シオニストのゴッドはまったく別物である。これを理解しないと、世界の現状と超国家勢力の真の姿も見えてこない。超国家勢力は、この事実を曖昧にして世界を騙し続け、キリスト教原理主義者たちを味方に引き入れているのである、と指摘している。

会社にくるキリスト教団体のパンフレットに、イエスにこの世のすべての富と権力を与えようと誘惑して、断られる話しがあったが、そこを読んだとき、私は理解したような気がしたものだ。悪魔となっているが、
それは当時から存在した超国家権力一派ではなかったのか?。最古の職業なのかもしれない。権力慾と物欲(金銭欲)。

イザヤ書は、ジューヨークと揶揄されるニューヨークで核が炸裂することを暗示する記述を残している、という。(第3章、16〜24)わたしも、現在の国連ビルの基礎部に核爆弾がしこまれている、という話しを聞いたことがある。アメリカは核をおそれているというが、最初に核爆弾を所有したとき、その威力を実験しないではいられない誘惑にかられた背景には、こうした歴史認識がまず先にきたのではないか?

聖徳太子が1400年前に書いた『未然記』では2021年までに起こることとして、超国家的な組織が世界支配をたくらむとき、世界は大きな危機に曝されると警告している、という二行が250ページには見える。

人類終末(ハルマゲドン)は滅亡ではなく、サナギがチョウに変態するのと同じく新たなる人類の再生なのである、と結んでいる。

この後の「あとがき」がまた興味深いので、いずれ御紹介したい。

なお、聖徳太子の未然記は、いろいろとネット検索すると出ています。その一例。
http://www.chibalab.com/news_otoshiana/documents/20040705.htm

『・・・・
   ・・・・聖徳太子は、未来の人々に向けて『未来記』と『未然記』という2つの不思議な預言書を残したといわれている。ところが両預言書とも、時の権力者によって焚書され、あるいは隠匿されてきたためにその存在を伝えられながらも、その内容については長い間「謎」とされてきた。それが近年発見され、そこに現代を予言する内容が記されていたことが明らかになったのである。「預言」は天から預かった言葉、つまり「神託」であり、単に未来を予測した「予言」とは根本的に異なるものである。

イエス・キリストやモーゼがそうであったように、聖徳太子も、神からの言葉を受け取る「預言者」であったのである。中丸薫女史によると、聖徳太子は預言書の中で、これからの世界に、こんな風に触れているということである。

「今後アメリカ、EU、ロシア、中国、それにイスラムの勢力が激しく覇権を争い、時の利害に応じて合掌連衡を繰り返し、終戦後アメリカが『世界政府』の樹立を提案する。対戦で疲弊した世界各国の賛同を得て、『世界政府』がアメリカに樹立され、それと同時に全人類を支配する絶対権力者が現れる。しかし、その絶対権力者はアメリカを見捨て、世界政府の首都を他に移し、自らを現人神として完全な独裁政治を敷くことになる。その場所を、太子は『平和の都』としている。世界で平和の都との意味を持つ都市といえば、ヘブライ語でエルシャロームと呼ばれる都、ようするに『エルサレム』ということになる」

さらに聖徳太子は、世界政府の樹立とともに、世界のあらゆる宗教も禁止されることも記している。それを実行するものとして、バチカンが使われるという。そのバチカンはカナン人秘密結社にもはや乗っ取られており、バチカンを再興しようとしたヨハネ・パウロ1世が就任わずか1ヵ月で暗殺されている。バチカンは近年、世界の宗教指導者を集めた世界宗教会議なるものを度々開催し、その威光によって世界の宗教をひとつに統一しようと試みている。

確かに聖徳太子の予言も、先ほど紹介したロックフェラー家の描いた未来図も、そしていま現実世界で起きている混迷した出来事とも、恐ろしいくらいにシンクロしているように見える。それ故に、十七条憲法の一番始めに、「和をもって貴しとなす」という1400年間も日本人に語り継がれてきたあまりにも有名な一文が掲げられているのは、未来に対する日本民族のDNA的使命が、すべてその一文に凝縮されて込められている、と聖徳太子が考えていたからではないのだろうか…と私の独断と偏見で思うんだけどなあ。 』


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金曜日, 8月 17, 2007



1947年、メキシコ国境に近いニューメキシコ州ロズウェルの近郊でUFOが墜落し、その破片や宇宙人の遺体が回収されたが、一報が新聞にでたにも拘わらず、その後、破片は気象観測用の気球のものだっとということで、それ以上の続報は封印された。

この本は、ロズウェル事件にスポットをあてているが、その年は、多くのUFOと思われる物体を軍関係者によって目撃、報告されており、それらの紹介も当然ながらかねている。

なお、マリア像が丸い物体にのって降臨されたといわれているファチマでも、UFOライクの物体が多くの群衆に目撃されているが、当時はそちらへの関心は記録に残されていてもあまり発展しなかっったようだ。コンノケンイチ氏は、旧約の神は、いわゆるロズウェルで落ちた宇宙人系列で、新約の神は、マリア像的な系列ではないかと推測している。詳しくは、またファチマの項目で、・・・。

かぐや姫伝説も、月に帰るというが、ファチマという言葉、月の女神だそうである。

米国のUFO研究家ジョン・A・キールは、「聖書のゴッドとUFOは本質的に相似形であり、UFO隠ぺいの核には、バチカンと超国家権力の黒い影が常にちらついている」と。



ロズウェル空軍基地に破片を運び込むのに何日もかかっている。軍人達は、みなその破片が、この地球上の物体ではないという印象を語っている。気象観測用気球なんかであるはずがない。

リケットは現場で顔見知りの憲兵の姿を目撃したので、声をかけてみた。リケットをみた憲兵は驚いたような表情をして彼に言った。「あんたがここで何をしているか知らないが、俺達は決してここでは会わなかった、いいな。」

そして帰り支度をしているとき、キャビット大尉が近づいてきて彼に言った。「君も私もここへは来なかった。そして何も見なかった。軍関係の車両も兵士たちもだ。私たちは今日オフィスを一歩もでなかったのだ。」

イーズリー憲兵隊長の話によると、墜落現場はありとあらゆる角度から写真に納められた。大量の写真撮影が行われてはじめて回収作業が始められた。ロズウェル基地には写真班が三つ有ったが、どの班も出動されておらず、ワシントンDCから派遣された政府関係者だったという。膨大なフィルムも一つとしてロズウェルでは現像されなかったという。

KGFLのリポーター、フランク・ジョイス氏は、気球説が軍による事実隠ぺいの手段であることを感じていた。ブラゼル氏との二回目のインタビューを終えたとき、(ここのインタビューはブラゼル氏がMPに付き添われて行われた)、ブラゼル氏は彼に向かってこう言った。

「フランク、宇宙人は緑色だってみんないうだろ、でもほんとうは違うんだよ・・・」彼はそれだけ言うとMPに両脇を固められてラジオ局の建物から出て行った。・・・

第二の現場で発見された遺体は、ロズウェル基地に一時的に保管されあまり時間をおかずにフォートワース基地に運ばれた、というのが時系列的に見てただしい、ということになる。

ロズウェル基地で回収された未知の飛行物体の破片およびその搭乗員と目される生物の遺体は、オハイオ州デイトンにあるライトフィールド基地に運ばれて保存されたらしい。

言外にお前の息子は監視されているぞ、というニュアンスが込められていたのはいうまでもない。実際、軍は事件にかかわった人々をかなり長期にわたってモニターしていた節がある。デニス氏は警告をたいして気にもとめなかったらしい。しかし、自分で知った情報には背筋が寒くなる思いをしたらしい。

基地内ではたらく看護婦の友人と会った翌日、彼は電話をかけた。別れ際に気分がすぐれないと言っていた彼女の容体が気にかかったのである。「彼女は欠勤していて、居場所がわからない、というのが最初の答えだった。」彼は翌日も電話をかけた。今度の答えは、彼女は別の基地に配属になった、というものだった。・・・手紙を出したが、ひと月ほどたった頃、「宛名人死亡のため、差出人に転送」と書かれて戻ってきた。・・・・彼が知りえた情報は、彼女が「演習」に参加していたとき、他の五人の看護婦とともに、事故死したということだけだった。彼女の乗った飛行機が墜落し、全員が死亡したらしい。


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木曜日, 8月 16, 2007



お盆休み、比較的仕事もなく、皆休んでいるので、もういちどあのかき氷をトライしてみたくなった。
阿左美冷蔵本店は午前10時から午後6時(夏季)まで営業、それで早めにと11時過ぎに並んだ。しかし、予想に反して客の列が国道にまではみ出して並んでいる。

ガードマン氏に聞いたら、昨日よりは短いが、今日は約2時間待ちだろう、と事も無げに告げてくれた。一瞬眩暈がしたが、一人でも早くと並ぶとすぐ後にもう数人が並んでいる。国道を歩いている通行人は半分は潜在客なのかもしれない。

しかし、さすがに二時間、炎天下、40℃近くを記録した日の行列はつらい。グループで来た人は、一人を残し木陰へ避難したり、清涼飲料を買いに行って飲んだりできるが、一人となるとそれも思うように出来ず、心臓に悪い気がした。いやでも前後の方達と話しでもしないと、やっていられない。前の家族づれは、東松山から、後のカップルはふじみの市から来たそうだ。後ろのカップルははじめてだそうで、何でもこちらが
ある程度情報持ち出し。

前の家族連れは、すでに宝登山店にちょっとまえに体験済みだと言い、あちらのほうが列が短いよ、と教えてくれた。今日も最初は、そちらをトライしてみようと思ったのだが、花火もあがり夏祭り中とのことで、
かえって混雑するのでは、と思ったので、かって知ったこちらにきたのだった。

今日は、かなり早めに一時間以上前に各人に注文を取りに来た。私は49番目となった。後で解ったが、テーブルナンバーということだったが、これで、事前に客のグループ人員を把握し、内部への誘導を調整しているようだった。何組かうしろにバイクで来た17名のグループがいてやたら元気でにぎやかな人たちがいたが、このグループを誘導するために、まとまったエリアがあくまで、客の誘導をセーブしていることがわかった。

この一団が誘導されると、あとは二、三名の方達が多く、次々と呼ばれて着席するようになった。私は一名なので、家族向けテーブルに相席となり、一組が去ると、家族連れが来た。小学生二人をつれた4人家族で、並んでいるときから、秘かに好みのタイプの奥さんだなあ、と時々ちらりちらりと見つめていた人だった。地方の城下町などへ行くと、あきらかに武士階級の出とわかるような、りりしい顔立ちの女性がいたりするが、そういうご先祖の血がよく出ているような感じ。何かで読んだが若い女性も一緒に複座戦闘機で、着物を着て鉢巻をして特攻に臨んだ例がままあったという記憶がよみがえったというぐらいの説明しか一般にはできないが。
まさかと思うが、暑さで虚像を思い出したのだろうか!?

そこの小学生が、なんか急に案内のペースが速くなったね、などと話している。そこで、17名グループの一団をまとめて案内できるまで、座席調節していたようだよ、と口をはさんでしまった。うなづく奥さんに向かって言ってしまった。おかあさんが氷をどうしても食べたいっていうから、来たんだよと教えてもらった。どちらから?とはさすがに私の脇に御主人が座っているので、聞く気にはならなかった。

今日は、また白桃とこだわりメロンを注文した。東松山から来た家族連れが宝登山店の青リンゴが好かったというのでそれをと思ったが、こちらの本店にはない。それで、こだわりメロンにしたのだった。

白桃を一口、二口食して、あの味だと確認してから、メロン味に向かった。最初は交互にと思っていたのだが、二時間も飲まずで(簡易トイレ脇の水道水をちょっと口にしたが)いたので、おいしいとおもうともうとまらず最後まで一気に行ってしまった。メロンよりおいしいメロン味氷でした。練乳ともよく会います。500円でした。

今回は飲み水は庭の植え込みの間のわき水を皆竹筒から汲んで飲んでいたので、わたしもそうして二杯ほど飲みました。去るとき、まだ食べたい気がしたが、いまさらならべないし、さらに追加注文は出来難いし、未練を残して出ました。



気分よく出てはしっていると、かなり暑い日だとおもった。友人宅を覗いたら、奥さんしかいないようだったので、そのままUターンで帰ってきた。本当に暑いのが水温計でも確認できた。しかし、エンジンは苦もなく静かに回っている。オイル交換しておいて好かった。

ハーレーと並走して長瀞まで降りてきて、この暑い中、ずっと一緒もくたびれそうなので、阿佐美冷蔵別店も確認しておこうと、駅前で左折したら、右手に行列をしている一段がいて、すぐにわかった。他に氷という看板のお店もあったが、そこは並ぶ客がいない。行列の人数から一時間待ちぐらいとわかると、あわてて裏の駐車場に止めてまた並んでしまった。ここは歩道沿いに二列で折り返してならぶようになっており、歩道脇にマツの老木もあって、ちょうどこの時間帯緑陰をつくっている。

読み通りほぼ一時間待ちで着席できた。東松山からの家族連れの情報どおり、みな店内で食べるようになっており、暑い外でまって、いきなり冷えた部屋へ案内されると、赤ん坊にはかえって好くないと聞いていたので、暑くてくたびれた体は期待でワクワク。祭りで着物をきた若い女性(中高生ぐらい)も多い。

ここでは、持ち帰りというか、まわりの観光をかねて店外で食べるサービスもしており、容器の大きさの関係で各品とも百円引で、持ち帰りだけ注文を取っていた。練乳をかけるか否かまできいて番号をつけ、その番号で受け取る。店内が比較的せまく、客の回転があまりよくなくとも、持ち帰りのほうが早いとなるとそちらに向かう客も多い。目の前で食べる客もおり、目に毒だ。

こちらはメニューを写したが、本店とはすこしちがいまた別の雰囲気となっている。またしても欲張り、青リンゴと里のぶどうを注文してしまった。店内注文式で、各氷は別々に来たので、後から持ってきた品をもって別の店員さんが、注文が間違っていないか再確認をしながらウロウロ、目配せで、それ私です、と合図したら、にやりとにっこりの中間的な笑みを浮かべて運んでくれました。別格なんでしょうね。一人で二品。

ここは店内冷房が効いているので、最後まで氷のままで、食べられる。好みからいえば、本店のほうが自然でいいかもしれないが。こだわりメロンもある。年中氷が食べられるというので、これからはこうした無茶をせず、少しずらしてこようと思った。冬でもたべられるそうだが、どうなのだろう!?

青リンゴもたしかにおいしいし、好く出ていましたが、私の好みはこだわりメロンに軍配が、・・・。夕張メロン果汁をもとにアレンジした特性シロップだとか。ブドウは巨峰をベースで、酸味は強いがおいしい、
いちごも本店のジャム味ではない、一般のイチゴ風味のようなきれいな赤をしていましたが、今日は4杯で打ち止めとなりました。それでも外はまた暑い夕刻でした。ここは五時までで、4時20分で入場制限だとか。

帰りは、冒頭にあげた二台のハーレーと一緒となった。小川方面入口まで一緒だった。

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月曜日, 8月 13, 2007



http://ja.wikipedia.org/wiki/ホンダ・CBR1100XXスーパーブラックバード
では、
『本田技研工業が1996年にCBR1000Fからのフルモデルチェンジで登場。その際、世界最速の航空機である米空軍の偵察機「SR-71」の愛称である「ブラックバード」に因み、それを超えると言う意味で「スーパーブラックバード」というペットネームが与えられた。
コンセプトとしては、「『超高速域での快適な居住性』、『圧倒的な絶対性能』、『大排気量車でありながらミドルクラス並みのハンドリング』を兼ね備えた、世界最高性能の量産市販車」ということであった(本田技研工業はあくまで「世界最速」とは謳わなかった)。
2軸バランサーを採用した新設計の1137cc水冷直列4気筒エンジンは、当時世界最強の164psを達成。開発当時のライバルであったカワサキのZZR1100よりも高速性能に優れたが、最高速度は実測で300km/hにわずかに満たなかった(しかし内外出版社刊行のオートバイ専門誌『ヤングマシン』の企画において、タイヤのみチューンの事実上フルノーマルで、実測303km/hを記録している)。世界最速の量産市販車の名をほしいままにしていたが、1999年にスズキからGSX1300R 隼が、続いて2000年にはカワサキからNinja ZX-12Rが登場し、世界最速の座は完全に奪われた。2001年には300km/h自主規制が始まり二輪の最高速は実測で300km/h止まりとなってしまう。ちなみに6速レッドまで回しても実測で295km/h前後のブラックバードには300km/hスピードリミッターは必要なかったようで装備されていない。 その後スクリーンも防風効果を高める為3cmアップされ、よりハイスピードスポーツツアラーとしての性格になっていった。』

などとある。



今日見かけたのは、走行2万弱のデジタルでないメーターのたぶん2型!?

音を聞いているとビッグ1ぽい音に聞こえたが、マフラーもオリジナルではないようだ。

タイヤは17インチのようだが、やはり前後17インチ仕様だと言う。他県ナンバーだった。だれかのお見舞いに来たようで、入ったきりなかなか出てこなかった。夏でも、上は皮ジャンのようだったが、20〜30代のライダーに見えた。

エンジンの外形は、フルカウルのため、まるで目にはいらない。ラジエーターと排気管しか見えなかった。かなり今日のような日は暑いのではと思ったが、どうだったのだろうか?
リヤタイヤなどは、明らかに細い上品なタイヤに見えた。

ビッグ1のリヤタイヤは横幅がありすぎて、舗装面の進行方向に直角方向の凹凸の影響を受けやすく、車体がそのたびに左右に揺れる気がする。とくにタイヤのグリップ部の摩耗が進むと強くその傾向が出てきた。

UFOとマリア(幻視)の関係を指摘している人は、日本ではコンノケインチ氏以外にはいないのではないか?あるいは最初に指摘した人ではないのか?

前回、引用したファチマやルルドの写真も、出展不明なのであるが、UFO説がたしか書かれていたので、コンノケンイチ氏の著作だったと思う。購入したのは、15年位前なので、題名は忘れた。

今回、「世界はここまで騙された」コンノケンイチ著、徳間書店、2003年11月を再読してみていろいろと考えた。騙された、というのは、9.11の事件が巷間報道されているのとちがって、「悪魔(サタニズム)の米英(一極)支配に日本も生贄にされる!!の副題のように、米国ユダヤの謀略だった、と今では一部ではあたりまえのようにささやかれてきた問題についての、著者の解釈、解説である。

今回、読み落としていたのだが、「実はキリスト教のルーツは仏教で、厳密にいうと『密教』なのである。」という解釈を見て、何となくわかったような気がした。

すかさず、島田元教授の「オウム(アーレフ)はキリスト教の影響を受けているものの、本質的には、ヨーガをベースにした仏教、その中でも特に密教を信奉する集団なのである」という指摘を思い出した。

青少年期のイエスは東インドのジャガナスという町で、仏教とヒンズー教の奥義を習得していたのである、と指摘している。古代の記録には、イエスはここで、奥義を修得して、その後密教の本場チベットのラサに行ったそうである。・・・聖書研究家たちの常識になっていて、・・・「旧約と新約のゴッドが異種」という認識が存在しないので、仏教に育てられたキリスト教では、このことが問題にされないのだそうである。

1969年に公開されたフランス映画「カトマンズーの恋人」という映画をみたが、ここでは、ルノ・ベルレーとジェーン・バーキンが、ホンダのベンリイ125ccにのって、町中を疾走するシーンが印象的。250のドリームならもっと様になるのに、と思ってみていた。ヒッピー文化はなやかな時代の映画であるが、本能的に東洋にあこがれたのも、一種の先祖帰りかも知れない。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=4600

その後、バーキンは、フランス人と結婚してNHKのフランス語講座にもでていたことがある。イギリス訛りの
フランス語がたまらない、と当時の講師は(東大仏文の渡辺先生?)テキストの歌詞解説で書いていた。
このとき、感動した歌は、Quoi でした。


仏教とキリスト教は同体、つまり日本人はキリストの直系だということだ。島田教授も、「一神教=多神教」モデルを提唱している。


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日曜日, 8月 12, 2007



雑誌WILL9月号には、「慰安婦決議」には「原爆決議」を、という記事がある。わたしも、基本的に外交が武器なき戦いならばそのカードを使わないまでも、温存して切る姿勢を鮮明にする必要がある、と思っている。

ただ、主要マスコミが何も報じず、久間発言だけを馬鹿の一つ覚えのように垂れ流すようでは、国民的合意など期待するにはほど遠い。久間元大臣もマスコミに意図的かどうかはともかくとして、誤ってつたえられている、というのであれば、それを辞める前にはっきりさせておくべきだった、と思う。この方の頭の中で、アメリカによる原爆投下が、どのような構図でおさまっていて、どういう経路で、しょうがないとなったのか、国民には何も伝わらない。マスコミも、これでは、アメリカの反日勢力の制御下にあるといわれても、反論できない。報道の自由なんて、不自由を自由と間違えていやしないか。

今回、鳥井民氏がふたたび「原爆投下」の背景と、それについて言及した日本側の三名の発言を取り上げ、終戦や原爆投下の3誤解というタイトルで投稿したのは、8月15日を控えて意義深い。ルーズベルトが愛人宅で急死しなければ、20年6月の早期降伏はありえた、というのである。

取り上げられた3名の方の認識は、バイアスがある、ということだ。誤解なのであって、そういう誤解でなりたった戦後の認識は改めて行かなければ、とても外交カードなどに使えるものではないし、マスコミも、報道の不自由を取り払う努力をしてもらいたいのであるが、記者達の幼稚な質問を政治家に向かって連発する様を聞いていると、学級民主主義化と、揶揄された(慰安婦決議には原爆決議を)国政レベルでの退廃現象こそが問題だという気がする。


いぜん、数学者の岡潔博士は、日本人の頭の中は、雑多な知識が細かな引出しの中に別個に詰まっていて、
相互に有機的な連絡を持たない構造になっているらしいと、喝破された。西洋人に馬鹿にされる、いまではその辺の中国や、その周りあたりにも馬鹿にされてもお手上げなのは、そういう頭の構造にあるらしい。

日本では、教科書の知識を丸暗記さえしていれば優等だが、西洋では落第である。私の経験でも、自分の意見を答案に書くと、不可を付けられた。悔しくても、教科書どうりに書くと優を追試験でもらったが、あのくやしさは、今も胸の底に残る。もっともこの教授、衆人監視の中で、学生にネクタイを掴まれ、顔を張られていた、と後から聞き、さもありなんと思った。そういう時代だったといえば、それまでであろうが、日本では、どの意見が一番優秀か!?という視点がないようである。それをやると小田原評定になるかもしれないが、それすらないというのでは民主化以前の問題である。技術ではあれほど能力を発揮するのに、言葉を磨くことでは、まるで無能。

デカルトは『方法序説』の中で「明確な思想は明確な言葉のなかにある。」と説いたが、同じくコンディヤックも「正しい論証は正しい言葉使いに帰着する。」といった。彼は主著『論理学』(1780)のなかで「怪しい言葉が過ちのもと」ともいった。...記号としての言語は観念の分析に不可欠であるが、さらに進んで科学の体系化を考える場合には、よく整備された明解な言葉は科学の本質ですらある。

化学原論を書いて、それまでの錬金術的化学から決別したラボアジェは、こう書いている。

『自分はいままでコンディヤック神父の著書『論理学』に提起されている諸原理を十分に実現してこなかったと思う。神父によれば、我々は、言葉によって思索している。言葉こそ、分析の真の道具である。神父によれば、最も単純、正確、かつあらゆる表現目的に最もよく適合している代数学こそが一つの言葉であると同時に解析の手段なのである。結局神父によれば、論証の術はよく整備された言葉に帰着する。(l'art de raisonner se réduit une langue bien faite.)』

フランスには「言葉の王子」ドゴールがいたが、日本にはそういう首相はいないのでは。後をついだポンピドー大統領は高校の先生だった。しかし、あちらでは、大学教授級の実力があるのが、高校教師だという。御存知でしたか!?ルベーグ積分を創始したルベーグさんも、ナンシー高校の教師時代に行った業績だという。

安倍首相は、訪米時にもおじいさんの写真を携えて行かれた、というし、「美しい国」にも、祖父の思い出が書いてある。一部には、あの本は数名のゴーストライターがいて、その一人は、京大の中西輝政教授だという説もあるが、基本構想は御本人と思える。しかし、もし、おじいさんを理想化していれば、正しい政治でも、時の世論に受け入れられずらい政治家だった、ともいえる側面もあったので、御注意が必要かと老婆心ながら思う。

後世の評価はまちがいなく高いレベルだと思うひとりであるが、・・・。

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http://www.geocities.jp/xxsizzxx/tabemono/tasmmina2.html

『先日、秩父の羊山公園に芝桜を見に行ってきました♪ものすごく綺麗でした〜。
陽気もよかったので帰りに寄ってきました。天然かき氷屋さん!!
主人は宇治金時、わたしは野いちごを頼みました。特に野いちごは甘ずっぽさがなんとも言えず…♪
さすが天然もの!氷がやわらかくて優しく溶けていきました〜。氷の味を直に楽しみたいならあずきがいいみたい!
あとは、桜あずき(今だけかな?)・キャラメル・こだわりメロン、だったかな〜。
旅番なんかで何回か見たことあるので、マイナー店じゃないかな?
でもとっても美味しかったのでカキコしちゃいました。』

などと最近ラジオでも取り上げられたという、長瀞の140号沿いにある阿佐美冷蔵さんへ行ってきました。

いつも何でここだけ混んでいるんだろうと思っていた場所でしたが、最近猛暑でかき氷が恋しくなり、店をさがしたものの、あの氷とかいた店が意外にすくないことに気付いた。それで、仲間に相談したら、そりゃ、長瀞あたりにいけば美味い店があるだろうが、とサジェストされたが名前も場所も見当がつかなかった。

この冬、暖冬で長瀞の天然氷つくりが危機だと、テレビでは放映していたので、冬の時期からしらされていた。最近テレビで、天然氷のかき氷は、氷中に空気が多く含まれやさしいので、頭がキーン問いたくならない氷なのです、などと放映されて、ますます天然氷のかき氷が食べたくなっていた。

それで、最近とくに猛暑になってきてたまたまラジオでも取り上げられていた日に、秩父の天然氷店のことをふと知人に聞いてみたら、阿佐美冷蔵さんを紹介された。ラジオを聞いたので、質問が来たと思ったそうだが、自然の欲求にしたがったまでで、アイスコーヒーにもそろそろ飽きが来出していた。やっと、この付近でも梨が売り出されたので、そちらも賞味している。




たまたま秩父に用があったので、休みに入った会社で仕事を済ませて、昼過ぎに秩父着。来るときから、号列ができていた。そして、なぜか、いつもの駐車場が二輪専用になっていることに気付いた。うれしいじゃありませんか。仕事をすませ、13時44分に長瀞本店の阿佐美冷蔵さんへ到着。一層行列が延びているような気が、・・・。

バイクを止めて行列している中庭へ降りてみて、驚いた。いつも短い行列と思えたのは、ほんの一部で、駐車場とのメインの中庭に客がとぐろをまくようにびっしり。瞬間一時間以上の行列待ちを覚悟したが、すぐ最後尾にならんだ。簡易トイレも二基設置されている。手洗いの水道で、ハンカチをしぼり頭にかけている人も。



一時間ほど待つと、注文予約をとりに来た。まだ、二十分くらい待つと言う。途中で立ち去った客は、私の前の若いカップル一組だけのようで、後からゾクゾクと行列がつづく。車椅子のカップルらしき客も最後尾にならんだ。前は家族連れ、後には若い恋人同士らしく、適当にそれぞれの方たちと情報交換など行った。
細かい時間などは、後のお兄さんが何分経過などと相手に喋っていたので、覚えていたのだった。

入り口近くまでくると、中の様子が初めて窺えた。ここは日陰で少し涼しい。後のカップルに阿佐美冷蔵のパンフレットを、私はもう何度も見たので渡した。もう一軒、長瀞駅近くの宝登山入り口ちかくにある、というと前後の人たちもビックリしていた。

この本店も派手な看板などなく、しもた屋風で、しかも生け垣の奥にあるので、20年近く秩父へ通っていながら、最近まで、気付かずに過ごしてしまった。最近は宣伝でのおかげで、ちょっとまえの統計で、6000人ぐらいだったのふぁ、昨年は2万人来た、などと書いてあった。今年は過去最高を記録するのでは!?



ようやく、家族連れの後、こちらは一人なので14番さ〜ん、ことらへどうぞと案内された。入り口から覗いた店内はごく一部で、家屋内にも多くの客がおり、家の周りの庭はすべて屋外喫茶店風。ずんずん案内されるので、店内かなとおもっていたら、裏庭へ。並んでいた待ち客たちに一番近い場所だった。後にいたカップルは薄暗い店内に二人で向き合っていたのが、個々からも見えた。

椅子に案内され、さらに数分待つと、やってきました。見事な天然氷のかき氷が。白桃ふがお奨めらしいとは聞いていたので、白桃と標準のイチゴを頼んでおいた。目の前の庭木は、ハナミズキ。小枝に針金で蚊取り線香が点いている。後で気付いたが、私が座った椅子の近くのサツキにもついていた。どうりで匂いが強めだと思った。

みな複数できて、幸せそうな表情をしている。男同士でも、スプーンでお互いの品の試食などもしている。安らぎの空間だ。単独の客は、後もう一人だった、この空間は。

近くを秩父鉄道が走っていて、SLの汽笛がこだまする。かなり線路がちかいらしく、汽笛のドップラー効果がきいて、旅情を感じた。本当にしあわせそうな顔をしたカップルもいて、ふたりの会話を聞いているのもほほ笑ましい。

白桃からいただいたが、予想以上に美味しく、ビックリした。これで600円ですが、並びがいがあった。
氷に気泡が多いせいか、氷自体に蜜がしみ込んでいる感じで、口で柔らかく解けて、解けて行く間中おいしい。水はセルフでおいてあったが、なぜ水があるかやっと理解できた。ときどき、水で口をゆすぐくらい
甘いのである。さらにお好みで、白磁の容器にはいった練乳もある。イチゴにはかけてみたが、二杯目と言うせいもあり、あの舌や唇が赤くそまるイチゴ味ではなく、ジャム風な味で、甘味も弱かった。こちらは
500円。どちらも、漆塗りの木製容器に、これまた漆塗りの木製スプーン。これが、天然氷のかき氷には
絶妙のマッチング。平安の雅を感じたしだい。ミゾレ状になっていき、最後はみな容器を口にあてて吸っていて、入り口からのぞいたとき、違和感があったが。漆塗りの容器なので、みそ汁でも吸っているように見えたので。



帰り道、樋口の駅あたりを走っていると、道路右下をSLが平行してはしり、煙が足下から湧いてきた。そうだ、普段は電車だが、土日はSLが走るんだった、と以前テレビで紹介していたのを思い出した。しかし、わざとゆっくり走っているらしく、車よりも遅い。それで、この先のカーブで待ち伏せしてみようと思い立ち、じゃまされないばしょに止めて、携帯で撮影した。思ったより早くシャッターがおりてしまい、遠すぎる写真となった。脇を通りすぎるSLから熱排水をコップ半分くらい引っかけられたが、一瞬熱っと思ったが、やけどするほどではなかった。

秩父郡長瀞町。かっては野上町と言っていたそうだが、昭和47年に町名変更したのだそうだ。小学校の友達で、よく長瀞のおばさんちへ遊びに行ってきた、ときたとか遊びに行くとかとく聞いたので、最初から長瀞町だと思っていたのは、間違いなんですね。



ところで、この長瀞町、多くの峠にかこまれているのだそうだ。荒川左岸(西側)を見てみると、南から順に、奈良沢峠、野上峠、唐沢峠、出牛(じゅうし)峠、ぐみの木峠、糠掃峠、不動峠、間瀬峠、榎峠、大月峠、筑坂峠、・・一方の右岸には南から熊掛峠、賽の神峠、仙元峠、葉原峠、植平峠、金尾峠。標高500メートルどまりで、麓からあるけば30分くらいで頂上へ通じるので、昔はどれも身近な存在だった、という。(「秩父の峠」大久根茂、さきたま双書、1988)

賽の神峠(さいじんとうげ)、仙元峠、葉原峠の三つは秩父事件のときの発火点にあたるらしい。

「秩父郡風布村、金尾村の困民等、飛び道具を携へ、小鹿野地方へ暴発するの景況なり、・・・」

出牛峠は、秩父大宮と本庄を結ぶほぼ中間にあり、秩父の生糸を最短で、当時高崎まで開通していた鉄道を利用して輸出するために、馬車が通れるシルクロードを作ることになったが、工賃の7割が地元負担となり、
秩父事件の遠因となったという。

出牛峠は利用されている間は、遊廓もあったりして賑わったそうだが、10年もしない(明治28年)うちに、熊谷、寄居、秩父という鉄道ルートが開通し、出牛はさびれてしまった、という。国道140号はこのあたりが難所で、鉄道よりもずっとおそく開通したのだという。

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金曜日, 8月 10, 2007



スタンドで給油中、すずしい店内でふと備え付けの新聞を見たら、昔の風船爆弾の製造に関する特集記事が一面にでていたが、風船爆弾でアメリカに死傷者がでていた事実は、制作にかかわった末端の人たちには届いていなかった、とある。また、当時は目的は秘密とされていて(一部は、噂として流布されたが、罰せられるので)、ほとんど知る由もなかった、などとあった。

今でも県北の小川町などでは、民芸として和紙の製造がさかん(観光目的もあるし)のようだが、戦前はもっと国策として、奨励されたわけか、と思った。

ただ、この新聞記事には、アメリカ側の人的被害しか書いていないが、風船爆弾が、原爆工場への送電線に絡まり、送電線を破損し、送電をストップ。原爆の完成が、丸3日ほど遅れたとの事は書いていないようだった。原爆の目的都市として、風船爆弾製造工場のあった都市も選ばれた、と読んだ記憶があるが、メモしていないので、確かな出典などは、わからない。

しかし、連載されるようなので、いずれそういう話題も掲載されるかもしれない。硫黄島に駐屯する自演隊幹部の、兵士の幽霊をいまだに見る隊員たちがいる、という話しもたしか、この新聞で見た記憶がある。



最新号の週刊新潮の「変見自在」(高山正之氏)を見たら、「本能」というタイトルで、日本人の直感力が他国に比べて優れた選択をしてきた、と指摘している。公務員制度として、明治政府がうっかり、中国の科挙の制度を取り入れたのは失敗としている。社保庁のていたらくなどはそのマイナス面の最たるものだろうが、特別会計だって似たりよったりだろう。

日本人はその直感で、共産主義にも本能的に危険な臭いを嗅ぎ取っていたとして、逸話を紹介している。

GHQで、マッカーサーの右腕を努めたというウィリアム・シーボルトは、戦後20年ほど後に、終戦直後の日本の指導的立場の人は、そろって「共産主義とそれに染まった者達を警戒するよう懇願した」と回想している。高山氏は、マッカーサーを始めとする一派は共産主義に何らの警戒心もなかった、としているが、これには少々どころか大いに疑問。

そして朝鮮戦争が起きる。シーボルトはその頃日本人が、GHQには共産主義者がいるとやいのやいのと言ってきて、調査の結果「数人が本国に送還された」と渋々認めている、と続く。

この中には、ソ連側スパイの全容を明らかにしたベノナ文書に名前のあがったE・ノーマンもいた。・・・

http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%83%99%E3%83%8E%E3%83%8A%E6%96%87%E6%9B%B8&lr=
ベノナ文書は、上記サイトにたくさん関連事項が出ている。私の知る限り、アメリカは、ドイツと日本の暗号解読で精一杯、戦後になってようやくKGB暗号のごく一部を解読し、仰天しただろうとは、想像している。
http://blog.mag2.com/m/log/0000127583/107342886.html?c=dry
『豊かな熟年[まぐまぐ!]「ベノナ文書」とは、1996年からのソ連スパイ通信解読記録のことである。この文書の公開により、 ... ホワイトは、後に明らかになったのだが、 共産主義者であり、ソ連のスパイ活動をしていたことが先ほどの「ベノナ文書」にあったのである。 ...
htt://blog.mag2.com/m/log/0000127583/107342886.html?c=dry - 31k - キャッシュ - 関連ページ
トップに出てくる熟年日記にも、ハルノートを書いたというホワイトのくだりがある。


日本人は直感で共産主義の危うさを知った。米国はやや遅れたは。それに気付き赤狩りに精をだした。ノーマンのあぶり出しには、彼の同志・都留重人の証言が大きい。ノーマンは都留が証言したのを知ってカイロで自殺した、とある。

・・・都留は一橋大学の学長に出世し、さらに朝日新聞の論説顧問におさまったが、どこからも文句はなかった。ノーマンが、都留をハーバードで知りあい、理想的な共産主義者と絶賛した人物がである。

鳥居氏がいうように、木戸・ノーマン史観が戦後日本を覆っているので、新時代が来るまで、朝日左派はしぶとく生き延びるだろう。

The greatest potential threat to Moscow Center's postwar operations in the West came from a breach of cipher security. In 1948 Meredith Gardner, a brilliant U.S. code breaker, succeeded in decrypting fragments of KGB messages to and from the Center during the last year of the war. The discovery, code-named Venona, not only led to the downfall of Fuchs; it also provided the first clues that led to the arrest of Julius Rosenberg and his wife Ethel.

A 1944 KGB message that was decrypted in February 1950 referred to an agent in a low-level job at Los Alamos. Other clues helped identify him as Ethel's brother David Greenglass, who admitted his own role and implicated his brother-in-law. Greenglass revealed in questioning (though it was never mentioned in public) that Julius had boasted to him of running a Soviet espionage network in New York that had provided not merely atomic secrets but also a wide range of other scientific intelligence, including preliminary studies for space satellites.

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0014.html
・・・
『 さて、ではハーバート・ノーマンの死の謎であるが、これに果敢にとりくんだのは中薗英助と工藤美代子だった。やはりこういう慧眼の持ち主はいるものなのだ。中薗は『オリンポスの柱の蔭に』を、工藤は『悲劇の外交官』を書いた。
 ここではサスペンスに富んでいた中薗の著書のほうを紹介しておくが、この『オリンポスの柱の蔭に』という表題が何をあらわしているかというと、GHQの本部なのである。第一生命ビルに構えたマッカーサー司令部の玄関にはギリシア神殿さながらの列柱が聳え立っている。そのオリンポスの柱の蔭でレッドパージ(赤狩り)が虎視眈々とノーマンを狙っていた、そういう意味なのだ。

 この小説仕立ての大作には、ノーマンが冷戦が始まった米ソ間のスパイ戦争のなかで被疑者としてしだいに追いつめられていった経緯が刻々描かれている。ノーマンがマルクス主義っぽいということは学界でも通り相場だったのだが、外交官として"赤"としての動きをしていたかどうかということは、赤狩りをした張本人たちの断定であって、いまなお判断できる者はない。しかしGHQの背後を操ったCIAの記録にはノーマンを犠牲者にするためのシナリオが残響しているはずである。中薗はそこに焦点をあてて、この緻密な推理を書きあげた。

 事実だとすれば、ノーマンの身に迫る恐怖はただごとではなかったろう。カイロにいてノーマンは絶体絶命を感じていたのである。かくてノーマンは日本から届いた映画『修禅寺物語』をシネマ・オデオンで見ると、カイロの街路を歩き、ナイル川通りを突き抜けてしかるべきビルの突端部まで進むと、投身自殺した。』

http://plaza.rakuten.co.jp/atsushimatsuura/diary/20070521/

『GHQの中の民政局に巣食っていた共産主義者・親中派やノーマンの思惑通りに進んでいたなら、今の日本は全く違っていたものになっていたことだろう。
 確かにG2などの巻き返し(謀略も含む)によって、民政局は力を失い、戦後の日本は共産主義化することもなく、大混乱に巻き込まれることもなく、今日に至っている。しかし、ノーマンらの毒は、現在にも続いている。ノーマンの仲間だった都留重人、加藤周一らはしぶとく生き延び、加藤周一に至っては、『九条の会』の立役者のひとりとなって、今でも、『日本を劣化・幼稚化させる』(香山リカ・福田和也の言葉を転用)ことに心血を注いでいる。戦後の悪夢のゾンビは、まだ現代日本で活躍しているし、そのゾンビたちは、岩波書店や朝日新聞を根城に、今では外務省や数多くの官庁に食い込み、自分たちの「保身」のためなら、日本人が拉致されても、日本が滅んでも構わないという運動を続けている——つまり、木戸幸一と全く同じことを今でも続けているというわけなのである。』

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水曜日, 8月 08, 2007

1991年12月30日発行のタイム誌、カバーストーリーから拙訳しました。
Cover Story
Handmaid or feminist? 召使いそれともフェミニスト?

More and more people around the world are worshipping Mary--and it's led to
a holy struggle over what she really stands for
世界中でますます多くの人々が聖母マリアならびに彼女が示現する聖蹟への信仰を深
めている


By Richard N. Ostling--With reporting by Hannah Bloch/New York, GregBurke/Medjugorje, Robert T. Zintl/Rome, and other bureaus

When her womb was touched by eternity 2,000 years ago, the Virgin Mary
of Nazareth uttered a prediction: "All generations will call me blessed."
Among all the women who have ever lived, the mother of Jesus Christ is the
most celebrated, the most venerated, the most portrayed, the most honored in
the naming of girl babies and churches. Even the Koran praises her chastity
and faith. Among Roman Catholics, the Madonna is recognized not only as the
Mother of God but also, according to modern Popes, as the Queen of the
Universe, Queen of Heaven, Seat of Wisdom and even the Spouse of the Holy
Spirit.
2000年前、ナザレの聖母マリアの子宮に生霊が作用した時、彼女はある予測を口にし
た:今後の全世代の人々が私をあがめる(祝福)ことになろうと。これまで生きてき
た女性の中でイエス・キリストの母がもっとも多く崇拝され尊敬
され、多く描かれ、子供の名付けや教会の命名にも愛用されてきた。
コーランでさえ彼女の純正さと信仰を賞賛している。ローマ教会(カトリック、普遍
的という意味らしい)では、マドンナだけが神の母と認識されているのみならず、現
代の法王たちによれば、宇宙の女王、天の女王、知恵の首座ならびに生霊の連れ合い
とまでされているのである。
マリアはまた歴史上もっとも熱心に議論された女性かもしれない。何世紀もの間、プ
ロテスタントたちは彼女をあがめることを熱心に避けてきたし、教皇による彼女の存
在(地位)に対する言及はバチカンと東方正教会の間にくさびを打ち込んできた。対
立は彼女が処女のままだったこと、イエスと同様に罪なしに生まれたこと、そしてイ
エスの磔における彼女の苦しみは大変大きく、人間性の犠牲において、息子と同等で
あったことである。

それでも、たとえマドンナの存在が何百年もの間、西方世界に浸透したとしても、い
まだに驚異に値する事実がこれまで以上に存在するのである。科学者たちが宇宙の起
源を議論する時代にもかかわらず、マリア信仰とマリア出現への待望感は異常なほど
の高まりを見せているのである。処女マリアに対する信頼の草の根レベルでのリバイ
バルは、世界各地で起きている。何百万もの崇拝者その多くが若者たちだが、彼女を
まつる社に群がるようになっており、またいっそう著しいのは、ユーゴスラビアから
ここ数年のコロラドの例におけるまで、処女マリア出現の目撃例報告が多いことであ
る。

これらの幻影ともいえる報告は、1962年-1965年のバチカン公会議以来、彼女の役割
を重視しなかった牧師を当惑させる。「これは(単なる)流行だ」と嗅ぎつけ牧師の
異名をとるパリのジャック・フーリエをしてマリアの出現報告が多くの人々からもた
らされたことに懐疑論を唱えた。ただ、わずかに7例のみが、今世紀中(20世紀)の
マリアの出現として教会の祝福を受けた。

教会の関与は、マリアのイメージについて発生した崇拝人気:神学上の綱引きにおけ
る最もおもしろい一面をうかびあがらせることになった。フェミニスト、自由主義
者、いわゆる活動家たちは、神の意志の受動的な女中としての存在と従来の家族主義
的価値観の原型の新しい解釈とともに前進した。彼女は、伝統的な存在から離脱した
いのです、とキャシー・デンソン(元修道女、現サンフランシスコ麻薬&アルコール
カウンセラー)は言う。彼女は現実の人間的存在でありたいのです。

彼らがそうした見解にしがみつくか否かに関係なく、世界中の人々が自分でマドンナ
への崇拝を示すために莫大な距離を旅行してまわっている。20世紀後半は聖母マリア
への巡礼の時代となり果てたのである。いくつかの例をあげよう。

At Lourdes, the biggest of France's 937 pilgrimage shrines, annual
attendance in the past two years has jumped 10%, to 5.5 million. Many new
visitors are East Europeans, now free to express their beliefs and to
travel. Despite the inevitable attraction of Lourdes for the ill and aged,
one-tenth of the faithful these days are 25 or younger. "We also have new
kinds of pilgrimages," reports Loic Bondu, a spokesman at the site. "They
dance, they sing, they praise out loud. They're more exuberant."
ルルドでは、フランスの937もの巡礼神社中最大のものがあり、ここへはここ2年で
10%の増加があり550万人が訪れる。多くの新しい訪問客は東欧からであり、自由に
信仰を表明できるようになって旅行してまわっている。病気治癒と老人向けとしての
ルルドの認識にもかかわらず、忠実な信者たちの1割は25歳以下で占められる。ここ
のスポークスマンであるロイック・ボンデュは新しい傾向の巡礼者たちをこう述べて
いる「彼らは踊り、歌い、声に出して賞賛する。
彼らはより生き生きしている」と。(昔、NHKのフランス語講座のテキストで読ん
だルルドには、差別用語に相当するメクラ、チンバ、イザリや難病人が地面をはって
というようなことが書かれていた)。


アイルランドのノック。ここでは一世紀前に15人の前でマリアが出現したところで、
ヨハネ・パウロ2世が1979年に訪れた後は忠実な信者の列が劇的に長くなっている。
それ以来、巡礼者数は2倍になり毎年150万人を数える。そのため、1986年には、新
しく国際空港がノックにできた。

At Fatima, Portugal, the shrine marking the appearance of Mary before
three children in 1917 draws a steady 4.5 million pilgrims a year from an
ever widening array of countries. One million devotees turned out last May
when John Paul made his second visit.
ファチマ、ここは1917年(第一次大戦中)に三人の羊飼いの子供たちの目の前にマリ
アが出現したのだが、毎年多くの国々から450万人が訪れ、ジョン・ポールが2度目
の訪問をした昨年五月には100万人もの熱狂的信者が訪れた。



ポーランドのツエットチョワでは、黒人マドンナ神社への参拝増加は年間500万人と
なった。1979年のジョン・ポールの訪問以後、ファチマとルルドと人気を三分してい
るのである。昨年夏、ローマ法王は100万人ものカトリックの若者たちにここで語り
かけた。

アメリカのエミッツバーグ(メリーランド州)(ルルド同様の洞窟神社で、43あるア
メリカの聖母マリアのサイト中、最古参)では、昨年巡礼者は2倍の50万人まで増加
した。

以上のような古くからのサイトのブームはMedjugorje(ユーゴスラビア、今は解体さ
れていますね)で最近報告されたマリアの出現(容姿として)を通してめざましく発
達したカルトブームによって、目をそらされがちである。幻視が1981年に出現してか
ら、ユーゴでの内戦勃発で旅行者が接近することが困難になるまえのこの9月までに
1000万人以上の巡礼者が山の村に群がった。6名の若い地元の百姓が聖母は晩に現れ
るたびにメッセージを伝えたと、主調している。何百もの病気の治癒例が、そこへの
訪問の過程で報告されている。しかし、それらは、ルルドにおける病気治癒に対して
適用される厳しいルールで、確かめられたわけではないけれども。

逆説的にひびくが、Medjugorjeでの幻視は地元のローマカトリック教会の司教Zanic
Pavoにとっては頭痛の種である。彼は「聖母はここでは何も言われなかった」と主張
する。聖母マリアは旅行者を引きつけ、銀行の出納係を夢中にさせただけにすぎない
と。バチカンはMedjugorjeでの例が詐欺ではないか、介入した。司教には、問題が解
決するまで旅行者がサイトに群がるのを後援しないよう勧告したが、ローマははっき
りした言質を与えてはいない。

聖母マリアの出現を見たという報告が、中央アメリカからスラブの草原まで、多くの
信仰者の行列を引き起こしている。ニカラグアではVioleta Barris De Chamorro大統
領がCuapaという小さい町に1980年5月から10月にかけて続いてマリアが現れたと(教
会管理人によって目撃された)いうことに強い信奉を表明している。1981年にマナグ
ナの大司教臨席の再には約30000人が出席し、信奉者たちは、太陽の色が複雑に
変化したと主調した。ウクライナでは、Hrushiwで12歳の子供が、支配的だった共産
主義勢力に封印されていた教会上空を聖母が舞うから見に行くというので1987年に何
万もの人々があつまった。

つい最近アメリカでもデンバー近くの聖キャブリーニ修道院に数千人の熱狂的信者
が、マリアが現れたというので、集まった。そこのテレサ・ロペスは、マリアが過去
7週間に4度現れになった、と申し立てている。聖母マリアの幻視報告は、カリフォ
ルニアのコファックスにあるセント・ドミニク教会の教区コーディネーター、エド・
モロイによって昨年13週にわたってあったとされ、また今年も驚くことにはつい6
週間前にもあったということである。サンタ・アナ(カリフォルニア)にあるピラー
教会のマリアのモザイク画像に昨年10月以来、毎朝マリアのイメージが見えるとメキ
シコから移住してきたイルマ・ビレガスによって言われている。多くの出席者がいる
午前7時に彼女には見えるといい、マリアが人々にそのことをしらせなさい、と告げ
られたので、その通りしましたと、申し立てている。


20世紀後半にこのようなありさまなので、アメリカ人たちは、これらの神の出現につ
いて広める活動を展開している:
ネットワーク
ルイジアナのミール(ロシア語で平和)グループのミミ・ケリーは言う。「皆、人類
になにか役立つことをしたいという熱烈な願望とともに集まって来ています。」
Medjugorjeでのマリア出現を信ずる約300団体がアメリカ全土にわたって存在し、
少なくとも会報誌だけでも30ほどになり、毎月一回のペースで大会を開いている。
ユーゴスラビアからマリアのメッセージを伝える70台の特設回線(ホットライン)
がそこにはある。
過去16ヶ月でテキサス支部にはMedjugorjeに啓発された約6500もの広報板が設置さ
れた。巨大な看板には、「聖マリアは、神があなた(方ではない)を愛していること
を知らせるために現れになった」と書かれている。


何人もヨハネ・パウロ2世が感じた以上に聖母マリアへの信仰の高まりに満足し、あ
るいはそれがわき起こってきた道筋に内在する困難を感ずるということはないのであ
る。マリアへの傾倒は、法王の母国がポーランドということで宿命づけられている。
ポーランド(約9割以上はカトリック信者)は、何世紀にもわたって、トルコ軍の撃
退、スエーデンのルーテル教徒撃退、そして1920のソ連のボルシェビキ撃退に聖母マ
リアによる加護があったと認められているのである。貴重な黒いマドンナ・イコンは
共産主義を捨て去る国の努力のために動員されているシンボルであって、そしてまた
各国を結ぶための統一したイメージでもある。


1958年に彼が司教になったとき、ジョン・ポールは彼のガウンの紋章のMを金色で飾
り、ラテン語で“Totus Tuus”(All Yours)ということは、キリストではなく、聖母
マリアに対する言葉だと言及した。いったん、彼が聖ピーターのリングをはめたジョ
ン・ポールは、教皇の兵器庫にマリアの統一パワーを象徴するセンターピースを作っ
た。彼は、地球上の無数の聖母マリアをまつる社を訪問し、ほとんどすべての談話で
マリアの援助についての注意を喚起させる。彼は、彼自身が1981年にローマの聖ピー
ター広場で狙撃されたとき、マドンナの介助によって一命を免れ得たと固く信じてい
る。(狙撃日は、ファチマの記念日、5月13日が選ばれた。背後にKGBが糸を引い
たといわれている)
のみならず、ジョン・ポール(ヨハネ・パウロ二世)は、マリアはヨーロッパ中には
びこった共産主義に終焉にもたらしたことを確信している。彼の信仰は1917年にポル
トガルのファチマで行われたマリアの有名な予言(ファチマ大予言)に根ざしてい
る。修道女ルシア(マリアを見たと主調した牧童三名のうちの一人)によれば、聖母
マリアはソビエト全体主義の高まりを予測した。その後の御臨降の際、彼女はローマ
法王と司教たちに、共産主義を終わらせるためにロシアを彼女の汚れ無き心臓に捧げ
るよう指示を与えた。

ルシアによれば、その奉献をおこなう法王の試みは、1942年、1952年、と1982年はと
もに失敗に帰した。法王は1984年についにマリアの指令を実行した。そして、まさに
翌年、ミハエル・ゴルバチョフが登場し、ソビエト崩壊に着手した。アレキサンドリ
アのファチマ家族神社のロバート・フォックス神父は「世界は、共産主義の敗北は、
イエスの母の裁定によるものということを、そのうち認知することになる」と言って
いる。

マリアの影響を復活させる努力が、強力に組織的化されたおかげで、少なくとも有る
程度は、彼女の人気があがるだろうということは、予想されていた。よりはるかに予
測できなかったことは、信者向けのマリアのメッセージの新解釈の流出であった。法
王は、マリアの生涯の意味において、保守的な傾向を与えて描いた。バチカンIIでと
られた見解を引用して司教の1988年のローマ教皇の手紙(女性の尊厳と愛情)では、
「聖母マリアは、処女にして母である(今朝の新聞では、マウスの実験で東農大がそ
うした結果を発表)ことの優れた規範の最初の存在であった」と断言した。どちらの
状態も女性の尊厳の価値を見いだすことができるとして、それを褒め称えた。

ジョン・ポールの伝統主義的傾向は、ローマ法王が歴代拒否してきた女性の聖職者受
任を支持していることである。バチカンの議論は、キリストが女性聖職者または司教
を必要とした際には、マリアが真っ先にその筆頭となったはずだというのである。
いっぽう、ジョン・ポールはマリアが家庭本位の人であったから、その女性が聖職か
ら遠ざかる必要があるとは、言っていない。ローマ法王が彼女の従順さを褒め称える
けれども、それは神に仕える面での話であり、男性社会へのそれを意味しない。


しかし、マリアへのより積極的な視線は、フェミニストグループからなされたもの
で、彼女の自治性、独立性、人間くささである。処女マリアへの伝統的な古い視点に
ついてシスター、エリザベス・ジョンソン(フォーダム大神学教授)は「ノーセック
スで生意気でなく、人間から離れた受動的存在」と見なしてきたと不平を述べる。い
ろいろな地母神でもあり、社会正義の改革運動者であった活発なヒロインとしての見
方を要求している。

マドンナについての修整主義者の見解は、マリアについては
いろいろな地母紳と社会正義の改革者としての活発なヒロイン像としての見方を要求
することになる。修道女ラヴィニア・バーンは(イギリスのノン・カトリックグルー
プではたらく)「彼女の息子の磔の時、彼の男弟子全員が逃げ去ったのに対し、ただ
一人見届けたロイヤリティがマリアにはあるのです」という。
神の子を担うマリア、という合意は、「強い女性の行為であった」とポルトガルの女
性の地位に関する委員会のイヴォネ・リールは指摘する。「マリアは息子の冒険的な
生命(それは破滅へと運命づけられることを予知していた)につきそい、常に息子を
支えたのですから。」フランスの作家ニコル・エシヴァルは「神の母は、女性という
ものが、機械的な力の補助ではなくむしろ人民への習性と愛への習性のために創造さ
れえたという点が重要」と述べる。「マリアは、すべての母親たちから、最も束縛が
なく、最も運命づけられ、そして最も信頼される存在なのである。」

他は、政治的次元を強調している。ローマのドミニカ・アンゲリカン(天使の降臨)
大のマリア・ドリスコル修道女は「貧しき者、抑圧された者の代表なのです。」とい
う見解を述べる。彼女を始め他の多くの者は、マニフィカート(ルーク1:聖母マリ
アの頌歌)において妊娠したマリアは「神が万能の王座から降りられて、低い地位の
者たちを讃える」ことを宣言したと。彼は空腹の者を善行で満たし、金持ちはからに
なるまで奉仕する。

活動家たちの解釈は必ずしも、バチカンの教育に反するものではない。1974年のパウ
ロ六世にまでさかのぼれば、「貧困と苦しみ、飛行と亡命」を経験した強い女性」と
してのマリアを描写した。ヨハネ・パウロ二世はほぼ同じことを言っている。そして
マリアの「自身全体を提供する愛、最も大きい愚行を堪え忍ぶことができる強さ、無
制限の忠実さと仕事への疲れを知らない傾倒」などにも言及しているのである。

しかし、他のいくつかの見解は、基本的なカトリックの追求する真実に危険を及ぼしかねない。そのいくつかとは、処女の概念。マシューとルカの福音書(新約聖書の最初の4書、Matthew, Mark,
Luke and John)は、マリアが処女であり、イエスは人間の父(たとえばヨセフか他
の男)の接触なしに奇跡的に妊娠した、と記録されている。この信念は古代の信条に
含まれ、従来のキリスト教とたちもそれを主張する。カトリックの中でもリベラル派
の学者は、自由主義傾向のプロテスタントの思想家同様、文字通り真実であったとす
ることに疑問を抱く者が増えてきている。レイモンド・ブラウン神父(バイブルに関
する全米カトリック当局の権威)は「この問題は未解決」と宣言した。ジエーン・
シャーベリ(デトロイト大學宗教学部長)は、さらに離れた見解である。彼女は、伝
統主義軽蔑で未婚のマリアがフィアンセのジョセフ以外の男性によって妊娠したと主
張する。「彼女は関係した男によって従属させられたり、虜になったりしない解放状
態であったと。」

永遠の処女性というテーマ。
カトリックとオーソドックスな15世紀の教義では、マリアは永遠の処女でマリアと
ジョセフは決して、セックス関係はなかったとするものである。そして、聖書で名を
あげられるイエスの兄弟たちは実は従兄弟たちのことだとしている。
この考えは、聖職者と修道女のために独身の伝統を強化した。プロテスタントはこの
アンチセックス論には反対で、聖書の支持をも拒絶している。ドイツの自由主義のカ
トリック神学者ウタ ランケーハイネマンは禁欲している聖職者という考えが、マリ
アから性的特質と通常の母性の概念を奪い、女性性をいやしめたのだ、と主張してい
る。このことは、「神経症的な性的ファンタジーの巨品そのもの」と指摘した。バチ
カン当局の返答はこうである。「教会には、性の問題はない。この世界はそうなって
いる。」

無原罪懐胎という概念

この信条は、マリアが本来の罪なしに(原罪なしに)妊娠なさったと考える。この考えは、何世紀にもわたって一般的なものだったが、聖母マリアの幻視に
よってわきあがった圧力も手伝って、1954年になってようやくカトリックの教義とさ
れた。非公式ではあるが、マリアが完璧な生涯を送ったとの信念が付随している。プ
ロテスタントは、聖書では、罪無き人はイエスオンリーではないかと宣うのである。
マリア・ワーナー「マリアの性のすべて」は、処女マリアの神秘と礼賛について、
ローマの教義は他の残りすべての人間存在とはかけはなれた人工的に設置されたもの
だと宣う。

さらにマリア信仰について再考する余地がある。プロテスタントはマリア信仰につい
ては、聖書には何の記述もされていない、と。そして彼らは、マリアへの崇拝は、唯
一の神そのものへの帰依に帰されることができると信ずるのである。彼らは、またマ
リアも含む人類が人間性の救済において役割を果たすという概念も拒絶する。それに
もかわらず、一部のプロテスタントの間では、そうした敵意を和らげた解釈をしてい
るものもある。英国国教教会の神学者、ジョン マッケレイは天国へのマリアの聖母
被昇天のような教義の改訂を主張し、そうすればすべてのキリスト教徒から待ちこが
れるシンボルとなりえるから、と主張している。デビューク大學の神学者ドナルド 
ブレッシュは保守的プロテスタントたちに、マリアを単なる聖人以上のものと見な
し、教会の母とする必要があるのでは、と述べている。似たような議論の方向性は、
この二月に開催される全米カトリックとルーテル派との交渉でマリアの役割について
多方面から検討される予定である。

マリアに関する論争の変化は、マリアを彼女の息子よりも下位の存在と強調してきた
教会の教えのもととなった第二バチカン公会議の遅ればせながらの影響の結果でもあ
る。第二バチカン公会議前に、法王はマリアをイエスと同等の尊敬に値する存在と宣
言していた。会議の間、そうした忠実な信者たちから司教たちは同等とみなす教義を
批准するよう圧力を受けた。しかし、そうはならず、マリアについては何も発布され
なかった。むしろ、彼女は教会の憲法に取り込まれ、対等の立場とみなされてきた立
場からキリスト教信奉者の中の存在へと置き換えられた。


その結果、若干の聖域からマリア像が撤去され、教区にあるカトリックが従来九日間
祈る伝統的な方法が遵守されない傾向が及んだ。ジョン。ポールは明らかに再考が行
きすぎだと思い、マリアを尊敬する仲間たちもそれに賛同している。東ヨーロッパで
は、マリアに対する熱意は「西側の事務的な信心深さに対するリアクションでもある
のです」とワルシャワの聖職者ロマン インドレジュックは述べている。

第二バチカン公会議におけるマリアの再考とマリアへの大衆信仰の高まりに対する懸
念について、フェミニストたちは、かってキリスト教が多くの異教の神々に取って変
わってきた共通の伝統が、マリアの場合にも起こりうるとの懸念であると述べてい
る。注目すべき警句「一番の危惧は、マリアが息子キリストより上位のものとして崇
拝される可能性があることよ。」


そんなに遠くにまで行こうと思わないフェミニストでさえ、局地的にせよ、マリアが
復帰することがあるという考えは、超自然的な女性パワーということで、誘惑的であ
る。サンドラ・シュナイダー(バークレーでの連合神学大学院教授)は、「男性神に
先行して女神調査と女性の神性についての急増がみられる(たぶん、論文のテーマと
して)。それは、聖母マリアの人気が増加したことと無関係ではない。ユダヤキリス
ト教は男性紳であるだけで、そこに女性紳を容れる隙間を残していた。」

しかし、世界がマリアに対して多くのことを要求していることは明白である。そし
て、ある装いにおいては、彼らを迎えているのである。西洋文明中で、魅力的かつ常
に思い起こさせる諸類型の中で、マリアは独立した女性、あるいは悩める親、献身的
な母で闘士という点で永続性があるのである。
彼女の活力と関連した再開された彼女の出現は、何百万もの人々がさらに彼女のミス
テリーによって、動かされ彼女が心配する考え方によって慰められるということであ
る。マリアのどの側面についても、人々は聖母だけが与えることのできる何かに期待
し、それを強調し、それにすがる。

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月曜日, 8月 06, 2007



6000キロ以上をオイル交換しないで過ごしてしまったので、オイル交換に久しぶりに閉店間際のバイク店へ行ってみた。渋滞と高温のせいもあるあもしれないが、予想より燃費が5000キロを過ぎたあたりから芳しくなく、ひょっとしてオイル疲れかも?とも思った。ホンダのマニュアルでは、1万キロあるいは一年ごとの交換と昔から書いて有るが、バイク雑誌ではCB1000などはできれば1000キロで交換したい、などという提案もある。乗り方、オイル品質などで一概にはいえないが、確信をもって言えないのがオイル問題であろう。

指で触ってみるとまだヌルヌルして色も焦げ茶色で、1万は持ちそうにも見えるが果たして!?

店内を見渡すと、今度はブラックのCB1000SFが中古で出ていた。タンクなどは2トーンで珍しい塗色だった。走行は2.7万キロ、車検を取ると45万円ぐらいという。最終型に近いらしく、リヤショックのアジャスターが今までみたこともない方式のようだった。



リヤシート周りの塗色も2トーンになっていたが、輸出車のようにタンデムの際に便利に使えそうなアルミのハンドステーはやはりついていない。あったほうがカッコいいように見えるが、無いと困るほどでもない。


参考までに輸出車の似たタイプを選んでみたが、リヤショックは通常タイプのままだ。

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