何ヶ月かまえ、ラジオの文化放送で、人気漫画家でコメンテーターでもある広兼憲史氏が、長島監督が広めたとされる、「いわゆる」「勝利の方程式」って、よく考えると変ですよね~、むしろ勝利の恒等式とよぶべきだ、という意味の解説をされていた。
一見、正解のご意見のように聞いている間は思っていたが、ラジオから離れてみると、複雑微妙な要素を含んでいる問題であるかのような気がした。そのときから、私の見解は、「勝利の方程式」がむしろ一見変なようでいて、パラドキシカル的に正解ではなかろうかと、細かな論理性の検証を抜きにして思っていた。
忙しくて忘れていても、時々心の中で蒸し返したが、結論はかわりそうにも無い。長島ファンだからというわけではなく、素朴な語感というか、五感を総動員して漠然と肯定感を感じる使い方だと思う。
野球は、確率のゲームとかいわれてこういう監督、采配をすれば必ず勝てる、というような要素は少ない。状況や過去のデータ、監督の気分やら選手への好悪の感情がないまぜになって、ある手を打つ。それご吉とでるか凶とでるかは、予断を許さず、勝(だろう)と思っていても
ゲームセットとなるまでは、釘付けになってしまう。
厳密には、方程式という言い方だって、おかしいのだろうが、語感としては、『本書を読むと、普段意識はしていないにもかかわらず、数学が身近な存在であること
を実感する(考えてみれば、「勝利の方程式」、「恋愛の方程式」など、我々はよく
数学用語を用いる)。そして、身近に感じることによって興味もわく。実生活との関
連はほとんど説かれず、いきなり問題を解かされていた学校教育での数学とは大きな
違いである。』というように、身近に定着しつつあるように思える。
http://www6.plala.or.jp/Djehuti/20011121.htm
「恋愛の恒等式」といわれると、ちょっと想像しにくくなる。
長島監督のいわんとしたことは、厳密な定義としての方程式ではなく、勝利を決定づけるような、状況(各種変数)に対応した監督采配の妙を言われたのだと思う。その日の特殊変数解を決めるのは、監督の大事な任務のはずだからである。
そこで、ちょっと気になり検索したら、かなりありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B9%E7%A8%8B%E5%BC%8F
では、
『方程式は数式を利用して問いを解くという観点から、諸問題を解決するときに最も適切な方法という様に転用して使われることもある。恋愛の方程式、勝利の方程式などの言葉がスポーツ新聞や読み物に分類されるような書籍、インターネット上の一般サイトなど、それほど形式張らない場ではしばしば見うけられる。』
などとあり、私の見解に近い解説のように思ったのだが、どうだろうか。今はじめてこの解説を読んで、近いと感じている。
ただ、広兼氏のラジオ解説を聞いたからなのか、それとも広兼氏同様の、疑問を持つ方たちが多いのかはわからないが、こういうものも載っていて、そこでは、恒等式派が多いように思えるのも事実である。
http://questionbox.jp.msn.com/qa480951.html?StatusCheck=ON
『勝利の方程式って変じゃない?
(質問者:kenkensuga) 昔、長島さんが、勝利の方程式と言ってから、野球中継などでよく使われるようになりましたが、よく考えるとおかしくありませんか?
そもそも方程式とは左と右が=になるようなXはなにか その解を求めよ というときのその式のことですよね。
前半のリードを○○に投げさせて逃げ切るのが勝利の方程式であるというと、いったいどこにXがあるのでしょうか? 数学的にはむしろ恒程式ではないかと思います。 文章的にも、言葉のニュアンスからみても、ずれがあるように感じるのは私だけでしょうか。
もっとも、長島さんの言葉は変であたりまえ といってしまえばそれまでですが・・・』
という例に代表されるものである。
また、こういうのも。
『 私も、同様の疑問を持ったことがあります。「前半のリードを○○に投げさせて逃げ切る」と決まっているのであれば、方程式ではなくて「公式」あるいは「定理」などと言うべきではないのか?
で、しばらく考えた末に、こう推測しました。
○○は、長島氏にとっては絶対的に信頼できる存在ではなかった。かと言って「少し頼りないけど、○○しかいないから」などと言ってしまうと、○○に少なからぬ心理的動揺を与えることになりかねない。そこで熟慮の末に練り出されたのが「勝利の方程式」という造語だった。何気なく聞いている分には「うまいことを言うな」となるし、妙な感じを持った人も、結局は「長島さんの言葉は変であたりまえ」で一件落着。
さらには、もし○○が打たれて負けた場合、私の考えた「公式」「定理」では、式そのものが根底から覆ってしまいますが、これが「方程式」なら、解を導入する過程の計算方法=○○を投入するまでの采配が間違っていたのかもしれないとの弁解がききますから、○○のメンツも保たれます』
野球に絶対などないのだから、当然でしょうね。その状況でもっとも適切だろうという変数を見つけ解を与えるという意味で、方程式。ところが、恒等式派の方たちは、リードしていて9回からは、○○投入というワンパターンを方程式と呼ぶのにはふさわしくない、とおっしゃれれている。リードしていても、点数差もまちまちで、対戦相手だって、いろいろ。球場もいろいろで、連敗後か、連勝続きかなど状況もさまざま。その中で、ある特定の解(勝利でのゲームセット)へと誘導する采配は、確率的に可能性の高い選択肢をとることが無難。
恒等式の体裁を整えていても、この場合、仮に投手を指すなら、投手は生き物、対戦相手はその生き物の多様体、式の形は同じでも日々状況は変わっている、その投手本来の期待される能力が遺憾なく発揮されるとすれば恒等式に誓いのだろうが、現実は、ほど遠い。
アクシデントだってありうる。器械のようには行かない。なぜ、腕が振り切れるまで投げないんだ!?などとバッター出身の監督が内心苦々しく思っても、言葉の形は恒等式でも、恒等式としてのイコール関係はなりたっていないんだから、しようが無いんじゃないの?
『方程式=未知数を含み、その未知数に特定の値を与えたときにだけ成立する等式(広辞苑)
となっています。未知数(x)=投手や条件、等式の成立=勝利の成立、と考えると、勝利の方程式=勝利を成立させるために投手をどの状況で投入するか、という方程式だと言い換えても比較的しっくり来ると思いますよ。
(もちろん、比喩ですから完全にぴったりとはいかないかもしれませんけれども)
回答者:natsuki_tk
種類:アドバイス
この回答へのお礼 ありがとうございます。でも、投手もきまっているし、状況も9回の頭からと決まっているんですよね 』
この回答事例と、コメントが方程式派と恒等式派の対立の違いが簡潔に要約されているように思えた。
日曜日, 6月 29, 2008
土曜日, 6月 28, 2008
この前、茨城県の太平洋岸まで、往復したとき、行きも帰りも14.5キロだった。その後、シリンダーヘッドアースを復活させて様子を見た。発熱はしなかったが、やはり燃費は落ちた。13キロ代はじめ。その分、高速域での加速は凄かったのだが。
ただ、アイドリングも不安定になったので、やはりまずいとアイドリングを少し上げるようにして、またアースを外した。なかなかアイドリングは以前の900に戻らず、燃費も悪かった。
そして、アイドリングが安定し、増加させる処置をとった分まで、回復し、950以上までに戻る頃、漸く14キロ代に戻ってきた。そのとき、秩父往復で14.6(14.1&15.1)。
翌日も14.1。しかし、ミラクルパワーはともかく、にんじん君の性能が果たして、正常に機能しているのかどうか、いまいち不明。そこで、以前効果のあったエコボックスに置き換えてみることに。
今度は値段はかわらないが、ちゃんと二輪用も発売されていた。
二輪用の特徴は、横置きも可能になったこと、端子の形状がバイク用ということで、小型になったこと、プラス、マイナスのコードも長さが四輪用に比べて短くなり、余った分がサイドカバーからはみ出しそうになることもなくなった。
また、プラスコードが幾分長く設定されていた。
注目すべきは、燃費改善効果が、社内テストで7%と書いてあること。四輪用はまだ10%と書いてあり、どういうバイクでテストしたかなどは不明。ただ、コンパクトでどこにも置けそうで
以前、いきなり15.xと比較的よかったので、置き換えてみてよければ、にんじん君の劣化かどうか判断できそう。
取り付けてみて、走行感にさしたる変化はなく、秩父方面往復でも14.2〜14.3で安定している。以前の結果では、にんじん君と違い、定速トルク感の向上が感じられたが、それもない。
どちらをつけているか分かった特徴が消えている。バイクの変化なのか、製品の変更なのかわからずじまい。ただ、にんじん君の劣化といえる兆候はでなかった。
にんじん君は二箇構成で場所をとり、うまく固定しないと、シートを外すために後方にずらすときひっかかったりしたが、その心配はない。果たして、使用し続けてもう少し向上するのかどうか?15キロ代を記録するのかどうか・・・。アイドリングをもっと早く普通に戻しておくべきだったと後悔している。ただ、以前のような省エネモードは意識するときもあるが、通常は特に意識しないで、普通に走っている。回すと加速はよいが、まだ、もたつき感は残る。シリンダーアース時とは大違い。充分に暖まると、音が変わって豪快な感じになって同じ程度のアクセル開度でも、もっと開けたような加速感が出るが、それでもシリンダーが各ピストンにマッチしていない感じが出てくる。アイドリング回転をノーマルに戻し、暖機を励行してもまだ日が浅い。以前のクセが色濃く出ているのでは、と感じてしまう。
まあ、実質14キロと割り切ってしまえば、特に問題はないのだが。
月曜日, 6月 23, 2008
月曜日に願ってもないような好天になり、締め切りは先だが、出来るうちに出かけておこう、と秩父へ。この日、紫外線が強く、外にいると顔が火照るように暑くなる。
新築予定現場を回り、役所の各部も回る。市役所の裏が珍達ラーメン店だが、暑いので、敬遠し、うどん店へ。
団子坂周辺は、秩父夜祭りのクライマックス現場にあたり、電柱を建てて電気を新規に引けないそうで、地下配になりそう。
秩父は比較的早く水道が引かれたようだが、配水管資料はあるものの、給水管の資料はまだ整備中で、止水栓の位置からおおよその位置を推定しなくてはならない。
武甲山の頂もだいぶ削り採られてしまった。20年も前には、山から漂う石灰岩のチリで、どんよりしていた日があったりしたが、今ではそうした現象を見聞きすることもないようである。
この日以降、天気は思わしくなく、バイクでの出かけは不向きとなる。
日曜日は都内に出かけたが、あいにく予報図どおりの時間帯に降りだし、ごらんの有様。カワサキは1100ccモデル。意外に、バイク駐車はすくないが、天候のせいもあり、駐車禁止の徹底もあるのだろう。若い頃のこのあたり(上智大前どおり)はもっと都会の喧騒があったものだが、・・・。
月曜日、夕方から秩父往復。天気図の時間当たりの変化を午後から追っていて、降りそうでふらないので、いけると判断。長瀞あたりで少しぱらつき、コーナーで少しスリップ。この先はさらに降りかと思ったが、あとはほぼ乾いた路面でラッキー。
黒谷を過ぎるあたりから、坂がきついところが目立ち、アクセルを一定にしていると少々エンジンがきつそう。エンジンが慣れていなくてガクガク震える。構わず登っていき、ほどなく役者裏へ到着。先週から狙っていた用を足し、給油して帰途に。セルフで166円。ただし、精算は人手。気をつけてお帰りください、とお釣りを受け取る。通勤半分をふくみ、14.0キロ。帰りは下りが多いからと期待したが、15.1キロ。
今まで、好燃費を出したときは、決まって、何かあって、その原因を除去した直後であり、それで気を良くして走ると、またもどに戻るの繰り返し。しかも、アイドリングが低く、暖機も手を離せないので、ほとんど暖機せずに走行。
アイドリングを上げたことで、暖機が楽になり、2分程度はするようになった。まだ1週間程度であるが、燃費が安定しだし、14キロ前後。エンジンはいろいろ点火系をアースを含めいじったので、エンジンが慣れていない。最後の、アースを追加したら、900回転のアイドリングがしばらくして、800回転以下にさがり、またアイドリングを上げた。それで、アース類はすべて除去したが、エンジン回転はばらつき、アイドリングが上がってこない。
しかし、秩父帰りの翌日、納品で少し長距離を走ったら、感じが変わり、アイドリングは1000回転近くに戻った。漸くエンジンが少し慣れて、調子を取り戻した感がする。一週間では戻らなかったので、この程度でのアースがあるかないかでも、調子を取り戻すのに時間がかかる。
しかも、そういうとき、アクセルをほとんど開けなくても走る感じで、豪快な加速をする。これが千ccの走りかと!?。購入当初から、期待外れの加速にがっかりしていたのだが、通勤だからと諦めていたのだが、全然違う感じがする。それでいて燃費は変わらない。これでは、ますます、何ヶ月も手を加えないで、(やり尽くした感じがするので)、エンジンを慣らしていくしかない。
秩父の上り坂で、エンジンが慣れていないことを実感したが、時々長距離の登り坂で無理せず慣らしをつけることを積極的にしてもよいかとも思った。
アースをして走り、飛ばすと12キロ代まで落ちてアースを止めたのだが、その後暖機も取り入れ、エンジン環境をできるだけ、一定の暖機の後、負荷をかけるという状態に絞り込んで慣らしを続けるしかないだろう。
ミラクルパワーを段階的につけることで、左側一番のシリンダーが、急に元気になることがわかったが、それがいつから劣化していたのか不明。おそらく長い時間かかって、今のような状態になっていたのだろうから、慣らしも気長にするしかないだろう。暖機をすると、エンジンの調子がいいこともはっきりした。完全に暖まると、豪快な音が響き、これまでと全然ちがう側面をみせる。水冷エンジンの大排気量ははじめてなので、それなりのこのエンジンにあった取り扱いが必要のような気がする。
昨年、雨の時、秩父から甲府をまわった時の燃費、16.1を取り戻し、凌駕することができるかどうか、ミラクルーパワーやにんじん君の評価は、それから先になるだろう。
燃費ついでに、先日乗せてもらった遠い親戚のベンツ、5年目の車検をとったばかりだそうだが、悪路での燃費は3〜4キロだそうで、高速での燃費だけが好いのだと言う。そのため、通勤はもちろん、あまり使わないので、リヤシートに座ったのは私でまだ二人目、であったとか。
重い私をのせて、跨道橋の坂を軽々と走っていたが、・・・。擦ったら、ユニット交換ですぐ何十万(50万以上で、百万に近い)と飛ぶそうだ。
リーダー(かねごんさん)のCB1000SFの燃費も車並のようだが、最悪でも10キロを軽く越えている。最近ヨーロッパからも、二気筒800ccクラスが出てきているが、時代の要請もあるのだろう。私も、にんじん君装着後、三月で7000キロほど走ってしまった。しかし、今の燃費でも悪い部類ではないのかもしれない。悪いほうの話しを聞くと・・・TX650で、燃費が5キロとこぼす実話を聞いたことがある。
日曜日, 6月 22, 2008
ベッセル関数の応用面で、アメリカの結論と違う結果が、日本のデータでは得られていたので、何がどう違うのか、食い違いの原因は何かを知ることから、熱伝導問題としてかかわった。最初に、ベッセルの偏微分方程式を数式変形で解こうとしたが、歯がたたなかった。
昔の人たちはかなりのところまで、数式変形で解かれていたが、問題としている課題については不向きのようだった。
太い円柱体の周囲の温度が周期的に変化する場合、表面と内部とでは温度変化にその物体の熱伝導率に応じた変化が現れ、内部に行くほど温度変化の幅が小さく、温度の上昇、下降に遅れがめだつ。温度変化が正弦波のように理想的に数式で近似される場合には、内部の温度変化も
やはり正弦波で近似でき、振幅の減衰と位相のズレだけで表せる、というところまで分かれば後は比較的簡単。
数式処理ソフトMathematicaでは、内部関数のSin[x]も変数として回帰分析できるので、まず一日24時間の温度データを正弦波で近似する
操作から始めた。この辺は実際の温度と理想化した正弦波とはけっこうずれるが、アメリカのデータでも、これ以上ずれる事例もあって、問題の本質とはいちおう無関係と考えられる。
後は、ベッセルの微分方程式の応用で、数式の展開というか、処理の仕方は、すでに先学の賢人の方々が、いろいろな著作に残されているので、引用文献を提示して、借用する。学ぶということは、真似ることから始まるというが、この問題ほどそれを実感した経験は外にないぐらい、といっても、英文のほうも英借文なのではあるが、・・・。そんなわけで、時間が経ってみると、なぜそうなるのかディテールを忘れているところが結構ある。当時の書類をひっくり返して探し出した次第。なお、数式はTEXで苦労して作成した。
虚数単位iを使うとこんな事が可能なのか、単に二次方程式の解の便宜的な書法ぐらいにしか感じていなかったが、ここで有り難みを実感。
ガウスさんはやはり凄い。アーベルは、貧乏で印刷費を節約し一言言及しなかったため、ガウスに送った論文への対応に不利益を被り、若くして不遇のうちに結核かなにかで亡くなってしまった。ドイツの大学教授招聘の手紙は死後2日後ほどに、ノルウエーの田舎に届いたと言う。せんだって、アーベル生誕200年祭を記念して、彼を偲ぶ著作も出た。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB
上のサイトには『ヤコービやルジャンドルはアーベルの業績を認めていたが、ガウスはアーベルの研究論文に不快感を示し、コーシーは彼の論文をまともに審査しないままに放置するなど、アーベルには正当な評価が与えられなかった。帰国後はクリスティナ大学に臨時講師を勤めたが、病気(結核及び併発した肝機能障害)のために若くして世を去った。
しかし、彼が当時世界最高レベルといわれた数学の総本山パリ科学アカデミーへ提出した「超越関数の中の非常に拡張されたものの一般的な性質に関する論文」こそ、のちに"青銅よりも永続する記念碑"と謳われ、後代の数学者に500年分の仕事を残してくれたとまで言われた不滅の大論文だった。』などとある。
上記の解説には、ガウスが不快感を示した、とあってもその理由が明示されていない。小堀憲氏の『物語数学史』(新潮選書、1984)によれば、代数方程式は必ず解けることをガウスが証明した後で、印刷代を節約するために(私費出版)代数的解法とするべきところの代数的を削ったために、「一般の五次方程式は代数的には(虚数を使わずに!?)解けないことの証明」とするところを単なる「一般の五次方程式は解けない」、では意味をなさなかった、という。
ノルウエー政府のその後の対応には、これほどの天才を見殺しにした、という非難への恐れもあるかのようなことを、「近世数学史談」内で見かけたような気がする。
アーベルは、教師が変わるまで、平凡な少年だったらしいが、その教師が他の生徒への体罰問題(一説には死亡させた!?)で更迭となった。その後任の教師がアーベルの内部にある、ある種の知性に目を向け、数学書に親しむよう指導したという。この教師の着任以来、図書館で借り出される書籍は、数学関連書籍が増加したという。
さて、日米の比較検討結果であるが、ベッセルの方程式はどちらも正しく、アメリカは単一部位で測定したデータのみを対象としたため、対象物内部に、放射方向に温度遮断抵抗がある、という結論だったが、日本では、垂直方向、放射方向ともに、複数部位でのデータをもっていたため、アメリカでの結果とは違う対象物への結論が得られ、決着した。関数が指示するとおりの現象がすなおに認められた。
また、当時東芝におられた斑目氏が書かれた熱伝導の教科書で勉強し、なかなかよい教科書として一時座右に置いていたが、先日の新聞報道では、新潟の原発の地震後の調査団長(東大教授)を勤められておられるとの由。もっとも、東大助手から東芝へという略歴から、今日の職歴は、予想がついていて、それをこの目で確認した、ということに尽きる。
昔の人たちはかなりのところまで、数式変形で解かれていたが、問題としている課題については不向きのようだった。
太い円柱体の周囲の温度が周期的に変化する場合、表面と内部とでは温度変化にその物体の熱伝導率に応じた変化が現れ、内部に行くほど温度変化の幅が小さく、温度の上昇、下降に遅れがめだつ。温度変化が正弦波のように理想的に数式で近似される場合には、内部の温度変化も
やはり正弦波で近似でき、振幅の減衰と位相のズレだけで表せる、というところまで分かれば後は比較的簡単。
数式処理ソフトMathematicaでは、内部関数のSin[x]も変数として回帰分析できるので、まず一日24時間の温度データを正弦波で近似する
操作から始めた。この辺は実際の温度と理想化した正弦波とはけっこうずれるが、アメリカのデータでも、これ以上ずれる事例もあって、問題の本質とはいちおう無関係と考えられる。
後は、ベッセルの微分方程式の応用で、数式の展開というか、処理の仕方は、すでに先学の賢人の方々が、いろいろな著作に残されているので、引用文献を提示して、借用する。学ぶということは、真似ることから始まるというが、この問題ほどそれを実感した経験は外にないぐらい、といっても、英文のほうも英借文なのではあるが、・・・。そんなわけで、時間が経ってみると、なぜそうなるのかディテールを忘れているところが結構ある。当時の書類をひっくり返して探し出した次第。なお、数式はTEXで苦労して作成した。
虚数単位iを使うとこんな事が可能なのか、単に二次方程式の解の便宜的な書法ぐらいにしか感じていなかったが、ここで有り難みを実感。
ガウスさんはやはり凄い。アーベルは、貧乏で印刷費を節約し一言言及しなかったため、ガウスに送った論文への対応に不利益を被り、若くして不遇のうちに結核かなにかで亡くなってしまった。ドイツの大学教授招聘の手紙は死後2日後ほどに、ノルウエーの田舎に届いたと言う。せんだって、アーベル生誕200年祭を記念して、彼を偲ぶ著作も出た。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB
上のサイトには『ヤコービやルジャンドルはアーベルの業績を認めていたが、ガウスはアーベルの研究論文に不快感を示し、コーシーは彼の論文をまともに審査しないままに放置するなど、アーベルには正当な評価が与えられなかった。帰国後はクリスティナ大学に臨時講師を勤めたが、病気(結核及び併発した肝機能障害)のために若くして世を去った。
しかし、彼が当時世界最高レベルといわれた数学の総本山パリ科学アカデミーへ提出した「超越関数の中の非常に拡張されたものの一般的な性質に関する論文」こそ、のちに"青銅よりも永続する記念碑"と謳われ、後代の数学者に500年分の仕事を残してくれたとまで言われた不滅の大論文だった。』などとある。
上記の解説には、ガウスが不快感を示した、とあってもその理由が明示されていない。小堀憲氏の『物語数学史』(新潮選書、1984)によれば、代数方程式は必ず解けることをガウスが証明した後で、印刷代を節約するために(私費出版)代数的解法とするべきところの代数的を削ったために、「一般の五次方程式は代数的には(虚数を使わずに!?)解けないことの証明」とするところを単なる「一般の五次方程式は解けない」、では意味をなさなかった、という。
ノルウエー政府のその後の対応には、これほどの天才を見殺しにした、という非難への恐れもあるかのようなことを、「近世数学史談」内で見かけたような気がする。
アーベルは、教師が変わるまで、平凡な少年だったらしいが、その教師が他の生徒への体罰問題(一説には死亡させた!?)で更迭となった。その後任の教師がアーベルの内部にある、ある種の知性に目を向け、数学書に親しむよう指導したという。この教師の着任以来、図書館で借り出される書籍は、数学関連書籍が増加したという。
さて、日米の比較検討結果であるが、ベッセルの方程式はどちらも正しく、アメリカは単一部位で測定したデータのみを対象としたため、対象物内部に、放射方向に温度遮断抵抗がある、という結論だったが、日本では、垂直方向、放射方向ともに、複数部位でのデータをもっていたため、アメリカでの結果とは違う対象物への結論が得られ、決着した。関数が指示するとおりの現象がすなおに認められた。
また、当時東芝におられた斑目氏が書かれた熱伝導の教科書で勉強し、なかなかよい教科書として一時座右に置いていたが、先日の新聞報道では、新潟の原発の地震後の調査団長(東大教授)を勤められておられるとの由。もっとも、東大助手から東芝へという略歴から、今日の職歴は、予想がついていて、それをこの目で確認した、ということに尽きる。
日曜日, 6月 15, 2008
最小二乗法の歴史(安藤洋美著、現代数学社刊)
では、理論と実際の比較が第11章で取り上げられている。その1はベッセルの生涯となっていて、彼の生い立ちが述べられている。手短にいえば、独学で、シュリーマンと似通っている、という。
1784.7.23ー1846.3.17で、ギムナジウムではラテン語が苦手で登校拒否症にまでなったが、計算は得意であって、商人になろうとした、という。市役所吏員の父は残念がったらしいが、教師が就職先を見つけてきた。
ブレーメンのクーレンカンプ商館で、丁稚奉公をはじめた。無給だったが、一年もたつと社長は彼に無給の契約ながら些少ながらも給与を出したそうで、この点もシュリーマンと全く同じと言う。貿易会社だったので、外国語もまなび、天文学の知識も必要だった。1799年から7年契約で奉公を始めている。
給与から『月例通信』とか『ベルリン天文年鑑』などを買って独学で勉強し、『彗星の軌道決定に関する最も簡単な方法』(1800)を読み、自分でハレー彗星の軌道を決定しようと思い立った。1804年に計算結果を書いたノートを持って、前記論文を書いたオルバースを訪れている。彼はこの論文を添削して、『月例通信』に送ってくれた、という。
その論文がベッセルの処女論文となったが、博士論文の域に達している、と評価された、という。後年、奉公が終わったとき、商館に勤務すれば得られるはずの給与の1/7の給与で、私設天文台の助手を選んでいて、後にケーニヒスべルグに天文台長に就任するさい、学位が問題となり、1807年以降交際のあったガウスがそのことを聞き、無審査でベッセルに博士号を出した、という話しはこの本で一番忘れられない部分である。
というのも、学生時代、ベッセル関数の変形に出あって悩み、独学で私もベッセル関数の一部と格闘した経緯があったからである。
計算機も充分利用できない時代、NASAの計算文書の数値を見ておどろいた。一体全体どんな数式からこんな数値が出てくるのか、皆目見当がつかなかった。逃げてしまえば、苦労せずにすんだのだが、自分で取り組む事にした、あるいは取り組まざるを得ない事情があったのかもしれない。
ここでの安藤とは、安藤四郎教授のほうである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ベッセル関数
に出ている数式をみると、今でも眩暈が起こる。
当時、東京中の理工系書店をほとんど覗いても
参考書らしき書籍に出会わなかった。
ベッセル関数入門(平野鉄太郎訳、日新出版)を手にしてようやく少し分かりかけたが、その頃にはすでにMathematicaやTheoristを手にしていた。ベッセル関数への関心が、結局数式処理ソフトを紹介していただいた梶原教授との出会いでもあった。
最初は、3次元の熱伝導方程式が、円柱座標系に変わると、微分方程式も変わる、その変わり方が手計算では到底手に負えず、その解法を探るため必然的に数学書を紐説くことに。急がば回れ!である。ネットでは、ベッセル関数を理解したいが、時間がない、勉強法やら参考書など手引が欲しい、という大学生のヘルプが出ていたが、さもありなんと思う。
計算機のない時代にこういう計算を必要とする関数の概念を明確にして、組織化したのが独学の天才であることに注意してほしい。
では、理論と実際の比較が第11章で取り上げられている。その1はベッセルの生涯となっていて、彼の生い立ちが述べられている。手短にいえば、独学で、シュリーマンと似通っている、という。
1784.7.23ー1846.3.17で、ギムナジウムではラテン語が苦手で登校拒否症にまでなったが、計算は得意であって、商人になろうとした、という。市役所吏員の父は残念がったらしいが、教師が就職先を見つけてきた。
ブレーメンのクーレンカンプ商館で、丁稚奉公をはじめた。無給だったが、一年もたつと社長は彼に無給の契約ながら些少ながらも給与を出したそうで、この点もシュリーマンと全く同じと言う。貿易会社だったので、外国語もまなび、天文学の知識も必要だった。1799年から7年契約で奉公を始めている。
給与から『月例通信』とか『ベルリン天文年鑑』などを買って独学で勉強し、『彗星の軌道決定に関する最も簡単な方法』(1800)を読み、自分でハレー彗星の軌道を決定しようと思い立った。1804年に計算結果を書いたノートを持って、前記論文を書いたオルバースを訪れている。彼はこの論文を添削して、『月例通信』に送ってくれた、という。
その論文がベッセルの処女論文となったが、博士論文の域に達している、と評価された、という。後年、奉公が終わったとき、商館に勤務すれば得られるはずの給与の1/7の給与で、私設天文台の助手を選んでいて、後にケーニヒスべルグに天文台長に就任するさい、学位が問題となり、1807年以降交際のあったガウスがそのことを聞き、無審査でベッセルに博士号を出した、という話しはこの本で一番忘れられない部分である。
というのも、学生時代、ベッセル関数の変形に出あって悩み、独学で私もベッセル関数の一部と格闘した経緯があったからである。
計算機も充分利用できない時代、NASAの計算文書の数値を見ておどろいた。一体全体どんな数式からこんな数値が出てくるのか、皆目見当がつかなかった。逃げてしまえば、苦労せずにすんだのだが、自分で取り組む事にした、あるいは取り組まざるを得ない事情があったのかもしれない。
ここでの安藤とは、安藤四郎教授のほうである。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ベッセル関数
に出ている数式をみると、今でも眩暈が起こる。
当時、東京中の理工系書店をほとんど覗いても
参考書らしき書籍に出会わなかった。
ベッセル関数入門(平野鉄太郎訳、日新出版)を手にしてようやく少し分かりかけたが、その頃にはすでにMathematicaやTheoristを手にしていた。ベッセル関数への関心が、結局数式処理ソフトを紹介していただいた梶原教授との出会いでもあった。
最初は、3次元の熱伝導方程式が、円柱座標系に変わると、微分方程式も変わる、その変わり方が手計算では到底手に負えず、その解法を探るため必然的に数学書を紐説くことに。急がば回れ!である。ネットでは、ベッセル関数を理解したいが、時間がない、勉強法やら参考書など手引が欲しい、という大学生のヘルプが出ていたが、さもありなんと思う。
計算機のない時代にこういう計算を必要とする関数の概念を明確にして、組織化したのが独学の天才であることに注意してほしい。
にんじん君のマニュアルには、ガソリン1リットルを燃焼させると、1150リットルもの二酸化炭素が出る、と書いてある。1.5リットルのペットボトルで766本分になる、という。
http://www.nenpi.net/index.htm
それで、リッター燃費10の車が年間走行10000キロで1150000リットルの二酸化炭素!だという。
(注:ここですでにミスプリ、11500000リットル!!)
燃費計算は、一年でにんじん君の元がとれる計算自体にはあやまりがない。
国内の7500万台中、100万台の車が1リットル燃費向上できただけで、マツの木100万本分が一年間に吸収する
二酸化炭素量を削減することができる、と書かれている。
マツの木100万本が一年間に吸収する二酸化炭素量は、このマニュアルの数値を使うと、どのくらいになるのかというと、にわかにピンと来ない。
リッター11キロに延びた車は、年間10000キロ走行として、ガソリン消費が91リットルほど節約されるから、
二酸化炭素換算で車一台あたり104650リットルとなる。
モル数でいうと
jfly.iam.u-tokyo.ac.jp/html/discussion/2002/0203CO2_level_in_fly_room
『二酸化炭素(CO2)の分子量は 44 です。つまり1モル 44 グラム。
30キロ入りの炭酸ガスボンベには、30000/44 = 681.8 モル含まれ
ることになります。1 モルの気体の体積は 22.4 リットルですから、
681.8 モル なら
22.4*681.8=15272 リットル=15.3 立米
(建築業界では立方メートルを「りゅうべい」と読みます。)』というようなわけだから、
104650÷22.4×44=205562.5グラム、あるいは205.6キログラム、となる。
マツ百万本と言った場合、苗木や庭木を想像する方は少ないと思うが、苗木から植え付けて植林した場合、15年から20年ぐらいの個体が一番活性が高く、二酸化炭素吸収量も多い。また、林が閉鎖して無駄な空き地がなければ、葉の量が一定面積ではほぼ植え付け本数に限らずほぼ一定となるので、本数はあまり問題ではなくなる。
調べたところでは、ヘクタールあたり2万本から数千本の15〜20年生のアカマツ林の場合、二酸化炭素吸収量は、35〜55トンぐらいになると見積もられている。ただし、この値は炭水化物換算などで、二酸化炭素に相当する量は、樹体のカーボン含量を50%と考えると、1キログラム二酸化炭素=0.546キログラムの乾燥物質と考えた換算なので、1.83×35〜55=60〜100トンの二酸化炭素となる。
ヘクタール当たり1万本の15〜20年生のマツ林が一年間に吸収する二酸化炭素が60〜100トンであれば、一本当たりは平均をとってヘクタール80トンとするならば、およそ8キログラムの二酸化炭素吸収量となる。
一台あたりで、205.6キロだから、205.6÷8=25.7であり、マツ約26本分相当であり、100万台ではマツ2600万本相当ぐらいで、例えとしてはほどほど適切かもしれないが、オーダーが合わない。
一本のマツの吸収する二酸化炭素量は、容量では、
8000÷44×22.4=4072.7リットルでしかない。ガソリンわずか3.5リットルを燃やした量でしかない。
しかも、マツに限らず、これは吸収する二酸化炭素量だけで、実際は、樹体が生活するために呼吸もしており、およそ半数近くを排出もしており、収支を考えれば、さらに倍近い修正を余儀なくされる。
さらにこれは節約された量だけであり、一台の車の森林破壊量を換算するとこの10倍はいくことになり、
この数値の検討だけで、二酸化炭素増加による地球温暖化説を補強する値となって行く。
したがって、現状では、このまま行くと、いずれにしろ人類に未来はない、という結論も残念ながら、現実味を帯びることに。大阪府の赤字云々以上の負荷が、日本に、地球にかかっている、ということに。
http://www.nenpi.net/index.htm
それで、リッター燃費10の車が年間走行10000キロで1150000リットルの二酸化炭素!だという。
(注:ここですでにミスプリ、11500000リットル!!)
燃費計算は、一年でにんじん君の元がとれる計算自体にはあやまりがない。
国内の7500万台中、100万台の車が1リットル燃費向上できただけで、マツの木100万本分が一年間に吸収する
二酸化炭素量を削減することができる、と書かれている。
マツの木100万本が一年間に吸収する二酸化炭素量は、このマニュアルの数値を使うと、どのくらいになるのかというと、にわかにピンと来ない。
リッター11キロに延びた車は、年間10000キロ走行として、ガソリン消費が91リットルほど節約されるから、
二酸化炭素換算で車一台あたり104650リットルとなる。
モル数でいうと
jfly.iam.u-tokyo.ac.jp/html/discussion/2002/0203CO2_level_in_fly_room
『二酸化炭素(CO2)の分子量は 44 です。つまり1モル 44 グラム。
30キロ入りの炭酸ガスボンベには、30000/44 = 681.8 モル含まれ
ることになります。1 モルの気体の体積は 22.4 リットルですから、
681.8 モル なら
22.4*681.8=15272 リットル=15.3 立米
(建築業界では立方メートルを「りゅうべい」と読みます。)』というようなわけだから、
104650÷22.4×44=205562.5グラム、あるいは205.6キログラム、となる。
マツ百万本と言った場合、苗木や庭木を想像する方は少ないと思うが、苗木から植え付けて植林した場合、15年から20年ぐらいの個体が一番活性が高く、二酸化炭素吸収量も多い。また、林が閉鎖して無駄な空き地がなければ、葉の量が一定面積ではほぼ植え付け本数に限らずほぼ一定となるので、本数はあまり問題ではなくなる。
調べたところでは、ヘクタールあたり2万本から数千本の15〜20年生のアカマツ林の場合、二酸化炭素吸収量は、35〜55トンぐらいになると見積もられている。ただし、この値は炭水化物換算などで、二酸化炭素に相当する量は、樹体のカーボン含量を50%と考えると、1キログラム二酸化炭素=0.546キログラムの乾燥物質と考えた換算なので、1.83×35〜55=60〜100トンの二酸化炭素となる。
ヘクタール当たり1万本の15〜20年生のマツ林が一年間に吸収する二酸化炭素が60〜100トンであれば、一本当たりは平均をとってヘクタール80トンとするならば、およそ8キログラムの二酸化炭素吸収量となる。
一台あたりで、205.6キロだから、205.6÷8=25.7であり、マツ約26本分相当であり、100万台ではマツ2600万本相当ぐらいで、例えとしてはほどほど適切かもしれないが、オーダーが合わない。
一本のマツの吸収する二酸化炭素量は、容量では、
8000÷44×22.4=4072.7リットルでしかない。ガソリンわずか3.5リットルを燃やした量でしかない。
しかも、マツに限らず、これは吸収する二酸化炭素量だけで、実際は、樹体が生活するために呼吸もしており、およそ半数近くを排出もしており、収支を考えれば、さらに倍近い修正を余儀なくされる。
さらにこれは節約された量だけであり、一台の車の森林破壊量を換算するとこの10倍はいくことになり、
この数値の検討だけで、二酸化炭素増加による地球温暖化説を補強する値となって行く。
したがって、現状では、このまま行くと、いずれにしろ人類に未来はない、という結論も残念ながら、現実味を帯びることに。大阪府の赤字云々以上の負荷が、日本に、地球にかかっている、ということに。
土曜日, 6月 14, 2008
RIDE12(モーターマガジン社)東本(はるもと)昌平氏の雑誌をはじめて購入。今回はT2特集で、10年前の自分を裏切らないために、とある。ミスターバイクでも、BIG1の総特集記事を載せていて、申し合わせたかのように出揃った感じ。
T2も写真も今回の物は実写もきれいですばらしい迫力があるが、東本氏の描くバイク画に魅せられて買ってしまったような気がする。
The Amble Master というタイトルで、10年以上乗ってきたT2とその所有者のさりげない日常に、生活環にしっくりと溶け込んだバイクライフが描かれている。馬迦巣とかいうスナックの店長の回顧と現状とが交互に折り込まれて、T2のカウルを外してしまった自分もあらためて、カッコいい〜、と見直した。
www.amazon.co.jp/東本昌平RIDE-12―バイクに乗り続けることを誇りに思う-Motor-Magazine-Mook/dp/4862790674
一軒おいたおとなりにも隼があるが、この店に出入りする若者が、バイク選びで悩み、店長にアドバイスを求めるが、隼の300キロというデータにも惑わされ、候補が決まらない。どうも10年以上も乗り続けようと意気込むと、なおさらあれこれ悩むらしい。取り合えず、隼に乗ってみれば、などと言われている。
東本氏のいろいろな角度からの描写を眺めて、リヤビューやサイドビューが特に気に入ったのだが、似た写真と比べて、以前紹介したT2のリヤビューと違うことに気付いた。その結果、この写真のライダー氏、リヤウィンカーは2、3センチはステーを詰めている、というこに気付いた。ノーマルだと、車の脇をバックで出るとき長過ぎて車の塗装を傷つけたことがあり、気にはなっていたのだが、スタイル的にはともかく、短いほうが実用的。もっとも、転んだとき、問題になる長さではないのだが。ウィンカーはフレキシブルタイプで、よほど運が悪くないと、ポキリとステーが折れるということはない。
さて、シリンダーアースを復活させてみて、過熱もなく最初は燃費も好かったのだが、調子にのって回したら
また調子がシフトし、アイドリングが下がってきてしまった。それとともに、燃費も落ちた。ただ、高回転でははまるで2サイクルのように気持ちよく、回すほどにターボ効果があるかのよう。当然燃費はよろしくない。アイドリングをつまみを半回転以上回して900回転ぐらいまで上げて、省エネモードで走っても、回復しない。シリンダーの「当たり」が回復しない。
それで、結局アースは、サーキット的な走りにはいいのだろうが、諦めて外した。外すと、また走りが変わり、素直な感じ。付けていると威圧的な響きを発していたのだが、それもなくなり大人しく従順な感じに。アイドリングも高めに戻るかと期待したのだが、それもなし。燃費も昔にもどり、ドキリとしたが、一日以上間を於いて、エンジンを慣らしてから、慎重に燃費をみると、通勤を含めたコールドスタートで、15キロと回復し、ホットスタートで16.7キロと以前の値にもどりホッとした。
それで、紆余曲折を経て、なんとなくコツというか燃費をよくするこのバイクなりの走り方が少しは分かった、ような気がした。何度も頭を掠めてはいたのだが、上澄みトルクと言う言葉をここで初めて使おうと思う。にんじん君などを付ける前は、アイドリングも低かったせいもあるのだろうが、アクセルを少し開けないと加速しなかった。最初、え〜、1000ccといってもこんな程度のものかというほどの鈍い加速。
それでも普通に乗って、燃費は13.xから16.1ぐらいだったが、昨年夏あたりから、どう頑張っても15キロを越さなくなった。0.5キロは低下したような感じ。マイクロロン処理もしているし、1万や2万キロ走行したと言ってもそんなに摩耗が進行するとは思えない。それで、にんじん君やミラクルパワーの登場となったわけだが、これをつけて、アースを清掃した頃から、発進であきらかにアクセル開度あたりのトルクが少々増加していることに気がついた。ただ、毎日乗っていて分かる程度の微々たるものだが、それを上澄みトルクということにした。
ただ、ちょっとでも以前のように気持ちよくアクセルを開けるとすぐ燃費はおちる。それで、いろいろと試行錯誤し、結局アースも過剰なものは、アクセルを開ける走りではあきらかにパワーが感じられるが燃費には貢献しないことがはっきりして、外した。そうすると、燃費を良くする走りは、結局この僅かながらも増加した上澄みトルクに頼るしかない。いろいろと試した効果があったのかなかったのか知らないが、エンジンもかなりゆとりをもって回るようになり、この上澄みトルクだけでも結構速い走りができるようになった。これだけで走ると、回転が上がるのにタイムラグがあるが、アクセルを極めて少しだけ開けていても、回転がすなおにアップして、スピードが出るようになってきた。
特に、今朝は、アースを外してまだ一日、コールドスタートしたら、この上澄みトルクだけでは走らない。クセがついてしまっている。土曜の早朝で、後からせっつく四輪もほとんどなく、上澄みトルクだけで回転が上がってくるまで気長に待つ姿勢で運転していると、だんだんそれだけで回転が上がってきてくれるようになった。そして、高速に入る頃には、アクセルを開けなくとも、結構まわって走ってくれるようになった。
それで、100キロ走行もしたのだが、振動も少なく静かに回ってくれている。エンジンアースを付けていれば、もっと振動も出て、加速も豪快なのだが、燃費は急激に落ちた。
それで高速を降りてセルフで給油。昨日みたいに13キロ位では困る。ブルーのSC54が止っているが、コンビニにいっているらしく無人。給油が終わって燃費計算をしていると、やたら吹かして豪快な音を立てて出て行った。そしたら、丁度15キロ。この時点で、疑問は氷解した。それで、帰りはその会得した技法で、それなりに車をかわしながら、バイクらしく、走っても16.7キロも出た。もう少し押えれば、もっと行くだろうと思う。
後は、エンジンを最適に保つよう慣らし運転を続ける必要がある。にんじん君もいろいろな使い方をして、効果がほとんどないとまで思ったことも度々あったが、エンジンの慣らしが不十分なのと、上澄みトルクを有効に活用していなかったことに尽きる、と思う。アイドリングも上向きになって来た。まさにAmble Start と言っていいのだろう。最初はかったるく感じるものだが、続けていくと、エンジンが自力で積極的に回るように変化もしてくるものだ、と今日は感じた。
気持ちよく回して13キロ前後と言うのは、sho様(http://www.geocities.jp/shonaka2001/)から送っていただいた雑誌の特集にも載っていた値である。当時のヤマハのXJ1200が13.5キロ位と出ていた。
にんじん君を買うと、『脱★悪燃費走行★のススメ』が送られてくる。その目次だけを示す。これだけやったらノーマル車でも燃費がかいぜんされるかも!?という内容であり、正常車ならそのまま当てはまるかもしれない。当時は正常車だと思っていたが、その後ミラクルパワーを一番シリンダーから一個づつ順に着けていったとき、一番シリンダーの火花が弱いことが分かった。劇的にフィーリングがかわった。にんじん君ではわからない変化だった。後は、増加させてもさほどの変化は感じなかったが、多少はよくなったかな、程度。ただ、各シリンダーがバラバラに回っているような感じがあり、1000キロ以上走って、アースを付けたり外したりの荒療治もおこなって、今は快適に4気筒が協調して回る感じになった。
ただ、時々1300〜1500で、不整爆発を起こすことがあり、接点用スプレーで直ることもあるのだが、また再発をしたりしなかったり。その回転域で、アクセルをつい開けてしまうと、悪燃費は確実。それを過ぎて2000回転あたりから急に爆発が整いトルクアップ。にんじん君の出番で、低いアクセル開度でも充分に重い車体を前方へ押し出してくれる。上澄みトルクは、アクセル開度に頼る加速をしていると、消えてしまう、というかその働く出番がない感じで、それではもったいない走りとなってしまう。エンジンの慣らしとは、ここでは、その上澄みトルクが十二分に出るように、シリンダーの「当たりグセ」を付けることを言っているつもりだ。
Amble Nasterをして、An amble doctorに・・・・。BIG1は、その信頼に足る設計と造りをされているようだ。BIG1が出たとき、ホンダ社内では、約80名ほどが購入したという。T2は輸出を含めて1408台しか製造されなかった、という。
T2も写真も今回の物は実写もきれいですばらしい迫力があるが、東本氏の描くバイク画に魅せられて買ってしまったような気がする。
The Amble Master というタイトルで、10年以上乗ってきたT2とその所有者のさりげない日常に、生活環にしっくりと溶け込んだバイクライフが描かれている。馬迦巣とかいうスナックの店長の回顧と現状とが交互に折り込まれて、T2のカウルを外してしまった自分もあらためて、カッコいい〜、と見直した。
www.amazon.co.jp/東本昌平RIDE-12―バイクに乗り続けることを誇りに思う-Motor-Magazine-Mook/dp/4862790674
一軒おいたおとなりにも隼があるが、この店に出入りする若者が、バイク選びで悩み、店長にアドバイスを求めるが、隼の300キロというデータにも惑わされ、候補が決まらない。どうも10年以上も乗り続けようと意気込むと、なおさらあれこれ悩むらしい。取り合えず、隼に乗ってみれば、などと言われている。
東本氏のいろいろな角度からの描写を眺めて、リヤビューやサイドビューが特に気に入ったのだが、似た写真と比べて、以前紹介したT2のリヤビューと違うことに気付いた。その結果、この写真のライダー氏、リヤウィンカーは2、3センチはステーを詰めている、というこに気付いた。ノーマルだと、車の脇をバックで出るとき長過ぎて車の塗装を傷つけたことがあり、気にはなっていたのだが、スタイル的にはともかく、短いほうが実用的。もっとも、転んだとき、問題になる長さではないのだが。ウィンカーはフレキシブルタイプで、よほど運が悪くないと、ポキリとステーが折れるということはない。
さて、シリンダーアースを復活させてみて、過熱もなく最初は燃費も好かったのだが、調子にのって回したら
また調子がシフトし、アイドリングが下がってきてしまった。それとともに、燃費も落ちた。ただ、高回転でははまるで2サイクルのように気持ちよく、回すほどにターボ効果があるかのよう。当然燃費はよろしくない。アイドリングをつまみを半回転以上回して900回転ぐらいまで上げて、省エネモードで走っても、回復しない。シリンダーの「当たり」が回復しない。
それで、結局アースは、サーキット的な走りにはいいのだろうが、諦めて外した。外すと、また走りが変わり、素直な感じ。付けていると威圧的な響きを発していたのだが、それもなくなり大人しく従順な感じに。アイドリングも高めに戻るかと期待したのだが、それもなし。燃費も昔にもどり、ドキリとしたが、一日以上間を於いて、エンジンを慣らしてから、慎重に燃費をみると、通勤を含めたコールドスタートで、15キロと回復し、ホットスタートで16.7キロと以前の値にもどりホッとした。
それで、紆余曲折を経て、なんとなくコツというか燃費をよくするこのバイクなりの走り方が少しは分かった、ような気がした。何度も頭を掠めてはいたのだが、上澄みトルクと言う言葉をここで初めて使おうと思う。にんじん君などを付ける前は、アイドリングも低かったせいもあるのだろうが、アクセルを少し開けないと加速しなかった。最初、え〜、1000ccといってもこんな程度のものかというほどの鈍い加速。
それでも普通に乗って、燃費は13.xから16.1ぐらいだったが、昨年夏あたりから、どう頑張っても15キロを越さなくなった。0.5キロは低下したような感じ。マイクロロン処理もしているし、1万や2万キロ走行したと言ってもそんなに摩耗が進行するとは思えない。それで、にんじん君やミラクルパワーの登場となったわけだが、これをつけて、アースを清掃した頃から、発進であきらかにアクセル開度あたりのトルクが少々増加していることに気がついた。ただ、毎日乗っていて分かる程度の微々たるものだが、それを上澄みトルクということにした。
ただ、ちょっとでも以前のように気持ちよくアクセルを開けるとすぐ燃費はおちる。それで、いろいろと試行錯誤し、結局アースも過剰なものは、アクセルを開ける走りではあきらかにパワーが感じられるが燃費には貢献しないことがはっきりして、外した。そうすると、燃費を良くする走りは、結局この僅かながらも増加した上澄みトルクに頼るしかない。いろいろと試した効果があったのかなかったのか知らないが、エンジンもかなりゆとりをもって回るようになり、この上澄みトルクだけでも結構速い走りができるようになった。これだけで走ると、回転が上がるのにタイムラグがあるが、アクセルを極めて少しだけ開けていても、回転がすなおにアップして、スピードが出るようになってきた。
特に、今朝は、アースを外してまだ一日、コールドスタートしたら、この上澄みトルクだけでは走らない。クセがついてしまっている。土曜の早朝で、後からせっつく四輪もほとんどなく、上澄みトルクだけで回転が上がってくるまで気長に待つ姿勢で運転していると、だんだんそれだけで回転が上がってきてくれるようになった。そして、高速に入る頃には、アクセルを開けなくとも、結構まわって走ってくれるようになった。
それで、100キロ走行もしたのだが、振動も少なく静かに回ってくれている。エンジンアースを付けていれば、もっと振動も出て、加速も豪快なのだが、燃費は急激に落ちた。
それで高速を降りてセルフで給油。昨日みたいに13キロ位では困る。ブルーのSC54が止っているが、コンビニにいっているらしく無人。給油が終わって燃費計算をしていると、やたら吹かして豪快な音を立てて出て行った。そしたら、丁度15キロ。この時点で、疑問は氷解した。それで、帰りはその会得した技法で、それなりに車をかわしながら、バイクらしく、走っても16.7キロも出た。もう少し押えれば、もっと行くだろうと思う。
後は、エンジンを最適に保つよう慣らし運転を続ける必要がある。にんじん君もいろいろな使い方をして、効果がほとんどないとまで思ったことも度々あったが、エンジンの慣らしが不十分なのと、上澄みトルクを有効に活用していなかったことに尽きる、と思う。アイドリングも上向きになって来た。まさにAmble Start と言っていいのだろう。最初はかったるく感じるものだが、続けていくと、エンジンが自力で積極的に回るように変化もしてくるものだ、と今日は感じた。
気持ちよく回して13キロ前後と言うのは、sho様(http://www.geocities.jp/shonaka2001/)から送っていただいた雑誌の特集にも載っていた値である。当時のヤマハのXJ1200が13.5キロ位と出ていた。
にんじん君を買うと、『脱★悪燃費走行★のススメ』が送られてくる。その目次だけを示す。これだけやったらノーマル車でも燃費がかいぜんされるかも!?という内容であり、正常車ならそのまま当てはまるかもしれない。当時は正常車だと思っていたが、その後ミラクルパワーを一番シリンダーから一個づつ順に着けていったとき、一番シリンダーの火花が弱いことが分かった。劇的にフィーリングがかわった。にんじん君ではわからない変化だった。後は、増加させてもさほどの変化は感じなかったが、多少はよくなったかな、程度。ただ、各シリンダーがバラバラに回っているような感じがあり、1000キロ以上走って、アースを付けたり外したりの荒療治もおこなって、今は快適に4気筒が協調して回る感じになった。
ただ、時々1300〜1500で、不整爆発を起こすことがあり、接点用スプレーで直ることもあるのだが、また再発をしたりしなかったり。その回転域で、アクセルをつい開けてしまうと、悪燃費は確実。それを過ぎて2000回転あたりから急に爆発が整いトルクアップ。にんじん君の出番で、低いアクセル開度でも充分に重い車体を前方へ押し出してくれる。上澄みトルクは、アクセル開度に頼る加速をしていると、消えてしまう、というかその働く出番がない感じで、それではもったいない走りとなってしまう。エンジンの慣らしとは、ここでは、その上澄みトルクが十二分に出るように、シリンダーの「当たりグセ」を付けることを言っているつもりだ。
Amble Nasterをして、An amble doctorに・・・・。BIG1は、その信頼に足る設計と造りをされているようだ。BIG1が出たとき、ホンダ社内では、約80名ほどが購入したという。T2は輸出を含めて1408台しか製造されなかった、という。
日曜日, 6月 08, 2008
前回、ルジャンドルの最小二乗法には、確率的枠組みがなく、彼が誤差とよんだのは、残差でしかないという安藤教授の『最小二乗法の歴史』(現代数学社)の引用をした。
http://yhsvtex.blogspot.com/2008/05/18-1950.html
私も最初の理解はまさにルジャンドル先生と同様なあるいは当然ながらそれ以下の理解しかしていなかった。しかし、自分の解析結果を、発表する段になるとさすがに不安になり、泥縄式にあれこれ試行錯誤し、自分の結果がどの程度信頼がおけるものか大変気になった。
それで、信頼区間とか、推定値そのものの成り立ちの性質とかを自分なりの実験結果でのカンなどもふまえあれこれ考察することになった。そのために線形代数を学び直したり、数式処理ソフトを活用しての、乱数を加えて推定値がの程度変化するかなどの、シミュレーションなどもやってみた。
その結果はここでは割愛する(Mathematicaによる多変量解析、小林道正・小林厚子著、現代数学社、1996に例が示されている)が、誤差の影響がサンプル数によって、偏回帰係数の挙動にどう影響するかを見たものの一例が右図。サンプル数は精度が同じ程度保証されれば多いほうが好ましい一例。サンプル数が限定されてくると、混入している誤差の程度により、推定値に大きく響く傾向が見て取れる。ただ、生物データの場合、サンプル数をむやみに増やせないので、制約が課せられる。
2変数を説明変数とする重回帰分析の場合、通常のモデルは以下のようである。
ここで、eiは各観測に独立に付随する誤差項であり、偶然誤差のほかに系統誤差なども含まれるとする。(時系列データの場合は、誤差項にも系列相関が認められたりする。そうした場合の解析には、MathematicaにはパッケージでTime Seriesが用意されている。)最初の頃は、残差に注目して、モデルタイプを考えていたが、それだけでは不十分らしいと気がついた。
計算手段が発達し、エクセルだけでも、上の式の重回帰などは、数値をセルに入れておくだけで結果は得られるようになったが、それ以前は計算量の少ない単回帰タイプが好んで使われていた。
ここで、モデル(2)、(3)のbは、モデル(1)のβ2に相当し、それぞれの推定方法を便宜的にMethodIIIaとMethodIIIbとした。通常の重回帰式の結果はMethodIと
した。
この図は、観測値をソートし、一番目から20番目を第一セット、2番目から21番目を第2セットとして、30回の試行を、各モデルタイプ毎に検討した結果で、データ数が同じであるにも拘わらず、変域の小さいほうで、
ふたつの単回帰モデルにおいて、推定値が大きく変化することが見て取れる。
主たる原因は、変域の小さなグループに含まれる誤差項の影響がまず考えられる。データにどのような誤差が含まれているか考慮せずに、対の一方の変数の値で、目的変数も含め除算を実行したものを解析したために、
見えない誤差項も、それぞれ拡大や縮小を伴い、比較的大きく変化したと考えられる。他方の変数が、1以下であれば、本来の誤差の数倍の誤差を持つ結果になっているデータが組み合わされる結果も考えられるため、
影響は多大である。それゆえ、こうしたモデルで、比較的少ないデータ数によって、解析された値の信頼性は低い場合があるという一例で、一概に従来の結果を否定はできないが、モデリングの際の留意点として取り上げてみた。
http://yhsvtex.blogspot.com/2008/05/18-1950.html
私も最初の理解はまさにルジャンドル先生と同様なあるいは当然ながらそれ以下の理解しかしていなかった。しかし、自分の解析結果を、発表する段になるとさすがに不安になり、泥縄式にあれこれ試行錯誤し、自分の結果がどの程度信頼がおけるものか大変気になった。
それで、信頼区間とか、推定値そのものの成り立ちの性質とかを自分なりの実験結果でのカンなどもふまえあれこれ考察することになった。そのために線形代数を学び直したり、数式処理ソフトを活用しての、乱数を加えて推定値がの程度変化するかなどの、シミュレーションなどもやってみた。
その結果はここでは割愛する(Mathematicaによる多変量解析、小林道正・小林厚子著、現代数学社、1996に例が示されている)が、誤差の影響がサンプル数によって、偏回帰係数の挙動にどう影響するかを見たものの一例が右図。サンプル数は精度が同じ程度保証されれば多いほうが好ましい一例。サンプル数が限定されてくると、混入している誤差の程度により、推定値に大きく響く傾向が見て取れる。ただ、生物データの場合、サンプル数をむやみに増やせないので、制約が課せられる。
2変数を説明変数とする重回帰分析の場合、通常のモデルは以下のようである。
ここで、eiは各観測に独立に付随する誤差項であり、偶然誤差のほかに系統誤差なども含まれるとする。(時系列データの場合は、誤差項にも系列相関が認められたりする。そうした場合の解析には、MathematicaにはパッケージでTime Seriesが用意されている。)最初の頃は、残差に注目して、モデルタイプを考えていたが、それだけでは不十分らしいと気がついた。
計算手段が発達し、エクセルだけでも、上の式の重回帰などは、数値をセルに入れておくだけで結果は得られるようになったが、それ以前は計算量の少ない単回帰タイプが好んで使われていた。
ここで、モデル(2)、(3)のbは、モデル(1)のβ2に相当し、それぞれの推定方法を便宜的にMethodIIIaとMethodIIIbとした。通常の重回帰式の結果はMethodIと
した。
この図は、観測値をソートし、一番目から20番目を第一セット、2番目から21番目を第2セットとして、30回の試行を、各モデルタイプ毎に検討した結果で、データ数が同じであるにも拘わらず、変域の小さいほうで、
ふたつの単回帰モデルにおいて、推定値が大きく変化することが見て取れる。
主たる原因は、変域の小さなグループに含まれる誤差項の影響がまず考えられる。データにどのような誤差が含まれているか考慮せずに、対の一方の変数の値で、目的変数も含め除算を実行したものを解析したために、
見えない誤差項も、それぞれ拡大や縮小を伴い、比較的大きく変化したと考えられる。他方の変数が、1以下であれば、本来の誤差の数倍の誤差を持つ結果になっているデータが組み合わされる結果も考えられるため、
影響は多大である。それゆえ、こうしたモデルで、比較的少ないデータ数によって、解析された値の信頼性は低い場合があるという一例で、一概に従来の結果を否定はできないが、モデリングの際の留意点として取り上げてみた。
http://www.super-tetsu.com/nenpi/earthingfriend/earthingfriend11.htm
アーシングについては、いろいろな人や組織が報告しているが、オーディオの音質がよくなったり、始動性が向上したり、燃費が0.5ほど伸びたり、あるいは最近の車ではまったく効果がなかったり、とさまざまに出ているが、燃費がよくない車やバイクでは、試してみる価値はあると思う。
昨日、通常の省エネモードではない走りをしたときの燃費がしりたくなり、それなりに加速を加えて思うがままに走ったら、なんと、以前と変わらない13キロ後半となった。それで、一旦近くで朝食を摂り、エンジンが少し冷めたので、思い切って遊ばせたままにしておいたシリンダヘッドからのアースを手早く、取り付けた。
http://yhsvtex.blogspot.com/2008_04_01_archive.html
での記事と同様な状態に戻した。ただ、このときは、ミラクルパワーもついていなかった。
それで、エンジン始動!するとアイドリングは1000回転に近い!だいたい900前後になるように調節していたのだが、しばらくしても950位は回っている。そこで、きっといい効果がでているのでは!?と発進しようとしたら、いきなりエンスト。さいきんエンストとは無縁だったはずだが、と思い慎重に国道へ出る。
すると、ちょっとアクセルを開けるとスルスルっと車速が延びる。エンストはしたものの、いい感じ。ちょっと走ると、アクセルを開けないのに、速度が出る感じになった。信号でアクセルを戻しても、エンブレどころか、アイドリングだけで、定速走行する感じが歴然。
にんじん君だけの状態から、ミラクルパワーを一個ずつ増設していき、ミラクルパワーとにんじん君を同時に取り付けた時の過熱によると思われる燃費が落ちたときとはちがって、最近は慣らしの効果か?、アースを復活させてもそれらしい過熱は見られない。
http://yhsvtex.blogspot.com/2008/04/blog-post.html
それで、翌日、コールドスタートながら、前日と同じように走り燃費をみると14キロ前半。通勤の燃費も含まれている。13キロ後半なら効果なしだが、14キロ台なら、0.5キロほどは改善の兆し。それで、後半はホットスタートで、いつもの燃費コース、17.1や16.9(前回)を記録したコースを通常モードで走ってみた。
このコースは私なりの定地燃費テストコースなのだが、ここでの値が実用の通常燃費ではない。昨日の例でいえば、80%ぐらいということに。(17×0.8=13.6)
その結果、15.9キロを記録。かなり飛ばして、4輪との並走もふくめての値である。逆算して、定地燃費の80%だとすると、19.8ぐらいのポテンシャルがある、ということだ。当面、18キロ突破を目指していろいろしたのだが、間接的ながら、あっさりクリアー。こうなると、もう以前の省エネモードには、実際面でも心理面でも戻れない。しかし、平均速度はアップしているので、それそうおうの注意が必要。安全面では、少し疑問符が・・・。
しかも、まだ、バッテリー直結のシリンダーアースの接続も残っている。その必要がないことを祈るが、非常手段として残しておくことは意味がある。このまま、さらに地方へテストツーリングへ行きたいところだが、久しぶりに休みがとれてやるべきことがたくさんあるので、この結果だけに満足して帰ることにする。
にんじん君の効果を高めるにはアースが重要と発売元のブリッジカンパニーから指摘されていたのだが、それをすると過熱気味になり却って燃費が落ちたりした。しかし、その時は過剰に思えるアーシングに、いきなりミラクルパワーも取り付けて試したので、過熱してエンジンが重くなって燃費もおちた。それで、過剰と思えるアーシングを廃し、ミラクルパワーも外し、通常アースを清掃し、ノーマルに近い状態で、にんじん君だけで様子を見ていた。ミラクルパワーも左の一番シリンダーから一個づつ試して、徐々に慣らしもおこなった。その左一番につけたミラクルパワーが一番効き目があった、ということが判明。トルク感アップ、それで、エンジンのバランスが平滑化されたころ二番目に装着と、結局全部つけてしまった。さらにバランスの回復を待ち、それでも通常燃費にさしたる改善がみられないので、ダメと烙印を押していた、シリンダーヘッドアースの復活に活路を求めた。結局、過熱したのは、それなりの効果があった、ということだろう。ただ、ダメ点火に慣れたエンジンは、いきなりには対応できず、過熱してしまった。それで、アースを外したり、ミラクルパワーを外すと過熱が収まり、スムーズに回るため、一時的に燃費が向上したりしたのであろう。
4気筒のバランスが、以前の「良くない火花状態」に慣れていたので、過熱したのだろうとは、内心思っていたのだが、どうやら当たっていたようだ。それで、徐々に正常に近い状態のバランスにシリンダーが慣れてきたような気がする。しかし、今日も、シンリンダーは、キチキチに回っている感じで、過熱はしいないものの遊びがない感じであって、これも慣らしの継続で良くなることを期待したい。4気筒はデリケートな性格だが、調子があえば二気筒の比ではない威力を発揮するようだ。某食品メーカーの切り餅の宣伝文句ではないが、これが持ち味!。
アーシングの結果について、他の方々の報告も一時しのぎてきな報告や、マフラーを変えて軽くしたりと他の処理との併用であったりと、長期にわたる燃費報告はなかなかみられない。今は、にんじん君本来のアース効果がようやく出た、と思っているがどうだろうか。にんじん君の効果は、宣伝では15%以上の改善というのが、公式的見解だが、15.9/13.8=1.15・・でその値をほぼクリアー。あきらかにアクセルを一定にしていても、3000、4000と回転が上がって行くので、飛ばしても燃費が改善されたのであろう。
アーシングについては、いろいろな人や組織が報告しているが、オーディオの音質がよくなったり、始動性が向上したり、燃費が0.5ほど伸びたり、あるいは最近の車ではまったく効果がなかったり、とさまざまに出ているが、燃費がよくない車やバイクでは、試してみる価値はあると思う。
昨日、通常の省エネモードではない走りをしたときの燃費がしりたくなり、それなりに加速を加えて思うがままに走ったら、なんと、以前と変わらない13キロ後半となった。それで、一旦近くで朝食を摂り、エンジンが少し冷めたので、思い切って遊ばせたままにしておいたシリンダヘッドからのアースを手早く、取り付けた。
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での記事と同様な状態に戻した。ただ、このときは、ミラクルパワーもついていなかった。
それで、エンジン始動!するとアイドリングは1000回転に近い!だいたい900前後になるように調節していたのだが、しばらくしても950位は回っている。そこで、きっといい効果がでているのでは!?と発進しようとしたら、いきなりエンスト。さいきんエンストとは無縁だったはずだが、と思い慎重に国道へ出る。
すると、ちょっとアクセルを開けるとスルスルっと車速が延びる。エンストはしたものの、いい感じ。ちょっと走ると、アクセルを開けないのに、速度が出る感じになった。信号でアクセルを戻しても、エンブレどころか、アイドリングだけで、定速走行する感じが歴然。
にんじん君だけの状態から、ミラクルパワーを一個ずつ増設していき、ミラクルパワーとにんじん君を同時に取り付けた時の過熱によると思われる燃費が落ちたときとはちがって、最近は慣らしの効果か?、アースを復活させてもそれらしい過熱は見られない。
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それで、翌日、コールドスタートながら、前日と同じように走り燃費をみると14キロ前半。通勤の燃費も含まれている。13キロ後半なら効果なしだが、14キロ台なら、0.5キロほどは改善の兆し。それで、後半はホットスタートで、いつもの燃費コース、17.1や16.9(前回)を記録したコースを通常モードで走ってみた。
このコースは私なりの定地燃費テストコースなのだが、ここでの値が実用の通常燃費ではない。昨日の例でいえば、80%ぐらいということに。(17×0.8=13.6)
その結果、15.9キロを記録。かなり飛ばして、4輪との並走もふくめての値である。逆算して、定地燃費の80%だとすると、19.8ぐらいのポテンシャルがある、ということだ。当面、18キロ突破を目指していろいろしたのだが、間接的ながら、あっさりクリアー。こうなると、もう以前の省エネモードには、実際面でも心理面でも戻れない。しかし、平均速度はアップしているので、それそうおうの注意が必要。安全面では、少し疑問符が・・・。
しかも、まだ、バッテリー直結のシリンダーアースの接続も残っている。その必要がないことを祈るが、非常手段として残しておくことは意味がある。このまま、さらに地方へテストツーリングへ行きたいところだが、久しぶりに休みがとれてやるべきことがたくさんあるので、この結果だけに満足して帰ることにする。
にんじん君の効果を高めるにはアースが重要と発売元のブリッジカンパニーから指摘されていたのだが、それをすると過熱気味になり却って燃費が落ちたりした。しかし、その時は過剰に思えるアーシングに、いきなりミラクルパワーも取り付けて試したので、過熱してエンジンが重くなって燃費もおちた。それで、過剰と思えるアーシングを廃し、ミラクルパワーも外し、通常アースを清掃し、ノーマルに近い状態で、にんじん君だけで様子を見ていた。ミラクルパワーも左の一番シリンダーから一個づつ試して、徐々に慣らしもおこなった。その左一番につけたミラクルパワーが一番効き目があった、ということが判明。トルク感アップ、それで、エンジンのバランスが平滑化されたころ二番目に装着と、結局全部つけてしまった。さらにバランスの回復を待ち、それでも通常燃費にさしたる改善がみられないので、ダメと烙印を押していた、シリンダーヘッドアースの復活に活路を求めた。結局、過熱したのは、それなりの効果があった、ということだろう。ただ、ダメ点火に慣れたエンジンは、いきなりには対応できず、過熱してしまった。それで、アースを外したり、ミラクルパワーを外すと過熱が収まり、スムーズに回るため、一時的に燃費が向上したりしたのであろう。
4気筒のバランスが、以前の「良くない火花状態」に慣れていたので、過熱したのだろうとは、内心思っていたのだが、どうやら当たっていたようだ。それで、徐々に正常に近い状態のバランスにシリンダーが慣れてきたような気がする。しかし、今日も、シンリンダーは、キチキチに回っている感じで、過熱はしいないものの遊びがない感じであって、これも慣らしの継続で良くなることを期待したい。4気筒はデリケートな性格だが、調子があえば二気筒の比ではない威力を発揮するようだ。某食品メーカーの切り餅の宣伝文句ではないが、これが持ち味!。
アーシングの結果について、他の方々の報告も一時しのぎてきな報告や、マフラーを変えて軽くしたりと他の処理との併用であったりと、長期にわたる燃費報告はなかなかみられない。今は、にんじん君本来のアース効果がようやく出た、と思っているがどうだろうか。にんじん君の効果は、宣伝では15%以上の改善というのが、公式的見解だが、15.9/13.8=1.15・・でその値をほぼクリアー。あきらかにアクセルを一定にしていても、3000、4000と回転が上がって行くので、飛ばしても燃費が改善されたのであろう。
火曜日, 6月 03, 2008
6月1日は8週連続の雨で、家で大人しく給養と読書。2日は待ちに待った晴れの日曜日。気温は低いが、午後人と合う用ができて、午前中しか乗れないので、アイドリング回転を高めて、エンジンも慣れてきたようなので、6時過ぎに規定コースでの燃費チェックに。通勤6割に往き4割ほどの走行で13.75キロ。何も変わっていない。しかし、ホットスタートで、帰りの燃費は16.95キロとなりかっての17.1キロに続く好燃費となりまずは安心。特に悪燃費に影響してはいないようだ。
たしか154円で入れたと思う。メール配信されるアメリカの新聞では、やはりガソリン高の影響で、小型車への移行を模索する人もいるが、大勢は燃費の比較的好い普通以上の車で、エンジンは6気筒でなく4気筒車へ需要がシフトしていることを伝えていた。米国のガソリン代が日本とほぼ同じとなり、広い国内を抱えるあちらでは、急には小型車へとは行かないだろうし、日本以上に切実な側面もあるだろうと、同情。
人とあってから、いろいろな事情があり、4時頃から急に茨城県の太平洋側へ行くことになってしまった。いくらなんでも遅いとは思ったが、今は7時頃まで結構明るいから、行けるときに行ってくればの声に背中を押されて、少々無謀と思いつつ、古い茨城県の地図を頼りに出かけてしまった。
腹ぺこだったので、16号沿いの吉野家で、豚汁、牛丼で腹ごしらえ。ほとんど待たずに供されるので助かる。
すでにこの時点で、明るいものの、日は西に傾いている。柏から、高速に入り常磐道を石岡でおりて、山道を抜け、霞が裏の橋を渡る。地図は頼りにならなくなり、道に迷ったのでコンビニで聞いて、手書きの抜け道を書いてもらったが、それでも何度もUターンしたので、橋の辺りですっかり暗くなってしまった。
心細さもつのってくる。果たして無事行けるかも疑問。それでどんどん飛ばす。しかし、どんどん人通りもなくなり道の表示も見慣れない場所への方向を指し出す。後は動物的カンで道を選んで行く。しかし、三差路などに来てしまうと、迷いに迷う。一度行きかけてUターンし、広い道へ右折。二キロほど行くと小さなスタンドが営業中。すでに8前でこの時点で3対0でジャイアンツは予想通り負けていた。それに構ってはいられず、今度は口頭で、正しい道を教えてもらった。燃費は、朝から高速を含めて14.5キロ。まあ以前よりはだいぶいいようだ。慣らしが終われば15キロ位は行くだろう。
教えてもらった通りに行くが、なかなか目標が出ない。やっとあの明かりの点列が橋なんだろうと思う地点にでたが、橋への入り口が見つからない。あたりは無人。やっと橋の入り口らしいところを見つけて右折。すでに鉾田市へ入っている。橋は所々二車線となる橋で、けっこう対向車がいたが、こちらはバイクなので、徐行しないでいたら、ちゃんと消灯して譲ってくれるエスティマもいて恐縮。これで内浦を越して目的地近くへ。
しかし、間違えて国道51号線まで出てしまい、いくら南へ向かってもそれらしいところへ着かずまたまたUターン。気温も低く夜霧も出てきて、とある無人に近いような駅で休憩し、じっくり地図を見て、間違いの原因をさがし、これまでのルートを確認。右と左とを取り違えていた場所も発見。そうするとすぐそばまで来ていることもわかり、一気に状況が把握できた。間違いの多い場所はより鮮明に記憶に残る。およその土地カンも養えた。それで、帰りの時間を逆算してすぐ戻ることに。
霞が裏までもどると、橋の手前一キロほど、煙家というのか、焼き魚店があって、香ばしいサザエのつぼ焼き風匂いが数百メートルにわたって漂い、食欲をさそうが、がまん。橋に乗ると、来るときは気付かなかった水の生臭い匂いが鼻を突く。気温が下がったため、水面の温度と逆転して匂いが上がってくるのだろう。
後はもう道路標識を頼りにまずは土浦を目指す。車は少なく皆80キロ近い。それでずっと行かざるをえず、そのまま土浦市へ。ところが、6号線への連絡路が見つからずまたUターン。しかたなく迷っていると、駅広らしいところへ迷い込みそこから地上道路へ出てしまい、そのまま出口がわからず、出口まできたら、6号線らしき流れが確認できたので、ランプから合流。この時間なら、上は寒いし、下のほうが温かいし、スピードだって渋滞はないし、何かあっても明るく、交通量も多いからとおもって、前方の大型4WDについて柏まで行く。野田ナンバーだったので。16号にでてから、入りやすいスタンドへ入ったら、すでに170円代に表示は変わっていた。店員が駆け寄ってくる。ここで、1100円ほどいれたら、やはり14.5前後だった。こういう走りで15キロ位でたら当面の理想だな、とおもった。それで最善で17キロ代。
会社でエコボックスを付けた軽に燃費を聞いたら、0.5キロは向上しているという。まだ一年目ぐらいの新車でも効果はでるんだとおもった。13.xキロ代から、0.5キロ伸びると、一日往復で70キロ以上は走ると言うから、月燃費は25日として、月850円位の節約になる。一キロ伸びるとこの倍だから、年間では結構な額になる。とはいえ、一キロ燃費が伸びると、燃費が13〜14キロとすると、今回の値上がり分と拮抗するのではないか?
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